003_貴族の四男、むちゃぶりされる
スーラと出会って、魔法のことを色々聞いた。
僕は元々身体強化魔法の才能があったというのにも驚いたけど、実は知らず知らずのうちに僕は身体強化魔法を使っていたらしい。
剣の訓練をしている時に体の能力を上げて、さらには剣に魔力を纏わせることで普通なら切れない林の木を切っていた。
スーラに言わせると、普通は木の枝くらいは剣で切れるけど、直径50センチもある木は切れないそうだ。僕はそのことを聞いて本当に驚いた。
「今見せてもらったが、ザックはまだ魔力を上手く魔法に変換できていないようだ。これからは魔力を効率的に変換するように訓練するぞ」
「うん、お願いします!」
「おっとお客さんだ。オレはザックの中に戻るぞ」
「え?」
スーラは黒い玉になって僕の目の中に入ってきた。
『オレと喋りたい時は心の中で会話できるぞ』
「心の中?」
『オレに喋りかけたいと、心の中で強く思うのだ』
『こ、こうかな?』
『そうだ。やっぱりザックは物覚えがいい。ロドスには苦労したから楽でいいぞ』
『あはは……。そうなんだ』
ロドス帝はスーラの中ではかなり地位が低いようだね。でも、そういう人でもあれだけ大きな帝国の礎を築いたんだから、僕もがんばって成り上がってみせる。
それから2分ほどしたら、家のメイドが現れた。
『なんだ、あのメイド服は!?』
『え? 普通のメイド服だよ?』
『バカ野郎! メイド服ってのはな、裾が膝上10センチ以上で、胸元が大きく開いたものでなくてはならないと法律で決まっているんだぞ!』
『そ、そうなの? メイドの服装に法律があるなんて知らなかったよ』
『そんな法律あるわけないじゃないか』
『ぼ、僕を騙したの!?』
『そんなことより、メイドがくるぞ』
『うう、話を逸らしたよね……』
今年32歳のマレミス・ロイカンという古参のメイドが僕の前で立ち止まって、綺麗に頭を下げる。
「ザック様、旦那様がお呼びですので、屋敷へお戻りください」
「父上が?」
僕の瞳が黒いため縁起が悪いと言って僕を遠ざけ、婚約破棄されてからは納屋に追いやったクソオヤジが僕になんの用なんだろうか?
「分かった、屋敷に帰るよ」
マレミスは再び僕に頭を下げて僕の後ろに続いて歩く。
このマレミスだけではなく、家臣と使用人たちはいい人が多い。だけど、残念なことに僕の家族と言われる血が繋がった人たちはクソッタレばかりだ。本当に嫌になる。
屋敷へ入って、クソオヤジの執務室へ向かう。
マレミスが扉をノックして僕の来訪を伝えると、部屋の中から「入れ」という短い返事が返ってきた。
マレミスが扉を開けて僕は中へ入っていくと、不機嫌そうな顔のクソオヤジがいた。
人を呼びつけておいて不機嫌そうな顔をするなんて、礼儀がなっていない。
「お呼びでしょうか、父上」
「……呼んだのは他でもない。お前を元服させることにした」
嫌々話すのなら、呼ぶなよと思う。
しかし、僕を元服ってどういうことなんだろうか?
元服というのは成人させるということで、通常は15歳で成人なんだけど貴族の場合は家の都合によって15歳未満の子供を成人させることがある。
よくある話は結婚や当主が他界して子供が跡を継がなければならなくなった時だけど、僕が家を継ぐことはないし、僕と結婚や婚約をしたいという貴族がいるとも思えない。
侯爵家から婚約破棄された噂は広まっていると思うから……。
「本日、ただ今よりお前は成人だ」
「理由を伺ってもよろしいですか?」
「ふん、お前に活躍の場を与える」
「活躍の場?」
「アスタレス公国がケントレス侯爵領へ進軍してきた。お前が兵を率いて援軍に迎え」
「………」
このクソオヤジは何を言っているんだ? 成人させたばかりの僕に兵を率いろって? 本気で言っているなら頭の中が腐っているし、冗談なら笑えない。
『面白いことを言うな。だが、これはチャンスだぞ』
『チャンス?』
『今回の戦いは負け戦のはずだ』
『なぜそんなことが分かるんの?』
『簡単なことだ。勝てる見込みがあれば、こいつが自分で兵を率いていくか嫡男辺りを使ってもいい。だが、負け戦なら自分や嫡男が死ぬのは嫌というわけだ』
『でも戦ってみないとそんなこと分からないだろ?』
『そういうことを判断するのも貴族の当主だ。何か情報を得たんじゃないか?』
『なるほど……』
「率いる兵は30名。明日、出立しろ」
「……分かりました」
しかし、急な話だ。そういえば、最近、家の中が騒々しかったけど、戦争の準備をしていたのか? それで、スーラが言ったように何か情報を得て、自分でいくのを止めたのか?
僕はクソオヤジの執務室を辞して自分の部屋である納屋に向かった。
その途中で会いたくもない奴に会った。
「でき損ないか。出兵するらしいな」
偶然を装っているけど、絶対に待っていたよね?
こいつは僕のすぐ上の兄でウォルフという。正室の子供だから三男でも家を継ぐ嫡男なんだ。つまり、クソオヤジの跡を継ぐクソ兄貴だね。
「先ほど元服して、明日出兵します」
「家の名に泥を塗るような無様な戦いをするなよ」
「そのつもりです」
「ふん、でき損ないが言うじゃないか」
喋り方もクソオヤジそっくりで、僕はこいつが大っ嫌いだ。幼い頃からどれだけ殴られたことか。
「逃げるくらいなら死ね。そうすれば、ケンドレー家の名が上がる。分かったな」
「はい、逃げずに戦います」
「ちっ、でき損ないが!?」
捨て台詞のように僕をでき損ないと言い放って踵を返していった。
ウォルフは魔法の才能がない。ウォルフだけではなく、クソオヤジも他の兄弟も魔法の才能はない。
この家で魔法の才能があるのは、僕の祖父で前当主と僕だけ。だからそれも僕が許せない理由なんだと思う。
なぜ自分に魔法の才能がないのか、ウォルフはそう思っているんだろう。
自室に戻るまでに3人の兄全員に会ったが、どれも嫌みを言われた。そして口を揃えて言うのは、「逃げずに死ね」だった。
『話に聞いていたよりも、ザックは嫌われているな』
『死んだ祖父が僕を可愛がっていたのもあると思うし、この家で魔法の才能があるのは僕だけなんで妬みの対象になっているんだと思う』
『なんだ、爺様はまともだったんだな』
『祖父は瞳の色なんか気にしなかったし、魔法の才能がある僕を当主にしたかったんだ』
『そりゃー、兄貴たちからすれば気分のいい話じゃないな。特に嫡男にしてみたらザックは自分の地位を脅かす敵だったわけだ』
祖父が10年前に他界してから僕はあからさまに家族から無視されるようになった。
それだけではなく、暴力を受けることも一度や二度ではない。
『ザックがこの家を出る時期が早まっただけで、家を出るのは変わらないし、何よりも戦功を挙げて、名を上げるチャンスを向こうからくれたわけだ。アホな父親でよかったじゃないか』
『スーラはポジティブシンキングだね』
『おうよ、オレは最強のポジティビリアンだぜ!』
翌日、僕は兵を率いて屋敷を出た。
当主の代理だと言うのに馬もなく、兵士は年寄りばかり。あのクソオヤジには本当に感謝しかないよ。
男爵家なので、少なからず騎士はいる。なのに、今回は騎士が1人も同行しない。貴族の体裁なんて関係ないようだ。
「若様は馬に乗らないのですかな?」
30人の老兵士たちの中から1人が僕に話かけてきた。それなりに年はとっているけど、老兵士とまでは言えない50歳くらいの男性で、赤い髪の毛を短く刈って顔に傷がある体つきがとても逞しい兵士だ。
歴戦の勇士といった雰囲気を醸し出しているので、以前はそれなりの騎士か兵士だったと思う。
「僕は馬に乗れないんだ」
「そうでしたか。歩きなれてないと行軍は疲れますからな、疲れたら荷車に乗ってくだされ」
「ありがとう。でも、これでも鍛えているから大丈夫だよ」
「分かりました」
「あ、貴方の名前を教えてください」
「某はカルモンといいます」
「カルモンさんですね。それじゃ、カルモンさんを副官に任命します」
「某のような者を副官にですか?」
「失礼な言い方になりますが、他の兵士を見たらカルモンさんが一番まともそうですから」
「……なるほど」
カルモンさんは後ろに歩いてくる老兵士たちを見て、納得してくれたようだ。
「では、副官の某から申し上げます」
「なんですか?」
「部下にさんづけは不要です。呼び捨てにしてくだされ」
「あ……。分かりました」
「丁寧な言葉遣いも不要です。命令すればいいのです」
「分かり……分かった」