047_サイドス国王、野心を持つ
やられたと思った。行方をくらませていたアイゼン国の王太子だったマーヌン・アイゼンがウインザー共和国に亡命した。
ウインザー共和国はアスタレス公国の後ろ盾になっている国で、今のサイドス王国より大きな国だ。
そのウインザー共和国にマーヌン・アイゼンが亡命した。今後、ウインザー共和国はマーヌン・アイゼンを擁立してアイゼン国を再興するという名目を得たことになる。
「2年もどこに潜伏していたのか、まったくもって面目次第もございません」
ゼルダが頭を下げて謝罪するが、これはゼルダのせいではない。
「やはり情報収集に長けた組織を設置しなければならないか……」
そういった組織を設置する話は進んでいた。ただ、適任者がいないのだ。
『スーラ。マーヌン・アイゼンの狙いはなんだと思う? アイゼン国の再興?』
『当然だろ。そうじゃなかったらウインザー共和国に泣きつかない』
『はあ……。これでアスタレス公国が代理戦争を仕掛けてくるのかな?』
『しばらくは無理だろうな。今のアスタレス公国はかなり疲弊しているから』
『つまり、国力が持ち直したら、攻めてくると?』
『いや、その前にこちらから攻める』
『……あの話だね?』
『そうだ。以前話したように、自分の即位式に出席した後、ザックが国に帰る道中で殺す計画だ。あのバカ王太子は頭が足りないな』
『それを理由にこちらから攻めてアスタレス公国を併呑か……』
『その後はウインザー共和国だぞ』
『アスタレス公国を併呑もしていないのに』
『バカ野郎! 戦略は先の先を読んで立てるものだ。だからマーヌンの野郎を泳がせておいたんだからな』
『えっ!?』
『この俺がマーヌンごときの動きを掴んでなかったと思うのか?』
『……まさか』
『マーヌンが逃げ出してからの全部を把握しているぜ』
『それなら……まさかウインザー共和国に逃がすために?』
『当然だろ。ウインザー共和国がアスタレス公国を切って捨てる可能性だってあるんだ。そのためにマーヌンをわざわざウインザー共和国に誘導してやったんだ。ウインザー共和国のアホどももとんだ野郎を抱え込んだわけだ。はははは』
『………』
まさかスーラがそんな先のことまで考えて動いていたなんて思ってもいなかった。
『僕にアスタレス公国だけじゃなく、ウインザー共和国も手に入れろと言うんだね』
『言っただろ、大陸の覇王にしてやるって』
大陸の覇王。つまり、大陸を統一する……。
『僕にできると……?』
『ザックにできなければ、他の誰にもできないさ』
『……ロドス帝の築いたレンバルト帝国も併呑するってことだよ? スーラはそれでいいの?』
『ロドスがいるわけじゃないんだ、かまやぁしないさ。それに、盛者必衰は世の理だ。永遠に栄えることなんてありえないんだよ。まあ、俺は特別だけどな』
『たしかにロドス帝はもういない。だけど、このサイドス王国も数百年後にスーラによって滅ぼされるってこと?』
『ザック。今、言っただろ。盛者必衰だって。俺がサイドス王国を滅ぼすかは分からないし、ザックが死んだ後すぐに滅ぶかもしれない。それは誰にも分からないことだ』
『………』
いや、スーラには未来を見通すことができる未来予知があるから、可能性を見ることはできるはずだ。
そのことをなぜ言わないんだろうか? 僕の子孫のことはスーラにとってどうでもいいことなのか?
『言っておくが、未来予知で見れる未来は時間が長くなればなるほど、分岐が多すぎて見れないんだぜ。いくら俺がスーパーな存在でも数十年、数百年先は分からないってことだ』
『スーラにとって僕は何? 僕の子孫は?』
『なんだよ、哲学者にでもなったか?』
『真面目な質問だよ』
『簡単だ。ザックは俺の契約者。俺は契約者であるザックが生きている限り、ザックに俺の力を貸す』
『ありがとう。それで、僕の子孫には?』
『子孫が俺を満足させるだけ質のよい魔力を持っているなら、契約するかもな。だが、そんな人間は数百年に1人、もしかしたら数千年に1人だ。期待するな』
『スーラは正直だね』
『俺はザックに嘘を吐いたことはないぜ。冗談は言うけどな』
『マーヌン・アイゼンのことは?』
『嘘は言っていない。教えなかっただけだ』
たしかにスーラは僕に教えなかっただけだ。
スーラを妄信的に信じて、マーヌン・アイゼンのことを聞かなかった僕が悪い。
『スーラ、僕は甘いのかな?』
『甘ちゃんだな』
そんなにはっきりと言わなくても……。
『そんな僕が大陸の覇者になれるのかな?』
『ふっ、さっきも言っただろ。ザックにできなければ、他の誰にもできないって』
『その言葉を信じていいんだね』
『おう、ザックが小さな国のままで満足しない限り、ザックをこの大陸を統一した初めての王にしてやるぜ』
『分かった。僕は大陸の覇王になる。だから、これからは隠しごともなしだ』
『隠しごとか。それは無理だろ、俺が知っていることをなんでもかんでもザックに教えることはできない。なんと言っても、俺はスーパーなスライム様だからな。色々秘密があるんだよ』
『そういうのじゃない。僕に関係することでってことだよ!』
『そうムキになるな。冗談だ、冗談』
『まったく……』
『ははは! ザックがその気になったんだ。俺があえて悪役を買って出る必要はなくなった。できる限りの情報は出してやるぜ』
『ありがとう。それから、これからもよろしくね』
『おう、大船に乗った気でいろ』
泥船じゃなければいいんだけど……。