058_サイドス国王、決勝戦(剣の部)を見る
昼を挟んで観客の入れ替えが行われたコロッセオでは、これから剣の部の決勝戦が行われる。
剣の部の決勝進出者は、サンマルジュ王国の騎士団長であるミヒャエル・シルバーハンド。
スーラのアナウンスで西側のゲートからミヒャエル・シルバーハンドが入場して競技台へ上がる。
まだ30歳にもなっていない赤髪の野性味溢れる雰囲気の人物で、カルモンがジャスカよりも強いと言うほどの剣の腕前だ。
東ゲートからカルモンが入場して競技台へ上がる。
落ち着いているというのが、今のカルモンを見た感想だ。いつもカルモンは落ち着いているが、今日はひと際落ち着いているように見える。それでいてカルモンが放つ存在感は不動のものなのだからさすがである。
今回もスーラから説明があって、試合が始まろうとしている。
「それでは、試合を始めます。お互いに構え! ……始め!」
スーラの合図にミヒャエル・シルバーハンドが弾かれたように飛び出した。
カルモンに向けて長剣を振り下ろすミヒャエル・シルバーハンドは笑顔だ。こういう顔をする人種は戦闘狂なんだよね。
「剣聖殿、勝たせてもらう!」
だらりと力がまったく入っていない構えのカルモンが、ミヒャエル・シルバーハンドの長剣を危なげなく躱す。
2人の動きはさすがと言うべきで、僕ではその動きの全てを見切ることはできない。むしろ、見切れる動きのほうが少ないだろう。
「某はもう剣聖ではないぞ、ミヒャエル・シルバーハンド殿」
「長きに渡り剣聖の座に君臨した、史上最強の剣聖アバラス・カルモン・マナングラードが何を仰るか!」
動のミヒャエル・シルバーハンドに対して静のカルモン。
その動きは恐ろしく対象的だ。
ミヒャエル・シルバーハンドの剣は、恐ろしいほどの鋭さがあり、強固に造った競技台の床がミヒャエル・シルバーハンドの踏み込みによってヒビ割れている。
僕ではあの剣を受ける自信がない。もし、僕がミヒャエル・シルバーハンドと戦うのであれば、最大出力の重力魔法で動きを阻害するか、創造魔法でとても深い落とし穴に落として蓋をする。
絶対に近づいて攻撃するようなことはしない。近づいたら最後、例え30倍の重力で動きを阻害していても、一瞬だけ動きそうな気がするし、その一瞬で僕は切り捨てられてしまうだろう。
試合が始まって30分ほどが経ったけど、ミヒャエル・シルバーハンドの動きは一向に衰えないし、カルモンも避けることに終始している。
「剣聖殿、某の動きが悪くなるのを待っているようだが、某はそんなに軟な鍛え方をしてはいませんぞ」
確かにミヒャエル・シルバーハンドにはまだ余裕があるように見える。
おそらくだが、剣王時代のザバルよりもミヒャエル・シルバーハンドのほうが剣の腕は上だと思う。ザバルは槍のほうが得意だったのに剣王になった逸材だけど、目の前でカルモンと戦っているミヒャエル・シルバーハンドは剣王どころか今の剣聖並みの強さがあるんじゃないかな?
「いやいや、貴殿の動きに隙がないから、隙を探っているのだ」
「それは嬉しいことを仰ってくださる!」
2人は笑顔で会話しながら、攻防の手は緩めない。
手に汗握る戦いで、いつまでも見ていたいと思ってしまう。
「今日のこの試合に、某の全てを出し切りますぞ、剣聖殿」
「光栄なことだ。貴殿のその意気に応えねば失礼にあたるであろう」
「手加減は一切無用。例えここで死んでも文句は言いませぬぞ」
いや、死んではダメだから。それだと、カルモンが失格になってしまうから。
2人の動きが止まった。先ほどまであれほど激しい動きをしていたミヒャエル・シルバーハンドが大上段に剣を構え、カルモンへ打ち込むその時を待っている。
対するカルモンも右手に持った剣をだらりと下げた無明の構えで、ミヒャエル・シルバーハンドの攻撃を受けるようだ。
「ミヒャエル・シルバーハンド、推して参る!」
ミヒャエル・シルバーハンドの後ろに何か恐ろしいまでの気迫が見える。
……あれは、あれは武神、武神が見えるようだ!
「こいっ!」
カルモンが短く応えると、カルモンの気迫も何かを形どっていく……。
カルモンは……慈悲の神なのか、僕には柔和で慈悲に満ちた神の姿が見える。
僕は今、神々の戦いを目の当たりにしている……のか?
「はっ!」
ミヒャエル・シルバーハンドの姿が消えた。同時にカルモンへ続く床の割れ目ができていた……。
ミヒャエル・シルバーハンドはどこにと探すと、なんとミヒャエル・シルバーハンドは上空にその体を浮かせていた。いったい何が起こったのか?
ミヒャエル・シルバーハンドの体が競技台の下へ落ちていく。ミヒャエル・シルバーハンドの意識はないように見える……。
ドサッ。ミヒャエル・シルバーハンドが場外に落ちて動かない。
「………」
静寂がコロッセオを支配する。
そんな中、スーラだけが場外へ落ちたミヒャエル・シルバーハンドに対してカウントを重ねていく。
「3……4……」
あんなに高々と空中に浮いて無防備な状態で場外に落ちたミヒャエル・シルバーハンドは無事なのか?
スーラがカウントしているから生きていると思うけど……。
「7……8……」
ミヒャエル・シルバーハンドの体がピクリと動いたように見えた。
腕が動いて立ち上がろうとしている……。あ、目が白目だ……意識がなくても闘争本能だけで体が動くのか……。
「グオォォォォォォォッ!」
ミヒャエル・シルバーハンドが立ち上がったけど、完全に本能だけで立ち上がっているのが白目で分かる。
「9……」
一歩、二歩と競技台へ向かうミヒャエル・シルバーハンドだが……。
あと一歩というところで、スーラが無情にも10をカウントした。
「うぉぉぉぉぉっ」
歓声が上がるのだが、ミヒャエル・シルバーハンドは競技台へ戻って剣をカルモンに向ける。ミヒャエル・シルバーハンドの本能は戦いを望んでいるようだ。
だけど、そんなミヒャエル・シルバーハンドの後ろにスーラが姿を現すと、手刀を首に入れた……。
ミヒャエル・シルバーハンドはその場に倒れ込むが、スーラがミヒャエル・シルバーハンドの体を支えてチープエリクサーを口の中に無理やり流し込んだ。
その光景を見て僕は思った。最強はスーラなんだと……。
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