060_サイドス国王、覇道を歩み出す
アスタレス公国へ向かう時期になった。
新しいアスタレス公王の即位式へ出席するのだけど、この即位式への出席がヤバイ。新公王が僕のことを敵視しているもんだから、僕はこの旅で命を狙われてることになる。
「陛下、此度のアスタレス公国行きはご辞退なされませ」
謁見の間で大臣たちと最後の会議だ。
その最後の会議でシバ・シンが僕にアスタレス公国いきを辞退しろと言う。どうしたんだ?
「急に何を言うんだ、シバ・シン」
「不確定情報ですが、新公王が陛下のお命を狙っておられるとの情報を入手しました。本来なら不確定情報を陛下へ上申するのは憚られますが、時間がありませんので不確定情報であっても陛下へ上げさせていただきました」
すごいな、情報部を任せてまだ2カ月くらいしか経っていないのに、もうアスタレス公国の中枢の情報を得ているのか。
『こいつの使っている奴らは優秀だ。すでに裏づけも終わり、こちらに情報を送っている最中だぜ』
『頼もしい限りだね』
「シバ・シン」
「はっ」
「その情報を信じよう」
「ありがたきお言葉」
「されど、アスタレス公国へはいく」
そこでカルモンが前に出てきた。
「陛下、それは危険です。なにとぞお考え直しを」
カルモンに釣られてゼルダたちも考え直せと言ってくる。
「皆が余の心配をしてくれるのはとても嬉しい。だが、これはチャンスだと思わないか、シバ・シン」
「たしかに、チャンスでございますが、何も陛下が餌とならずともよいと愚考いたします」
「陛下、それにシバ・シン殿、いったい何の話ですかな?」
カルモンが首を傾げる。
「いい機会だ。皆にも余の存念を語って聞かせるとしよう」
全員が膝をついて僕の話を聞く姿勢をとった。
「余はこのサイドス、つまり旧アイゼン国だけで満足するつもりはない」
シバ・シン以外の大臣が顔を上げる。皆、驚いている表情をしている。
「アスタレス公国を喰らい、ウインザー共和国を飲み込む」
「そ、それは……」
財務大臣のアンジェリーナ・ザルファが、思わず口を開いて言葉を飲み込むように閉じた。
「それだけではない。余はこの大陸を統一するつもりだ」
誰となく「大陸統一」と呟く声が聞こえてくる。
「今回のアスタレス公国のことは余にとってこの上ないきっかけになるだろう」
誰もが息を呑む中、僕は話を続ける。
「アスタレス公国などに苦戦するようでは、大陸統一などできはしない。そして、アスタレス公王ていどに暗殺されるようでは大陸統一など夢のまた夢。余は強い意志を持ち、何ものにも負けぬ強さを見せつけ、大陸を統一する」
静寂が支配するこの場で、立ち上がった人物がいる。シバ・シンだ。
「陛下の覇道を支えるが、我ら臣下の道理」
すると、カルモンとゼルダが立ち上がる。
「陛下が覇道を進むのであれば、露払いは我ら近衛騎士団の役目!」
「我ら軍部は陛下が歩かれる覇道を築く一助となれますよう、兵を鍛え備えましょうぞ!」
カルモンとゼルダに続き大臣たちが立ち上がり「大陸統一」の大合唱になる。
彼らがいれば大陸統一は必ず叶うと、頼もしく思う。
「カルモン、ゼルダ。アスタレス公王が余の暗殺を企んでいようと、そのようなことは些細なことだ。その企みを真っ向から打ち破り進む。いいな!」
「承知! 我ら近衛騎士団が必ずやアスタレス公王の企みを打ち砕いて見せましょう!」
「王国軍とて陛下の覇道を阻もうとするアスタレス公国を滅ぼして見せましょうぞ!」
僕は2人から視線を外して、他の大臣たちを見た。
「皆の者、アスタレス公国は足掛かりにすぎぬ。先は長いが決して余は止まらぬ。そのためには皆の力が必要だ。余を助け、支えてくれ。この通りだ」
僕は玉座から立ち上がって大臣たちに頭を下げた。
「何を仰いますか! 我らは陛下の偉業に立ち会えて嬉しいのでございます! 頭をお上げください、陛下」
叔父のラルフ・ケンドレーの言葉が発端になり、皆が同じように言ってくれる。
僕はいい臣下に恵まれた。こんなに嬉しいことはない。
「アスタレス公国には予定通り出発する。余が帰国したらすぐにアスタレス公国へ進軍する。皆、備えよ!」
「はっ!」
謁見の間における出発前の最後の大臣会議は終わった。
その足でユリア妃に会いにいく。
ちょっとだけお腹が大きくなってきたユリア妃は、いつもと変わらず美しい。
「明日、出発するよ。君のお腹が大きくなってきている時にサイドスを離れることになり、すまないと思っている」
「公務なのですから、仕方がないことです。どうかご無事にお帰りください。陛下」
ユリア妃の声は僕の心に安らぎを与えてくれる。聞いているだけで心地いいのだ。
「ユリア妃も体を大事にしてほしい。僕は必ず帰ってくるから、お互いに元気な姿を見せあおう」
「うふふふ、まるで戦地へ赴くような言葉ですね、陛下」
「そ、そうかな?」
「ご武運をお祈りしております」
ユリアの瞳が真っすぐ僕を見る。
彼女は今回のアスタレス公国いきの裏にある意味に気づいているのかもしれない。
「ありがとう。その言葉で僕は100万の軍を得たと思えるよ」
お茶を飲むが、相変わらず美味しいお茶だ。
湯気の向こうに見える美しいユリア妃、そのお腹にいる僕の子のためにも僕はユリア妃の元に帰ってくる。
翌日、僕は旗艦ジョージ・ワシントンに乗り込み、サイドス港を出港した。
同行するのは外務大臣ハイマン・アムリッツァ、近衛騎士団長アバラス・カルモン・マナングラード、そしてスーラだ。
曇天の中の出向だが、これはアスタレス公国の未来を暗示するものであって、決して僕の未来ではない。
予定では10日もかからずにアスタレス公国の港に到着する。
そんな航海の2日目だった。岸からそれほど離れていない近海で、海のモンスターに出遭ったのだ。
『珍しいな、シーサーペントだぞ』
『シーサーペント……?』
『もっと深い海にいる海生のモンスターで、こんな近海にいるような奴ではないんだがな』
『それって、スーラが以前言っていたとても強いモンスターのこと?』
『まあ、ちょっと強いていどの雑魚だ』
『スーラから見れば、どんなモンスターでも雑魚になるよね?』
『分かっているじゃないか。ははは』
スーラには雑魚でも僕たちにとっては危険なモンスターだ。
気を緩めず対処する必要があるだろう。
「全砲門、弾こめーっ!」
艦長が水夫たちに命令を下す。
「陛下、ここは危険ですのでお部屋にお戻りください」
「いや、ここでいい。皆の戦いぶりを見たい」
「……承知しました」
艦長はやりにくいかもしれないけど、僕はこのジョージ・ワシントンの戦闘力を見てみたい。
今後、僕が大陸に覇を唱えるにしても、必ず海戦があるはずだから僕の目でアメリカン級戦艦の戦闘力を確認しておきたいのだ。
「距離3500!」
艦長は望遠鏡を覗きながらシーサーペントまでの距離を指示する。
シーサーペントはとても長い胴体をしていて、奇麗な青色の鱗を持った蛇型のドラゴンだと聞いたことがある。
僕たちの前に現れたシーサーペントは、話に聞いていたようにとても長い胴体をして、その体をうねらせて僕たちのほうへ向かってくる。
まだ3500メートルも離れているというのに、シーサーペントからこちらに向けられる殺気が伝わってくる。
「全砲門、ぅってーっ!」
ドンッドンッドンッと腹に響く轟音と共に振動があって、ジョージ・ワシントンの側面から煙が立ち込める。
これは大砲というもので、円錐状の砲弾を火薬という爆発する粉を使って飛ばす武器だ。とても遠くまで砲弾を飛ばすことができ、高い破壊力を持つ武器で東の大陸の戦争はこの大砲や規模の小さい鉄砲という武器が主流になっているとスーラが言っていた。
旗艦ジョージ・ワシントンの砲撃の直後、二番艦ジョン・アダムス、三番艦トーマス・ジェファーソンからも砲撃があり、百を超える砲弾がシーサーペントに向かって飛んでいく。
砲弾は目を強化している僕にも追うのがやっとの速さで飛んでいき、青い鱗で守られたシーサーペントの体に着弾した。
着弾数は3割といったところだろうか? でも、シーサーペントもかなり速い速度で動いているのに、それだけ着弾するのはかなり高い命中精度だと思う。
「着弾、約30。次弾こめーっ」
艦長の命令で次の砲弾が大砲に込められる。
シーサーペントは今の攻撃で鱗が剥がれて血を流している部分がある。だけど、全長が軽く300メートルを超える巨体のシーサーペントはまったく止まることなくこちらへ猛進してくる。むしろ怒り狂っているようだ。
「距離2900!」
20秒くらいで、600メートルも移動するその速度は脅威以外の何物でもないだろう。
「全砲門、ぅってーっ!」
僕の部下たちも優秀で、短い時間で薬莢を排出して新しい砲弾をこめ、そして距離を補正する。
この練度ならどんな海軍と遭遇しても、僕の部下たちが負けることはないと思える。とても心強いことだ。
「着弾40だ! 次弾こめーっ!」
この後、嵐のような砲撃を受けたシーサーペントは、艦隊に傷をつけることもできずに息絶えた。
体中に痛々しい穴が開いているシーサーペントを係留して、ボッス領の領都にもなっている港町へ寄港する。
<同行人員概要>
外務大臣ハイマン・アムリッツァ
近衛騎士団長アバラス・カルモン・マナングラード
スーラ
近衛騎士が300名
兵士が2000名
水夫900名
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