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010_貴族の四男、戦功を立てる

 


 僕はアスタレス公国軍の陣の真ん中で立ちすくんでいる。

 転がっている多くの死体。燃え盛るテントや物資。

 僕がこれをやった張本人なんだと自己嫌悪と高揚感が同在するなんとも言えない感情。

 だけど、成り上がるためにはこれからもこういった死体の山を築き、敵を業火で焼く気持ちを持たなければいけないんだろう。


「若様、ここにも火が回ってきます。あちらへ」

「……カルモン、僕はこれでよかったのかな?」


 僕の質問にカルモンは顔を引き締めた。


「若様、アスタレス公国の者たちはこの国を奪いにきたのです。土地を奪い、そこに住む人々の財産、そして命までも奪うのです。アスタレス公国がよくて、若様がダメだと誰が言えましょう。これは戦争なのです。勝った者が奪い、負けた者は奪われるのです」

「……分かっている。分かっているけど、僕はたくさん殺してしまった。この手が血で染まっていく……」

「酷なことをいいますが、慣れてください。相手がアスタレス公国でもモンスターでも戦って勝たねば、若様が死ぬのです」


 カルモンの言うことは理解できる。しかし、頭では理解できたとしても、心がそれについていかない。


「もう朝を迎えます。いきましょう」


 空が白んできている。今日もいい天気になりそうだ。僕の心も晴れていくのだろうか? この凄惨な戦場を忘れてしまうのだろうか……。


「そうだね」


 僕はカルモンに促されて足を動かす。

 皆のところにいくと、老兵士たちがせっせと物資を荷車に積み込んでいた。勝てば奪う……。それを体現している光景だ。


 老兵士たちはアスタレス公国が残していった荷車に手際よく色々な物資を積み込み、その荷車の傍らには縄で縛られた30人ほどの人たちがいる。捕虜にした人たちだ。

 捕虜が貴族の当主や嫡子だと捕虜交換でいいお金になると聞いたことがある。

 戦場は勝った者が潤うけど戦費がバカにならないので、実際のところは大勝ちしないと儲からない。今回は……。


「若様! 若様のおかげで大勝ちですよ! 見てください、この金銀の山を!」


 クリットさんがいい笑顔だ。ジャスカもたくさんの荷物を荷車に運んでくる。さすがはS級ソルジャー、力持ちだね。


「あの公太子のテントにたくさんの金貨がありましたよ。若様、久しぶりの大仕事ですよ」


 ジャスカはとてもいい笑顔だ。そして、僕には大仕事ではなく、火事場泥棒にしか見えない。ははは……はぁ……。


「若様、いい馬がありました。これは一日中飛ぶように走ると言われる万斗馬(ばんとば)ですよ。多分、公太子の馬だったものですね、鞍も高そうなものがありましたよ。はははは」


 クリットが僕にその馬の手綱を握らせてきた。


「これは若様が使ってください」

「え? でも、僕は馬に乗れませんし……」

「馬に乗れないのなら、訓練してのれるようにすればいいのです。これだけの戦果を挙げたのですから、最低でも騎士爵は間違いないでしょうから、馬は要りますよ」


『もらっておけ、爺様の言う通りだ』

『でも、こんないい馬……』


 万斗馬は王族でも所有できないほどいい馬だと聞いたことがある。戦利品とは言え、そんな馬を僕のような若造が乗っていいものなんだろうか?


『お前は成り上がるんだろ? だったら、馬や鎧、そして剣はいいものを身につけろ。他の貴族に侮られるぞ』

『そ、そうだね。分かったよ、この馬をもらうよ。乗れないけどね』

『乗れないなら、血の契約で馬と契約すればいい。そうすれば、オレのように喋れなくても、考えていることがなんとなく分かるから意思疎通ができて、手綱さばきなんて必要なくなる』

『血の契約って便利だね』

『あまり使いすぎるなよ。契約数にはキャパがあるからな。これぞという奴と契約するんだ』

『分かったよ』


「ありがとう、クリット。大事に乗らせてもらうよ」

「はい」


 クリットは再び戦利品を漁りに向かった。僕は万斗馬に向き合い、目をじっと見た。優しい目をしている。


「僕が乗ってもいいかい?」

「ブル」


 いいよと言ってくれた気がした。


「僕と契約してほしい。いいかな?」

「ブル?」

「痛くないよ、大丈夫だから」

「ブル」


 この状態でもなんとなく言っていることが分かる気がする。なんでだろう?


「それじゃ、契約するからね」


 万斗馬が首を下げてきたので、僕は人差し指を剣で切って万斗馬の額に当てた。


「血の契約、万斗馬を我が眷属とせん!」


 一瞬、万斗馬が薄っすらと輝いた気がした。


「契約できたの?」

「え? 喋った?」

「あ、ご主人様の言葉が分かるよ!」

「ぼ、僕も万斗馬の言葉が分かる……」


『こりゃいい。こいつは万斗馬じゃなく、アルタイルホースだ』

『アルタイルホース?』

『天翔ける天馬だよ。モンスターだけど、幼い時は普通の馬に見えるんだ』

『モンスター……』

『万斗馬以上にレアな馬だぜ。よかったな。ははは』


 笑い事ではないような気がする。僕はどうすれば?


「万斗馬なんて言わないでよ。そうだ、僕に名前をつけてー」

「えーっと、名前はないの?」

「うん、ないよ」

「そうなんだね……それじゃ……アルタはどう?」

「アルタ……。うん、僕はアルタだよ! ありがとね、ご主人様!」


 喜んでくれて何よりだよ。あ、そうだ、僕を乗せてくれるかな?


「アルタ、僕を乗せてくれる?」

「いいよ。乗って乗って~」


 僕は初めて馬に乗る。実際にはアルタイルホースというモンスターだけど、それは言わないことにした。

 なんとかアルタの背に跨った僕は、今までとまるで違う景色を見て目を輝かせた。さっきまで落ち込んでいた自分が嘘のようにはしゃいでいるのが分かった。


「素晴らしい眺めだよ。ありがとうね、アルタ」

「いつでも乗ってね」


 僕はアルタの背に跨ったところから、見る景色を堪能した。

 アルタがゆっくり歩いてくれたので、気分がとてもいい。

 ふと視線を動かすと、丘の下から味方の軍がくるのが見えた。先頭にはケントレス侯爵とボッス伯爵が見える。


「ザック殿!」


 ボッス伯爵が僕を見つけて馬を走らせてくる。


「大丈夫かね!?」


 ボッス伯爵は僕の顔を見るなり、そう聞いてきた。なんでかなと思ったけど、今の僕は公太子の返り血を浴びて酷い姿のはずだと思いいたった。


「返り血です。怪我はしていません」

「そうか、よかった!」


 ボッス伯爵が僕と話していると、そこにケントレス侯爵が割って入ってきた。


「アルフレッド・アスタレス公太子の首を取ったと聞いた。見せてくれ」


 公太子のことが気になるのは分かるけど、ケントレス侯爵はすごい喰いつきだ。


「僕はアルフレッド・アスタレスの顔を知りませんが、身なりからそうだと思います。こちらに」

「うむ」


 ボッス伯爵がケントレス侯爵を落ちつかせてついてくる。


「カルモン、公太子の首を」

「はい、こちらになります」


 ボッス伯爵とケントレス侯爵が公太子の首をまじまじと見つめる。

 あんなもの僕は見たくないけど、2人は50センチくらいの距離からじっと見つめている。


「間違いない。アルフレッド・アスタレスだ。私は二度ほど会ったことがあるが、この目の下の黒子は間違いなくアルフレッド・アスタレスだ」


 ▽▽▽


 アスタレス公国軍が退いたため戦いは終わりかと思ったら、ケントレス侯爵や諸侯が追撃戦を主張して追撃戦が行われている。

 キャムスカ伯爵もさすがに追撃戦では裏切って公国側につくわけにはいかないようだ。


「ザック殿のおかげで、うちのキグナスも多くの首を取ってきた。感謝する」

「僕もこれほど上手くいくとは思ってもいませんでした」

「その割には、公太子の首を取ってきたではないか。今回の戦功第一位はザック殿で決まったものだぞ。ははは」

「ありがとうございます」

「公太子の首を取ったのだ、領地くらいは与えられるのではないか?」


 領地をもらえるのはとてもありがたい。だけどそれ以上にしなければならないことがある。


「ボッス伯爵にお願いがあります」

「なんだね?」


 ボッス伯爵の顔が今までのにこやかなものから、警戒するような顔に変わった。


「僕はケンドレー家と縁を切りたいのです。ですから、ボッス伯爵のお力で家と縁を切れるように取り図っていただけないでしょうか」


 ボッス伯爵が目を細めた。


「……君は何を言っているのか、分かっているんだろうね?」

「はい、もちろんです」

「理由を聞いてもいいかね?」

「僕がケリス・アムリス嬢に婚約破棄されたことはボッス伯爵もご存じかと思います」

「うむ……」

「あれ以来、僕は屋敷の納屋に住んでいます」

「なっ!? ……それは、婚約破棄されたことが原因なのか?」

「納屋に住む前は屋敷に部屋がありましたが、祖父が亡くなって以来家族と一緒に食事をしたことがありません」

「……それは、なぜかね」

「僕の瞳が黒いと気味悪がり、父を始めとした家族全員が僕を虫けらを見るような目で見るのです。そこに婚約破棄もあって僕の扱いはこれ以上言わなくてもお分かりになると思います」

「し、しかし……今回はザック殿に戦功を立てさせようと軍を率いさせたのでは……?」


 ボッス伯爵はかなり引いているが、核心に触れてきた。


「家族は出兵時に「死んでこい」と言って、僕を送り出しました」

「………」


 ▽▽▽


 まさかこんな話になるとは思ってもいなかった。

 しかし、今回の話が本当であれば、ザック殿がケンドレー男爵家と縁を切りたいというのは、仕方がないだろう。

 だが、その橋渡しをすれば、我がボッス伯爵家とケンドレー男爵家の間が拗れる可能性が高い。


「しかし、悪いことばかりではないぞ」


 今回のことで、上手くすればザック殿は男爵位を得られるだろう。

 鼻持ちならないケンドレー男爵家と、勢いがあるザック殿。天秤が振れるのはザック殿のほうだ。


 ケンドレー家と縁を切ったうえで褒美を引き出してやれば、恩を感じ我が陣営に取り込むこともできるかもしれない。

 幸いなことにザック殿は私をそれなりに信用してくれている。でなければ、あのような頼みをしてこないはずだ。


 それにザック殿以外に剣聖と閃光姫という戦力もいる。

 貴族でもない人物が持つ戦力としては明らかに大きなものであり、ここで恩を売っておけば我が家としてもプラスになるだろう。

 敵対するよりも取り込んだほうが私にとって、ボッス伯爵家にとっていいはずだ。


 

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