036_スーラ、旅立つ
35話から39話まではスーラの過去です。
読み飛ばしても大丈夫です。
歩くことと走ることはできるようになった。
視線が低いので走るとそれなりのスピード感があって楽しい。
また、木に登ることもできるようになった。木の皮に体を密着させると、表面張力的な力が働いて落ちないし、そのまま上に下にと回転走法で移動できる。この体は意外と面白い。
ただし、俺は高所恐怖症なのであまり高いところには登れない。
ところで、この木はめちゃくちゃデカいな。頂上までとてもいけそうにない。主に高所恐怖症で。
この世界にやってきてどれだけの月日が流れたか分からないが、生き物に遭遇していない。
それどころか、腹も減らない。そもそもスライムに腹があるのかも分からない。てか、自分がスライムかどうかも分からない。ははは、まだスライムなのか確認もできていないのだ。
このままこの場所に留まっても今の俺が得るものはないだろう。
ここは言わばセーフティーゾーン。俺に危害を加える存在はいない。同時に、俺に情報をもたらす存在もいない。だったら、この土地を離れて外の世界を見にいくしかない。
ただ、この地はなんだか俺の故郷みたいな感じがする。とても安心感があるのだ。外の世界に出て色々な情報を得たら、いつか帰ってこよう。
俺は大木を中心とした住み慣れた土地を離れる決心をした。その前に大木に登ってみた。
高所恐怖症の俺は勇気を振り絞って大木の先端までいったが、この大木がある場所は森の中だった。
周囲360度、見渡す限りの森だった。異世界転生物の定番スポットってわけだ。
俺が登った超がつくほどの大木の周囲には、普通の大木が生い茂っている。普通の大木って表現としてどうよ?
俺が登った大木は、森の中でもひと際大きく、ひと際高い。もしかしたら、世界樹だったりして(笑)
ひと通り見渡したが、さすがにモンスターがいるかまでは分からなかった。
それでも北と思われる場所には高い山々が聳え立っていたので、とりあえず北に向かおうかと思う。一応、太陽が昇るほうが東で、沈むほうが西という考え方だ。
「………」
さらば我が生誕の地よ。さらば我が青春を過ごした地よ! さらば我が父であり母である世界樹(仮)よ!
俺は北に向かって歩き出した。体の表面を回転させ、地面を進む。すると、なんだか空気が変わった気がした。
周囲は相変わらずの森だが、おそらくここからはモンスターの出るエリアになるだろう。そう考えて慎重に進む。
ふと後ろを見たら、あの世界樹(仮)が見えない。そんなに離れていないので見えないわけがない。それほど大きな木だったはずだ。
……見えなくなる結界なのか?
まあいい、俺は知識を得るまでここには戻らないと決めた。今度戻ってきた時に世界樹(仮)のことを調べよう。
「………」
生き物がいた。普通にキツネに見えるが、あれはモンスターなのか?
俺はしばらくそのキツネの様子を木の上から観察することにした。
すると今度はヤマアラシのようなトゲトゲの生き物がやってきて、キツネと鉢合わせした。
ヤマアラシはキツネを見ても逃げ出さず、なんと棘を逆立てて威嚇し始めた。
それを見たキツネが『コン』と鳴くと、青白い炎が現れてヤマアラシに向かって飛んでいって当たった。
ヤマアラシは炎に包まれて苦しがり、地面を転げ回って火を消そうとしたが、火は一向に消えそうにない。そのうちにヤマアラシは力尽きて動かなくなってしまった。
しかしこの体、声は出せないのに音は聞こえるんだな。
「………」
普通のキツネは火を操らないよな。あのキツネはモンスターに違いない。そしてあの火は今の俺にとって危険極まりないものだというのが、よく分かった。
キツネのモンスターはヤマアラシの丸焼きを、焦げた部分を器用に除いて食べ始めた。
グロい光景だが、気分は悪くない。てか、俺は食事をしていないので、吐くものがない。
「………」
キツネのモンスターの食事が終わり、どこかへいった。
残ったのは無残に食い散らかされたヤマアラシの残骸だ。俺は木から降りてヤマアラシの残骸に近づいた。
「………」
これ、取り込めるかな? スライムといえば、体に何かを取り込むというのが俺の中のイメージだ。
おそるおそるヤマアラシの残骸の上に乗って体に取り込むようなイメージをする。
むむむむ……。なかなか難しいな。こうか? こうなのか? ほれ、これがいいのか?
自分で言っていてアホらしくなった。
おっ!? 少しずつだが、ヤマアラシの残骸が俺の体の中に取り込まれていくような感覚がするぞ!
五分くらいかかって、ヤマアラシの残骸を体に取り込んだ。
『(ピコン)ニードルマウスを取り込みました。ニードル射出をスロットにセットしますか?』
なんじゃわれ!?
いきなり脳内に流れた無機質な音声。この世界にやってきて初めて聞いた声だ。
もしかしたら、今の俺は取り込んだものの持っていたであろうスキルを得ることができるのではなだろうか?
もし、スロットにこのニードル射出をセットすると、ニードル射出は俺の攻撃手段になるのだろうか?
「………」
スロットにセットしたニードル射出は外すことができるのだろうか?
もし一生そのままだとしたら、俺はニードル射出スライムになってしまうし、それ以前に俺のぷよぷよの体にはニードルなんてないと思う。
この世界は俺の分からないことが多い。ここで切り札的なスロットを使ってしまっていいか非常に迷うところだ。
そんなことを考えていたら、なんだか体が変形したような感じを受けた。
どうしたのかと、視線を上に向けてみると、牙の間から涎が垂れているのが見えた。
「………」
先ほどのキツネのモンスターが、前足で俺の頭を踏みつけている。
この野郎、俺の頭は靴じゃねぇんだ! その汚い足をどかしやがれ! などと口があったら怒鳴っていたところだが、今の俺には口はない。
さてここで問題だ。俺とキツネ、どちらが狩る側で、どちらが狩られる側でしょうーか!?
もちろん、キツネが前者で俺が後者だろう。
なんだかキツネの足に力が入っていく気がする。俺の柔らかい体が次第に変形する。この野郎、俺を足で踏み潰す気だな。
俺は踏み潰されてはかなわないと、移動を開始した。柔らかい体のおかげでするりとキツネの足から抜け出した俺は、そのまま全速力で走った。が、後ろで『コン』という鳴き声が聞こえて、俺は炎に包まれた。
熱くはない。だけど、このままではマズイのは分かる。どうする……決まっている。キツネを倒すしかない。だが、どうやってキツネを倒すんだ?
「………」
俺は決めた! ニードル射出、セットだ!
『(ピコン)ニードル射出をスロットにセットしました』
なんの感情も感じられない無機質な声と共に、俺の脳内にニードル射出の使い方のイメージが流れ込んできた。
ぶっつけ本番だが、やるしかない!
俺は闘志を燃やしてキツネに挑む! てか、早くしないと闘志どころか俺自身が本気で燃え尽きてしまう。
ニードル、射出だ!
流れ込んできたイメージを具現化させるのは、意志の力だ。俺の意志であのキツネを貫く! ファイエル!
俺の体から無数の棘が飛び出して、キツネを襲った。
キツネは俺から攻撃されるとは思ってもいなかったようで、回避もせずに棘を受けることになった。
キツネに刺さった棘から湯気のようなものが上がる。
……あっ、そういえばスライムって体中が消化液みたいなものだから、酸性なんだよな?
そのスライムである俺から射出された棘が刺さったら、体の中に酸を注入していることになるんじゃね? よし、ここはもういっちょだ! ファイエル!
キツネはもがき苦しみ、俺の第二射を気にする余裕がなかったので、全弾命中だ!
いいぞ、さらにもういっちょ! ファイエル!
「………」
キツネが倒れた。口から泡を吹いて倒れ、そして死んだようだ。
最後は俺を恨めしそうに睨んでいたが、お前が俺にちょっかいを出したんだから、自業自得だ。
俺の体を包んでいた火も消えてなくなったが、ここで俺は気づいた。痛みはまったく感じないが、かなり酷くやられている。
これ以上ダメージを受けたらそれこそ死んでしまうだろう。ヤバい、スライムってどうすれば怪我を治療できるのだろうか? 誰かヒールください。
「………」
誰もいないこの森で辻ヒールがもらえるわけもなく、俺は途方に暮れた。
ん? そういえば、あのキツネを喰ってないな。これもスライムの定めなのか、性なのか、俺はキツネのモンスターの死体を前に喰わなければならないと思った。
体をゆっくりと動かし、キツネの死体の上に覆いかぶさる。
ぐふふふ、ここがいいのか? ほれほれ、とろけるじゃろ~。
「………」
自分で言っていてむなしくなる。
じわじわとキツネを取り込んでいくのが分かる。
それと同時に少しずつ体力が回復していく気がした。もしかして、スライムは喰うことで怪我が回復するのかな?
『(ピコン)ファイアフォックスを取り込みました。狐火をスロットにセットしますか?』
へー、あれは狐火っていうのか。ニードル射出とこの狐火、どっちが使えるのかな?
派手さでいうと狐火だけど、スライムである俺のニードル射出もエグイ攻撃だと思う。それに狐火は俺のような水属性と思われるモンスターには弱い気がする。俺が狐火に耐えられたのは体が液体だからだと思うのは安直だろうか?
とりあえず、狐火はなしだな。狐火をストックできるのかな?
『(ピコン)狐火をストックしました』
ほう、ストックできるんだ。これなら色々と考えて試せそうだ。
スロット:ニードル射出
ストック:狐火
<<お願い>>
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