001_貴族の四男、運命の出会い
「あら、貴方なんてお呼びじゃないのですよ。身の程を知りなさい。おほほほ」
この一言で僕の上向いていた人生は再びどん底、いや、もっと酷いものになってしまった。
僕は小領とはいえ男爵家の四男で、ケントレス侯爵の仲介によってアムリス侯爵家の三女であるケリス・アムリスの婚約者だった。
僕のことを危惧した亡き祖父がケントレス侯爵に頼みこんで成立した、身分違いの婚約だったんだ。
しかし、祖父が他界して、ケントレス侯爵も代替わりしたため、僕はケリス嬢から婚約を破棄されてしまった。
相手は侯爵令嬢だから弱小男爵家が恥をかかされても、どうにもできなかった。
僕の瞳の色は黒。漆黒の瞳は縁起が悪いと父は言っていた。
侯爵家との縁談が決まる前から、父はそう言って僕を虐げていた。
そんな僕が侯爵家の令嬢と婚約が決まった時はとても喜んでいたけど、婚約破棄された僕に父ヘンドリック・ケンドレー男爵は、一層辛く当たるようになった。
「お前のその顔を見ていると胸糞が悪い。顔を見せるな!」
父にそう言われた僕は、父と顔を合わせることのない納屋で寝起きすることになった。
はあ、どうしてこうなったのだろうか? 僕が何をしたっていうのか?
来年には15歳になって成人することになる。否応なしに家を出されることになるだろう。追い出されるとも言うけど。
15歳になって独立しても、僕は家族から支援を受けられる見込みがない。だから、早い段階で将来の計画を立て、そのための勉強や訓練をしなければいけない。
虐げられていても一応は貴族の息子なので、平民の子供に比べてそういったことを考える時間があるだけましだと思う。
僕にだって野心はある。たかが小領の男爵家でも、僕は貴族の家に生まれたんだ。
15歳になって家を出たら平民になるけど、僕は貴族として生まれ育ってきた。だから、必ず成り上がってみせると、自分を奮い立たせている。
そして、僕との婚約を破棄したケリス・アムリス、そして僕を虐げるケンドレー男爵を見返してやるんだ。
剣は婚約破棄される以前から学んでいた。だから成り上がるために僕は剣を握ることにした。
幸いなことに僕には魔力がある。以前、家にある魔力の有無を確認するマジックアイテムで確認したからそれは分かっている。
ただ、男爵家には、属性を確認するマジックアイテムはない。かなり高価なものなので、上級貴族でもない限り持っていないのだ。
剣は7歳の時から続けてきた訓練のおかげで、それなりの腕になっていると思う。多分だけど……。
魔法のほうは純粋な魔力を放出することはできるが、僕にはどんな属性があるかわからないので、それくらいしかできない。
現在14歳の僕は、あと1年で家を出なければならない。だから剣も魔法も毎日必死で訓練している。
「うーーーん、天気がいいね」
背伸びをして朝の気持ちいい日差しを体中に浴びる。
今日も日課の素振りを朝から1000回行って、昼からは魔法の訓練のために屋敷の北側にある林の中に向かう。
林の中には僕の訓練所になっている空き地がある。その空き地は僕が魔法の訓練をするようになって、どんどん広がっている。
僕は魔力を体にまとわせて動きをよくしたり、剣に魔力をまとわせて切れ味を上げるくらいしかできない。
だから、僕が魔法と剣の訓練で林の木を切ってしまうからそうなってしまったのだ。毎日血が滲むような努力をしているんだから、これくらいは大目に見てほしい。
そろそろ実戦を経験したい。今の僕ではまだ力不足だと思うけど、どのくらいの力があるのか知りたい。
「そろそろ南の森にいってみるかな……」
南の森にはモンスターが多くいて、腕試しには丁度いいと思う。でも、僕の力でモンスターが倒せるのか分からないので、不安がある。
成り上がりたいけど、命は一つしかないから惜しいのは当然だと思うんだ。
「今日、属性魔法を使えたら、モンスターを倒しにいこう……」
魔法は火、水、風、土の各属性魔法があって、他にも特殊な属性がある。自分にどういった属性があるか知るためにはさっきも言ったけど高価なアイテムで調べるしかない。
魔法を使えるのは10人に1人、その中でも実戦レベルで魔法が使えるのは半数にも満たないと言われている。僕が魔法を使える半数のほうに入っていればいいんだけど。
空き地へ到着した。いつものように丁度いい大きさの石に腰を降ろす。
いつもは剣に魔力を纏わせて木を切ったり、地面を裂いたりしているけど、今日は属性魔法の訓練だ。
「火、水、風、土の四属性は今までも試みたけど、使えなかった。屋敷にあった本では、四属性魔法はまったく才能がないのは分かっている。だから今日は、雷と氷を試してみよう」
父の目を盗んで本を読んだ。黒い瞳の僕には魔法の才能はないと言っていたアホオヤジだけど、僕には魔力がある。マジックアイテムで確認して魔力があるのは分かっているのに、本さえも見せてくれないクソオヤジだ。そんなアホでクソな父とあと1年で縁を切れると思うと嬉しくなる。
「ペッ」
思わず唾を吐いてしまった。いけない、この空き地は何も悪くないのに。
「へ~、大きな魔力があると思ったら、人間の少年じゃないか」
「わっ!?」
いきなり後ろから声をかけられたので、驚いて石からずり落ちた。
「だ、誰だ!?」
僕は立ち上がって誰何した。でも、後ろには誰もいなかった。
「誰も……いない?」
「どこ見てるんだよ、こっち、こっちだよ」
「………」
僕は顔を左右に振って誰が喋っているのか、探した。
「おい、下だよ、下。おいちゃん、泣いちゃうぞ」
僕は下を向いた。
「えっ!?」
そこには……スライムがいた。
「オッス。オレはスライムのスーラだ。よろしくな!」
「え? ……ぼ、僕はザック・ケンドレー。よ、よろしく……」
僕はスライムに自己紹介なんかして……頭がおかしくなったのかな?
「少年はザックっていうのか。うん、いい名だ」
「あ、ありがとう……」
僕がさきほどまで座っていた石の上に登った真っ黒なスライムから手のようなものが伸びてきた。
「ん? どうした。握手を知らないのか? 友好の証だぞ?」
「いや、握手は知ってるけど……。スライムだよね?」
「おう、オレはスライムだぞ」
なんだか調子が狂う。いや、これは夢なんだ。僕はアホでクズな父から受けたストレスで変な夢を見ているんだ。
僕はスライムの手(?)を握って握手した。スライムの手はひんやりとして柔らかな感じがした。
「ははは、リアルな夢だ……」
「おい、夢じゃないぞ。ほれ、感触あるだろ?」
スライムが僕の手を少しきつく握った。
「……えっ!? 夢じゃないの?」
僕がそう言うと、スライムはもう1本手を伸ばしてきて、僕の頬を往復ビンタした。
「な、何をするんだよ!?」
「これで夢じゃないと分かっただろ?」
「うぅ……たしかに痛かった……。それじゃ、本当の本当に現実なんだね」
「おう、オレは現実のスライムだぞ!」
真っ黒な体のスライムは可愛らしい目が2つあって口もある。色と喋るということを除けば、普通のスライムだ。
「そんなわけで、オレと契約しないか?」
「いや、どんなわけさ!?」
なんか唐突だった。
「ははは、細かいことは気にするな。禿げるぞ」
「禿げたくはないけど、全然細かくないから」
「むー、細かいと女にモテないぞ」
「僕の瞳を見たら女の子なんて近寄ってこないよ」
「ん? 瞳の色? なんで? 綺麗な黒目じゃんか?」
「黒い瞳は縁起が悪いんだよ。だから、誰も僕に近寄ってこないんだ」
「なんだそれ? そんなこと言ったら東の大陸は縁起が悪い奴ばかりになるぞ」
「え? 東の大陸?」
「なんだ、東の大陸も知らないのか? この大陸よりも大きな大陸で、文明も進んでいるぞ」
「そんな大陸があったのか……。ってか、その東の大陸には僕のような黒色の瞳の人がたくさんいるの?」
「おう、目だけじゃなく髪の毛も真っ黒だぞ」
「髪の毛まで真っ黒……」
「この大陸だって、東のほうにいけば黒髪黒目の人間はそこそこいるのに、何を驚いているんだ?」
僕は今まで何を悩んでいたんだろうか? 縁起が悪い? はんっ、勝手に決めつけて勝手に縁起が悪いって言っていればいいんだ! くそー、今までの人生、めちゃくちゃ損した気分だよ。
「さあ、オレと契約しようぜ!」
「いや、だからなんで契約なの?」
「なんだよ、オレと契約したらめちゃくちゃお得だぞ」
「お得って……」
「オレはこう見えてすごいスライムなんだぞ」
スライムは最弱のモンスターと言われていて、10歳の子供でも倒せるくらいに弱い。
そんなスライムがすごいと言っても説得力はないけど、目の前にいるスーラと名乗ったスライムは普通のスライムと違う。普通のスライムは半透明な青い体をして喋らないけど、スーラは真っ黒な体で喋る。
ははは……僕の頭がおかしくなりそうだ。
「仕方がないな。オレと契約したらどんなメリットがあるか、説明してやるよ」
「普通は最初に説明するよね?」
「細かいことは気にするな。足が臭くなるぞ」
「そんなことで足は臭くならないよ!」
スーラは手で僕の肩をポンポンと叩いてきた。なんだろう?
「まだ若いザックには分からないと思うが、年をとると体臭がきつくなるんだぞ」
「そんなの本当に知らないよ!」
いや、知っている。クソオヤジは香水でごまかしているけど、体臭がキツイ。
「って、そんなことどうでもいいから!」
「そんなにカリカリするな。女に嫌われるぞ」
「だから……はぁ……。もういいから、話を進めてよ」
僕は脱力して地面に腰を降ろした。
「よし、まずはデメリットから教えるぞ」
「デメリットもあるの?」
「当たり前だ! だけど、オレはそれを隠してザックと契約するほど、クソじゃない!」
「いや、さっき説明なしに契約しようとしたじゃないか!?」
「そんな昔のことは覚えていない!」
「……もういいよ」
「ふふふ、勝った! オレの勝利だ!」
「もういいから、説明して!」
「はいはい、怒りやすいな。カルシウム足りてるか?」
カルシウムってなんだよ?