065_サイドス国王、ゲーリックを得る
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アスタレス公国軍を退けた僕たちは、港町のゲーリックに差しかかったが、ゲーリックの周辺には十数万もの獣人、エルフ、ドワーフなどの虐げられている種族の人たちが僕たちを待ち受けていた。俗に言う難民だ。
「すごい数ですな」
カルモンが呟いたように、町を包囲するように難民たちが野宿していて、僕たちはそのさらに外側に陣を張った。
さすがに、これだけの数がいるとゲーリックに駐屯している兵士たちも、難民たちに手を出すわけにはいかなかったようで、町のあちらこちらに馬房柵を配置して警戒しているようだ。
「彼らは陛下の保護を求めております」
アマリエが難民の代表者と面会したが、予想通りの回答だった。
以前、僕が難民たちを保護したため、アスタレス公国で虐げられていた獣人やエルフ、ドワーフたちの間で、僕が救世主のような立場で語られているらしい。
「保護はいいが、あの数は船に乗せられないぞ」
カルモンの言うように、いくらアメリカン級が大型と言っても、十数万の難民を船に乗せるのは現実的ではない。
「いや、あれだけの数の難民を保護するのですか?」
アムリッツァ外務大臣は、十数万の難民を保護することに難色を示した。
まあ、今回の目的とはまったく違うし、ここで難民たちを保護すると外交的につけ入る隙を与えることになるのを懸念しているのだろう。
ここで難民を連れかえれば、サイドス王国はアスタレス公国の国民を拉致したとか言われそうだ。
アスタレス公国では人族以外の人権を認めていないので、厳密には拉致にはならない気がする。だけど、そういうのは言った者勝ちなので、隙を与えるのはよろしくないと考えているのだろう。
「いかがいたしますか、陛下」
カルモンが水を向けてきたので、皆の視線が僕に集まる。
獣人を助けるか助けないか、それを決めるのが僕の役目だ。もっとも、答えは最初から決まっているけど。
「保護する」
僕は力強く、皆に宣言した。
「保護することは、承知しました。しかし、あれだけの難民を本国へ移送するには、かなりの時間を要しますが」
アムリッツァ外務大臣の質問に、僕はにやりとして答える。
「ゲーリックを占領し、拠点にする」
僕の言葉に、皆が唖然とした。
「どの道、すでに戦争状態なのだ。ゲーリックを占領したとしても問題ないだろ?」
「なるほど。それならば十数万の獣人を受け入れることができますな」
カルモンが手を打って納得した。
「分かりました。ゲーリック占領後に、私はインバム連邦王国から北の国々へ向かい、今回の戦争の正当性を各国に主張してきましょう」
「アムリッツァ外務大臣には苦労をかけるが、頼む」
当初の予定とは違うけど、こういうのは臨機応変に対応しなければいけない。
そんなわけで、僕は難民の代表者と面会することにした。
十数万の難民のほとんどは獣人だけど、少しだけエルフとドワーフ、それに珍しい小人族もいた。
獣人でも獅子、トラ、クマ、オオカミ、イヌ、ネコ、ウシ、ウサギ、タヌキ、キツネ、鳥、など多くの部族に分かれていて、そういった部族からそれぞれ代表者を出してもらった。
「余がザック・サイドスだ」
自己紹介すると、難民の代表者たちは地面に頭をつける。
「そのようにしていては話もできない。頭を上げて楽にしてくれ」
代表者たちが頭を上げたので、話を進める。
「我が国に亡命したいということで、間違いないか?」
単刀直入に聞く。
「はい! どうか受け入れていただきたく、伏してお願い申しあげます」
キツネの獣人と思われる老人が発言した。
以前、難民を受け入れた時、代表のレオンは言葉遣いが荒かったが、この老人はなかなか丁寧な言葉遣いをする。
「受け入れるのは構わない」
「ありがとう存じます」
多分、この老人が一番言葉遣いが丁寧なので、代表して喋るようにしているんだと思う。
「これより、我らはゲーリックを占領する。その後、難民はゲーリックに住んでもらうつもりだ」
「ま、待ってください!」
老人が慌てた表情で声を出した。他の代表者もかなり焦っているのが分かる。
「どうした?」
「我々をサイドス王国へお連れいただけないのでしょうか?」
彼らはここで肉盾にされることを懸念しているんだと思う。
アスタレス公国はそういったことを平気でしていたから、代表者たちは戦々恐々しているんだろう。
「陛下、よろしいでしょうか?」
「ガレリオンか、どうした?」
「その者たちと少し話をさせていただきたいのです」
このガレリオンは元難民で、僕がロジスタにいた時に助けた難民だ。その時の代表者であるレオンの息子だけあって、容姿はレオンに似ている。
「構わぬ」
「ありがとうございます」
ガレリオンは王国軍に所属していて、今は大隊長をしている。
父親のレオンは王国第二軍を率いているので、将来はレオン同様一軍を預かる将帥になってくれると期待している。
「俺はガレリオンと言う。俺もあんたたちと同じアスタレス公国の難民だったが、陛下に保護していただいた」
獅子の獣人であるガレリオンの言葉に、代表者たちが耳を傾けている。
「俺たちが陛下に保護を求めたおかげで、当時まだ伯爵だった陛下は領地を移封される処罰を受けた。それでも陛下は俺たちを見捨てることなく庇護してくださり、さらに俺の親父は子爵にまでしてもらった」
レオンを子爵にしたのは、一生懸命に働いてくれて優秀だからだ。
いい臣下を得られて僕のほうが助かっている。
「俺も陛下をお守りする部隊の大隊長にまでしていただいた。他にも陛下は多くの難民出身の奴らを重用してくださっている。その陛下がお前たちを無下に扱うことはないと、この俺が断言する!」
最後はかなり語気を荒げたガレリオンに、代表者たちが怯える素振りを見せた。
ガレリオンにしたら自分を始め、元難民を重用している僕に疑念を持った代表者たちが許せないのかもしれない。
そう思ってもらえるだけで、僕は幸せ者だ。
「国王陛下様。申しわけございません。そのようなこととは知らず、不遜なことを申しました」
そんなに謝ってもらう必要もないことだし、あまり謝られると背中がむずむずする。
しかし、彼らも今がどういう状況なのか知らないと、僕を信じきれないと思う。だから、正直なところを語って聞かせることにした。
「これだけの難民を移送する船がないというのは、分かってもらえると思う」
「……はい」
「だが、安心するがいい。このアスタレス公国は我がサイドス王国が併呑する。それは決定事項だ」
「へ、併呑に……ございますか?」
「すでに、宣戦布告は受けた。後は蹂躙するだけだ。来年の今頃のこの土地は、サイドス王国の国土となっているはずだ」
「おおおおおっ!」
代表者たちにこれからのことを語った。
その翌日、難民の中から兵士になりたいと志願する人たちが現れた。
「カルモン。ゲーリックに降伏勧告をしてくれ」
「承知しました」
志願兵はあれよあれよと増えていき、5万以上にもなってしまったので、暴発する前にゲーリックに降伏勧告することにした。
ゲーリックを守っている兵士たちの数はそれほど多くない。そのため、これだけの難民に囲まれてにっちもさっちもいかない状況下で、サイドス王国の国王である僕の降伏勧告があったことで、二つ返事で降伏した。
僕はゲーリックに入って、行政や軍事を司っていた役人たちを集めた。
「余は人種による差別はしない。また、不当な奴隷は認めない。そのことを心するように」
平伏して僕の言葉を聞いた役人たちに、倉庫でもなんでもいいから難民が住める場所を用意するようにと伝え、これまで獣人たちを差別して搾取してきた商人や町民から資産を没収した。
アスタレス公国を併呑するのは僕の欲からだ。しかし、こういった差別を解消できる副産物もある。
僕の欲は、これまで搾取してきた者からは忌み嫌われるだろうが、弱い者からは歓迎されるだろう。
しかし、この世界は弱い者のほうが圧倒的に多い。そういった弱い者を味方につけることで、僕の覇業は成り立つのかもしれない。
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