056_サイドス国王、不穏分子を監視する
最終予選が終わったその夜は、本戦出場者を称えるパーティーを盛大に開いた。
このパーティーの目的は、本戦出場者で特定の貴族や国に仕えていない人物をスカウトするという意味もあり、国内外の貴族が未所属の本戦出場者に積極的に声をかけている。
僕はというと、選手のほうではなく、貴族たちの動向を見ている。
あまり強引な勧誘をしたり、選手を侮辱するような貴族がいるのは好ましくない。
弟のストライムに関しては、槍の部の出場選手のスベルキンに声をかけたようだ。
スベルキンは本戦に出場していないのに、声をかけられてかなり驚いていたと聞いている。
まだスベルキンから返事はもらってないようだが、願わくばスベルキンが僕にとってのカルモンのような存在になってくれればと思う。
パーティーが終わって、僕は自室で寛ぐ。と言っても、今の僕がかかえている課題は多いのでつい考えてしまう。
魔の大地の開発。アスタレス公国の対応。キャムスカの謀反。キリス王国の対応。シバ・シンの登用。経済は立て直せたと思うけど、サイドスから旧王都までとロジスタまでの道の拡充整備は引き続き進めることになる。
幸いなことに魔の大地の開発は軌道に乗りつつあって、ミスリル、金、銀、銅といった金属の採掘が始まった。
国内外からドワーフたちが集まってきて、こういった鉱山の開発に取り組んでくれたのが大きい。しかも、魔の大地の鉱山は国の直轄なので、実入りは大きい。
アダマンタイトはまだ掘っていないけど、アダマンタイトの鉱脈があるエリアは確保しているので、ミスリル、金、銀、銅の採掘が安定したら開発できるだろう。
魔の大地の鉱山開発に関しては、奴隷落ちした重犯罪者を大量に送り込んでいる。
鉱山は劣悪な環境なので、罪人たちが刑期を終えるまで生きている保障はない。可哀そうと思わないでもないけど、鉱山に送られるようなことをした罪人だと割り切っている。
アスタレス公国のほうは、ゼムラス・キャムスカが侯爵のジーゼス・ケントレスに接触した。
魔の大地に近い領地を持っている2人は、魔の大地の開発に参加できなかったことに不満を持っているようだ。だけど、ジーゼス・ケントレスは不満があっても謀反をしようとは思わないとゼムラス・キャムスカに回答したらしい。
ゼムラス・キャムスカは元々アスタレス公国と繋がっている人物なので、アスタレス公国よりの考え方をするが、ジーゼス・ケントレスは対アスタレス公国の筆頭という立場だ。しかも、ジーゼス・ケントレスは僕と戦っても生半可なことでは勝てないと理解していて、アスタレス公国と手を結んでもそれだけでは勝てないと判断したようだ。
キリス王国のほうは、お互いに大使を派遣して友好を深めようという話になった。
今回の武術大会に合わせて代表団を送ってきたけど、その代表団の団長が大使としてサイドス王国に駐在することになる。
シバ・シンについては武術大会が終わったら再び訪問するつもりだ。
スーラに言わせると、あと二回は訪問しなければダメらしいけど、次の訪問で決めたっていいと思う。なぜ三回に拘るのか、僕には理解できない。
道路の整備は職に就けていなかった人たちを雇用し続けるのが目的なので、20年計画になっている。
ただし、募集しても人が集まらなければ、それはそれでいい。募集して人が集まらないということは、他に仕事があるということなので、そのほうが国としてはいいことなのだ。
最悪、道のほうは軍を使えばいいのだから、経済がどんどん向上して人材不足になるくらいのほうがいい。
武術大会の本戦が行われる。
通路の上から見るとコロッセオの周囲は最終予選よりも多くの人が集まってきていて、熱気に包まれている。
この調子だと、コロッセオの中はもっと熱気溢れる状態なんだろう。
実際にコロッセオの中に入ると、試合前なのに外の熱気が温いと思えるほどの熱気だ。
「陛下、すごい熱気ですね」
弟のストライムは、頬を真っ赤にして興奮している。
「落ち着け、ストライム。試合前からそれでは、試合が始まったら倒れてしまうぞ」
「はい!」
この武術大会でストライムとの距離はかなり縮まった気がする。
四女リリアンヌと五女イシュタルとも距離がやや縮まったと思うが、八男ジョセフはまだ6歳ということもあって人見知りが酷く、僕には懐いてくれない。
こればかりは気長に距離を縮めていくしかないと思っている。
「陛下、カール・アイゼン侯爵が拝謁を望んでおります」
カール・アイゼンはユリア妃の兄で元王族だ。
元王族の多くはユリア妃を裏切り者と言って憚らないが、カール・アイゼンはユリア妃と友好的な人物だったので侯爵にして他の元王族を引き取ってもらっている。
カール・アイゼンに限らず、この貴賓席に入った僕やユリア妃に挨拶をしたいという貴族は多い。
「通せ」
「はっ」
すぐにカール・アイゼンが貴賓席の中に入ってくる。
「陛下におかれましては、ご機嫌麗しいご様子。お慶び申しあげます」
「カール殿、楽にしてくれ」
僕に頭を下げて挨拶したカール・アイゼンに声をかけると、カール・アイゼンは頭を上げてユリア妃に挨拶をした。
「陛下、お耳を拝借したく」
挨拶が終わると、カール・アイゼンの表情が緊張したものに変わった。
僕と彼の間には近衛騎士がいるが、大きな声では話せないことがあるようだ。
「近くへ」
「ありがとうございます」
カール・アイゼンが2歩、3歩と近づき、僕の耳に顔を近づける。
「昨日、キャムスカ伯爵が某を訪ねて参りました」
「それで?」
キャムスカ伯爵はこのサイドス王国に1人しかいない。つまり、あのゼムラス・キャムスカだ。
「アスタレス公国と協力して、アイゼン国を再興しないかと持ちかけられました」
ホリス・アスタレスとゼムラス・キャムスカが精力的に動いているのは、知っている。
彼らは知られていないと思っているようだけど、スーラがばっちり監視しているから、彼らの動きは僕の耳に入っているし、カール・アイゼンにゼムラス・キャムスカが接触したことも聞いている。
僕は表情を崩さず、一言「ご苦労」と声をかけカール・アイゼンを下がらせた。
カール・アイゼンは僕の態度で、僕がその話を知っていることを悟ったようだ。大きく驚きはしなかったが、やや動揺が見えた。
『カール・アイゼンはザックの下で貴族として生きることを決意している。キャムスカはそのていどのことさえ見抜けない愚か者だ』
『カール・アイゼンは大丈夫でも、他の元王族が話に乗るかもしれない。スーラは、引き続き彼らの監視をお願い』
『任せておけ。奴らのことは完全に監視下においている。ただ、カール・アイゼンの動きを受けて奴らの動きが鈍るのが懸念材料だな』
『カール殿が僕に会ったことはすぐにゼムラス・キャムスカの耳に入るだろうから、今までのように活発な動きは控えるかもしれないね』
ホリス・アスタレスとゼムラス・キャムスカの動きは完全に把握しているから彼らを泳がせていたんだけど、今回のことで動きが鈍る可能性がある。
そうすると、僕に不満を持っている貴族の炙り出しが停滞してしまうことになる。
スーラに勧められたからということもあるが、僕は不満を持っている貴族を徹底的に潰すつもりだ。
それによって、サイドス王家が旧アイゼン王家のように形骸化するのを防ぐ。
旧アイゼン王家のアイゼン国では貴族が力を持ちすぎて、国を潰す結果になった。僕はサイドス王国をそのようなことにはしたくない。だから、貴族の力を削ぎ、譜代の臣下と一族に領地を与える。
もちろん、忠誠を誓う貴族を潰すつもりはない。あくまでも不満を持っている貴族を潰したり領地を減らすだけだ。
「陛下、兄上はなんと?」
「不穏な動きがあると教えてくれたよ」
「まあ……」
ユリア妃は政治に口を出さない。
僕があえて話した場合は、何かしらの意見を言うこともあるけど、自分から進んで政治に関与しない。
結婚する前に、政治には関わらないようにと話しておいたからだと思うけど、ユリア妃はそれを守っている。とても賢く聡い女性だと思う。そして、そんなユリア妃だからこそ、僕は彼女を信用できる。
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