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067_サイドス国王、とぼける

 


 義兄ザバルとガレリオンが1万5000の軍を率いて東へ向かうのを見送り、僕自身も2万5000の軍を率いて中央部へと向かうことにする。


「スーラ。ゲーリックは任せるよ」

「承知しました」


 綺麗な所作でお辞儀して答えるが、中身はスーラだ。

 どうせ、ゲーリックにいても楽しむつもりなんだと思うが、それが何か僕には分からない。


『何をするのか知らないけど、やりすぎないようにね』

『ふふふ。俺はいつも適度にやっているぜ。今回も適度にやっておくぜ』

『まあ、報告だけはしてね』

『了解だ。任せておけ』


「陛下、どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。カルモン全軍前進だ」

「はっ。ぜんぐーーーん、ぜんしーーーん!」


 アルタを歩かせ進軍する。

 やっぱり馬車よりもアルタの背のほうが落ちつく。


 僕たちが向かうのは公都サルベリアン。

 愚か者の公王サンドレッド・アスタレスはまだ意識が戻っていない。

 その弟のホリス・アスタレスは公王への野心を燃やし、公都で積極的に活動しているが、今はそんなことをしている時ではないということが、ホリスには分からないらしい。

 僕が迫っているのだから公王を狙うのなら、サンドレッドを殺し公王の座を一気に奪い、僕に備えるべきだ。

 もっとも、ホリスが公王になっても、家臣たちが彼についていくかは別の話だ。


「陛下。これより十キロほど先で、貴族軍およそ5万が待ち受けております」

「ご苦労。これからも頼む」

「はっ」


 シバ・シンの部下から報告は、アスタレス公王に忠誠を誓う貴族たちの軍が僕を待ち構えているというものだった。

 スーラ曰く、情報は金よりも重い。僕もそう思うから、情報を疎かにはしないし、そのためにシバ・シンに情報部を任せた。


「シバ・シン。貴族軍が5万も兵を出してきた。どう思う?」

「最後の足掻きでございましょう」

「なぜそう言い切る?」

「公都でホリスが蠢動していることで命令系統が統一されていないうえ、元々内戦続きで公国軍はかなり疲弊していました。そこに陛下が3万の軍を撃破しており、公国軍はすでに軍の体をなしていないでしょう」


 長く内戦が続いたことで、公国軍の戦力はがた落ちだった。なのに、僕に喧嘩を売ってくるその考えが分からない。

 どうせ大国ウインザー共和国が後ろにいて、僕を怒らせても侵攻されることはないだろうと高をくくっていたんだと思う。

 喧嘩を売るなら、自分の拳で喧嘩しろと言いたい。本当に碌な奴らじゃない。


「この先で待ち受けているのは歴代公王から恩を賜った貴族たちですが、それらは公都を守るように公都周辺に領地があります。その中でも対アイゼン国用に配置された貴族たちが、今回公都を守るように布陣していますが、これらの貴族軍も寄せ集めの新兵や老人が多いようです」

「まさに最後の足掻き……か」


 新兵や老兵でも数を用意すれば、僕を止められるとでも思ったのかな?

 カルモンとスーラという化け物たちと一緒だったとは言え、少数で公太子や第五公子を討ち取った僕に対して失礼すぎると思う。

 彼らにしてみれば最後の足掻きなのかもしれないけれど、僕としては今までやってきたことをバカにされた気分だ。


「それを打ち破れば、公都まで遮る者はいないというわけだな?」

「左様にございます」

「寝がえりは?」

「彼らは公王家に忠誠を誓っている者たちにございますれば、説得するだけ無駄にございます。踏み潰すがよろしいでしょう」

「ならば、二度と立ち上がってこられないように、徹底的に踏み潰すとするか」

「それがよろしいと存じます」


 では、巨象がアリを踏み潰すがごとく進むとしよう。そして、この怒りをぶつけてやる。


 ▽▽▽


 少し進軍すると小さな村があり、村の入り口付近で五十代の人物が立っていた。


「私めは、村長を務めております。サイドス陛下がお近くを通られるとのことでしたので、ご挨拶をと思いお待ちしておりました」


 この村の近くを通るのはこれで三回目だけど、村長が出てきたのは初めてだ。

 最初はアスタレス公国の役人もいたし、この村には立ち寄らなかった。二回目は公国軍を撃破した後だったが、その時も村には立ち寄らなかった。

 そして今回、三回目になって同じ道を進んでいるのに、なぜ村長が出てきたのか?


「大儀である」

「ありがたき、お言葉にございます。大したお持て成しもできませんが、お食事の用意をさせますので、どうぞ村でお休みください」


 こう言われては拒否することは難しい。しかし、今は敵が間近に迫っている。

 ん……。このタイミング、何か作為的なものを感じる。


「シバ・シン。どう思うか?」


 僕は小声でシバ・シンに聞いた。


「罠にございましょう」

「やはりそうか」

「食事に毒を入れるか、村で休んで気が緩んでいるところを奇襲するか。どちらかではないかと存じます」


 僕たちが、この先に敵軍が展開していることを知らないと思っているようだ。


「なら、その罠にハマってやろう」

「承知しました。兵士たちには何も口にせず、警戒させます」


 ごにょごにょと小声で話す僕とシバ・シンを見ていた村長は、落ちつきがない。罠を仕掛けるにしても、もう少しでーんと構えていないとバレてしまうよ。


 僕とシバ・シンは村長についていき、村で一番大きな家に入った。

 すでに料理が用意されていたが、そこで僕は口を開く。


「村長。料理の前に村の中を視察したい。案内してくれ」

「し、しかし……。せっかくの料理が冷めてしましますので」

「余は多くの戦場で戦いを指揮してきた。料理が冷めたくらいどうということはない。さあ、案内してくれ」


 どうも村長の挙動がおかしい。

 僕を殺そうというのだから、緊張の余りに挙動がおかしくても仕方がないのかもしれないが、村長から受ける印象に違和感がある。


「村長。あの建物はなんだ?」


 倉庫のような建物と普通の家が合わさったような建物について聞いてみた。


「は、はい。あの建物は(くし)工房になります」

「櫛工房か」

「この村は良質なツゲの木が採れますので、代々ツゲの櫛を生産しているのです」

「ツゲの櫛と言えば、妃のユリア妃も使っていたと思う。そうか、この村はツゲの櫛の産地であったか」


 丈夫で肌触りがよく、何よりも髪に優しいと聞いたことがある。

 僕はそういうことに無頓着なので、あまり気にしていないけれど、女性には人気があると聞く。


「工房の中を見てみたい」

「そ、それは……」

「邪魔はせぬ、見せてくれ」


 僕が櫛工房に向かって歩き出すと、村長は慌ててついてくる。


「ほ、本当に見学されるのですか?」

「もちろんだ。この地はすぐに余が支配することになる。その時にどのような産業があるのか、見ておくのも為政者として当然のことだ」

「……承知しました」


 村長が入り口のドアを開けると、そこには数人が倒れていた。


「こ、これは……?」


 村長が目を剥いて驚いている。貴族軍の兵士たちが倒れているのだから、無理もない。

 その横にはカルモンがにやけ顔で立っている。


「この村にいる貴族軍の兵士たちなら、全て無力化しているぞ」

「え!?」


 カルモンとその手の者たちによって、貴族軍の兵士は無力化されているようだ。


「安心しろ。人質にされていた村の者に怪我はない」


 工房の奥には縄で縛られている女子供がいて、それを見た村長はへなへなと地面に腰を下ろした。


「も、申しわけございません! 女子供を人質に取られ、どうしようもなかったのです。どうか、このシワ首1つでご勘弁をお願いいたします!」


 村長が地面に頭をつけ、必死に許しを請うてくる。


「村長。余は妃にツゲの櫛を土産にしたい。よい物を選んでくれるか」

「え?」

「余は櫛工房を見にきたのだ。いい櫛が置いてあるではないか、1つ、余の妃への土産を用意してくれ」


 僕を害そうとしたのは明白だけど、女子供を人質に取られて仕方なくだ。

 そんな村長を誰が責められるだろうか?

 少なくとも、僕は村長を責める気持ちにならない。


「あ、ありがとうございます。ありがとうございます! ただ今、櫛をご用意いたします!」

「村長、そんなに感謝して、どうした? 余は櫛が欲しいと言っただけだぞ」

「はい。この村の櫛をお使いくださることに、感謝して感激しているのです。国王陛下様!」


 僕は貴族軍の兵士たちを見なかったことにした。

 村長は無理やり従わされていただけだし、僕は何も被害を受けていないのだから、ことを荒げる必要もないと思うんだ。


 

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