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040_サイドス国王、妹たちを保護する

 


 くりりと大きい瞳で僕を見る、いや、睨んでいるのは14歳の少女。藍色の髪の毛や顔、そして着ている服は汚れていて酷い状態だ。

 他に、13歳の少年、10歳の少女、8歳の少女、5歳の少年、そして少年少女の母親である三人の女性がいる。酷い見た目なのは僕を睨んでいる少女と変わりない。

 ただ、14歳の少女と違って他の少年少女、そして三人の母親は酷く怯えた表情をしている。


「久しぶりだね、ミリアム」


 ミリアム、僕を睨んでいる14歳の少女の名前だ。そして、僕と同じ女性を母に持つ4歳年下の妹でもある。

 今、僕の目の前にいる少年少女は、クソオヤジの側室と僕の弟と妹。

 僕が王になった後、ケンドレー領を出奔し行方をくらませていたケンドレー家の者たちだ。


「馴れ馴れしく私の名を呼ばないで!」


 ヘンドリック(クソオヤジ)処刑()した僕を恨んで当然だと思う。

 それに、僕から逃げるために5人の弟妹とその母親たちは、このような酷い姿になって惨めな思いをしなければならなかった。憎んでいると思う。


「ミリアムさん、言葉を―――」

「分かっている!」


 少年少女の母親の1人であるアンネマリーがミリアムを諫める。

 アンネマリーはクソオヤジの側室だった女性で、ケンドレー家の屋敷に住んでいた。あまり喋ったことはないけど顔は知っている。

 他の二人の女性は屋敷の外にクソオヤジが囲っていた妾なので、いることは知っていたけど顔は知らなかった。


「ヘンドリック・ケンドレーは、国王を殺した第四王子の仲間であり、戦に負けた」

「だからって、殺すことはっ!?」


 ミリアムが数歩前に出たのを見た近衛騎士がミリアムに槍を突きつける。

 子供たちは悲鳴のような声をあげて泣き出し、大人も身を寄せ合って怯える。


「ザバル。ミリアムは僕の妹だ」

「されど、陛下へ敵意を持っております」

「……それでも妹なんだ。槍を引くように」

「御意」


 元剣王ザバルは、僕の身辺警護を担っている。

 剣王だっただけあって、ザバルは敵意や殺意、殺気といった悪意に敏感だ。


 近衛騎士たちが槍を引いた。

 僕は玉座から立ち上がって三段しかないけど階段を降りる。


「陛下……」


 ザバルたち近衛騎士を手で制して、僕はミリアムの目の前にまで歩いていく。


「大きくなったな……」

「っ!?」


 僕が右手を上げると、ミリアムはかなり警戒して身を強張らせた。

 ミリアムの頭の上に右手を乗せ、撫でる。髪の毛を洗ってないのだろう、かなりごわつく。

 小さい頃は「お兄様」と舌足らずで呼んでくれた。しかし、クソオヤジのおかげでいつしかミリアムとの距離が離れてしまった。


「恨んでくれていい。憎んでもいい。だが、ミリアムは僕の妹であり、お前たちもそうだ」


 ミリアムが何を言っているのかという目をする。


「落ち着いたらまた話そう。それまでは城内でゆっくりと暮らしてくれ」


 この5人の弟妹の中でミリアムだけは、僕と同じ母マリエーヌから生まれている。

 マリエーヌは逃避行先で病にかかって死んでしまったと報告を受けている。

 ここにいる5人の弟妹と側室たちはマリエーヌと一緒に逃げたが、マリエーヌが病死すると最年長のアンネマリーが面倒を見ていた。

 面倒を見ていたと言っても、酷い生活だったのは今のこの姿で分かると思う。


「アンネマリー殿」

 僕は最年長のアンネマリーに視線を向けた。

「は、はい……」

「いずれ5人のことは兄としてきちんと対応する。アンネマリー殿たち母親もだ。僕を信じろとは言わないが、今までのような暮らしをするよりはマシだと思って、引き続き面倒を見てやってほしい」

「よ、よろしいのですか?」


 アンネマリーが恐る恐る聞いてくる。

 その気持ちは分からないではないが、この8人を殺したり処罰したりする気はない。


「僕は貴方たちを恨んでいない。ケンドレー男爵を処刑したのは、罪があったからだ。そこのところは分かってほしい」

「あ、ありがとうございます」


 アンネマリーが深々と頭を下げると、他の2人も頭を下げた。

 子供たちはどうしていいか分からないようだが、ミリアムは終始僕を睨んでいる。


 時間はかかるかもしれないけど、ミリアムたちとはいい関係を築きたい。

 クソオヤジの血を引いていると言いたくはないが、クソオヤジを介して祖父母の血を引いた僕の弟妹なのだから。

 そう、祖父母の血を引いているからこそ、僕はこの弟妹を見捨てることはできない。


「叔父上」

「はい」

「ミリアムたちはしばらく城内で暮らしてもらいます。面倒をみてやってほしい」

「承知しました」


 ラルフ・ケンドレーはクソオヤジのすぐ下の弟で、僕にとっては叔父になる人物だ。

 文官としてボッス家に仕えていたけど、今は内務省の幹部として僕に仕えてもらっている。

 僕は家族に恵まれず、さらに身内が少ないのでボッス侯爵に無理を言って叔父を引き取らせてもらった。

 叔父にしてみれば、兄であるクソオヤジ(ヘンドリック)を殺した甥なので戦々恐々とした心情だったと思う。


 ミリアムたちが叔父に連れられて下がっていくのを見送る。

 力なく歩く姿は痛々しい。もっと早く手を打っておけばよかったと後悔する。


 今回、保護したのは僕よりも年下で、まだ成人に達していない弟妹だけ。

 成人に達した兄弟たちは自分で自分の去就を判断できるはずだし、するべきなので僕に助けてほしいのなら出てくればいい。そうでなければそれでいい。

 惨いようだけど、僕が進んで手を差し伸べるのはあくまでも未成年の弟妹だけ。


 ミリアムから憎しみのこもった視線を投げかけられるのは精神的にくるものがある。

 僕は心の疲弊を癒すためにユリア妃の元を訪れた。


「お疲れのようですね」

「妹に憎まれるのは辛いものだね」


 14歳で独立して以来、ミリアムたちのことを忘れていた薄情な僕だけど、このような状況になるとは思っていなかったので辛いものがある。

 失った時間は取り戻せないし過去に戻ることもできないけど、これから時間をかけてミリアムたちとの溝を埋めていきたい。

 ミリアムたちはクソオヤジの考え方に毒されているはずだから、関係回復ができるか自信はない。だけど、見捨てるには幼い弟妹たちだ。


「わたくしも皆さんと話してみます」

「そうしてくれると、正直言って助かるよ」


 今の僕は18歳。ユリア妃は20歳になっている。

 ユリアを妃をつけて呼んでいるのは、僕と結婚したからだ。


「陛下、お寛ぎのところ失礼します」


 不意にスーラが声をかけてきた。


「何、スーラ?」

「アスタレス公国よりの使者がケントレス侯爵領へ入ったと報告がきました」


 敵国であるアスタレス公国から使者がきたと言う。

 あと15分待ってくれればユリア妃に癒された僕は政務に戻るのに、これはスーラの嫌がらせだよ。


「目的は?」


 僕は真面目秘書官モード(まだ続いている)のスーラに、とても嫌そうな表情をして聞いた。

 スーラは僕のその表情を無視しているよ、くそっ。


 スーラがその気になればどんな役職にだって就けるけど、スーラはあくまでも秘書官に拘った。

 だから、僕の直属として秘書官という役職を作り、スーラをその任に充てている。


「第二公子のサンドレッド・アスタレスが第三公子のホリス・アスタレスを破ったそうですから、半年前に崩御した大公を継いで公国を受け継ぐ予定ですので、その挨拶だと思います」


 アスタレス公国は僕のサイドス王国の隣国だから挨拶があっても不思議ではないけど……。


「現在、ケントレス領に詰めている外務省の者が確認作業を行っていますので、そのうち目的が明らかになりましょう」


 サイドス王国はアスタレス公国の他に、レンバルト帝国とも国境を接している。

 だけど、レンバルト帝国とは砂漠や森で国境が仕切られていて、海上交易はあっても陸からの直接の往来はない。


 レンバルト帝国は言わずと知れた大帝国で、国力は僕のサイドス王国よりもはるかに高いが、対してアスタレス公国はサイドス王国よりも国力は低い。

 でも、アスタレス公国は北側で接するウインザー共和国と同盟関係にあるので、ウインザー共和国の援助が望めるのが大きい。

 サイドス王国はアイゼン国だった時も隣接する同盟国はなく、しかも実質的にアスタレス公国としか陸で繋がっていなかった。そのためどうしても国として仲が悪かった。

 それに、アスタレス公国は元々アイゼン国の一部だったんだ。それが数十年前に独立したんだけど、当然のごとくアイゼン国がそれを認めるわけなく、当時の国王は激しく怒って軍を出した経緯がある。

 それ以来、和睦もなく戦争状態のままなんだけど、ウインザー共和国の支援を受けたアスタレス公国は、アイゼン国の攻撃を跳ねのけこの十数年ほどはアスタレス公国のほうが形勢有利になっていた。僕と戦うまで。


 アイゼン国は海上でレンバルト帝国や島国のインバム連邦王国などと貿易をしていて、国としては良好な関係を築いていた。

 特にレンバルト帝国は大陸一の大国だし、いろいろな面で最先端をいっている国なので友好的に接していたけど、アイゼン国は知っての通り僕が滅ぼした。


「さて、アスタレス公国は何を言ってくるのか?」

「陛下であれば、どのような難題でもたちどころに解決してしまうことでしょう」

「ユリア、外交はそんなに簡単なことではないと思うよ」

「うふふ、陛下はご自分のお力を過小評価しすぎています」

「そ、そうかな……?」


 僕を褒めてくれたり、ミリアムたちのことを気にかけてくれたり、ユリア妃は頼りになる。


 

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