068_サイドス国王、貴族軍と戦う1
敵貴族軍5万。
対して僕の軍は2万5000。
敵までの距離は約3キロ。
「これほどの数を揃えても、その中身は新兵と老人ばかり。カスですな」
カルモンが「ふん」と鼻を鳴らす。
「鶴翼の陣ですか。では、こちらは長蛇の陣といきましょうか」
シバ・シンが陣形を考え、提案してくる。だけど、僕はその長蛇の陣というのを知らない。
「長蛇とはどのような陣なのだ?」
「縦に長い陣形です。要するに、突撃あるのみですよ。陛下」
「そうか、突撃か。なら、僕が一番得意にすることだ。なあ、カルモン」
「左様ですな。陛下はとにかく突っ込むのが好きですからな」
突っ込むって、何か卑猥な言いかただよ。もう少し言葉を選んでくれるかな。
「カルモン。僕が先頭をいく。カルモンは後方から頼む」
「それはないでしょう。某は騎士団長ですよ、一番先頭をいくのが筋では?」
「僕は国王だから、一番美味しいところをもらっていいよね?」
「むぅ……。国王たるお方は、後方にいて指揮を執るものでは?」
カルモンが食い下がってくる。
「それは騎士団長に任せるよ、カルモン団長」
「へい―――」
「陛下。臣下を信頼し任せるのも、上に立つ者の資質ですぞ」
「うっ……シバ・シン……」
「そうですぞ、陛下。いやー、シバ・シン殿はいいことを言う!」
むむむ。シバ・シンの言うことはもっともだ。
ふーと息を吐き、僕は先陣をカルモンに任せることにした。
「ははは。それでは、先陣をいただきますぞ。陛下」
鼻の穴を広げるカルモンが馬を進める。
「陛下。そこまで悔しがらなくても、よろしいのでは?」
「シバ・シン。僕はそんなに悔しそうな顔をしているか?」
「ええ、とても」
そんなに表情に出ていたんだと、自分でびっくりする。
「公都を攻める時は、陛下の魔法が必要になります。その時は、嫌でも陛下に先陣を切っていただかなければなりません。ですから、そんな顔をしないでください」
「そ、そうか……。分かった。公都攻めだな」
僕の知識では、鶴翼の陣は受けの陣だ。そのためか、敵軍はこちらが陣を構築するのを待っていてくれた。
僕ならそんな時間を与えない。陣を構築している隙を見逃さず、攻撃を仕かける。
これが兵数の差による余裕なのかもしれないけど、それこそ無能だと言える。だって、これまでの僕は兵数で勝っている戦いをしたことはない。
最初の戦場でも少数による奇襲だし、その後は3人で1万以上の軍を破っている。僕が伯爵位を剝奪された後も、圧倒的に少ない戦力で戦って勝ってきているんだ。
そのことを知っていてこんな余裕を見せているのなら無能だし、知らないのならもっと無能だ。
敵将が無能なのはいいことだけど、あまりにも歯ごたえがないのも考えもので、兵士たちがだらけてしまわないか心配だ。
「はい。公都攻めです。それにこの長蛇の陣は突撃だけの陣ではないですからね」
「え?」
「カルモン殿には突撃の陣と思っていただいて、いいのです」
この長蛇の陣形は前衛、中衛、後衛のどの部隊が攻撃されても、それぞれの部隊が助け合うらしいが、シバ・シンは一気に突撃させるための陣でもあると考えているらしい。
最初に突撃あるのみと言われた時はそういうものかと思ったけど、どうやら細かいことは違ったようだ。
「なぜそんなことを言ったんだ?」
「カルモン殿と獣人たちの破壊力を遺憾なく発揮するのに、突撃以外のことは必要ありません。そういったことは中衛以降の我らがすればいいのです」
シバ・シンにはシバ・シンなりの考えがあるのだろう。
しかし、最初からカルモンに先陣を切らせるつもりだったのか。シバ・シンは何を考えているんだ?
「陛下。カルモン殿の先陣が動き出しました」
「カルモンなら危なげなく敵本陣を壊滅に追いやるだろうが、こちらも動くぞ」
「承知しました」
徐々に速度を上げていくカルモンに、兵士たちもついていく。
この軍のほとんどは難民だった獣人の志願兵ばかりで、彼らの身体能力は非常に高い。さらに、僕の身体強化魔法と合わせれば、人族では太刀打ちできない力を得ることができる。
逆に魔法は不得手な種族だけど、キツネの獣人は例外で魔法が得意だ。しかも、キツネの獣人は獣人特有の身体能力の高さも併せ持つので、魔法戦士としてかなり期待できる。
敵軍からの魔法攻撃を、魔法戦士のキツネ獣人たちの魔法で相殺する。
カルモンたちの進軍速度は緩まるどころか、さらに速くなっていく。
「皆殺しだ! 一気に踏み潰せ!」
カルモンの声が僕のところにも聞こえてくる。
それは、敵軍にも当然聞こえるわけで、かなり浮足立っているようだ。
「寄せ集めの軍が、訓練を重ねた軍と同じように動くわけがないのです。そんな軍で無駄に本陣が手薄になる陣形にするから、一気に攻め寄せられて浮足立つのです」
シバ・シンの言うことは、もっともだと思う。
数を集めただけの軍が、指揮官の思い通りに動くなら誰も苦労はしない。
「突撃!」
カルモンが扇の要の部分にある、敵本陣に突っ込んだ。
いつもながら敵兵士が何人も宙を舞っている光景は壮観だ。
獣人の中には2本の足だけではなく、両手も含めて4本の手足で走っている者もいる。
その方がスピードが乗って、突撃の破壊力が増すからだ。その代わり、敵の防御を崩せなかった時は、敵と後ろからやってくる味方に挟まれてしまうことになるので、瞬間的な破壊力がものを言う。
だが、先頭に立つ獣人たちは、カルモンに鍛えられた者たちの中でも、戦闘力の高い者ばかりだ。訓練期間が少なかったため、サイドス軍の精鋭に比べると見劣りするが、貴族軍と比べれば圧倒的な強さを誇る。
「陛下。敵の右翼の動きがいいようです。アマリエ殿の部隊を敵右翼に当てましょう」
「了解だ。アマリエの部隊は右翼の敵に当たれ!」
「承知!」
敵右翼が押し寄せてくるのを迎え撃つため、アマリエの部隊が針路を変えた。
「カルモン団長にだけいい思いをさせるな! お前たちのこれまでの恨み、ここで晴らしてやれ!」
「おおおおおおっ!」
アマリエの鼓舞に、獣人たちが野太い声で応える。
アスタレス公国における獣人の扱いは、これまで触れてきたように悪い。獣人を人間と思わない扱いをしてきたのだ。
僕の下に集まった獣人たちは、その苦しい日々から抜け出すことができるチャンスを、ここで逃してはならないと必死で戦ってくれる。
たとえ僕が身体強化しなくても、新兵や老人ばかりの貴族軍が、そんな獣人たちに勝てるわけがない。
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