064_サイドス国王、敵を蹴散らす
目の前にはちょっとした丘陵があり、そこにアスタレス公国軍が展開している。
僕たちの行く手を阻むように布陣していて、通してくれと言っても道を開ける気配はない。外交問題になるぞと言っても聞く耳を持たない。
「宣戦布告と受け取るがいいか!?」
カルモンが大声でアスタレス公国軍の将軍に問いかけるが、返ってきたのは失笑だった。
「これを以てアスタレス公国による宣戦布告と受け取る!」
カルモンがそう断定し、帰ってきた。
僕はと言うと、やっと馬車から降りられ、アルタを召喚してその背に乗った。
「数はおよそ3万です」
カルモンが横に馬をつけ、報告する。
3万の軍を目の当たりにしても、馬車から降りることができるほうに目がいってしまう僕は、どうかしているのだろうか?
「ロジスタの悪魔である、陛下を倒すにしては少ないですな」
久しぶりにロジスタの悪魔って聞いたよ。
「カルモン。そのロジスタの悪魔は止めてくれ」
「ははは。いいではないですか、そういった二つ名で敵が怯んでくれれば、兵士たちを無駄に損なうこともありませんぞ」
「まあ、そうなんだけど……」
カルモンやゼルダに鍛えられた精鋭の騎士や兵士たちだから、簡単には死なないと思う。だけど、戦争に絶対はないので、敵が怯んでくれるのなら……。
「そろそろ動きますか?」
「伏兵はいないようだから、一気に殲滅しようか」
「承知しました」
「騎士団は陛下をお守りしろ! 大隊は我に続け! はっ」
「おおおおおっ!」
カルモンが馬を走らせ、2000の兵士たちがそれに続く。
ゼルダが手塩にかけて育て上げた精鋭なので、15倍の戦力差があっても怯むことはない。それくらいで怯むような兵士は、淘汰されている。
カルモンが敵の先鋒と激突し、敵兵士が空中に弾き飛ばされる。
今回の戦いは、アスタレス公国の愚かさを世に知らしめるためのものなので、半数も殺せばいい。
後は生き残った兵士たちが、公王家の愚かさを吹聴してくれるだろう。
しかし、僕はアスタレス公国の人たちには恨まれるんだろうな。いや、もう恨まれているかな。
ロジスタを得ることになった戦いでは当時の公太子を殺し、アスタレス公国で種族差別を受けていた獣人たちを助ける時は第五公子のメリス・アスタレスを殺し、今回は公王家自体を潰そうとしているのだから。
「陛下。一部の敵部隊がこちらに向かってきております。後方にお下がりください」
以前、アイゼン国の第四王子ゴウヨーに仕えていたけど、今は僕に仕えてくれている黒髪のアマリエ・サージャスが、僕に下がれと言ってきた。
あの頃は、黒髪ということもあったので、彼女の能力に比べ低い評価しか受けてなかったけど、今の彼女は騎士隊長になっている。
今回、カルモンの補佐として僕の護衛をしていたが、カルモンが国軍を率いて突撃したので、騎士は彼女が率いている。
「アマリエ。僕が下がることはない。敵がきたのであれば、それを蹴散らし前進するのみだ」
「されど……いえ、承知いたしました」
僕の言葉に従ったアマリエは、騎士たちに命じて僕を守るように陣形を整えた。
僕の周りにいる騎士は全員騎馬に乗っていて、敵の騎馬隊に対抗しやすいだろう。ただし、こちらの10倍くらいの2000騎がこちらに向かってきているので、数的不利は否めない。
それでも、僕の騎士は必ず敵を討ち倒してくれるものと、信じている。
「アマリエ。準備は整ったかい?」
「はっ、万全にございます」
「ならば、いこうか」
「承知しました。騎士たちに告ぐ! これより前進し、敵を迎え撃つ! 陛下のご前であることを忘れず、敵を踏みにじれ!」
「おおおおおおおおっ!」
僕たちはゆっくりと前進を開始した。
敵は足の速い騎馬隊で、統制がとれた動きをしている。
カルモンが相手している歩兵のほうは大した練度には見えないけど、こちらの騎馬隊は精鋭と思われる。
油断はしていないけど、気が抜けない戦いになるだろう。
「前衛! 敵を蹴散らせ!」
「おおおおおおおおっ!」
アマリエの命令で前衛の50騎ほどが速度を上げた。
「中衛はやや前進」
僕の目の前にいた中衛の50騎が、少し前進して僕との距離ができた。
前衛の騎士たちと敵騎馬隊が激突した。
数は圧倒的に敵騎馬隊のほうが多いが、騎士たちは敵騎馬を踏みにじって中央に大穴を開けた。
「左翼、突撃!」
「おおおおおおおおっ!」
突出した形になった敵の右翼を叩くために、左に配置していた騎士50騎が一気に加速する。
その左翼が敵右翼と激突する。敵右翼もよくやっていて、持ち堪えている。その戦況を見たアマリエは、右翼を動かすことにしたようだ。
「右翼、前進! 敵の心を折ってくるのだ!」
「おおおおおおおおっ!」
敵左翼は最初の激突の後、なぜか動きが悪かった。それを見て取ったアマリエが敵左翼を完全に叩き潰して、戦力を左翼に集中しようとしているように思える。
しかし、敵左翼も精鋭で、瓦解する直前で陣形を立て直し、味方右翼の猛攻に持ち堪えた。
これにはアマリエも予想外だったのか、この後の対応をどうするかかなり迷っているように見える。
表情がドンドン強張っていき厳しいものになり、忙しなく視線が動く。
彼女は僕を守るために、万全を期さなければいけないといけないと思っているようだけど、僕は誰かに守られるほど弱くはないと自分では思っている。
それに、とても厳しい訓練を日々積み重ねてきた騎士たちなので、彼らを信用しなければいけない。
「アマリエ、迷うな。迷えば、それが騎士たちの命を奪う」
「っ!?」
「騎士たちを信じろ。彼らは世界一の精鋭だ」
アマリエの目が見開かれ、先ほどまでの厳しい表情がスウッと消えていった。
「余のことを守るために、守りを固める必要はない。余を守るために攻めよ」
「はっ、みっともない姿をお見せし、恥ずかしい限りでございます」
彼女は僕の目の前に陣取っている騎士たちを動かす決意をしたようだ。
これで僕を守る騎士はいなくなる。だが、それでいい。
僕は誰かに守られるつもりはないし、守られなければいけないのなら大陸統一なんてできないと思っている。
「全軍、前進! 一気に決めるぞ!」
「おおおおおおおおっ!」
それでいい。攻めてこそサイドスの騎士だ。
彼女は有能だが、真面目過ぎる。
人の命がかかっているので、こんな言い方は適切ではないかもしれないけど、戦いなんて真面目にやったら精神を病むだけだ。
だから欲のために動けばいい。欲こそ人を動かす原動力なのだから。
僕も共に戦闘に加わることにした。
グラムを振り上げ、アルタを走らせる。
「皆の者! アスタレスなど何ほどぞ!」
「アスタレスなど何ほどぞ!」
「おおおおおおおおっ!」
僕が叫ぶと、アマリエも叫んだ。すると、僕たちの声に触発された騎士たちが、大地を揺らすほどの雄たけびをあげる。
頼もしい騎士たちだ。
『結局、いいところを持っていくな』
『え、そうかな?』
『ここはアマリエに任せておけばいいものを、ザックは本当に戦闘狂だ』
『えーっ! 僕は戦闘狂じゃないから!』
アマリエの指揮によって騎士たちは敵の騎馬隊を殲滅した。
カルモンのほうも、危なげなく敵を蹴散らせて僕たちは勝利を得た。
アスタレス公国は公太子が僕に討ち取られてから、次期公王を巡った戦乱が続き、そこに魔の大地からモンスターも出てきて国は疲弊している。
そこに今回の戦いの被害を考えると、国として軍事力を維持できなくなってくるだろう。