012_新興貴族、領地に入る
王都で貴族になった手続きが終わった。
「やっと終わった……」
「殿、お疲れ様です」
最近の僕は貴族になったこともあって、殿と呼ばれている。若様って呼ばれたのも、祖父が死んでからカルモンさんたちに会うまでなかったし、殿って呼ばれてもピンとこない。
「本当に疲れたよ、カルモン」
書類に埋もれる毎日だった。
叙任初日は国土地理院が領地の説明と譲渡契約。
その後は財務省で税金の説明。
軍務省では兵士の数について説明と、もしもの時の対応についての説明。
紋章院では紋章の登録。などなど。
今の僕の家臣はカルモン、クリット、ジャスカ、そして28人の老兵士たち。圧倒的に文官が足りなかった。
僕が貴族になってたくさんの仕官希望者が押しかけてきたけど、結局採用したのは5人だけ。武官が1人、文官が3人、錬金術師が1人。
35歳のゼルダ・エンデバーは知将型の武官で、剣の腕はそこそこだけどカルモンの昔馴染みということもあって仕官してくれた。
元A級ソルジャーで剣の腕は達人に及ばないていどだけど、弓の名手。何より戦術や戦略に天才的な才能があると聞いている。
28歳で金髪をポニーテールにしているアンジェリーナ・ザルファは、財務管理が専門分野ということで採用した。
美人だけど勝気な性格なので近寄りがたい雰囲気を醸し出している。
22歳の茶髪のセミショートのジェームズ・アッシェンは、農地開拓が専門分野ということで採用した。
僕が言うのもなんだけど見た目は冴えない感じの青年。ただし、農業だけではなく植物に関して知識はすごく豊富で、植物をこよなく愛する心優しき青年といった感じだと思う。
17歳で淡いピンクのロングヘアが特徴的なセシリー・イズミナスは、紋章オタクと自負している変わった少女。
紋章のことは誰よりも知識があると豪語している。まあ、オタクなのでそっち系の雰囲気のある美少女だね。
最後は見た目30後半なんだけど、年齢不詳の錬金術師のオスカー・エリム。
ソルジャーギルドと同じようにアルケミストギルドにもランクがあって、初心者の5級から4級、3級、2級、1級があり、その上に上席錬金術師、さらに上に錬金王がある。
錬金王は1人、上席錬金術師は5人、1級が20人という定員があってオスカーは1級錬金術師なので、錬金術師としてはかなり優秀だと思う。
ただ正直言うと、性格が破綻していると思ったので採用は見合わせようと思ったんだけど、クリットが強く薦めるので採用した。
なんでも1級錬金術師なんて滅多に外に出てこない引きこもりばかりで、薬や金属に関してだけは頼もしい存在らしい。
こんな5人を加えて僕たちは領地へ向かった。
馬2頭が牽く荷馬車20台が進む。
この馬も荷車もアスタレス公国の陣から鹵獲したもので、その上に載っている物資である小麦、武器、防具、生活雑貨、金貨、銀貨などもほとんどがアスタレス公国からいただいたものだ。
僕にとってアスタレス公国は富と権力を与えてくれた国なのである。
『アスタレス公国に足を向けて寝られないな』
僕の肩の上に出てきて景色を楽しんでいるスーラを見た。
スーラはモンスターだけどスライムだし、僕がテイムしているモンスターだと言ったら皆が受け入れてくれた。黒いスライムなのでちょっと変な目でみられたけど。
僕の外に出ていても、念話ができるからこうやって喋ることができる。
それは僕を乗せてくれているアルタも同じで、僕はアルタに跨って念話でお願いするだけでアルタが動いてくれる。
『いや、ベッドの向き次第で足を向けて寝るよ?』
『そういうことじゃないんだよ。オレの国では、恩義のあるものに対して決して粗略にはできないと感じている気持ちを表す。そういうことわざなんだよ』
『あ、なるほど。スーラの国は面白いことわざがあるんだね』
スーラの国は、変な文化もあるみたいだけど、言葉遊びのような素敵な文化もあるんだ。
……って、スーラってスライムだよね? そんな文化あるの!?
僕の肩の上で楽しそうにしているスーラの国ってどんなところなんだろうか? 聞いたことないや。
『スーラの国ってどこにあるの? どんな名前の国なの?』
『オレの国か? そうだな、とっても遠くて簡単にはいけない場所だな。国名はニホンってんだ』
『ニホン? 聞いたことない国名だね』
『ああ、とにかく遠くてこのオレでも帰ることができないほどなんだ』
『スーラでも帰ることができない遠い国か、どんなところなんだろうな~』
『オレの国は色々な国のよいところを集めた国だな。他の国の文化を集めすぎて、昔ながらの固有の文化がかなり廃れてしまった国でもある』
『そうなんだ。どんなところか一度見てみたいな』
『オレも一度帰りたいが、難しいだろうな』
スーラの国はとても遠いところにあるんだね。そんなスーラと話していると、先行していたクリットが戻ってきた。
「殿、盗賊のようです。この先で100人ほどが待ち構えています」
盗賊か……。そうだ、盗賊は捕まえた貴族が好きにできるから、捕まえて労働力にしよう!
「了解。ここは僕がやるよ」
「殿が強いのは知っていますが、万が一ということもありますので」
「カルモン、大丈夫だよ。縄を用意して後からきて」
「……分かりました。ジャスカ、殿についていけ」
「了解!」
「ジャスカ、盗賊は労働力だから殺してはダメだよ」
「む!? ……分かりました」
なんだか納得してないようだけど、大丈夫だよね?
『アルタ、軽く速度を上げてくれるかな』
『うん!』
アルタは徐々に速度を上げてくれた。
元々まったく揺れないように歩いてくれていたけど、速度を上げてもほとんど揺れがない。
僕のことを考えてくれるんだね、ありがとう。
アルタのおかげであっという間に盗賊が待ち構えている場所に到着した。
ジャスカを置いてきてしまったけど、いいよね。
盗賊たちは道を塞ぐように待ち構えていて、その容姿は薄汚れた雑兵といった感じだ。
道の右側は雑木林で左側は崖になっている。雑木林の中に10人くらいが隠れているかな?
『スーラ、雑木林のほうは任せていいかな?』
『いや、ジャスカがすでに向かったぞ』
『そうなんだ。遅いなと思ったけどそういうことなんだね』
僕は道を塞いでいる盗賊に目を向けた。
「僕はザック・ロジスタ男爵だ。大人しく投降すれば、痛い目にあわずに済むぞ!」
すると、盗賊たちが僕をバカにしたように笑い声をあげ、矢が10本くらい飛んできたので、僕はそれを剣で全部切り落とした。
「ロジスタ男爵の名において、お前たちを盗賊と認定する。僕の前にひれ伏せ!」
僕は重力魔法を5倍で発動させた。
すると、盗賊たちが地面に張りつけられたかのように倒れ込んだ。
笑顔も消えて苦しそうな声が聞こえる。間抜けな恰好だ。
スーラの特訓のおかげで僕は8倍までなら重力魔法を操れるようになっている。
こうやって敵を無力化するのにとても便利な魔法だ。
僕は地面にうつ伏して苦しそうな声をあげている盗賊たちに近づき、見下ろす。
「頭は誰だ?」
「………」
答えは返ってこなかった。
「僕は誰が頭か聞いている。答えないのか?」
重力を6倍にしたら、さらに苦しそうな声が聞こえた。
「もっと苦しみたいのなら、僕は止めないよ。そろそろ骨が折れて内臓が潰れる者もいるんじゃないか?」
「た……」
誰かが何かを言おうとしたが聞こえなかった。
『やりすぎだ。6倍の重力下でまともに喋ることができる奴は、そんなにいないぞ』
『あ、そうなんだ……』
スーラに指摘されて僕は重力を3倍にした。
「今、喋らなければ、さらに苦しい思いをするぞ」
「しゃ、喋る! だから助けてくれ」
「最初から大人しく言うことを聞いていれば、苦しい思いをしなくていいのに」
「あ、あいつだ。あいつが頭だ」
数人の盗賊から指を指された男が目を白黒させている。
「て、てめえら裏切りやがったな!?」
「うるせえ! お前が怪しい奴の依頼を受けるからこんなことになるじゃねえか!」
「ふーん、誰かの依頼で僕を襲ったのか……。詳しく聞かせてくれるよね」
頭が顔をそむけた。言いたくないのは、分かるけど……。
「いいよ。僕は貴族だから捕まえた盗賊は僕の好きにできるんだ。頭には楽しい未来が待っているから、楽しみにしておいてね」
頭の顔が引きつったように見える。
元々が3倍重力で苦しそうな顔なので、そう見えただけかもしれないけど。
「殿!」
「あ、カルモン。この盗賊たちを縛り上げてくれるかな」
「承知しました」
カルモンたちがやってきたので捕縛を頼むと、そこにジャスカが雑木林から出てきた。
顔をボコボコに腫らした10人の盗賊も一緒だ。
『あいつ、いつもカルモンにボコボコにされているから、盗賊を同じ目にあわしてやがるぞ。ははは』
『まあ……殺さなかっただけいいかな』
盗賊の襲撃(笑)があったけど、僕たちは王都から遠く離れたロジスタ領に到着した。
「ここがロジスタか……」
ここが僕の領地なんだ。そう思うと感慨深い。