024_中堅貴族、サイドス始めました
新しい領地に移って2年が過ぎた。
サイドス領は聞いていたようにモンスターの闊歩する地だったけど、なんとか町を築いて最近は落ちついてる。
「殿、たまには狩りにいきましょうぞ」
「オスカーが研究室から出てくるなんて珍しいな。それで、狩りって何を狙うの?」
「今回はレッドバードがほしいのですぞ」
「レッドバードって、あの大きな鳥?」
「左様、レッドバードは両翼を広げたら5メートルになる真っ赤な鳥ですぞ」
「でも、レッドバードは滅多にいないモンスターだよね?」
「それが東の森で目撃情報があるのですぞ。ケリー殿の報告書に書いてあったのですぞ」
そう言えばそんなことが書かれていたな……。
オスカーは引きこもりなのに、そういう情報はしっかりとチェックしているんだな。
「レッドバードは薬の素材になるの?」
「火炎症という病の特効薬が作れますぞ」
火炎症は体が燃えるように熱くなる病で、流行速度が速く毎年多くの人がなくなっている病気だ。
仮に完治しても高熱が何日も続くので男性の場合は生殖器の機能不全などの後遺症があるし、稀に言語障害なども起こるらしい。
『インフルエンザのような病気だから、特効薬があれば流行に備えることができるな』
『イン……またスーラの国のことだよね?』
『そうだ、俺の国では毎年インフルエンザが流行っていたが、基本的にはワクチンという薬でほとんどの人が完治している』
『そうなんだ。貧しい人にも薬が行き渡るなんて、いい国だね』
『そう思うか?』
『違うの?』
『まあ、いいことなんだろうな』
最後はあやふやにされたけど、病気で人が死なないのはいいことだと思う。
オスカーが言うには、火炎症は発症してすぐに薬を飲めば、後遺症もなくすぐに治ることが多いらしい。
ただし、素材がレッドバードということもあり、薬は滅多に出回らない。だから、死者が毎年出る病気なんだ。
「分かったよ、レッドバードを狩りにいこう」
「ありがとうですぞ」
現在の僕の領地であるサイドスは、陸の孤島と言われている。
領地のど真ん中に大きな湖があって深い森と峻険な山々に囲まれているが、南の一部は海に面している。
ただし、海は港を造れるような海岸ではなく、切り立った崖が続いていた。
過去形なのは、僕が創造魔法でその崖を船が寄港できる港にしたからだ。
このサイドスもモンスターには困らない場所なので、港を使ってモンスターの素材を輸出している。
輸出の相手は国内もあるけど主に大国レンバルト帝国だ。
レンバルト帝国は東の森を越えた先の国なので近いけど、その森が深く普通は越えられない。
もちろん、僕の家臣たちはモンスター除けがあるので、森に入っても無事にレンバルト帝国へいくことができる。
帝国からは食料を輸入している。大量の食糧を輸入するのに森を通るのは大変なので、港を便利に使っている。
今年は食料を輸入に頼らずに済みそうだ。開墾は大変だったけど、今年の収穫は小麦だけで200万トンが期待されている。
他に大豆、トウモロコシ、そしてレンバルト帝国から種籾を輸入した米も作付けしているので、食料は余るはずだ。
「いましたぞ、レッドバードですぞ!」
光沢のある真っ赤な羽根が光を反射してとても綺麗な鳥のモンスターがいた。
翼を羽ばたかせて大空を飛ぶ姿はとても優雅で美しい。
「殿、この薬をレッドバードに投げつけてくださいですぞ」
「これは?」
「氷の息吹という薬ですぞ。瓶が割れて中の液体が空気に触れると、急激に凍っていくのですぞ」
「すごい薬だ……」
僕は身体強化した体で上空にいるレッドバードめがけて瓶を投げつけた。
瓶は真っすぐ飛んでいき、レッドバードの右の翼のつけ根あたりに当たり、割れて中の液体がレッドバードに付着する。
翼のつけ根が凍ってしまったレッドバードは、飛ぶことができずに地上に落ちてきたので、僕たちはとどめをさした。
僕たちはレッドバード以外にも色々なモンスターを狩って、屋敷に戻った。
「ザック様、国から使者がきました」
スーラが使者の取次ぎをする。
「またロジスタ領の件かな?」
「おそらくは」
僕は部屋の中にいたアンジェリーナたちと視線を合わせて苦笑いをした。
「我らが彼の地に戻ることはないと言うのに、国にも困ったものですな」
カルモンが言うように、国はロジスタ領を僕に任せたいと何度も使者を送ってきているんだ。もちろん、断っている。
「我々がロジスタを離れて半年でモンスターが大挙して攻めよせてきましたからね。国は最低でも1万の兵をロジスタに展開し続けています。国庫に大きな負担なんでしょう」
ゼルダが言うように、ロジスタ領は魔の大地からモンスターの侵攻に曝されている。
だから、僕に再びロジスタを任せたいと言ってきているのだ。勝手だよね。
「あの土地のモンスターを抑え込んでいたのは、殿の身体強化魔法によって強化された兵らでしたからな。大物は殿やカルモン殿が倒していただけで、決して安全な土地じゃなかった。それを安全になったと見誤った国の落ち度です」
ケリーは僕たちがモンスターを狩っていたことで、あの土地の安全を担保できていたんだと主張する。
今考えれば、それは正しいことだというのが分かる。
「僕はこの土地を離れるつもりはない。皆、それでいいね?」
僕の確認で、皆が頷く。
これは国と戦いになったとしても、僕たちは退かないという意思の確認でもある。
部屋を移して、使者と面会する。
「お久しぶりです。アムリッツァ子爵」
「サイドス伯爵もご健勝のようで、お喜び申し上げる」
そう、今の僕はロジスタ姓をサイドス姓に変えている。
領地持ちの貴族は治める土地の名を家名にするのが慣例なので、そうしている。
僕はアムリッツァ子爵に王都の出来事などを聞き、世間話をする。
「すると、国王陛下の病は重篤なのですか?」
国王が8日ほど前に倒れたという。あまり容体はよくないそうだ。
「ロジスタ領のこともあって、かなり気弱になっておいでだと聞いております」
「今日もロジスタ領のことでおいでになったのでしょうか?」
「はい。サイドス伯爵には、再びロジスタに移っていただきたいと……。私もこのような厚顔無恥な頼みをしなければならないことに恥じ入るばかりです」
アムリッツァ子爵もこんな頼みをするのは不本意なんだと思うけど、それがアムリッツァ子爵の仕事なので嫌々きているわけだね。
「何度も申し上げていますが、当家としてこのサイドスを手放す気はありません。未開の地をここまで開発したら取り上げるのはあまりにも無体な行い。ロジスタの時もそうでしたが、あの時は私にも非がありましたので受け入れました。しかし、今回は一歩も引く気はありません」
「ですから、私も恥を忍んで頼んでいる次第です……」
宮仕えはつらいね。でも、僕は退く気はない。
「では、ロジスタのモンスターを狩るための軍を出していただけないでしょうか」
領地替えが難航することは分かっていたから、代替え案を持ってきたんだね。
「アムリッツァ子爵は勘違いをされているようですね」
「勘違い?」
「東西南北の全てをモンスターの生息地に囲まれているこのサイドスは、ロジスタ以上にモンスターの脅威のある土地です。他の土地を守るために軍を動かしては、この土地の防衛をなおざりにすることになります。このことは分かっていただけると思いますが?」
「………」
そう、このサイドスはロジスタ以上にモンスターの脅威に曝されている土地なのだ。
国がその土地に僕を入れたのだから、国の都合で振り回される気はない。
「どうあっても軍を出していただけないのですか?」
「このサイドスに入って2年、今はまだ他の土地に回せる戦力はありません」
現在の僕が抱える兵士数は約3000人。
獣人たちは身体能力が高いので兵士として優秀だけど、兵士は常にモンスターを狩っているので他所に回す戦力がないのは本当だ。
「正直な話、このままいくとサイドス伯爵の立場が悪くなります。その前に軍を出していただきたいのですが」
「今の僕の立場はこれ以上悪くなるとは思えませんが?」
無断でアスタレス公国と戦ったことの罰として、未開の地だったサイドスに移封された僕の立場はよくないと思う。
「国の要請を断り続けているサイドス伯爵は謀反を考えているという声もあって、討伐するべきだという声もあるのです」
「それは本末転倒でしょう。そんなことをする余裕があるのであれば、ロジスタを何とかするべきです」
「私もそう考えますが、上層部ではそういった話も出ているのです」
「おかしなことを言われる。この土地に移る時に、5年間は軍役を課さないという条件だったはず。それを反故にする要請をしておいて、謀反とは片腹痛いですね」
新任領主だったり移封された領主は、軍役を5年間免除される慣例がある。
僕の時もそういう条件で移封されたので、国の言ってきていることは明らかに言いがかりでしかない。
それで攻めてくると言うのであれば、僕もただ殺されるのを待つつもりはない。
<<お願い>>
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