002_貴族の四男、伝説に出遭う
「よし、耳の穴かっぽじってよく聞けよ! まずはデメリットだが、デメリットは……」
「デメリットは……?」
「ない!」
僕は地面に座っていたけどずっこけた。
「ははは、デメリットなんかあったら契約を渋るだろ? あるわけないじゃん」
「………」
僕は座りなおしてスーラをじっと見た。
「……ゴホン。悪かったって、そんな目でみるなよ」
スーラは反省したみたいだけど、本当にそういうのは要らないから。
「それじゃ、メリットな! メリットはオレの力の一部を使えることだ」
「力の一部?」
「そう、オレは2つの珍しい属性の魔法が使えるんだ」
「つまり、僕もその2つの魔法を使えるようになるの?」
「ザッツラーイッ!」
「唾を飛ばすなよ」
「あははは、こりゃあ、すまん」
そう言えば、いつの間にかスーラと親しく喋る僕がいる……。スーラはスライムなのに、僕に敵意はないというのが分かるからかな?
「それで、その2つの魔法の属性は何? 珍しい属性なんだよね?」
「チチチ。そんなにせっつくなよ。あっちもせっかちなのか?」
「どっちか分からないけど、せっかちなんかじゃないから」
僕の人生は我慢という言葉で表せる。気が短かったりせっかちなら、とっくにあんな家なんか出ているよ。
「はいはい。それじゃ教えてあげよう!」
「ゴクリ……」
「オレの属性は重力と創造だ」
「重力と創造……。すごいじゃないか!? どちらも伝説的な魔法属性だよ!」
「チチチ。伝説的じゃなくて、伝説の魔法なんだよ! そこんとこ間違えないでくれるかな」
スーラはとても自慢げだ。あ、目と口の間から何かが……鼻!? 鼻が伸びているんだね!
「たしか、隣のレンバルト帝国の初代皇帝のロドス帝が重力魔法と創造魔法を使って国を興したって聞いているけど……」
「ああ、ロドスか。あいつはオレと契約して国を興したんだよ。しかし、懐かしい名が出てきたな」
英雄として隣国であるこのアイゼン国にもその名が知られているロドス帝は、今から800年くらい前の人物だ。一代で広大で豊かな土地を支配下におき、レンバルト帝国の礎を築いた人物なんだけど、まさかスーラと契約していたとは……。
「さあ、オレの説明は終わった。契約するよな?」
「……少し考えさせて」
「何を迷うことがあるんだよ?」
「だって、いきなり契約とか言われても……」
「そんな優柔不断だと、いざという時に決断が遅れて後悔するぞ。こういうのは、フィーリングなんだよ。オレが怪しいスライムに見えるか? オレがザックを騙しているように見えるか?」
「いや、そういうことで考えたいって言っているわけじゃないんだ」
「だったらなんだよ?」
「僕なんかがスーラと契約していいのかって、思ってさ」
「バカ言ってんじゃねぇよ! オレが契約したいって言ってるんだぜ、なんでそんな考えになるんだよ!」
僕はあまりにも唐突で、そして伝説の魔法に尻込みしているのかもしれない。
成り上がると決めて剣と魔法の訓練をしてきたけど、正直言って魔法のほうは頭打ちだった。それが、こんな降ってわいたような話になって、僕は戸惑っている。
「ザック。オレに不満でもあるのか?」
「そんなわけない!」
今日、初めて会ったのに、僕はすでにスーラを受け入れていると思う。でも、僕は自分の属性も分かっていないのに、スーラのようなすごいスライムと契約なんかしていいのかって思うんだ。
あれ……そうか、僕は知らず知らずのうちにスーラを受け入れていたのか。自分で言っていてちょっとびっくりしちゃったよ。
ふーーー……。僕は強くなりたい。スーラは僕と契約したい。お互いにウインウインの関係じゃないか。
「ねえ、なんで僕と契約したいの?」
「魔力の質だ。オレは新たな魔力を得ることができて、もっと強くなれる。今でも強いが、より高みを狙えるってわけだ」
「そのために僕の魔力が必要なの?」
「そうだ」
「魔力をスーラに与えた僕はどうなるの?」
「さっきも言ったがデメリットはない。一時的にザックの魔力は枯渇するかもしれないが、それはすぐに回復する。それに、ザックの魔力も今より多くなるぞ」
「……分かったよ。スーラと契約する。どうしたらいいの?」
「おう、それでいいんだよ! 人差し指の先を剣の刃で切って、オレの額に当てるんだ」
僕はスーラの言う通りにした。
「よし、契約するぞ」
「うん」
「血の契約、我が主となる者の血を受け、我は眷属とならん!」
胸がものすごく熱くなり、スーラが小さな玉になって僕の目に飛び込んできた。
僕は声をあげることができずにそれを受け入れるしかなく、体の中に巨大な何かが浸透していくような高揚感と脱力感に襲われた。
「………」
なんとか落ちついたけど、脱力感がすごいので石の上に座って休憩する。これが魔力の枯渇の感覚なんだね。初めて味わったよ。
『成功だ。やっぱりザックの魔力はいいものだぜ。これで俺はまた強くなった』
「えっ!?」
『何を驚いているんだ? オレはザックの眷属になったんだ、ザックの中に入っていつでも語り合えるぞ。これでボッチも卒業だな』
「ぼ、僕は、ボッチなんかじゃ……ボッチだけど……」
『ははは、これからはオレがいるんだ、寂しくないだろ?』
「そ、そう……なのかな?」
『おいおい、オレに不満があるのか?』
「そんなことないよ。とっても頼もしいよ。でも、スーラは僕の中にいるだけなの? 外には出られないの?」
『ザックが呼べばすぐに出られるぞ』
「本当? スーラ、出てきて」
すると、僕の右目から黒い玉が出てきて、スーラの形に変わった。
「魔力の枯渇は1、2時間もすれば回復するから、そこで大人しく座っていろよ」
「うん、そうさせてもらうよ」
「これからオレはザックの眷族だ。よろしく頼むぜ、相棒」
「相棒……」
「なんだ、相棒がお気に召さないか? ご主人様とか言ってほしかったのか? ご主人様、お帰りなさいませ~。ご主人様、モエモエキュンキュンってか?」
「……何、それ?」
「知らないのも無理はないな。これはオレの祖国で流行っていた言葉だ」
「そ、そうなの? 変な国だね?」
「いくらオレが眷属でも、オレの祖国を変な国というのはどうかと思うぞ。まあ、オレも否定はできないと思っているけどな。はははは!」
なんだかスーラは変な奴だね。
「これから重力魔法の説明をするから、そのままでオレの話を聞いてくれ」
「うん」
「重力魔法というのはその名の通り、重力を操る魔法だ。例えば、対象の重力を10倍にするとどうなると思う?」
「え? えーっと……ごめん、分からないや」
「ザックの体重は50キロくらいか?」
「うん、48キロ」
僕はあまりよいものを食べさせてもらえなかったせいで、同年代の少年に比べて背は低く体重も軽い。
「そうか、やっぱり細いな。まあ、そんなことはいい。簡単に説明すると、ザックに10倍の重力をかけると、単純に体重が480キロになるんだ」
「うわー、すごいね」
「すごいだけじゃないぞ。ザックが480キロの体重になったら動けると思うか?」
「えーっと……多分、無理」
「そうだ、大概の奴は動けないどころか下手をすれば骨が折れ、内臓が潰されて死ぬ。もし動くことができたとしても、まともに動くことはできない」
「……つまり、その時に攻撃すれば、簡単に敵を制圧できるんだね?」
「その通りだ! ザックは呑み込みが早くて助かるぜ。ロドスの野郎は何度も教え込んでやっと覚えたんだぜ。あいつアホすぎるのに、よく国なんか興したよな。ははははははははは」
スーラは高らかに笑うけど、僕はすごいことを聞いたんだよね?
「ちなみに、今のザックの魔力量なら10倍重力を半径5メートルの範囲で1時間ていどが限度だな。ただし、これは重力魔法に慣れたらの話だから、最初から使えるわけじゃない」
「うん。早速、重力魔法を試してもいい?」
「魔力が回復したらいいぞ。創造魔法はそこそこ難しいから、重力魔法のほうが使いやすい。最初に重力魔法を覚えて、その後に創造魔法を覚えるようにしよう」
「うん!」
「ところで、ザックは身体強化魔法の才能があるな? どのていど、使えるんだ?」
「身体強化……魔法?」
「ん? 知らないのか?」
「うん。今、初めて知ったよ」
「なんだ、そういったことを調べる魔法があるだろ? 魔法がなくてもマジックアイテムで調べられるぞ」
「魔法のことは聞いたことがないけど、マジックアイテムはとても高価だから上位貴族や王族くらいしか持ってないよ」
「はあ? この国は遅れているどころの話ではないな。東の大陸なら誰でも簡単に調べることができるぞ」
「そうなんだ、東の大陸ってすごいところなんだね!」