004_貴族の四男、行軍する
『そう言えば、ザックは人を殺したことがあるのか?』
歩いていたら、急にスーラが話しかけてきた。
『え? ……ないよ』
『戦争ってのは殺し合いだぞ。人の死ってのは精神に結構くるらしいから、覚悟しとけよ』
『そうか、人を殺さないと僕が殺されるんだ……』
『動物やモンスターを殺したことはあるのか?』
『……ない』
『そうか。なら、行軍途中にモンスターが出てくる場所があれば、戦ってみろ。血の臭いや戦場の殺気のようなものを少しは感じられるぞ』
『そ、そうだね……』
僕はカルモンを見た。
「何か?」
「あの、途中でモンスターがいるような場所を通るかな? 僕は屋敷の周辺しか知らないので」
「ええ、通りますよ。このままいけば、モンスターが出てくる場所で野営になりますし」
「もし、モンスターが出てきたら、僕が戦ってもいいかな?」
「………」
カルモンはジッと僕を見つめて、少し考えるようなそぶりを見せた。
「分かりました。モンスターが出てきたら若様にお任せします」
「ありがとう」
「若様は某に命じればいいのです。頼む必要はありませんと何度も言っていますが、若様のお優しいご気性なのでしょうね。ですが、他の者がいるところでは、命令口調でお願いします」
「あ、うん。気をつけるよ」
カルモンはにこりと笑った。黒い瞳の僕にも臆さずに話しかけてくるし、祖父と話しているような安心感がある。カルモンがいてくれて本当にありがたい。
だけど、祖父くらい年齢の人に命令口調なんてなかなか難しいけど、慣れないといけないな。
『このオッサン、相当の使い手だな』
『そうなの?』
『あの歩き方で分かる。そんなことよりも、ザックのことだ』
カルモンの話をしてきたのは、スーラなのに。
『ザックは身体強化魔法を使えるが、体中を強化するよりも部分的に強化するほうが効率的だぞ』
『部分的に。それって、腕だけを強化するとか?』
『そそ。あれの時はあれを強化すれば、すっげーことになるぞ』
『……あれって何?』
『あれはあれだ。そんなことも知らないのか?』
『ごめん、知らない』
『かー、これだからいい子ちゃんは困るんだよ』
『僕はいい子ちゃんなんかじゃないぞ』
『もういい。部分的な強化をしてみろ。まずは目だ。動体視力、遠視、暗視の訓練だ、素早いものを的確に見分けられ、遠くが見え、暗いなかでも見えるようになる。これができれば、戦場ではかなり有利だぞ』
『スーラが言ったのに……。分かったよ、目を強化するよ。でも、重力魔法はいつ教えてくれるの?』
『ザックに時間があれば重力魔法を教えてやったが、今は時間がない。お前が元々持っていた身体強化魔法を鍛えたほうが効率がいいだろう』
『なるほど……。分かったよ、まずは目を強化だね』
『おう。目にだけ魔力を集中させろ』
『うん』
スーラは自分の魔法属性だけではなく、身体強化魔法まで使い方を知っているようだ。すごいね。
僕は目に魔力を集中させる。今までは無意識に体や剣を強化していたけど、意識してやるとなかなか難しい。しかも歩きながらなので、難易度がさらに上がる。
歩いていたら何度か転びそうになったけど、視力を強化しようと目に魔力をまとわせるのを繰り返す。
『これ、難しいね』
『体を全体的に強化するほうが普通は難しいんだぞ。それに剣を強化するのもな。それに比べれば部分的に強化するのは簡単なはずだ』
『そんなものかな……』
何度も失敗して転びそうになりながら、僕は進んだ。
「若様、すでにケンドレー領を出ています。問題がなければ、明日の昼すぎにはボッス伯爵の屋敷に到着すると思います」
ボッス伯爵はケンドレー家の寄親だ。だから僕たちはボッス家の指揮下に入ることになっている。
ボッス家が治めている領地は、ケンドレー家の領地と違って大きな領地だと聞いている。
ケンドレー家は僕の祖父が戦功を立てた時に男爵に叙されて領地を拝領したけど、ボッス家は王国の建国当初からの旧家だから家の格が爵位の差以上に違う。
「若様、ここで野営をしましょう」
「うん、そうしましょう」
街道のそばに小川がある場所で野営することになった。老兵士たちが手際よく野営の準備をするのを僕は石に座って待つ。
「若様、5人ずつの3交代で見張りをさせますが、よろしいですか?」
「任せます」
カルモンがなんでも教えてくれて、老兵士たちに指示してくれるので、とてもありがたい。おかげで、目の強化の訓練が座ってできる。
「若様、食事ができました。どうぞ」
「ありがとう」
カルモンからパンとスープを受け取って、パンをスープにつけて柔らかくして食べる。
ケンドレーの屋敷では白パンと言われる柔らかいパンが食卓に並ぶけど、祖父が他界してから僕はいつも硬いパンを食べていた。だから、食べ慣れた硬いパンの食べ方は心得ている。
「ところで、先ほどから何をされているのですかな?」
「え?」
「若様が魔力を練っておられるのは分かりましたが、何をしておられるのか気になったもので」
「カルモンは魔力を感じることができるのですか?」
「なんとなくです。無駄に年齢だけは重ねていますからね」
「すごいですね。僕なんて全然分かりませんよ」
「大したことはありません。それより、若様は何をされていたのですか?」
『おい、身体強化魔法のことは少しなら喋ってもいいが、重力魔法や創造魔法のことは喋るなよ』
『なんで?』
『このオッサンが、クソオヤジの意向を受けてザックを殺そうとしているのかもしれないだろ』
『そ、そうなの? カルモンはとてもいい人に見えるけど……』
『悪人が全部悪党面しているわけじゃないぞ。だから、切り札は教えるな』
『あ、うん。分かったよ』
「目に魔力を集めて、視力を強化できないかと思っているんですけど、難しいですね」
「若様は身体強化魔法が使えるのですか?」
「使えるというか、今、訓練中です」
「なるほど……。それでしたら、1つアドバイスというか、私の知っていることをお教えしましょう」
「はい、お願いします!」
「身体強化魔法だけではなくどんな魔法もイメージが大事だと、昔、魔法使いに聞いたことがあります」
「イメージですか……?」
「はい、魔法を発動させた結果をイメージするのです。そうすると、意外と簡単にできるらしいですよ」
「そうなんですね、ありがとうございます。今からやってみます!」
「はい、がんばってください」
『ほう、まともなことを言うじゃないか。たしかに魔法は発動した時のイメージが大事だ。明確なイメージが思い描ければ威力が上がって消費魔力が抑えられるぞ』
『そうなんだ。スーラも知っているんだったら、スーラが教えてくれればよかったのに』
『バ、バカ。オレはザックに苦労を味合わせて魔法の奥深さを教えようと思ってだな、決して忘れていたわけじゃないんだからね!』
『ないんだからね! って、口調がおかしいよ。それに忘れていたんだね』
『くっ、殺せ』
『そんなことで殺さないよ』
『ち、ノリが悪い奴だ』
『ノリって何さ? スーラは時々変なことを言うよね』
その夜、僕はスーラに起こされた。
『客がきたぞ』
『え? 客って……こんなところに?』
『まったくお前は、頭がいいのか悪いのか……。客ってのはモンスターのことだ。多分オークだ』
『オ。オーク……』
『どうした、怖いのか?』
『こ、怖くなんかない!』
『よし、その意気だ。ザックならオークの5体や6体なんて大したことない』
『え、5体や6体もいるの!?』
『やっぱ怖いんだ』
『こ、怖くなんかないもん!』
『もんってなんだよ。可愛いな』
『ちょっと言い間違えただけだよ!』
『もん~。もんっ。も~ん』
絶対バカにしているよね? 僕はスーラの言葉を無視して、むくりと体を起こした。
「若様、どうかされましたか?」
「モンスターがきます」
「む、モンスター……ですか?」
「僕が戦いますが、念のためにカルモンは皆を起こして警戒してください」
「分かりました」
カルモンは毛布から抜け出して皆を起こして回る。僕も体を起こして剣を腰に差した。
『目に魔力を込めて暗闇を見通せ。イメージだ、イメージするんだ』
『わ、分かったよ』
夜でも視界がクリアになるイメージをするんだ。