023_中堅貴族、ロジスタの悪魔
アルタを走らせ獣人の肉壁を飛び越えて、アスタレス公国の兵士を踏み潰して着地すると、止まらず進む。
目指すはアスタレス公国軍の首脳陣。
獣人を肉壁にするような腐った奴をぶちのめす!
獣人たちを越えた僕とスーラは、カルモンが作った道を進んだ。
地面には無数の兵士の屍があり、アルタはその屍を踏み潰して進む。
スーラは器用にわずかに見える地面をトントンと蹴って進むが、足が屍を踏んで汚れるのが嫌だからそうしているんだと思う。
カルモンがひと際守りが堅そうな兵士と戦っている。
いや、あれは蹂躙していると言ったほうがいいかな。
カルモンの戦いを見て、雑兵が逃げ出している。
そりゃ、あんな化け物と戦いたくないよね。
「カルモン!」
「殿! この奥に総大将がいると見ました!」
「了解! スーラ、いくよ!」
「承知しました」
真面目秘書官の演技に入ったスーラを引き連れて、僕はアルタを走らせた。
アルタが敵兵を蹴散らし、僕はグラムから真空刃を飛ばし守りの堅い敵陣を崩した。
「一気に雪崩れ込む!」
見えた! ひと際豪華な鎧を着ている20歳くらいの青年だ。
「僕はザック・ロジスタ! お命もらい受ける!」
「ひ、ひぃぃぃっ」
青年が最後に放った声が虚しく戦場を駆ける。
僕は青年の首を切り落し、近くにいた者に降伏を促した。
「武器を捨てよ! 抵抗すれば容赦なく切り捨てる」
これ以上、無駄な死人を出す必要はないから、降伏すれば全て収まる。
「終わりましたな」
「うん……」
僕は戦場を振り返った。
カルモンが作った屍の道、そしてアルタに乗った僕が通った道が地獄への道のようだ。
「ザック様、これはどうするのですか?」
「え?」
どこからか出した縄で16人の捕虜を縛り上げたスーラが聞いてきた。
「そう言えば、捕虜など取ったら外交をせねばなりませんぞ……」
「あ……」
殺さなくて済むのならそれでいいと思って、外交のことはまったく考えていなかったよ。
「うーん……。どうしようか?」
「それでしたら、私にお任せください」
「スーラに……?」
一抹の不安はあるけど、スーラに任せることにした。
スーラは16人の捕虜のうち、最も身分の低い少年兵士を連れてアスタレス公国へ向かった。
スーラのことだから殺されることはないと思うけど……、そんなことを考えながら15人の捕虜と肉壁にされていた獣人を加えて山を越えてロジスタ領に戻った。
「………」
難民の数を聞いたアンジェリーナが無言だ。
「すまない。なりゆき上、こうなってしまった」
「……はあ、連れてきてしまったものは仕方がありません。食料を追加で購入する手配をします。それと衣服も多めに購入します」
「悪いけど、よろしく」
アンジェリーナは諦め顔で自分の執務室へ戻っていった。
それから10日ほどしたらスーラが帰ってきた。
「これがアスタレス公国第二公子である、サンドレッド・アスタレスからの書状です」
スーラが持ち帰った書状を見ると、大金貨5000枚で捕虜の15人を返してほしいというものだった。
どんな交渉をすれば、これだけの大金を引き出せるのだろうか?
それとも、捕虜の中にそれほどの大物がいたのかな?
でも、捕虜は子爵が3人、男爵が5人、7人は騎士爵や貴族の子弟だったはずだけど……。
「今のロジスタ家にとって金はあってもいいですが、金に困っていません。ですから、はした金では捕虜交換はしないと主張しました」
「その主張が通ってしまうほど外交というのは甘くないと思うけど……」
「そこははったりをかましてやりましたから」
絶対にはったりじゃないと思う。
圧倒的強者の威圧を使ったよね?
「殿、そろそろ国の反応があると思いますが」
「そうだね、ゼルダは何を言ってくると思う?」
「最悪は爵位のはく奪と領地の召し上げでしょうが、そこまでは言ってこないでしょう。今回のことでアスタレス公国内で優勢だった第二公子派の勢力が衰えて第三公子派と勢力が拮抗しました。ただし、それなりの罰はあるでしょう……」
敵対国の内戦が長引くのはアイゼン国にとっても大きなことだと思う。
ただ、勝手に戦端を開いて第五公子の首を取ってしまったので、それに対するペナルティーが当然あるだろう。さて、どんなことを言ってくるのか……。
さらに5日たって、国からの使者がやってきた。
今回はアムリッツァ子爵ではない。
使者が持ってきた内容は領地替えだった。
「敵国とは言え無断で攻め込んだわけだから、このていどで済んでよかったと思うべきかな?」
「国王の決定ですから、覆ることはないと思います。ん……?」
ゼルダが顎に手を当てて考え込んだので、僕たちはゼルダの考えがまとまるのを待った。
「おそらくですが、このロジスタ領が魔の大地から出てくるモンスターの脅威から解放されたので、取り上げようと考えた者がいると思います」
ゼルダがまとめた考えで家臣が騒然となる。僕も驚いた。
「なるほど、この土地は肥沃な土地です。今まではモンスターの被害が多く開発どころではありませんでしたが、そのモンスターはロジスタークの東に抑え込まれました。開発すれば国にとってこの上ない食料庫になりますね」
アンジェリーナが頷きながら考えを述べた。
「殿、戦いますか?」
カルモンが僕に国と戦うか聞いてくるけど、今はその時ではないと思う。
「いや、受け入れよう」
「いいのですか? ロジスタークを築き、数十キロに渡る防壁を築いたのは殿ですぞ」
「そうよ、殿がこのロジスタ領をここまでにしたんだから、ただ取られるのは癪だわ」
ジャスカがカルモンに同意する。
リサはロジスタークにいるので話は聞けないけど、クリットとケリーはカルモンに賛成。ゼルダ、アンジェリーナ、ジェームズは戦うのは反対。セシリーとオスカーは保留。
そして、スーラも保留だった。僕が念話で聞いても答えてくれなかった。
多分、僕が受け入れることを決めているから、何も言わないんだと思う。
「今回の件は、僕の独断だ。だから国としてもそれなりの罰を与えるのは当然のことだと思う。つまり、理は国にある。だから、僕は今回の裁定を受け入れる」
受け入れは決まった。
「それで、そのサイドスという領地はどこにあるんだ?」
諦めたカルモンが移封先になる領地の確認をすると、ゼルダが答えた。
ゼルダによると広さだけならアイゼン国随一だけど、山と森に囲まれているそのサイドスという土地も以前のロジスタ同様モンスターの脅威がある場所で誰も入植もできないらしい。
使者であるアットン男爵と交渉を進め僕は移封は受け入れるけど、アスタレス公国の捕虜を引き渡すことは拒んだ。
罰として移封は受け入れるが捕虜を取り上げると言うのなら、僕は徹底的に戦うとアットン男爵に言った。
「分かりました。捕虜については諦めましょう。しかし、移封は速やかに実行に移してもらいますぞ」
「分かりました」
難民は僕が連れていくことになった。難民が僕についていきたいと言ったからだ。
そしてロジスタに元々いた住民からも僕についてくると言う人たちがいたので、一緒に連れていく。
あとはなぜかマッシュ・ムッシュ率いるスミスギルドのドワーフたちもついてくると言う。
結局、ロジスタ領はほとんど人がいなくなった。
僕はアスタレス公国から捕虜引取の使者がやってくるのを待って、移封先に向かうことにした。
だからゼルダに民を連れてサイドスに先に向かってもらった。
「殿、アスタレス公国から使者がきました」
「意外と早かったね」
一応、外交の使者なので丁寧にもてなさないといけないね。
「こ、この度、ほ、捕虜交換の、せ、責任者―――」
なんかすごい挙動不審なんだけど? いや、これは怖がっているのか?
『スーラ、第二公子にどんなことを言ったのさ』
『大したことは言っていないぞ。うちの殿様は一騎当万で、万夫不当の殺戮者だから怒らせないほうがいいぞって言っただけだ』
『それ、誰のこと?』
『ザックだけど?』
『殺戮者って、僕はそんなことはしないよ!』
『イメージ戦略だよ。ザックが敵対者には容赦しない化け物で、助けを求めてきた者には慈悲を与える神のような存在だと、世間に知らしめるんだよ。そうすれば、ザックに手を出そうという奴はいなくなるじゃないか』
『たしかに言っていることは分かるけど……』
『その証拠にアスタレス公国の奴ら、ザックのことをロジスタの悪魔って呼んで恐れているぞ』
『なにそのロジスタの悪魔って!?』
『そんなに喜ぶなよ。いいじゃないか、二つ名ができて』
『喜んでない!』
使者は終始僕を恐れていた。
でも、元々条件は詰められているので、大金貨5000枚と引き換えに15人の捕虜を引き渡し、領境までジャスカが送っていった。
『そう言えば、移封の話の時に何も言わなかったよね? なんで?』
『オレの言葉でこうなったんだ、オレが何かを言うと話を拗らせるだろ』
『じゃあ、なんで無視したのさ?』
『坊やだからさ』
『何それ?』
『ザックは甘ちゃんだなと思っただけだよ』
『つまり、スーラは国との戦いを望んでいたけど、僕が受け入れると言ったから無言の抗議をしていたってわけ?』
『なんでそう思うんだ?』
『だって、スーラだもん』
『ち、オレのことを分かってきたじゃないか。それでこそ相棒だ』