025_中堅貴族、宣戦布告する
貴族の仕事には、書類仕事もある。
どんなに家臣が優秀でも書類仕事はなくならない。
サイドス領に移ってもそんなことは関係なく、最近僕は書類仕事が嫌いだというのが嫌というほど分かった。
「ふー、終わった!」
書類に目を通してサインをする。
これだけだけど、書類の内容を理解しなければいけないし、場合によっては指示を与える必要もある。
モンスターと戦うよりも書類と戦うほうが難しいよ。
「ザック様、こちらもお願いします」
どさりと僕の前に書類の山を置くのはスーラだ。
今、終わったと思ったのに、スーラ性格悪すぎ!
僕は抗議の視線を送ったが、スーラは無視を決め込んでいる。
そんな日々が過ぎていく。
『ザック、国王が死んだぞ』
分体を各地に送って情報収集しているスーラから報告を受けた僕は、部屋の窓の外に目を向け澄んだ青空を眺めた。
『そう……。次の国王は誰なの?』
『王太子と第四王子、そして第五王女が王位を巡って争っている』
『アイゼン国でも王位争いか……』
アスタレス公国も泥沼の内戦状態になっていると聞くし、このアイゼン国も内戦状態になるのかな?
『勢力的にはどんな感じなの?』
『最大勢力は第四王子だ。母親が大貴族のサムラット侯爵の妹だからな。官僚の3割と国軍の5割、そして領地持ち貴族の6割くらいが支持しているぞ』
サムラット侯爵はアイゼン国最大の勢力を誇っている貴族だからこれは予想できた。
王都があるケルン半島の先端に領地を持っているサムラット侯爵は、貿易で巨万の富を蓄えていると聞いている。
『次は王太子で、官僚の3割、国軍の3割、そして領地持ち貴族の2割が支持している』
『そうするともっとも劣勢なのは第五王女か』
『第五王女だな。第五王女は官僚の4割、国軍の2割、領地持ち貴族2割の支持だ。ただし、国民の支持は圧倒的に第五王女だ。今は遠縁のボッス伯爵を頼ってボッス領に下向しているぞ』
『ボッス伯爵は第五王女派なの?』
『遠縁ってだけだ。第五王女は国王になりたいと思っているわけじゃない。簡単に言うと、御輿にされただけだな』
『簡単に次の国王は決まらないか……』
『それと、第四王子派の官僚たちがザックを反逆者にしようとしているぞ』
国王が崩御して王位継承争いが起こっているのに、僕を反逆者にしてさらに混乱させようとしている。困ったものだ。
『アムリッツァ子爵がそんなことを言っていたね』
『第四王子派には、アムリス侯爵とケンドレー男爵も顔を連ねているからな』
『あの2人が……』
僕を婚約破棄したケリス・アムリスの父であるアムリス侯爵、そして黒い瞳が縁起悪いと僕を虐げたクソオヤジが第四王子派か。
僕は絶対に第四王子派に入れないし、入る気もない。
『ロジスタのほうはどうなの?』
『相変わらずだな。あそこはケントレス侯爵とキャムスカ伯爵の領地が接しているから、国軍1万と周辺貴族軍1万が協力してモンスターを討伐しているが、一進一退だ』
『北東部の貴族は王位継承争いどころではないって感じか……』
『ザックはどう動くつもりだ?』
『しばらくは静観かな。今、僕が動く理由がないからね』
『なるほど、反逆者と言われるか、王位継承争いをしている3人の誰かから声がかかるまでは動かないか』
『うん』
しかし、ロジスタでは多くの兵士がモンスターと戦っている。
僕が援軍として向かえば、多少は状況が改善すると思うけどそういうわけにはいかない。
僕がロジスタに向かえば家臣たちを危険にさらすことになる。だけど、僕をロジスタの地から遠のけた国を助けるために軍を動かすことはできない。
ありがたいことに僕には軍役免除があるのだから、軍を動かす以上はそれなりの理由がないといけない。国はその理由を僕に提示することさえできないでいる。
親に虐げられ、婚約者にバカにされた過去は、僕を強くしてくれたと思う。
それに僕に力をくれたスーラもいるし、カルモンたちもいる。
国が僕を動かしたければ、それなりのものを用意してもらう必要がある。それに、国が相手だったとしても退けないことがあるんだといことを、権力者たちは理解するべきだ。
僕は皆を集めて国王が崩御したことを伝えた。
僕が静観すると言うと皆も同意したけど、ゼルダからすぐに動けるように準備だけはしておこうという提案があったのでそうすることにした。
それから数日は何もなく過ぎて、僕は交易で使用する船を創造魔法で造っている。
交易が順調で船が足りないという嬉しい悲鳴があって、財政を預かるアンジェリーナの要請でこうして船を造っているのだ。
「殿、王都で火炎症が流行っているそうです」
アンジェリーナが造船所にきたと思ったら、そんなことを言ってきた。
火炎症は高熱に侵される病気だ。
「王都は人口が多く密集しているので、発症者が出ると一気に広がったようです」
「そう言えば、オスカーが特効薬を作っていたと思うけど?」
「このサイドスでも流行るといけませんので、確保してあります」
そうか、ここでも流行るかもしれないんだ。
「王都へ回す数はないの?」
「残念ながら素材となるレッドバードが珍しいモンスターなので、サイドスの住人でも半数分しかありません。もしもの時のために……」
僕はサイドスの領主であり、領主は領民を守ることを第一に考えるべきだと思う。
王都の住人は王家や国がなんとかするのを待つしかないのか。いや、それなら……。
「それじゃ、レッドバードを狩りにいこう」
「ただいまケリーさん、リサさんが部隊を率いて東の森に向かい、ジャスカさん、レオンさん、パロマさんの部隊が北の森に向かってレッドバードを探していますので、殿はこのまま船の建造をお願いします」
すでに皆が動いているんだ。よかった。
難民だった獣人たちの中から、戦闘が得意な種族である獅子、トラ、クマ、オオカミなどの獣人が僕の下で兵士をしてくれている。
レオンは獅子の獣人で獣人たちの総代表的な人物だったけど、今は武官として僕に仕えてくれている。
レオンは非常に強靭な体を持っているので、カルモンには敵わないもののジャスカとはいい戦いを繰り広げる。戦闘力は本当に高い。
それとパロマは最初に僕に接触してきたルマンジャ族の少女だ。彼女たちルマンジャ族は空が飛べるので航空戦力として軍に所属してくれている。
「分かった。僕は船を造っておくよ」
「はい、お願いします」
アンジェリーナの後ろ姿を見送って、僕は再び創造魔法で船を造り出した。
スーラが言うには、木の船じゃなくて金属の船でも海に浮かぶと聞いている。
そんな金属の船を造るんだけど、その船には今まで造った船と違う外輪という水車のようなものがある。
この外輪が回転して、その推進力で船が進むというのだ。スーラが書いた設計図を見た時は本当に風もなく動くのか疑心暗鬼だった。
『スーラ、火炎症のこと、なんとかならないかな?』
『ザック次第だな』
『え、僕次第?』
『ザック……。まだ気づかないか?』
『えーっと、どういうこと?』
『ザックには創造魔法がある。創造魔法はザックのイメージ次第でどんなものだって作れるぞ』
『あ……。そうだった』
『まあ、がんばれや』
『他人事だよねぇー』
『王都の奴らがどうなろうと、オレには関係ないからな』
そんな憎まれ口を叩きながらも、創造魔法で薬が作れることを教えてくれるんだから、まったくスーラもひねくれ者だよね。
僕は金属製の外輪船を造って、薬の創造に取り組んだ。
いつやっても初めて創造するものはイメージは難しい。
でも、王都の人々が苦しんでいるんだ、なんとか創造しなければ!
「………」
2日ほどかかったけど、なんとか火炎症の薬が1本できた。
僕はこの薬をオスカーに見てもらおうと思ったら、紋章官のセシリーが僕の部屋に駆け込んできた。
「セシリー、そんなに急いでどうしたんだ?」
セシリーは息を切らすほど急いでいた。
「た、大変です! 殿が謀反人として伯爵位を剥奪されました!」
「………」
僕の伯爵位剥奪はすでに予想されていたことなので、驚くことはない。
とうとうそうなってしまったというのが、正直な感想かな。
「そうか、それで使者がきたの?」
「はい、先ほど使者が港に入りました」
「それじゃ、使者と面会しないといけないね。セシリー、この薬をオスカーのところに持っていってくれるかな。火炎症の薬だけど、効果があるかオスカーに確かめてもらって」
「え、あ、はい!」
僕は礼服に着替えて使者と面会した。
「勅令である!」
王が崩御したのに勅令か。今の国の中枢はかなり腐っているんだろうな。
僕は床に膝をついて、勅令の内容を聞いた。
「ザック・サイドスの爵位を剥奪する。よって、領地を返上し退去せよ」
とうとうこの言葉を聞くことになったかと、少し感慨深い。
しかし、これは僕として納得できることではない。
「使者殿、爵位剥奪の理由をお聞かせください」
「そのようなことは話す必要もない。これは決定事項であり、貴殿は速やかにサイドスより退去すればよいのだ」
僕はその言葉を聞いてすくっと立ち上がった。
「使者殿の話は分かった。これより僕は、アイゼン国の臣ではない」
「貴様、何を……?」
「王都に帰って今回のことを決めた者に言うがいい。このザック・サイドスはアイゼン国に宣戦布告する!」
「なっ!?」
「1カ月後、進軍を開始する。皆の者、戦の支度だ!」
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