011_貴族の四男、貴族になる
アスタレス公国の大敗で終わった戦いから15日、僕は王都に入っている。
アイゼン国の王都クルグスは石造りの家が立ち並んで人がとても多い。
そんな王都で国が用意した屋敷に逗留させてもらっている僕は、3日ほど何もすることがなく魔法の訓練をしている。
本当は王都見物でもしたいところだけど、下手に外に出てしまって城から呼び出しがあった時、すぐに登城することができないので部屋で大人しく魔法の訓練をしているんだ。
僕に従った30人の老兵士たちとはボッス伯爵領で別れようとしたら、皆が王都についてきた。
カルモン、ジャスカ、クリットの三人だけじゃなく、全員が王都へきている。
ジャスカは元々ケンドレー家となんの関係もないS級ソルジャーなので分かるけど、カルモンとクリット、それに老兵士たちはケンドレー家の兵士だと思っていた。
「今さらですよ、若様。今回の戦いに参戦した者でケンドレー家の家臣は1人もいません」
「そうですよ、若様。オレたちは戦争の間だけ雇われているんで、戦争が終わったら好きにしますよ」
カルモンとクリットにそう言われて考えれば、家臣やその家族が死ねば家内に遺恨が残る。そうならないためにも、今回の戦いは全員金で雇い入れた人たちだったわけだ。
クソオヤジが僕を本当に殺そうと思っていたんだと改めて実感した瞬間だった。
「それじゃ、カルモンとクリットは契約が終わったのに、なんで僕についてくるの?」
「今さらですよ、若様」
「本当に今さらですよ、若様」
2人にそう言われると、本当に今さらな気がしてくる。
「某は、若様の祖父であるオットー殿に、若様の力になってほしいと頼まれていたんです」
「オレもカルモンと同じですよ。2人ともオットー殿に借りがあるんです。それを返すいい機会だったわけですが、若様はオレたちが思っていたのとは違って、逞しかったですがね」
「左様、クリットの言う通りです。若様は某ら2人がいなくても立派に戦功を立てていたはずです。まあ、世間知らずのところがありますので、人に騙されそうですが」
なんと2人は祖父の知り合いだった。しかも、祖父に何かしらの恩を受けて、それを返すためにわざわざ僕に従ってくれたんだ。祖父をはじめ、2人にも感謝の言葉しかない。
「今回のことで若様は貴族に叙されることでしょう。家臣は必要でしょう? 某を今まで通り副官にどうですか?」
「老い先短い2人ですが、若様のために働きますよ」
「2人とも、ありがとう……」
僕はなぜか涙を流した。悲しいわけでもないのに、涙が出るんだ。
そんな出来事があって、カルモンとクリットは正式に僕の従者になってくれた。
ジャスカに関しては、カルモンが無理やり僕の従者にした感じだったけど、嫌がってはいなかったと思う。多分……。
城に呼ばれたので登城した。ボッス伯爵からは最低でも騎士爵に叙されて小さいながらも領地を拝領できると聞いている。
ボッス伯爵には大きな借りができてしまった。返せるといいけど。
カルモンとクリットの2人を伴って登城する。
城はとても大きく、いくつもの門を通って馬車は奥へと進む。
この馬車はボッス伯爵に借りたものだから、貴族になったら自分の馬車を買わないといけない。
エントランスの前で馬車を降りて、執事について場内へ入っていく。
長い廊下を歩いてついた先の部屋に入った。
「こちらでお待ちください」
「ありがとう」
僕が執事にお礼を言うと、執事はニコリとして踵を返して部屋を出ていった。それと入れ違いでメイドが入ってきて紅茶を淹れてくれる。
「控えておりますので、用がありましたら声をおかけください」
「あ、うん……。ありがとう」
メイドはドアのそばに立って微動だにしない。疲れないのかな?
紅茶はとても美味しく、飲みやすい温度だった。
メイドに紅茶を淹れてもらったのはいつ以来かな……? 覚えていないや。
僕の前のソファーに座っているカルモンが、大きな体で小さなティーカップをつまんで飲む姿はなかなか面白い。
「某の顔に何かついていますかな?」
「いや、カルモンがティーカップを持つと、ティーカップがとても小さく見えるんだと思ってね」
「こういった洒落た器より、ジョッキのほうが某には似合ってますからな。ははは」
僕とカルモン、クリットが他愛もない話をしていると、ノックがあって執事が部屋に入ってきた。
「ザック様、準備ができましたので、ご一緒ください」
今の僕はただのザック。すでにケンドレー家とは縁が切れている。
「分かりました。2人とも、いってくるよ」
「ご武運を」
「褒美をもらうだけです。気軽にいってきてくださいや」
僕は2人に頷いた。ここからは僕1人だ。誰も助けてくれないけど、不安はない。
『オレがいるからな』
『僕もいるよ』
そう、僕にはスーラとアルタがいる。心強い僕の眷属であり、仲間だ。
執事についていくと、いつの間にか赤く毛足の長い絨毯の上を歩いていた。
とても柔らかな感覚なのに気づかなかった。緊張しているのかな。
大きな両開きの扉の前で止まる。扉の両脇には2人ずつ兵士がいて、扉を護っている。
「ザック様をお連れしました」
執事が兵士の1人にそう言うと、僕のところまで下がってくる。
「ここでお待ちください。他の方々もすぐに参られます」
「はい、ありがとう」
執事が言うようにすぐにボッス伯爵やケントレス侯爵、軍議の場で見たことのある貴族の面々がやってきた。
僕はそういった貴族の一番後ろに並んだ。
兵士が僕たちの来場を告げると、大きな扉が開いていく。
皆に続いて扉を通ると、空気ががらりと変わったのを感じた。
国王は数十メートル先の三段高い場所の玉座に座っている。あれが国王なのか、初めて見たよ。
赤い絨毯の上をゆっくりと進んでいく。
両サイドには貴族が百人以上いる。
皆が止まったので僕も止まり、そこで右膝を絨毯に下ろして頭を下げた。
「これよりアスタレス公国の侵攻を防ぎ、公太子アルフレッド・アスタレスを始めとした多くの者を討ち取ったことに対する褒美を与える」
国の重臣の誰かがそう宣言すると、最初にケントレス侯爵の名が呼ばれた。
「ジョセフ・ケントレス侯爵は兵を指揮しアスタレス公国軍をよく防ぎ、多大な成果を挙げた。よって大金貨100枚を与える」
このアイゼン国は自国で貨幣を鋳造している。
下は紙幣から銅貨、白銅貨、銀貨、金貨、大金貨があって、10枚単位で貨幣の価値が上がっていく。
この王都では、僕がよく食べていた硬いパンが紙幣5枚くらいで買えるし、安宿なら白銅貨2枚で泊まれる。
質のよい鉄の剣でも金貨1枚なので、大金貨はとても大金だ。しかし、ケントレス侯爵は一番多くの兵を出しているので、大金貨100枚で採算が合うか微妙なところじゃないかな?
ボッス伯爵も褒美をもらい、他の貴族たちが次々に褒美をもらう。僕は最後のようだ。
「臣ザックはアスタレス公国の総大将であり、公太子であるアルフレッド・アスタレスを討ち取り、ジャガン伯爵、ソップ子爵などを捕縛した。よって男爵に叙しロジスタの地を与える」
男爵か、クソオヤジと一緒の爵位だ。
しかし、ロジスタという土地は、どこにあるのだろうか?
「ザックはこれよりザック・ロジスタと名乗るがよい」
「は、ありがたき幸せに存じ上げます」
僕はこうしてザック・ロジスタとして貴族になった。
控室に戻る途中、ボッス伯爵が声をかけてくる。
「これから説明があると思うが、ロジスタはアスタレス公国、そして魔の大地と言われる場所に囲まれた場所だ。肥沃な土地だが、モンスターが多いと聞く。何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます。ボッス伯爵に受けた恩は忘れません」
「何、これくらいはな。ははは」
ボッス伯爵領とケントレス侯爵領はともかく、アスタレス公国と魔の大地は厄介そうだ
『モンスターは金になるんだから、狩りまくればいいんだよ。それにアスタレス公国との国境がどうなっているか、しっかりと聞かないと分からないから、まずは話を聞くことからだな』
『そうだね……』
僕は控室に戻って、カルモンとクリットに男爵になったこととロジスタ領を拝領したことを報告した。
「おめでとうございます、若様。いや、もうロジスタ男爵ですね」
「ありがとう、カルモン。これからもよろしく頼むね」
「男爵になってもオレを捨てないでくださいよ、若様じゃなかった。ロジスタ男爵様」
「クリットも僕を捨てないでよ」
「もちろんですよ!」
しばらく3人で話していたら、扉をノックする音が聞こえた。入ってきたのは、50歳くらいの文官だった。
「私は国土地理院の管理官をしています、アルムリド・サイジャスと申します」
「僕はこの度男爵に叙されました、ザック・ロジスタです」
お互いに挨拶すると、数人の男性が紙の束を持ち込んできた。
「これからロジスタの地の説明と譲渡契約を交わさせていただきます。しばらく我慢してください」
我慢って、面倒な話なのかな?
「………」
情報、詰め込みすぎ! もう疲れたよ! 5時間くらいかかった……。
サイジャス管理官は5時間ぶっ通しで説明して、最後に領地の譲渡契約書に僕のサインをもらって帰っていった……。文官、恐るべし!