052_サイドス国王、狡猾さを知る
近衛騎士たちが訓練している活気のある訓練場を眺める。
男性に混じって女性の姿もあるけど、基本は男性のほうが多い。
その中にあって異彩を放っているのは、僕の妹であるミリアムだ。
近衛騎士は国が支給している金属鎧があるけど、支給した金属鎧は勤務中に身に着けるのでこういった訓練の時は各個人が所有している金属鎧を使っている。
ミリアムも金属鎧を使っているけど、近衛騎士たちのように全身鎧ではなく、上半身とあとは主要部分を守る鎧を着ている。
見ていると、ミリアムの戦い方は動きの速さを重視しているので、重厚な全身鎧を着ると動きが阻害されて長所が生かせないように思える。
「ていっ!」
「はっ!」
ミリアムの剣を近衛騎士が受け止めるが、ミリアムは全力を出しているようだが、近衛騎士はまだ余裕がある。
まあ、それも仕方ないことで、ミリアムの相手をしている近衛騎士は元剣王のザバルだ。
悔しいことだが、僕だってザバル相手に一本も取れていない。
「まだまだっ!」
ミリアムの気の強さが声から伝わってくる。
僕のイメージではもっとお淑やかだったんだけど……。
ザバルの剣によってミリアムの剣が弾き飛ばされ、空中をくるくると回って地面に刺さる。
「参った」
悔しそうな表情のミリアムは、地面に刺さった剣を見つめている。
「ミリアム殿は才能がある。日々精進されよ」
ザバルがミリアムを褒めた!?
ザバルは僕に忠誠を誓ってくれる忠臣だけど、僕は剣の稽古で褒められたことはない。それどころか、近衛騎士との稽古でもザバルが近衛騎士たちを褒めているところは見たことがない。なのに、ミリアムを褒めたんだ。
ミリアムはザバルから見ると才能があるのか? もしそうなら少し嫉妬してしまう。
2人の稽古が終わってこちらへやってくる。
僕の姿を見止めたミリアムが一瞬立ち止まるが、ザバルの後から歩いてくる。
「陛下。ご挨拶申しあげます」
ザバルが頭を下げると、ミリアムも軽く頭を下げる。
「ザバル。ミリアムはどうかな?」
「はい、とても素晴らしい才能があると、某は見ております」
ザバルが才能ありと認めるか。
「僕の妹だから過大評価しているわけじゃないんだね?」
「某は陛下に嘘を申しません」
僕はその言葉を聞いて頷いた。
正直言ってミリアムに嫉妬心はあるけど、それ以上にミリアムに剣の才能があるのは嬉しいことだ。
「ミリアム」
「……はい」
「ユリア妃から聞いた。剣によって身を立てたいそうだね」
「はい」
僕の顔を見ないように軽く俯いていたミリアムが、顔を上げて僕を見ながら力強く返事をした。
「ザバル。今のミリアムはどれくらいの腕かな?」
「さればでございます。ミリアム殿の腕は、ソルジャーギルドのランクで言えばA級を越えてS級に届こうかという腕前にございます」
S級……。僕が家を出て初めて戦場へ向かった時に出会ったジャスカがS級だった。
僕からしたらS級ソルジャーは雲の上の人だ。ミリアムがその域に達している。
驚き、妬み、嫉妬、そして喜び。色々な感情が渦巻く。
「ミリアムが望むのであれば、近衛騎士団への入団を認める」
ミリアムが目を見開く。
「だけど、近衛騎士団に入団したら僕の妹ではなく、僕の臣下だ。その覚悟なくして入団するのは認めない」
ミリアムが剣で身を立てるのであれば、僕の妹という身分は不要だ。僕がやってきたように、ミリアムという個人の力でのし上がるべきだ。
もちろん、信頼できる仲間の協力があってもいい。だけど、それは僕ではない。
「近衛騎士団への入団を許可願います。陛下」
ミリアムが跪いて頭を垂れる。
頭を垂れる前のミリアムの表情に迷いはなかった。
「スーラ、騎士の剣を」
僕の後方に控えていたスーラがどこからとなく、剣を出した。
近衛騎士なら誰でも持っている騎士の剣。僕はその騎士の剣を鞘から抜き、鞘をスーラに渡す。
「汝、ミリアム・ケンドレーを我が騎士に任ずる」
ミリアムの肩に剣を置いて、僕はミリアムを近衛騎士に任命した。
「陛下に忠誠を」
ミリアムから忠誠という言葉を聞くとは……。
『感傷に浸っていたいかもしれないが、剣を鞘に納めろ』
『あ、そうだったね』
僕はスーラから鞘を受け取って剣を納め、その剣をミリアムに差し出す。
「ミリアム・ケンドレーにわが剣を与える」
「ありがたき幸せにございます」
ミリアムは恭しく両手で剣を受け取る。
「ザバル。あとのことは頼む」
「はっ!」
僕は踵を返して訓練場を後にする。
僕の後ろからついてくるスーラがにまにましているのが分かる。
『何がおかしいのかな?』
『案ずるより産むが易しってね』
『………』
またスーラの国のことわざかな?
でも何となく言っていることは分かる。多分だけど、ぐだぐだ考えているより、行動したほうがいいという感じのことわざだ。
『ところで、クソオヤジのことは言わなくてよかったのか?』
『うっ。嫌なことを思い出させてくれるね』
『ははは。ミリアムも分かっているんだ。本当はお兄ちゃんに甘えたいけど、心の整理がまだできていないんだ。ツンデレの伏線だな」
『ツンデレ?』
またわけの分からない言葉が出てきた。さっきのことわざは理解できたけど、今回はまったく分からないや。
『気にするな。俺の国の言葉だ』
『気になるんだけど……』
『そんなことより、キリスのことはどうするんだ?』
あからさまに話を変えたよね?
『キリス王国の使者のことだよね……』
『同盟を申し入れてきたって、アムリッツァが言っていたな』
『国交もないのに、同盟ってどうなのかな?』
『まあ、不思議な話ではない。それだけザック・サイドスという男を恐れているんだよ』
キリス王国の使者は魔の大地の境界の話を断ったら、同盟を持ちかけてきた。
同盟は境界と違って断る理由に乏しい。とはいえ、受け入れるための要素があるかというと、それもない。
キリス王国は小国でサイドス王国としては同盟を結んでもメリットがほとんどない。先ほども言ったけど、キリス王国は小国なので仮にサイドス王国がアスタレス公国やレンバルト帝国に攻められた場合、援軍を望めない。それ以前に国境が接していないので、援軍を要請するにしても援軍がくるにしても魔の大地という危険な場所を通らなければならない。かなり危険な話だ。
『サイドス王国にメリットのない同盟だから、大臣たちも否定的な意見が多いようだし、断ることになると思うよ』
『軍事同盟を断られたら、今度は不可侵条約って言ってくるぞ』
『不可侵条約ならいいんじゃない?』
『バカ言え。不可侵条約のほうが厄介だろ。キリスの奴らは最初っからそれを狙っているんだよ』
『そうなの……?』
『不可侵条約を締結したあとに、ここまでは俺の領地だと言ってきたらどうするんだ?』
『あ……』
『最初は断られる話をして、次も断られてもいい話、最後に本命を出してくるわけだ。前の2つ3つを断っているから、サイドス側もそのくらいならいいと考えるかもしれない』
『なかなか狡猾だね』
『アムリッツァならそれくらいは看破すると思うが、そういう騙し騙されが外交だ。覚えておけ』
『ためになります』
その数日後、外務大臣のハイマン・アムリッツァからキリス王国の使者が不可侵条約を求めてきたと報告があった。
「それで外務大臣はどう考えているのかな?」
「おそらく、これが本命ではないでしょうか? 魔の大地の境界と同盟の話は、これを認めさせるための伏線かと」
スーラが言っていたように不可侵条約の裏にある思惑を見透かしているようだ。さすがはハイマン・アムリッツァ。
「その裏に潜むキリス王国の意志は不可侵条約締結後に、魔の大地の領有を宣言することかな?」
「ご明察、恐れ入ります」
ハイマン・アムリッツァは頭を下げる。
「キリス王国の使者には、まず友好を深めようと提案してほしい」
「わざわざキリス王国の思惑に乗る必要はございませんから、そう提案いたします」
内政もそうだけど、外交も狡猾さが必要だというのがよく分かった。
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