053_サイドス国王、武術大会開幕
数日後には武術大会が開催されることから、各国からの来賓も続々と入国している。
僕は各国の来賓と面談したり、パーティーを開催したりで毎日が目の回るような忙しさだ。
「アスタレス公国第三公子ホリス・アスタレスと申します。サイドス王にお会いでき、嬉しく思います」
このくすんだ茶髪に野心を滲ませる茶色の瞳をするホリス・アスタレスは、第二公子サンドレッド・アスタレスと公太子の座を争って敗れた人物だ。
敗れたと言っても、和解してサンドレッド・アスタレスを公太子として認めたため、国の代表として他国に赴くこともできる。
サンドレッド・アスタレスに男子の子供がないので、サンドレッド・アスタレスが公王になった暁にはホリス・アスタレスが公太子になる予定だ。
サンドレッド・アスタレスは30手前だから、これから嫡子となる男の子が生まれる可能性はまだ十分にある。もし男の子が生まれた場合、ホリス・アスタレスの立場はどうなるのかな……。
まあ、僕がホリス・アスタレスのことを心配してやることもないか。
「ザック・サイドスである。遠路はるばるよくいらしてくれた」
一応、国を代表してやってきているので、僕が相手をするのが礼儀。
他の国も同じで、国の代表としてやってきた貴族の挨拶を受けるのも僕の役割だ。
「レバルス王国代表団特使アーマネス・ゴドルフにございます。サイドス陛下のご尊顔を拝し、恐悦至極にございます」
先ほどのホリス・アスタレスとはまったく違う挨拶をするのは、レバス王国のアーマネス・ゴドルフ公爵だ。
何が違うのかというと、ホリス・アスタレスは僕に会えて嬉しいと言った。これはサイドス王である僕と同等なんだと言っているような挨拶なんだ。
逆に奇麗な青髪をした40歳くらいのアーマネス・ゴドルフ公爵は、遜った物言いをした。
国の代表とはいっても、国王ではないのだから僕と同じ立場なわけがない。それを分かっているのがアーマネス・ゴドルフであり、分かっていないのがホリス・アスタレスだ。
アスタレス公国は長年アイゼン国と争ってきたため、どうしてもプライドや恨みが邪魔をするのかもしれないが、それを飲み込んで挨拶ができないホリス・アスタレスはそのていどの人物だということだ。
「長旅だったでしょう、お疲れではないかな? ゴドルフ特使」
「いえいえ、陛下がご用意してくださった船は非常に快適でした。風もないのに進む船を初めて見ましたので、大変驚いております」
僕はにこりと微笑んで返事に代えた。
今回、遠方の国の代表者たちを外輪船で送迎することにした。これはサイドス王国の軍事力を見せつける意味が大きいけど、帆船で遠方からやってくるよりも安全だからだ。
僕の国にくるのに、船が難破して代表者が死亡したというのは避けたい。そのため、代表団を送ってくれることになった国には、最寄りの港まで迎えにいくと伝えていた。
元々、国有の外輪船で交易をしていることもあって、外輪船のことを知っていた国々は好意的に受け入れてくれた。
もちろん、断ってくる国もあったので、それはその国の意志を尊重している。
「我が主よりの親書にございます」
スーラ経由でレバルス王国国王の親書を受け取り、内容を確認する。
レバルス王国はアスタレス公国の後ろ盾になっているウインザー共和国の北側にある国で、サイドス王国とは通商条約を交わしている。俗にいう友好国だ。
そのレバルス王国国王の親書は、あたりさわりのないこれからもよろしくといった感じの内容だった。
レバルス王国はウインザー共和国と仲が悪いので、敵の敵は味方的な考えでサイドス王国と友好を持続させたいのだろう。
アーマネス・ゴドルフが自国へ帰る時に、僕の親書も持って帰ってもらうことにして、謁見を終えた。
待ちに待った武術大会の開幕の日になった。
お祭り騒ぎを煽るように祝いの魔法が打ち上げられ、国内各地から武術大会を見ようと集まった人々でコロッセオ周辺はごった返している。
そういった人々をターゲットに多くの出店もあり、混雑に拍車をかけていた。
『コロッセオに通じる橋を造っておいてよかっただろ?』
『これだけの混雑を見てしまうと、スーラの言う通りに来賓専用の橋を造っておいてよかったよ』
コロッセオには、城と迎賓館を繋ぐ橋を架けている。だから王侯貴族や諸外国からの来賓は橋を渡ってコロッセオに向かえる。もちろん、橋の随所に門を設けているので不法侵入者の監視もしっかりとしている。
スーラはこの橋を高速道路と言っていたけど、高速で馬車を走らせることはない。
足の踏み場もない中に貴族や来賓用のスペースをつくるのも大変だし、守る近衛騎士たちの負担も減る。なによりも混雑していない橋を悠然と渡る時に、混雑した下界を見下ろす感じになるため来賓たちの矜持をくすぐって評判がいい。
開幕式は総務大臣のメリーシャ・ドウバックが挨拶をすることになっている。
僕は貴賓席から民衆や武術大会に出場する武人たちに手をふるのが仕事だ。
「我らが王! ザック・サイドス陛下のご入場でございます」
その声で僕は貴賓席でもひと際高い場所にあるボックス席にユリア妃、弟のストライムとジョセフ、妹のリリアンヌとイシュタルを連れて入る。もちろん、近衛騎士も5人いる。
入る時は民衆に手を振り、メリーシャ・ドウバックがタイミングを見計らって合図するまで手を振り続ける。
「ユリア様ーーーっ!」
「ユリア様ーーーっ!」
「ユリア様ーーーっ!」
「陛下!」
「ユリア様ーーーっ!」
「ユリア様ーーーっ!」
「ユリア様ーーーっ!」
「ユリア様ーーーっ!」
「陛下」
「ユリア様ーーーっ!」
「ユリア様ーーーっ!」
「ユリア様ーーーっ!」
僕のことを呼ぶ声よりもユリア妃を呼ぶ声のほうが圧倒的に多い。
元々ユリア妃は国民に人気があるので、こうなることは予想していた。
でも、これでいい。僕が恐怖で支配して、ユリア妃が慈愛で民を引きつける。
僕が死ねば恐怖が終わったと国民は喜び、ユリア妃の慈愛によって救われていた国民は僕とユリア妃の間に生まれた子供を次の王として歓迎するだろう。
なんでこんな先の話をするかといったら、なんとユリア妃のお腹の中に僕の子供がいるのだ。
僕の子供だよ! クソオヤジに虐げられて死ぬために戦場に出た僕が今では国王になって、そして子供にまで恵まれる。
今から子供の名前をどうしようかとても悩んでしまう。
「陛下。楽しそうですね」
「そりゃー楽しいさ。ユリア妃は僕に家族の温かみを教えてくれただけではなく、僕に子供まで与えてくれるんだから」
「まだ子供も生まれていないのに、お気の早いことで。うふふふ」
子供が生まれるのは、アスタレス公国新公王の即位式が終わった後だ。
懸念材料としては、新公王が僕を亡き者にしようとした報復戦争があるはずなので、出産時僕はアスタレス公国を攻めていると思う。
初めての子供なのに、ユリア妃のそばにいてあげられないことが申しわけなく思う。
「それに陛下には皆さんがおいでではありませんか」
僕たちの前の席に座る弟妹たちに目を向ける。
ユリア妃はストライムたちも家族だと言ってくれる。思いやりがあって心優しいユリア妃に感謝だ。
ユリア妃がいるから僕は少しずつだけど弟妹たちと距離を縮めていける。
ここに妹のミリアムはいない。彼女は近衛騎士になったので、今はコロッセオの警備をしているのだ。
僕の妹でもすでに臣下になったミリアムを特別待遇はしないし、できない。
メリーシャ・ドウバックの挨拶が終わると、審判長と進行役はスーラがすることになっているので、声を遠くにまで届かせることができるマジックアイテムのマイクを持って競技場の中心に立った。
「私は審判長と進行役を仰せつかりました。スーラと申します。これより武術大会のルールをご説明します」
真面目秘書官モードでスーラがルールについて説明していく。
ルールは簡単で、対戦相手を殺さない。間違って殺してしまった場合は失格になる。武器は剣の部は剣のみ、槍の部は槍のみ。
「これまでに一般枠の方々によって予選が行われ、本日を含む3日間は予選を勝ち残られた一般参加者と招待者による最終予選が行われます。最終予選は制限時間10分です。10分経過して勝敗がつかなかった場合は、共に失格になります」
勝敗の判定は相手を気絶させる。審判が試合続行不可能と判断するような怪我をした場合。反則行為をした場合などになる。
「4日目は休養日にしますので、本戦は5日目、6日目、7日目になります。7日目は3位決定戦と決勝戦が行われます」
コロッセオは楕円形に造ったんだけど、なんでも400メートル走ができるトラックが余裕もって入る大きさだと、スーラが言っていた。
よく分からないが、400メートルを走ることを想定しているようだ。
そのコロッセオの中に1メートルくらいの高さがある2つの競技台があって、そこで剣の部と槍の部の最終予選を並行して行っていくことになる。
「では、さっそく最終予選第一試合を始めます。選手は入場してください」
スーラは審判長だが進行役でもあるので、直接のジャッジメントはしない。それぞれの競技台に主審が1人と副審が2人つく。
基本的なジャッジメントは主審がするが、主審が見落とした反則行為や選手がこれ以上続行ができないのではと判断した場合、副審の判断も加味されて試合続行の可否が判断される。
とにかく初めてのことなので混乱があるかもしれないが、やってみなければ分からないことだ。
剣の部と槍の部共に順調に試合が進んでいく。
今のところ僕でも勝てそうな人が多い。
最終予選出場者。
剣の部:招待者108名、一般参加者22名、合計130名。
槍の部:招待者80名、一般参加者20名、合計100名。
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