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042_サイドス国王、ケンドレーの人々と面談する

 


 雲一つないいい天気だ。

 久しぶりにモンスター狩りにいきたいところだけど、そうも言ってられないんだよ。

 目の前には書類の山があるし、ケンドレー家の人々のことも対処しなければならない。

 国王って窮屈な生活なんだな……。はぁ、溜息しか出ない。


『おい、ザック』

『ん、何?』


 急にスーラが念話で話しかけてきた。

 目の前にいるのに念話で話しかけてきたってことは、近衛騎士たちに聞かれてはマズい話でもあるのかな?


『これはザックが知らなくてもいいことだが、知っておいたほうがいいと思うから話すんだが』


 なんだか前置きが仰々しいな。いったい、どうしたというのだろうか?


『ケリス・アムリスが死んだぞ』

『えっ……。彼女が死んだ……』


 かつては僕の婚約者だった元侯爵家の令嬢。僕が国王になると、旧王都で反乱を起こした中に彼女がいて、謀反人として鉱山へ送られた。

 その彼女が死んだのか……。

 鉱山は男でも生きていくのが厳しい場所だ。侯爵令嬢として何不自由なく暮らしていた彼女では、長く生きられないと思ったけど……。


『今まで鉱山で生きていたんだ。よくがんばったと思うよ』

『何言ってるんだ。あんな奴が鉱山夫なんてできるわけないだろ』

『それなら、今までどこに?』

『鉱山夫たちを相手に春を売っていたのさ。まあ、金は取ってないけどな』

『………』


 ようは鉱山夫たちの慰み者になっていたのか……。


『あれは梅毒だな。毒素が脳に回って最後は自分が誰かも分かっていなかったようだ』

『そう、酷い死に方だったんだね……』


 それを彼女に強いたのは僕なんだ。


『あと、ロイドも死んだぞ』


 ロイドはクソオヤジの長男で、ケリス嬢同様反乱軍に参加していたため鉱山へ送っている。


『ロイドも病死?』

『他の奴隷と喧嘩してボコボコにされた挙句、怪我をして働くことができなくなって食事もまともにもらえなかったことで餓死した』


 奴隷になっても威張りちらしていたのだろう、その光景が目に浮かぶよ。


『2人の遺体はどうなったの?』

『ケリスもロイドも、谷へ捨てられてお終いだ。今頃はモンスターに骨まで喰われているんじゃないか』

『そう……。2人の―――』

『墓をと言うのなら止めておけ。あいつらは謀反人だ。国王が謀反人の墓を作るなんて、他の奴らに示しがつかないぞ』

『………』


 僕は席を立って窓の外に広がる澄み渡った青空を見上げた。


『2人のことは分かったよ』


 だけど、この城の城下町には、サムラスたちもいる。それに、城内にはミリアムたちもいる。

 僕は生きているケンドレー家の人たちをどう扱えばいいのか?


「決めた。叔父上の屋敷にいく」


 近衛騎士に叔父上の屋敷にいくと伝えると、皆が止めてきた。


「陛下の叔父とは言え、臣下の屋敷への行幸を簡単に行うのは」

「アンジェリーナ。僕をこれまでの王と一緒にするの? 僕はザック・サイドス。行動することで今の地位を得た男だよ」


 アンジェリーナが困った顔をしてカルモンやザバルの顔を見たけど、先ほどまで2人が僕の説得をしていた。だから僕の決意の固さを知っているので肩をすぼめる。


「これからも僕は兵を率いてモンスターを狩り、反乱を鎮圧する。叔父上の屋敷へいくくらい、なんのことはないよ」

「分かりました。では、ケンドレー男爵家に先触れを出しますので、少々お待ちください」


 僕はアンジェリーナの意見を聞き、少し待つことにした。


「ザバル。護衛は少数でいい」

「そんなわけにはいきません」

「カルモンとザバル、それにスーラがついてくればいい。それ以外は不要だ」

「いくら我ら3人でも……」

「この国最強の3人が揃っているんだ。それで十分だ」


 剣ではA級ソルジャーていどの腕の僕だけど、魔法を含めた総合力なら元剣王のザバルと互角の戦いができると思う。

 僕を含めればこの国の四強が勢揃いしているんだ。仮に僕の命を狙う人物がいたとしても、どうこうできるものではない。

 それにスーラなら城下町にいる僕の敵は全て把握している気がする。


 僕は久しぶりにアルタに跨って、叔父の屋敷へ入った。

 カルモン、ザバル、スーラの他に15人ほど近衛騎士がついてきた。国王である僕の命も大事だけど、世の中には体面というものがあるとカルモンが言うので、仕方なく許可した。


「叔父上、急に申しわけない」

「なんのお持て成しもできませんが、どうぞお寛ぎください」


 ソファーに座った僕にメイドがお茶を淹れてくれた。

 そのお茶を飲もうとしたらザバルが止めてきたけど、毒なんて入っていないと思う。叔父が僕を殺す理由がないし、毒なんか入れたらカルモンやザバルに殺されることは叔父なら分かっているだろう。

 それにもし毒が入っていても、毒消しの薬はスーラが持っているから大丈夫。だから毒見なんてせずにお茶を飲んだ。


「叔父上、今日は例の件を片づけにきた。皆を呼んでくれるかな」

「承知いたしました」


 それほど待つこともなくサムラスたちは僕の待つ部屋にやってきた。

 次男サムラス、次女サマンサ、五男セリドル、六男ハークス、正室ラビヌウス、側室ロイエイヌス。6人は貴族らしい服装で髪の毛なども整えられている。

 ただ、6人とも僕が知っている頃に比べると、痩せている。僕はケンドレー家の人々を追ってはいなかったけど、彼らは僕に何かをされると思って逃避行を続けたんだろう。

 愚かなことだと一言で片づけるのは簡単だけど、それは権力を持った僕が言うべきではないことだ。


「久しぶりだね」


 僕はゆっくりと言葉を発した。

 高圧的な言葉はいつでもかけられる。今は、彼らが何を思っているのか、何を言うのかを聞く時間だ。

 こう思えるようになったのも、ユリア妃と出会ったからだと思う。彼女の優しさに触れて僕も人に優しくできるようになった気がするんだ。


「お久しぶりでございます。陛下」


 陛下か……。サムラスからそんな言葉を聞くとは思ってもいなかった。

 王になって僕の権力が大きくなったことで、彼らの言葉遣いも変わらざるを得ないのは分かる。

 昔は我慢して言葉を飲み込んだけど、今は権力の重さゆえに言葉を飲まなければいけないか。ふー……。そういったことを考えて喋らないといけないのは本当に面倒だな。


「ずいぶんと痩せたようだね」

「全ては私どもの不徳。お笑いくださいませ」


 サムラスがニヒルに笑う。感情の起伏が激しかったサムラスが、こんな風に笑うとは思ってもいなかった。


「叔父上に庇護を求めたということは、僕に従うということでいいのかな?」

「厚顔無恥だというのは自覚しております。そのうえで陛下にお願い申しあげます。我らを臣下にお加えいただけないでしょうか」


 ここでもし血族とか親族とか言ったら、僕は彼らを国外へ追放していただろう。

 だけど、サムラスは臣下と言った。僕の兄や弟といったものではなく、臣下として僕に仕える。


「………」


 僕は6人を順に見ていった。

 僕に仕えるのは、サムラス、セリドル、ハークスの3人で、サマンサはどうするのかな?

 あと、さすがにラビヌウスとロイエイヌスはないな。ラビヌウスはサマンサとセリドルの母親だし、ロイエイヌスはサムラスと男ハークスの母親だからここにいるんだと思う。


「スーラ。あれを」

「はい」


 僕はスーラから3枚の書類を受け取ると、ペンにインクをつけてすらすらとサインした。


「叔父上、これを」

「はっ」


 叔父が3枚の書類を受け取るとサムラス、セリドル、ハークスに手渡していく。


「サムラスは軍に所属してもらう。10日後に第一駐屯地へ入るように」


 サムラスは剣の才能があると思っている。僕の見立てなので見誤っているかもしれない。それに、この2年ほどの逃避行で、サムラスがどれだけ成長したかも分からない。


 木刀で何度も打ち据えられた記憶が脳裏に浮かんでくる。

 あの経験があったから悔しくて、いつか見返してやると僕は自力で剣を覚えた。今思えば、あの頃の経験が僕を強くした理由の1つなんだと思う。

 サムラスに感謝なんてする気はないけど、いつまでも過去を引きずるつもりもない。今回のことが、僕にとっていいきっかけになると思うんだ。


「セリドルは財務省、ハークスは内務省で働いてもらう。5日後から出仕するように」


 2人に武の才能はなくセリドルは計算が早かったはずなので財務省、ハークスは目端が利くように僕には見えたので内務省にした。


「僕の名前を出したら出世できると思わないでほしい。むしろ、僕の名前を出した時点で出世は見込めなくなるし、酷い場合は罪に問われる。そのつもりで働いてほしい」

「「「ありがとうございます!」」」


 3人が深々と頭を下げた。真面目に働けばそれなりに出世できるはずだから、あとは3人次第。


「さて、サマンサだけど、サマンサはどうしたい? 3人のように僕の臣下として働くか、どこかの貴族へ嫁にいくか?」

「私はお嫁にいっていいの?」

「なぜいけないと思うの?」

「私は婚約を破棄されたの……。そんな私を誰が妻に迎えてくれるっていうの?」


 そう言えば、そんな話を聞いたような……。


「たしか、エスターク家に仕えている騎士爵家だったかな?」

「そう……」


 サマンサとその母親のラビヌウスが目を伏せた。


「僕の名は使えないけど、叔父上の養女にしてもらって嫁にいけばいい。叔父上、構いませんか?」

「陛下のよきように」


 叔父上を見たら、軽く頭を下げて了承してくれた。


「本当に……?」


 サマンサの顔に少しだけ笑みが見えたが、そんな影のある笑みを浮かべるなよ……。


「今すぐではないが、叔父上はいずれ子爵に昇爵してもらう。その後なら子爵家の娘として嫁げる」


 叔父が、昇爵の話は初耳だという顔をした。今初めて言ったからね。

 叔父を陞爵させるのは、僕が血縁者を蔑ろにしていないという意味もある。

 残念ながら僕は家族に恵まれなかったし、この手でクソオヤジとウォルフを処刑している。それに長男のロイドを奴隷に落として鉱山に送って死なせている。

 だから、どうしても身内に厳しいというイメージがあるみたいなんだ。身内に厳しいということは、他人にはもっと厳しいと思われているようで、貴族の中には僕をかなり恐れている人もいると聞く。

 恐れられるのは悪いわけじゃないけど、必要以上に恐れられるのは国政の弊害になりかねない。だから、ここでイメージを一新したいと思っている。


「子爵家の子なら男爵家か悪くても騎士爵家へ嫁げるはずだ。いや、叔父上の家臣の中から騎士爵家を立ててサマンサを嫁がせてもいい。子爵家であれば、騎士爵家の2つや3つくらい家臣にいてもおかしくないからね」

「うぅ……ありがとう。私、とても嬉しい」


 サマンサが涙ぐむ。

 サマンサは僕の2歳年上だから、ユリア妃と同じ20歳になる。

 20歳で嫁いでいないのは、遅いとは言わないけど早くもない。それにクソオヤジが国王殺しの第四王子に加担した罪で処刑されたことで、サマンサは婚約破棄されているから相手を選ぶのも慎重になる。

 だから叔父の家臣から騎士爵家を立てて嫁がせれば、サマンサも大事にされるだろう。


「叔父上、いい家臣がいたらサマンサに。サマンサ、気に入った人がいなければ他に探すから好みがあったら言ってほしい」

「ありがとうございます」


 サマンサが目頭の涙を拭く。


「陛下、子供たちのこと、感謝いたします」


 ラビヌウスが感謝を口にして頭を下げると、全員が頭を下げた。


「サムラスたちは真面目に働けば、決して悪いようにはしない。だから、励んでほしい」


 僕はそう言って立ち上がった。


「セリドルとハークスは城下に官舎がある。いつまでも叔父上の世話になっているわけにもいかないだろうから、落ち着いた頃に移るように」

「「はい」」

「サムラスは軍の官舎がある。母親を連れてはいけないと思うが、ラビヌウス殿はセリドルと官舎に移るといい。ロイエイヌス殿はハークスの官舎へ」


 皆に指示して、最後に叔父を見る。


「スーラ、叔父上にあれを」

「はい」


 スーラが書類と同じように何もないところから大きな革袋を出して、叔父にそれを渡した。

 これは、サムラスたちが出仕するための支度金だ。それからこれまでとこれからの迷惑料も含まれている。


「色々と迷惑をかけました。それにこれからも迷惑をかけるでしょう。これは感謝の気持ちです。受け取ってください」

「彼らは私にとっても甥と姪、決して迷惑などではございませんので、その儀は平にご容赦を」


 たしかに、サムラスたちは叔父にとって血縁者だ。

 だけど、それ以上に僕のほうが近い血縁者でもある。クソオヤジと縁を切った時に、彼らとも縁が切れたが血は切れない。

 それにサマンサを養女にしてもらわなければいけないし、サムラスたちの出仕準備にも金がかかる。それを叔父1人に負担させるのは、さすがに憚られる。


「受け取ってもらわねば、僕が困ります。だから、遠慮せずに」

「……分かりました。陛下のお気持ち、しかと受け取りました」


 これで次に進める。


 

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