055_サイドス国王、人材登用
最終予選は3日間行われるが、今日はその最終日だ。
カルモンとザバルはシードから2勝してすでに本戦へ出場が決まっている。
本戦出場者は剣の部と槍の部でそれぞれ16名の合計32名。今日でその全ての本戦出場者が決まることになる。
大会中、怪我をした人はチープエリクサーによって怪我を治療している。部位欠損があった場合はエリクサーによって治療した。
これまでは死者は1人も出ていない。これからも出ないことを祈るが、こればかりは絶対はない。
『おい、面白い奴を見つけたぞ』
試合を観戦していたら、スーラから急な念話が届いた。
『唐突だね』
『お前のほしがっていた人材だ』
『と言うと……あの件?』
『そうだ。俺は進行役だからいけないが、ザックがいってスカウトしてこい』
『今から? 明日じゃダメなの?』
『それで機を逃したらどうするんだ?』
『……分かった』
僕はユリア妃のほうに身を寄せる。
「ちょっと急用を思い出したので、僕はいってくるね」
「まあ、今からですか?」
「悪いけど、ストライムたちのことを頼むよ」
「はい、お任せください」
ストライムたちは試合観戦に集中しているので、声をかけずに貴賓席から出ていく。
「陛下、いかがなさいましたか?」
「これより町に出る。護衛は不要だ」
「そういうわけにはまいりません。どうか護衛を」
近衛騎士としてそう言わざるを得ないのは分かっている。
「5人だけついてくるように。あとは、しっかりとユリア妃たちを守るように」
「……分かりました」
僕は5人の近衛騎士を連れてコロッセオを出た。
念話でスーラが道案内をしてくれるので、道を間違うことはない。
『ところで、その人物はどんな人なの?』
『そうだな、簡単に言うと変人だ』
『変人? どんな風に?』
『それは会ってのお楽しみだ』
スーラは勿体ぶっているけど、変人はスーラで慣れているからね。スーラは人じゃなくてスライムだけど。
向かった先は商店が立ち並ぶ港区の一角。
普段は人で溢れているはずの区画だけど、今は武術大会が開催されているので人はまばらだ。
『そこの店の店主の四男でシバ・シンというガキが目当ての奴だ』
『シバ・シン? 珍しい名前だね。どこの出身なの?』
『東のシン国だ。親父のシバ・コウが半年ほど前にこの店を出して以来、シバ・シンはこの店の裏にある家で暮らしている。ただし、シバ・シンは店を手伝っているわけではない』
『難しい名前だね、シバが家名なの?』
『そうだ、シバが家名になる』
『しかし、そのシバ・シンは店を手伝わずに何をしているの?』
『プー太郎だ』
『プー太郎?』
『簡単に言うと、無職ってことだ』
『……そんな人物で、大丈夫なの?』
『大丈夫だから勧めているんだが?』
『スーラはそう言うけど、かなり不安だよ』
『まあ、働いていないわけではない。このサイドス王国の相場などの情報を集めて販売戦略を立てているのが、シバ・シンだ。ただし、気が向かないと働かないので、親父は困っているみたいだがな』
『なるほど、気分屋なんだね』
僕は店の中に入る。あまり見ない珍しい品々が陳列されている店だ。
「いらっしゃいませ」
店員から声をかけられたけど、僕はその店員に見入ってしまった。
「どうかされましたか?」
「あ、いや。失礼」
その店員は艶やかな黒い髪の毛に、吸い込まれそうな黒い瞳の女性だった。
僕がクソオヤジから疎まれたのは、瞳の色が黒いからなのでなんだか親近感が湧く。
スーラは東には黒髪黒目の人たちがいると言っていたけど、彼女はそこの出身なんだろう。
「僕はザック・サイドスという者です。シバ・シン殿に取り次いでいただきたい」
「え、サイドス……? ザック・サイドス陛下!?」
女性にシバ・シンへの面会を申し入れると、女性はかなり慌てた表情をした。
それもそうだよね、ここに国王である僕がくるなんて思ってもいなかったはずだ。
「ただ今、お飲み物をお持ちしますので、奥へどうぞ」
『ここで待つと伝えろ』
『飲み物を出してくれるって言ってるよ?』
『お前はお茶をしにきたのか!?』
『冗談だよ、冗談』
「お気遣いなく。ここで待たせてもらいます」
「……少々お待ちください」
女性は速足で店の奥へ姿を消していった。
僕は店の中を見渡した。店員が僕を遠巻きにしておろおろしているのが見える。いきなりきてしまってごめんね。
しばらく店の中を物色する。外に近衛騎士たちがいるからか客は入ってこない。営業妨害もいいところだね。まあ、今は武術大会が開かれているので、人はそちらに多く流れていて、この商店街にいる人はかなり少ないけど。
先ほどの女性店員が戻ってきた。そんなに息を弾ませるほど急がなくてもいいのに。
「も、申しわけございません。シバ・シンは先ほど出かけてしまいまして……」
いないらしい。
僕はスーラの勧めでここにきたけど、シバ・シンという人物がいない。スーラにしては珍しいミスをするものだ。
「そうですか、日を改めてまた訪問させてもらいます」
「申しわけございません」
深々と頭を下げる女性定員に、気にしないようにと声をかけて店を出る。
アルタの鼻筋を撫でながら城に帰るかコロッセオに向かうか考える。
『コロッセオのほうはもう試合は終わりそう?』
『もう最後の試合だ』
『それなら城に帰ることにするよ』
『おう、今日は本戦出場者を労うパーティーもあるからな。お前は城に向かうといいだろう』
僕はアルタに跨り、城に帰ることにした。
『しかし、スーラがミスするなんて、珍しいね』
『俺がいつミスしたっていうんだ?』
『だって、シバ・シンは店にいなかったよ。シバ・シンがいない時間に僕を案内するなんて、今までのスーラにはなかったポカだよね』
『バカ野郎! シバ・シンはちゃんといたぞ』
『え?』
『居留守を使ったんだよ』
『居留守って、僕、国王だよ?』
『別に国王だとか帝王は関係ない。シバ・シンの気が向かなければ会うことはないってことだ』
『えーっと、それだと僕は無駄足だったわけ?』
『バーカ、無駄足なわけないだろ! 世の中には三顧の礼って言葉があるんだよ』
『またわけの分からない言葉が出てきたよ。その三顧の礼って何?』
『三顧の礼ってのはな、目下の者の家に三度出向いてもその人材を得るという意味だ。つまり、シバ・シンはそれほど優秀なんだと言っているようなものなんだよ』
『たしかに、国王の僕が三度もシバ・シンの家に訪問すれば、シバ・シンがそれほどの人材だと言っているようなものだけど……』
スーラの国には面倒くさい風習があるんだね。
『ああ、そうだ。言うのを忘れるところだったぜ。ホリス・アスタレスの配下がゼムラス・キャムスカに接触したぞ』
『え、今それを言う?』
『さっき会っていたから仕方ないだろ』
『まあそうだけど……』
ゼムラス・キャムスカ伯爵は僕が飛躍するきっかけになったアスタレス公国との戦争で、アスタレス公国に内応していた人物だ。
魔の大地から溢れ出したモンスターとロジスタで戦っていたが、そのモンスターを駆逐した後は僕のサイドス王国で領地を安堵した。
しかし、このタイミングでアスタレス公国の人間と接触したとなると、またよからぬことを考えているんだろうな……。
『何を話していたの?』
『ザックも予想はしているんだろ?』
『……まあね』
『その予想は正しいと思うぞ』
『ゼムラス・キャムスカ以外にその話に乗る貴族はいるの?』
『ジーゼス・ケントレスに話を持っていくらしぞ。まあ、ジーゼス・ケントレスがその話に乗るかは不明だがな』
『まったく……』
『獅子身中の虫』
難しそうな言葉が出た。スーラの国の言葉だと思うけど、どんな意味なんだろうか?
『その意味は?』
『組織の一員だが組織に害をもたらす者のことだ』
『ゼムラス・キャムスカは、まさにその通りだね』
『とりあえず、ジーゼス・ケントレスがどのような反応をするか、監視しておく』
『お願いするよ』
せっかく犯罪者たちを駆逐したというのに、今度は謀反か。
恐怖で貴族を支配するザック・サイドスらしいといえば、らしいか……。
本戦出場者。
剣の部:招待者13名、一般参加者3名、合計16名。
槍の部:招待者11名、一般参加者5名、合計16名。
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