018_新興貴族、子爵になる
砦を築いた僕は屋敷のある町へ戻った。
町は1カ月前に比べると人が多く溢れていた。
「どうしたの、これ?」
「町の区画整備、造成、開墾など公共投資が行われていますので、周辺の土地だけではなく、王都からも多くの人が集まっています」
ミスリル効果だった。
「あと、国に100キロのミスリルを献上しましたので、そのうち国王からの使者がくると思います」
そう言えば、そんなことを許可した記憶がある。
しかし、また使者がくるのか……。使者がくると、もてなしのパーティーを開いたりして魔法や剣の訓練の時間が少なくなるんだよな。
ただでさえ、この1カ月近く剣の訓練をしていないから体が鈍ってきた気がするんだよね。
「こちらにいたのですね」
セシリーだ。僕を探していたようだけど、何かな?
「殿、砦の名前を教えてください」
「え、名前……?」
「もしかして、名前をつけずに帰ってきたのですか?」
「うん……」
セシリーが少し呆れたような顔をした。
「セシリー、適当につけておいて」
「ダメですよ。こういうのは、領主である殿がつけるものなんです」
「そ、そうなの? うーん……」
名前なんか全然考えていなかった、何にしようかな……。
『ねえ、砦の名前を何にすればいい?』
『お前が決めることなんだろ、ぱぱーっと思いついた名前でいいんじゃないか』
それがまったく浮かんでこないから困っているんだけど。
『そういえば、この町の名前ってなんだっけ?』
『はあ……、ザックは頭がいいのか悪いのか……』
『そんなに呆れなくてもいいでしょ』
『この町はロジスワンだ。覚えておけ』
『あ、うん。ありがとう』
ここがロジスワンだから砦はロジスツーでいいかな?
『ここがロジスワンだから砦はロジスツーにしようなて安直な考えはしてないよな?』
『うっ』
『考えていたな』
『だ、ダメかな?』
『まあ、お前の領地だし、好きにしろ』
そう言われると逆にいい加減に考えられないよ。
『……じゃあ、ロジスタークなんてどう?』
『お、いいんじゃないか。ロジスターク、なんかカッコいいじゃないか』
よかった……。
「砦はロジスタークにするよ。そう記録しておいて」
「承知しました」
セシリーは淡いピンクの髪の毛をたなびかせて屋敷の中に消えていった。
王都から国王の使者がやってきた。今回もハイマン・アムリッツァ子爵だ。
「ご無沙汰しております、アムリッツァ子爵」
「こちらこそ、ご無沙汰しております、ロジスタ子爵」
「ん? えーっと、僕は子爵ではなく男爵ですよ?」
アムリッツァ子爵はにこやかに大事そうに木箱から書状を出した。
「陛下からの勅書です」
僕はソファーから腰を上げて横にずれて膝をついて頭を垂れた。
そしてアムリッツァ子爵の口から紡がれた言葉は、高純度のミスリルの献上を褒めて僕を子爵に昇爵させるということだった。
「おめでとう、ロジスタ子爵」
「ありがとうございます、アムリッツァ子爵」
僕は勅書を受け取り、再びソファーに座った。
「しかし、ミスリルゴーレムを討伐されるとは、ロジスタ子爵が羨ましい。私は文官ですから戦功を立てることもできませんし、ましてやミスリルゴーレムを討伐することも叶いません」
「運がよかっただけです」
「運も実力のうちと言いますからな、ははは」
アムリッツァ子爵をもてなすパーティーをした。
アムリッツァ子爵は魔の大地で狩ったモンスターの肉を食べて気に入ったようで、特にワイバーンの肉は鶏肉に近い食感ながら、熟成した牛肉よりも芳醇で深いコクがあると気に入ったようだ。
「そうであった、今回のミスリルのことでロジスタ子爵のことが王都でも噂になっていますぞ」
「噂ですか?」
「左様、ミスリルゴーレムを討伐したとなれば、最低でも2トンほどの高純度のミスリルがあるはずで、そうなれば鍛冶師や商人が黙っていないだろう。それに大金が動くので貴族もなんとか美味しい思いができないかと考えていることでしょう」
「………」
僕は知らなかったけど、通常、ミスリルゴーレムは3メートルくらいの大きさらしい。
僕が倒したミスリルゴーレムは15メートルあって、これまでの常識からしたらあり得ない大きさだと聞いたのは、ミスリルゴーレムを倒してからかなり後だった。
普通のミスリルゴーレムを倒しただけでも、軽く大金貨5万枚を超えるお金が手に入るのだ。利権に聡い貴族が動かないわけがないよね。
「ボッス伯爵が目を光らせているので、貴族や商人がロジスタ子爵に何かしてくることは考えにくいが、用心に越したことはないと思いますぞ」
アスタレス公国との戦いやその後のお礼ということで、ボッス伯爵にも30キロのミスリルを贈っている。
それがよかったようで、ボッス伯爵が目を光らせてくれているようだ。
「ありがとうございます。できる限り用心しておきます」
アムリッツァ子爵は頷いて馬車に乗り込んだ。4日間逗留したアムリッツァ子爵が帰っていった。
ミスリルは必要な時に適量を販売することにしたので、今回は合計で5トンだけ売ることになっている。だから、アンジェリーナが販売の手配をしている。
「国中から商人が集まってきていて、アンジェリーナが対応しているけど、どの商人に売ることにしたの?」
「はい、1トンずつ5回に分けて、それぞれを入札にしようと思っています」
アンジェリーナの説明では最低入札価格を決めておいて、その最低入札価格を上回った金額の中で最も高額を提示した商人に販売するというものだ。
「あのミスリルは私の知る限り最高の純度を誇るミスリルなので、最低入札価格は大金貨2万9000枚に設定します。尚、この最低入札価格は極秘ですから、ここにいる殿、スーラさん、私の3人だけの秘密でお願いします」
最低入札価格を口外すると、商人同士で談合して最低入札価格ギリギリで入札されてしまうそうだ。
そういったことを防ぐために最低入札価格は極秘事項らしい。
アンジェリーナとの打ち合わせが終わって、今度は珍しくオスカーがやってきた。
いつも引きこもっているので、顔をみることが滅多にないオスカーが珍しい素材もないのに自分から出てくるなんて何ごとだろうか?
「薬ができたのですぞ」
「薬? なんの薬?」
僕はキョトンとした。
「アースドラゴンの頭部から薬を造ったのですぞ」
「あ……あれか」
すっかり忘れていた……。
「それで、その薬はどんな薬なの?」
「これですぞ」
オスカーが出したのは、小さな瓶だった。中には濃い紫とも黒っぽい紫とも見える紫色の毒々しい液体が入っている。
「それが薬なの?」
「はい、薬ですぞ」
「えーっと、毒薬?」
「違いますぞ。言うなれば英知の妙薬ですぞ」
「英知の妙薬……?」
どう見ても毒薬にしか見えないけど……。
「そ、それで効果は?」
「むっふーーー。聞いて驚いてくださいぞ!」
「うん、驚いた」
「まだ何も言ってないですぞ!」
いいから早く言ってよ。
「これは……」
「これは……? (ゴクリ)」
「飲むとすべての言語を理解できる英知の妙薬なのですぞ!」
「全ての言語を……」
僕は息を呑んだ。
それがどれほどすごいことなのか、無知な僕でも分かる。分かるけど……。
「そんな薬ができたらまさに英知の妙薬だけど、どうして効果が分かるの?」
「1級錬金術師は物質の組成や効果が分かる特別な魔法が使えるのですぞ」
「そんな魔法があるの? すごいじゃない!」
「ただし、錬金術師は魔法使いのように便利に魔法を使えないので、1日に1回しか使えませんぞ」
「それでも、すごいことだよ!」
しかし、この毒々しい薬がそんなすごい薬なんだ……。
「ん? これ、アースドラゴンの頭部を使ったんだよね? アースドラゴンの頭部はほとんど使わなかったの?」
「何を言うのですぞ? 全てを使ってこの薬ができたのですぞ」
「あれを全部使ってこれなの?」
「分解して濃縮して薬をつくるので、1人分しか作れないですぞ」
便利なのか無駄なのか分からないや。
「説明は終わったのですぞ。某は研究に戻るのですぞ」
オスカーは僕の執務机の上に薬を置いて部屋を出ていった。
「そう言えば、薬は僕がもらうっていう約束だったな……」
「面白い薬じゃないか。飲んでみろよ」
「いや、僕は……」
こんな毒々しい薬は飲みたくない。
「これ売ったらいくらくらいになるかな?」
「そんな珍しい薬だからな。大金になるんじゃないか?」
「そうだよね……」
僕はアンジェリーナにこの薬を販売してもらうことにした。
アンジェリーナの瞳が『$』マークになっていた気がするのは僕だけだろうか?