005_貴族の四男、オーク殺し
夜目はなかなか難しい。だけど、イメージして使ったら、なんだか視界がクリアになった。
『くるぞ』
『もう!?』
『敵はこちらの都合に合わせてくれないんだよ』
『そうだね……』
『あ、そうだ。身体強化は目以外禁止な』
『なんで!?』
『オークごときに身体強化魔法を使うなんてあり得ないだろ。成り上がりたいんなら、素の力で倒してみろよ』
『う……。ちょっと不安かな……』
『大丈夫だ、ザックならできる。オレが見込んだザックならな。それに、オッサンに自分が戦うって宣言しているんだ、ここで戦わなかったら失望されて士気に影響が出る。もっとも、爺さんたちは士気があってもほとんど使い物にならないだろうがな』
『………』
なんと答えていいか分からない。とにかく、僕は目以外の身体強化魔法はなしでオークを倒さなければならないということだ。
オークは豚頭の人型のモンスターで、知能が高く剣などの武器を使う。だから、人間相手の戦い方とあまり変わらないと聞いたことがある。ただし、オークは力が強いので、普通の兵士と同じだと思っていると、痛い目にあう。
「ふーーー……」
心を落ちつかせるために細く長く息を吐く。
クソオヤジたちから嫌がらせを受けた後、こうすると心が落ちついたので僕はよくこうして息を吐いていた。
もちろん、クソオヤジたちの前ではやらない。やったら面倒くさいことになるから。
「若様、きますぞ」
「うん」
僕は鞘から剣を抜いて、暗闇の中を凝視する。
まだ遠くは見えないけど近くなら夜目がきくようになった。
何かがまっすぐこちらに向かってきているのが何となく分かった。
はっきりと見えるようになった。僕の夜目の範囲にオークが入ってきたのだ。
体長2メートル以上の体は、大柄なカルモンよりも大きい。だけど、向き合った時の圧力はカルモンのほうがあると思う。
「ふーっ、いくぞ!」
僕は足に力を入れて一気に地面を蹴って先頭のオークに飛びかかった。
「はっ!」
「ブモーーーッ!?」
覚悟を決めて切りかかった剣は、オークの太い腕を切り落とした。木を切る手ごたえと違う……。
『体が委縮しているから首に剣が届かないんだ』
スーラは魔法だけじゃなく、剣のことも分かるようだ。
たしかに、僕はオークの首を切り落とそうと思った。だけど、僕の覚悟が足らず体が思ったより動かなかった。それをスーラはしっかりと見ていたんだ。
『分かっているよ!』
腕を切り落とされて悲鳴をあげているオークの陰から2体目が現れる。
夜目がきくようになったとはいえ、まだ慣れてないため視界は薄暗い。だから2体目が出てきた時にはとても焦ったけど、大きく質の悪そうな剣をなんとか避けることができた。
オークの剣を躱した僕は、懐に潜り込んで逆袈裟切りでオークの腹部から胸にかけて切った。
『後ろだ』
『えっ!?』
スーラが教えてくれたので、僕は横に大きく飛んで後方を確かめた。
僕に腕を切り落とされたオークが残っている腕で剣を持って僕に切りかかってきていた。
『スーラありがとう』
『そんなことより、囲まれたぞ』
『うっ……』
凶悪な顔のオークが5体で僕を囲んでいる。
『足を止めるな。剣を振りぬけ』
『分かったよ!』
僕は片腕を失くしたオークに狙いをつけて駆けた。
「はぁぁぁっ!」
「ブモッ!」
オークが大きく振りかぶって剣を振り下ろしてくるので、体を半分くらいずらして躱してそのまま首を斬り落とす。
気を抜かず、足を止めず、僕は次のオークに向かい、オークが横に剣を振ってきたので、大きくジャンプして躱す。
僕がジャンプして躱すのを待っていたかのように、次のオークが剣を突き出してきた。
僕は剣を横に振ったオークの頭を踏み台にしてさらにジャンプして、前方宙返りの要領で剣を突き出してきたオークの頭に剣を叩きつけた。
「はぁはぁ……」
『足を止めるな!』
『はい!』
息を切らす間もなく僕は次のオークに駆け寄って、袈裟懸けに振り下ろされた剣を躱して横に回って足の腱を切った。
肺の空気が全部なくなったような苦しさを感じる。だけど、まだオークは残っている。
僕は呼吸するのも忘れて、とにかく足を動かし剣を振り続けた。
「はぁはぁはぁ……」
「若様、お見事です!」
僕は6体のオークに勝った。怪我はしなかったけど、ギリギリの戦いだった。息が大きく弾む。
オークは仲間で連携してくると聞いていたけど、これほどだとは思わなかった。
「はぁはぁ……。カルモン……うっ」
嘔吐した。初めて命を奪ったことで精神的な疲弊もあるけど、血の臭いにむせたのが大きい。
「大丈夫ですかな、若様」
「大丈夫です。少し休んだら落ちつくから」
「初めての戦闘だったのですな」
「分かりますか?」
「ははは、剣の筋は悪くありませんが、無駄が多い。初心者によくある傾向です。それに血の臭いで嘔吐しましたからそう思っただけです」
「カルモンは経験豊富なんですね」
「ははは、某など大したことありませんぞ」
カルモンは豪快に笑って、老兵士たちにオークの死体の解体を指示する。
オークには魔石があって、これが売れる。それに肉や睾丸も売れるので、それなりの実入りになる。
『あのオッサンが大したことなければ、この国にいる剣士や騎士はほぼ全員が大したことないと思うぞ』
『そんなにすごいの?』
『おっさんは間違いなく達人の域に達している。達人でも上位だろう』
『そんな人がなんで地方の小領主の、しかもやる気のない軍に参加してるの?』
『さあな、そんなことオレに分かるわけないだろ。それよりも剣の血糊をしっかりと拭き取って寝ろ。明日も歩き詰めだぞ』
『うん……』
僕はスーラが言うように剣の血糊を拭きとってから寝ることにした。
翌朝、僕は重い体を起こした。
気が高ぶっていたのか、まったく寝ることができなかった。
昨夜のオーク戦を思い出して剣を見たら、刃こぼれがあった。しかも3つの大きな刃こぼれだ。
「刃こぼれですな……」
僕が剣を見ていたら、いつの間にか後ろにいたカルモンが呟いた。
「しかし、その剣は……いけませんな。かなり質が悪い」
「そうなんですか?」
「はい、粗悪品と言っても過言ではないと思いますぞ」
「………」
この剣はクソオヤジが用意した剣だ。あのクソオヤジ……。
「もしその剣を戦場で使っていたら、簡単にぽっきり折れていたでしょうな。幸い、オークの素材が手に入りましたから、それを売って剣を買いましょう」
クソオヤジは食料は持たせてくれたが、金はほとんど用意していなかった。だから金が要るようなことになると、僕たちはお手上げだ。
でも、オークのおかげで少しお金が稼げたので、助かった。
「皆さんの剣は大丈夫ですか?」
「各自が持参した剣のはずなので、大丈夫だと思いますが、念のため確認しておきましょう」
カルモンが老兵士たちの剣を確認して回った。
「兵士の剣は鋳造品が多かったですが、若様の剣よりもよっぽどいいものです」
「そうですか。それならよかった」
「ご自分の剣が粗悪品なのに、よかったのですか。若様は面白いですな」
「僕の剣だけなら1本で済みますが、全員分だとオークの素材を売っても買い替えることができませんからね」
「なるほど、そういう考えもありますな」
『ザックのオヤジは、ザックを殺したいんだと思っていいだろうな。まあ、あの兵士を見たら剣のことがなくても分かっていたことだが』
『………』
自分でも分かっていたけど、スーラに改めて言われると、なんと言えばいいのか分からない。
本当にあのクソオヤジは碌なことをしない。
心配しなくても、この戦争が終わったら、家に戻らないから安心しろって言いたい。
途中、ゴブリンに襲われたけど、今度は皆で部隊行動してゴブリンを一掃した。
僕は指揮できないのでカルモンの言う通りにしたけど、老兵士でも組織だった戦闘で効果的にゴブリンを倒していった。
ゴブリン戦を見ていて僕は指揮官の能力がとても重要なんだと思い知った。
「ボッス伯爵の屋敷に到着しましたな」
ケンドレー家の屋敷の数倍は大きな屋敷へ到着した。
カルモンが門番に話をつけて敷地内へ通されると、僕とカルモンだけ屋敷の中へ入ってボッス伯爵に挨拶をする。
「ヘンドリック・ケンドレーが子、ザック・ケンドレーです。以後、お見知りおきください」
「ザック殿よくきたダンケル・ボッスだ」
ボッス伯爵はがっちりとした体形でとても整った顔立ちの人物だった。金髪碧眼もあって、貴族の気品のようなものを感じる。
クソオヤジからはこんな感じを受けたことがないので、格式高い家の血というものかな?
「さて、報告を聞いたが、率いてきた兵が少ないようだ。それに当主ヘンドリック殿はどうされたのだね?」
「それについては父から書状を預かってきております」
「ほう、書状を」
ボッス伯爵に書状を渡すと、伯爵は蜜蝋の封を確認して頷いた。
封を開けて中の書状を読み進める伯爵は、時々考えるようなそぶりを見せた。
「なるほど、ヘンドリック殿は病に臥せっておられ、領内のモンスターの活動が活発化しているため、嫡男のウォルフ殿が兵を率いてモンスターの対応に当たっていると……」
よくもまあこれだけの嘘を平気でつけるものだと感心する。
クソオヤジはぴんぴんしているし、南の森のモンスターも普通だ。ウォルフが兵を率いる? そんな能力があいつにあるのかな?
「ザック殿はいくつになられるか?」
「はい、14歳になりました」
「若いと思っていたが、まだ成人前なのかね」
「先日、元服しましたので、成人という扱いになります」
「ふむ……。分かった。2日後にケントレス領へ向けて発つので隊列に加わるといい。それまでは別宅を使ってくれたまえ」
「ご配慮、ありがたく存じます」
ボッス伯爵は婚約破棄された僕の名前を知っているはずだけど、僕の名前を聞いても眉一つ動かさなかった。そういった心遣いができる方なんだと思う。
ケンドレー男爵家はボッス伯爵家の寄子になる。
寄子であるケンドレー家は何かあれば、寄親のボッス伯爵を頼って保護してもらうことになる。
だからケンドレー家は普段からボッス伯爵とは良好な関係を築かなければならないのに、嘘をついて戦争での被害を最小限に抑えようとするクソオヤジのセコイ考えがとても恥ずかしい。