022_中堅貴族、難民を守る
獣人の難民は全部で6万人くらいになっている。
これだけの獣人を受け入れると困ったことが起きる……。
ミスリルを売却した資金で2万人分の食料を買い込んだ。
パロマから聞いた数字が2万人だったから、2万5000人でもいいように食料を買ったけど、それでも足りないのだ。
僕が難民を受け入れると決めた当初、財政を預かるアンジェリーナはかなり渋った。
2万人分の食料を買い込むだけでも渋っていたのに、それが6万人と聞いたらアンジェリーナはどんな反応をするのか……。考えただけでも憂鬱だ。
獣人の半数くらいが山に入った。
順調なんだけど難民の中には老人や子供もいるし、数が多くてなかなか進まない。
こんなに遅いと、アスタレス公国の軍がきてしまうかもしれないから、内心かなり焦っている。
「ロジスタ伯爵様! 北にアスタレス公国軍が現れました」
「きたか……」
僕は難民を見た。彼らは不安そうな顔をしている。
「パロマ、アスタレス公国軍の数は?」
「先行する騎馬が500騎。その後方におよそ1万の歩兵です。それと―――」
思った以上に多い。内戦をしているんじゃないの?
「殿、どうしますか?」
「どうするもない。迎え撃って難民を逃がす」
僕がやらなければ、難民が殺される。
カルモンがニヤリと笑った。スーラは無表情だけど、嬉しそうだ。
「カルモン、スーラ。出し惜しみはなしだぞ」
「お任せください。このカルモン、敵を1人たりとも通しません!」
カルモンはこれまで本気で戦ったことはないはずだ。
今日、カルモンの本気が見られると思うと、ピンチのはずなんだけどなぜか心が躍る。
「ザック様、殺しまくっていいのですね?」
「今日は何も言わない。難民に被害を出さないためにもアスタレス兵の虐殺を認めるよ!」
スーラが怪しく笑った。表情がこわっ!?
「ロジスタ伯爵様、オレたちも戦おう」
レオンと数百人の獣人が戦うと申し入れてきた。
「レオンたちは武器を持ってないだろ? ここは僕たちに任せて難民ができるだけ早く山を越せるようにしてほしい」
「……しかし、相手は大軍だぞ」
「僕はこれでも公太子の首を取ったんだよ。あのていどの軍なんて大したことないよ」
「……分かった。できるだけ早く皆を山に上げる。面倒をかける」
レオンが深々と頭を下げると、後ろにいた獣人たちもそれに倣った。
レオンたちが年寄りや子供を抱えて山に入っていくのを見送り、僕は魔剣グラムを抜いた。
『久しぶりに活躍できそうだ、思う存分我を使ってくれ。主殿』
『頼りにしているよ、グラム』
『おう!』
『ご主人様、僕もいるからね』
『アルタも頼むよ』
『うん』
僕が連れてきた兵士も難民の移動に回したので、アスタレス公国軍を迎え撃つのは僕、カルモン、スーラの3人だけだ。
でも、不思議と負けるとは思わない。スーラは本人が言うように化け物だと思うし、カルモンも化け物のはずだ。
一番心配なのが僕なんだよね。
だけど、僕だって伝説の重力魔法と創造魔法を使える魔法使いなんだ。こんなところで死ぬつもりはない!
「2人とも準備はいい?」
「某はいつでもいいですぞ、殿」
「準備など必要ありません」
なんとも心強い2人だ。
しかし、今回は僕たちがアスタレス公国の国境を侵しているので、大きな顔はできないね。
いや、アスタレス公国は敵国だからいいことにしよう。
アスタレス公国軍の騎馬隊がものすごい勢いでこちらに突進してくるが、そこから100騎ほどが大きく迂回するように隊を離れた。
「あの別動隊は僕が対応するから、2人は真っすぐ猛進してくる部隊をお願い」
「承知!」
「了解しました」
僕が別動隊に向かおうとしたら、スーラがずいっと前に出た。
「それでは、まず私が(キリッ)」
今も真面目秘書官を演じているスーラがカルモンにそう言うと、猛進してくる騎馬隊に視線を向けた。
「覇王の威圧」
その瞬間、騎馬が皆力が抜けたように前のめりに倒れ、上に乗っていた兵士たちも騎馬から放り出されて地面に激突した。
「「………」」
僕とカルモンは呆然と立ち尽くす。一体、何が起きたのか?
「騎馬隊の始末は終わりました。生きていても数時間は起き上がれないでしょう」
僕はスーラのその言葉で我に返った。
「あれは、スーラがやったの?」
「ふふふ、あのていど何かをするというほどのことではありません」
スーラは口を押えて笑う。
見た目が可愛いだけに絵になるけど、やったことはえげつない。
「すさまじいですな。スーラ殿が味方でよかった」
「うふふ。ザック様の味方には何もしませんよ。それよりもザック様、あの別動隊はザック様が殺るのでは?」
「あ、うん。いってくる」
「お気をつけて」
『アルタ、頼むよ』
『うん』
アルタがゆっくりと動き出して、次第に速度を上げていく。
『グラム、頼りにしているからね』
『お任せくだされ、主殿』
僕は別動隊の100騎に向かっていく。
アルタは風のように速く、あっという間に敵との距離が縮まる。
「はぁぁぁぁっ!」
敵兵が馬上槍を構えて僕を突きにきた。
僕はその槍を強化した動体視力でしっかりと見て躱すと、グラムを横に振った。
すると、グラムから真空刃が飛んでいき、5人の兵士を馬の首と鎧ごと真っ二つにした。
その馬と兵士を踏み潰してアルタが進むので、僕は何度もグラムを振って敵兵士を切り殺していく。
多分、その光景は敵からしたら悪鬼のように見えていたと思う。
だけど僕はグラムを振るのを止めない。
敵の別動隊が完全に沈黙した。僕は返り血を浴びているけど、傷1つない。
後方では獣人たちから歓声が上がっているけど、見てなくていいから早く山に登ってほしい。
「殿!」
カルモンとスーラがやってきた。
「まさに皆殺しですね、ザック様」
スーラの笑顔が怖い。
「しかし、これは前哨戦でしかない。本体は1万もいるんだ。気を緩めずいこう」
「次はこのカルモンにお任せくだされ。敵の総大将までの道を作って見せましょう!」
カルモンはスーラと僕だけが活躍したので、自分もいいところを見せようとしているようだ。
本体は歩兵なので、進軍は遅い。このまま帰ってくれないかな。
「殿、パロマに聞いていた通りですぞ」
アスタレス公国は歩兵の前に武器や防具もない獣人を壁にして進んでくる。
獣人たちを肉壁にして僕たちの行動を制限しようとしているのだ。
「敵国ながらなかなか面白いことをしますね。殺し甲斐がありますね。くくく」
顔は笑っているのに、スーラの視線がとても鋭いものになる。
「あれでは手を出せない……」
困ったな。
「獣人を越えた先に腐れ外道がいるのですから、獣人を飛び越えていけばいいのです」
「たしかに、スーラ殿の言う通りだ。獣人は飛び越えていくとしましょう!」
2人は獣人の肉壁をまったく意に介していない。
あの肉壁を越えていく自信があるんだと思う。
僕も、いや、僕とアルタも獣人の肉壁を越えていけるはずだ。
「しからば、某からいかせてもらいますぞ」
カルモンが剣を抜いた。
カルモンの剣が薄っすらと金色に光っていて、なんだかグラムとは違う力を感じる。
「聖剣ですね」
スーラがそう言うと、カルモンが笑った。
神々しいと思ったら聖剣なの!? 聖剣といえば、持つものを選ぶと言われている秘宝だったよね?
……そんなすごい剣をなんでカルモンが持っているの?
そう言えば、僕はジャスカの伯父で剣の師匠くらいということしか、カルモンのことを知らないんだよな。
カルモンがゆっくりと前進する。
後ろから見ていても分かる強者の威風。
その歩みは次第に速くなり、駆け足になっていく。
1人対1万人。それなのに、カルモン1人のほうが強く感じる。
あれが本当の化け物なのかもしれない。
カルモンはかなりの速さで駆け、飛んでくる魔法や矢をあの聖剣で切り落とした。
魔法や矢が飛んできてもまったく止まることなく走り続けたカルモンは、獣人たちの肉壁の上を飛び越えていった。すごい跳躍力だ。
「カルモンのオッサンが花道を作ってくれているんだ。そろそろオレたちもいくぞ、ザック」
「普通のスーラだし!?」
「誰もいないのになんで演技をしなければならないんだ。いくぞ」
スーラが走り出したので、僕もアルタを走らせた。