リスをちょっとだけ格好良く書いたおはなし
リスはいつだってイタズラ好きなので、人の好いキツネはからかわれてばかりです。
ですが、キツネときたらあっけらかんとしたもので、それならそれで良いやと思っていました。
うまいこと騙せた時のリスったら、それは楽しそうに笑うのです。普段は斜に構えた態度が多いのですが、リスには珍しい飾らない笑顔を見ると、キツネも何となく嬉しくなってしまうのでした。
だからキツネは今回も半信半疑ではありましたが、でも自分の大きさの3分の1くらいしかないリスに目線を合わせてかがみ込み、きちんとリスの話に耳を傾けていました。
リスは前髪を片手ですいてから、わざとらしく恐ろし気な声を出して、キツネに詰め寄ります。
「本当だぞ。オンボロ橋を歩いてるとさ、後ろから声がするんだよ」
「キミね、またそういう嘘ついて……」
「本当だってば! オレだって嘘だと思いたいよ。でも昨日の夕方、ドングリを探しに橋を渡って向こう岸に行こうとした時にさ、後ろから『おいてけー!』って地の底から響くようなヤバい声がしたんだよ。オレ、思わず戻って来ちゃった」
「そんな……誰の声だって言うのさ」
キツネはしゃがんだまま、ぶるりと身を震わせました。
オンボロ橋は、森の真ん中にかかっている吊橋です。両岸に渡された手すりのロープも、足元を支える木の板も年代物。足をかけるとギシギシ鳴って、今にも落ちそうな橋でした。
橋の下に流れる川は大きくて、こわごわ渡っている途中、背中から声をかけられたりしようものなら、きっとびっくりして足を踏み外してしまうでしょう。夏が終わり寒くなってきたこの時期に、谷川からぴゅーぴゅー吹き上げてくる冷たい風を思い出して、キツネはがたがた歯を鳴らしました。
リスは、ぐいと顎を突き出し、両手を身体の前にだらりと垂らします。
「決まってる。きっと……オーバーケーだーぞー!」
「オバケ!」
キツネはぴょんと飛び上がり、両手で頭を抱えました。
その様子をふふんと笑って、リスの話は続きます。
「怖がってる場合じゃない。このままじゃオレ、ドングリが食べられないんだぜ」
「そ、そ、それぐらい我慢しなよ! オバケに出会ったら死んじゃう」
「オバケに出会わなくても、これじゃお腹が減って死んじゃうって! なあ、頼む。一緒に来てくれよ」
「えっ……えぇぇぇぇ……」
キツネだってオバケは怖いです。
ですが、いつも悪戯ばかりのリスが両手を合わせて頼み込む姿を見れば、安易に「嫌だ」と答えることは出来ません。
「で、でも……オバケが出るんだろう?」
「オバケとオレの生命と、どっちが大事なんだよ」
ずいぶん大げさな比較だな、とキツネは思いました。
ついでに言えば、オバケの存在は別に大事ではないので、リスは比較する対象を間違っています。間違っていますが、言いたいことは大体伝わったので、キツネは大人しく頷きました。
「そ、それはリスくんの生命だけどさ」
「だろ? だったら、オレのためにオンボロ橋まで一緒に来てくれるくらい、してくれても良いじゃないか」
「まあ、一緒に行くくらいなら……」
そんなこんなで、キツネはやっぱりリスのことを半分くらい疑いつつも、リスと一緒にオンボロ橋まで行くことにしたのでした。
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さて、キツネとリスが一緒に歩いていると、途中でドングリをたんまり抱えたアライグマとすれ違いました。
森では乱暴者と噂もありますが、キツネはそんなに気にしていません。アライグマが本当に意味のない乱暴をはたらくところを、見たことがないからです。
なので、今日もいつも通りに、気さくに声をかけました。
「おや、こんにちは。アライグマくん、ずいぶんたくさんドングリを見付けたね」
キツネの声に、アライグマはにこりともせずに答えます。
「もうすぐ冬ごもりの時期だからな。ふん、この辺りのドングリはもう集め終わったぜ」
「……お前のせいかよ」
キツネの足元で、リスが苦々しく呟きました。
橋のこちら側にドングリが見当たらないのは、どうやらアライグマが取り尽くしたからのようです。
もともと、冬ごもりの時期もかぶっているし、草食のリスと雑食のアライグマでは食べ物もかぶっているので、早い者勝ちでぶつかることが多いのです。リスにとって、アライグマはどうしても相容れない存在でした。
声が聞こえていたのかいないのか、アライグマはじろりとリスを睨み付けます。
リスはさっと目を逸らし、キツネのふさふさした尻尾の影に隠れました。
ふん、とリスを鼻で笑い飛ばし、アライグマはキツネに向かって、森の様子など話し始めます。
キツネも雑食ではありますが、どちらかと言うと肉食の傾向が強く、共に野を駆け餌をとるアライグマは、ライバルと言うよりは戦友に近い存在です。無事に餌を狩れるかどうかは、腕によるもの。うまく掴まえられれば羨ましがるよりも称える気持ちの方が強いものでした。
ですから、キツネとアライグマは、それなりに仲良くお付き合いしていたのです。
しばし立ち止まって談笑する2匹を、リスはイライラと睨み付けるのでした。
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さて、アライグマと別れ、2匹はまた並んで歩きます。
そうして辿り着いたオンボロ橋は、相変わらずのオンボロでした。
川底から吹き付ける風で、誰もいないのに揺れています。
風の音も何だか寂しげで、それだけでもうキツネはぶるぶると尻尾の先まで震え上がってしまいました。
「……リスくん、やっぱり止めない?」
「バカ! ここまで来て、オレを置いて帰るつもりか?」
「そ、そんなことはしないけどさぁ」
「じゃあ、ほら。行くぞ」
リスは自分の豊かな尻尾を握りしめているキツネを振り返り、叱りつけました。
そうして、尻尾にキツネを引っ付けたまま、オンボロ橋のたもとまで強引に近寄りました。
ですが、いざ橋に足をかけようとした途端、リスはふいと尻尾を引き寄せ、しゃがみ込んでしまいます。
「あ、悪い。靴紐ほどけちゃったから、先に行ってくれよ」
「あ、うん……わかった」
橋の横で身をかがめるリスを置いて、キツネは一足先に橋へと足を乗せました。
一歩、二歩。
身体が橋の上に乗っかると、橋が揺れる度にぐらぐらして、バランスを取るのに苦労します。
三歩、四歩。
森の地面の、落ち葉や草でふかふかした感触とは違って、橋の腐った木の板は冷たく湿っていて、キツネは嫌な感触だなぁと泣きそうな気持ちになりました。
自慢の肉球が濡れてべちゃりと木の板に沈みます。
嫌だなあ、嫌だなあと思いながら、揺れる板の上を慎重に歩いていると、背後から大きな声が響きました。
「――置いてけぇ!」
「――ぎゃー! オバケぇ!?」
キツネはびっくりして飛び上がりました。
あんまり驚いたので、何をどう跳ねたのか自分でもよくわかりません。が、空中にいる間、何やらスローモーションのように色んなものが一辺に見えたような気がしました。きっと、知らない内に空中で身体をひねって一回転していたのでしょう。
森の切れ目から青い空が見えました。
それから、橋の向こう、川の反対側でびっくりしているクマの顔が見えました。
最後に、自分が今来た橋のたもとで、両手を口の横に当て、にやにや笑ったリスの姿が。
ああ、今のはリスくんの声か、とキツネが納得している間に、肉球が橋板を踏み外して滑った感触があって。
そのまま、キツネは橋の下へと落ちていきました。
そう言えばキミは靴なんて履いてないじゃないか、とリスに向かって言おうとしましたが、それ先にぼちゃーんと大きな音がして口の中に水が流れ込んできてしまったので、結局キツネはそのことを言えないままになりました。
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さて、これでキツネが溺れ死んでしまったら、リスはこの平和な森が始まって以来の凶悪殺動物犯になるところでしたが、幸いにしてそうはなりませんでした。
橋の反対側にいたクマが、慌てて川に降り、キツネを助けてくれたのです。気絶してどんぶらこと川を流れていくキツネを、キツネよりも小さな身体をしたリスが助け上げることはほぼ不可能ですから、不幸中の幸いとしか言いようがありません。
クマはとても臆病な質でしたが、さすがに目の前を流れ過ぎていく生命を見逃すことはしませんでした。
冷たい川の中にざばざばと入り込み、浮かびつ沈みつするキツネの身体をぐっと引き上げると、川べりへ連れて戻りました。
そこへ、小さな足で、川辺を大回りしてやってきたリスが駆けつけます。
「お、おい!? お前、何で落ちるんだよ! いくらびっくりしたって言ったってなぁ、橋から手を離すヤツがあるかよ」
「そんなこと言ってる場合じゃないぞ! 早く、キツネの家に運ぶんだ。こんなに濡れちゃ、風邪をひいてしまう。温かいところへ寝かせなきゃ」
クマはキツネを持ち上げたまま、のっしのっしとキツネの家へ向かいました。
リスはその足元をちょろちょろと駆け回ってついていこうとしましたが、クマの歩幅とスタミナについていくのは並大抵のことではありません。途中で足をつまづかせてコケてしまうと、ぜーぜーと乱れた息は簡単には戻りません。ようよう起き上がった時にはクマの後ろ姿はもう見えなくなっていました。
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さて、リスの悪戯で川に落ちてしまったキツネは、そのまま寝込むことになりました。
クマのてきぱきとした対処にも関わらず、やはり風邪をひいてしまったのです。キツネの毛皮は多少の水なら弾くように出来ていますが、水に沈めばさすがにびしょ濡れです。温かい巣穴とは言っても、暖炉も火鉢もないキツネの家のことですから、冷え込む季節では仕方のないことでしょう。
ありがたいことに、森の色んな動物達がお見舞いにきてくれました。お人好しのキツネには友人が多かったので、皆、心配して自分のご飯を少しずつ持ってきてくれたのです。
それでキツネは、自分で餌を取れない間も何とか生き永らえることが出来ました。
風邪をひいて熱に浮かされている間、キツネは色んな夢を見ました。
それは、ほとんどがリスと一緒に過ごした思い出で、そう言えばこんなこともあったなぁとまるでその時に戻ったように夢の中で遊び回りました。
春、リスと一緒にお花見に行ったこと。もっと近くで桜を見ようとリスに誘われて、木に登ろうとしたら毛虫だらけでびっくりしたこと。
夏、リスと一緒に川へ夕涼みに行ったこと。冷やしておけば美味しいとリスに言われて、川にスイカを浸けておいたら流されてしまったこと。
秋、リスと一緒にドングリを探しに行ったこと。美味しい美味しいとリスが言うからいっぱい拾って帰ったのに、結局キツネはそんなに美味しいと思えなくて、ほとんど全部リスが食べたこと。
いつだって、リスは楽しそうでした。
キツネは騙されて、何だか腹が立つなぁって思うのですが、リスが楽しそうにしているので段々楽しくなってくるのでした。
だからリスが遊びに来ると、こないだ騙されたぞ、と思いながらもまた一緒に遊びに行ってしまうのです。
だけど、冬だけは、少し勝手が違います。
冬になると、リスは冬ごもりをしてしまうのです。だから、冬にはキツネは自分からリスのところへ遊びに行きます。キツネは冬ごもりをしないからです。
冬ごもりの間、リスは時々目を覚ましますが、そんな時のリスはぼんやりとした顔で寝ぼけ眼をこすりながら、貯め込んだドングリをかじってばかりいます。そうして、その気の抜けた顔でキツネにあることないこと話をするのです。
根っこ広場で嘘をつくと、根っこに捕まえられて、謝るまで放して貰えないらしい、とか。
ドングリ池にドングリを投げ込むと、お願いごとが叶うらしい、とか。
キツネはやっぱり半信半疑ですが、「乱暴者のアライグマがそれで一週間も根っこにとっ捕まってたらしいぜ」とか、「コマドリの歌が上手なのはドングリ池が願いを叶えてくれたからだって」とか言われると、「そんなことがあるの!?」とドキドキしてしまうのです。
その時の、リスの嬉しそうな顔と言ったら。
眠そうな目を更に緩ませてほにゃっと笑うリスの顔が見たくて、冬のキツネはリスの寝床へ足しげく通ってしまうのでした。
リスは悪戯好きの困ったヤツなのです。
だけど、キツネにとっては、とっても大切な友達でもありました。
オンボロ橋のことだって、きっとリスはそんなに悪気がなかったに違いないのです。
だから、キツネは熱でぼんやりした頭で、ずっとリスとのことを考えていました。
元気になった頃には、またリスは冬ごもりに入ってしまっているかも知れないな、なんて。
あんまりリスのことばかり考えていたからでしょうか、巣穴の入り口に、焦げ茶色したリスの背中が見えるような気がしてきました。
「……リスくん?」
夢の中なのか、現実なのか、分からないまま声をかけます。
返事はありませんが、焦げ茶色の毛皮が、ぴくりと動きました。
「リスくんも、お見舞いに来てくれたのかい?」
巣穴の入り口で見え隠れしている毛皮からは、やはり返事はありません。
それで、キツネはこれは夢なんだと思ったのです。だって、本物のリスなら黙っているはずはありませんから。
「夢でも良いや、キミの方から来てくれて嬉しいよ」
キツネは目を閉じて、うとうとしながら言いました。
「もう冬ごもりの季節も近いだろう。いつもみたいにキミのところへ遊びに行きたいけど、今年はこんな風だから、いつになったら行けるか分からないからね」
がたっ、と巣穴の入り口で大きな音がしました。
だけど、リスの声はしませんでした。
「だけどさ、お見舞いって何か持ってきたりすることが多いだろう。リスくんだったらドングリだろうけど、ボクはドングリは食べられないからなぁ」
バラバラバラっ、と何かが散らばった音がしました。
リスの声はしませんでした。
「そうだ、もしドングリを持って来てくれたなら、ひとつドングリ池にお願いしておいてよ。ボクが早く元気になって、またキミと遊びに行けますようにって」
「……大事なドングリを、池に投げ込めって言うのか」
「そうだよ。リスくんはドングリとボクの生命と、どっちが大事なのさ?」
いつかのお返しです。
すっきりした気持ちで、はははと笑って、笑った自分の声でキツネは、はっと目を覚ましました。夢のはずだったのに、リスの声が聞こえたような気がしたのです。
慌てて起き上がり巣穴の外に出ましたが、そこにはただドングリが散らばっているだけで、リスの姿はありませんでした。
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ドングリなんか、お見舞いに持っていっても仕方なかったのです。
そんなこと、リスが一番よく知ってました。
だって去年の秋、キツネを騙して自分のドングリをたんまり集めさせたのはリスなのですから。
ドングリなんか、キツネは食べません。だけど、冬ごもり前のリスがお見舞いに持って行けるようなものは、ドングリくらいしかありませんでした。
リスだって分かっているのです。人を騙すのは悪いことだって。
だけど、騙されたキツネがしょんぼりしたり怒ったり、そうしてその後にリスと一緒になって楽しそうに笑ってくれるのが嬉しくて、ついついどうでも良い嘘をついてしまうのです。
リスは眠い目をこすりながら、とぼとぼドングリ池へ向かいます。
普通ならもう冬ごもりの時期ですが、キツネのことが気になって無理して起きていたものですから、森を歩くのも千鳥足で今にも寝付いてしまいそうです。
自分自身のついた嘘ですから、ドングリ池にドングリを投げ込むなんて無駄だって分かっていました。
大事なドングリは自分で食べた方が良いって分かっていました。
ですが、キツネがああ言うなら。
どっちの方が大事かと聞くなら。
ふらふら歩いて、それでもリスはドングリ池に辿り着きました。
透明に澄み切った水は冷たく輝き、まるで鏡のようです。
リスはしばらく自分の手の中のドングリと、ドングリを持った自分を映す水面とを見比べました。
そうしてため息をついてからドングリを投げ込もうとした途端、後ろからぽん、と肩を叩かれてびっくりして飛び上がりました。
飛び上がったリスの身体を、空中でぎゅっと掴んだのは、アライグマでした。
「ぅおぃ! びっくりした! 何すんだよ、アライグマ!」
「てめぇ、最近悪さが過ぎると思ったら、ついにキツネを橋から突き落としたんだってな?」
じろり、とアライグマに睨まれて、リスは必死に首を振ります。
「待て待て、突き落としたりはしてない! ちょっと脅かしたら、キツネが自分から飛び降りたんだ」
「うるせぇ。てめぇはいつだってそうだ。おれについてもどうやら悪い噂を振りまいてくれたらしいな」
「悪い噂?」
「おれが嘘をついたから、根っこ広場で捕まったって」
そう言われてみれば、そんなことをしたようなしていないような。
「てめぇのせいで、コマドリがおれの歌を作りやがった。『嘘つきアライグマ〜♪ 根っこに捕まったアライグマ〜♪』ってな」
握りしめた両手でガクガク振り回されて、リスは必死に首を振りました。
「いやいやいや、コマドリだって、どうせオレの話なんか嘘だって分かってるだろ! そんなのオレのせいじゃ――いや、悪かった。オレが悪かったよ……」
「今更謝ったって知るもんか! 人を騙すわ、キツネを突き落とすわ、おれを馬鹿にする歌を作るわ、もう許せん!」
「歌を作ったのはオレじゃないぞ!?」
「あ、そうか」
悪いとは思いましたが、さすがに他人の悪事まで自分のせいにされてはかないません。必死で抗弁すると、怒り心頭の様子だったアライグマも、一瞬、はっと自分を取り戻したようでした。少しだけ、手の力が抜けています。
ですが、コマドリの歌が余程腹に据え兼ねたのでしょう。
すぐにギリギリと牙を噛み鳴らして、再びリスを睨みつけました。
そうして、リスが後生大事に抱えたドングリに気付くと、にやりと笑いました。
「おお、そう言えば、ドングリ池にドングリを投げ込むと願いが叶うんだってなぁ? 自分のくだらん嘘を反省して、ドングリごと池にハマっちまえ!」
言うが早いか、リスの身体はドングリと一緒に池に向かって飛ばされてしまいました。
本当は、さっき一瞬アライグマの手の力が緩んだとき、必死でもがけば抜け出すことも出来たのですが――冷えた水面を見ると、逃げ出す気にはなれなかったのでした。
リスは吹っ飛びながら、大声で叫びます。
「――キツネがぁ早く元気になりますようにぃっ!」
どばーん。
大きな水音とド派手な水しぶきをあげて、リスは着水しました。
こうして、リスは哀れドングリ池に散ったのでした――と終われば美しいところですが、残念ながらそうはなりませんでした。
さすがのアライグマも、リス殺しをするつもりはありませんので。
アライグマは泳ぐのが得意なのです。池に突っ込んだ衝撃で気絶してぷかりと浮かぶリスを、泳いで拾ってくるのも簡単でした。ちょっとばかり、寒くはありましたがね。
池のほとりへ戻って来て、ぶるぶると身体を震わせ水滴を落としたアライグマは、木陰に立つ影に声をかけました。
「おい、キツネ。こいつを連れて帰ってやりな。餌ならちょっとばかし分けてやるから、そのまま冬ごもりに入っちまえ」
アライグマが乱暴にリスの身体を放り投げた先には、キツネが呆然と立っていました。
柔らかい森の土の上に転がったリスが意識を取り戻して呻くのを見て、キツネは慌てて駆け寄ります。
「リスくん、リスくん! 大丈夫かい!?」
「うん……キツネ、か」
リスを抱き上げたキツネをちらりと見て、アライグマは黙って去って行ってしまいました。
そちらを見ないまま、キツネはリスを揺さぶります。
「リスくん、ごめんよ。ボクが夢うつつにとんでもないこと言ったばかりに……」
「別に。どう考えても、お前のせいじゃないよ」
もともと、リスのついた嘘が原因です。
友情を比べるようなことを先に言ったのも、リスでした。
リスは2度3度瞬きし、濡れた身体を震わせて答えました。
「オレが悪かったんだ。本当は、お前と一緒にいたいだけだったのに……」
キツネは黙って首を振りました。
そんなことはキツネにとって、最初からどうでも良いことなのです。
リスを抱えたまま立ち上がると、そのまま自分の巣穴へリスを連れていきました。
最初から、キツネはリスのことを友達だと思っていたのですから。
●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
その冬、リスは初めて、キツネの巣穴で冬ごもりしました。
うとうと眠って、ふと目が覚めると横にいたキツネが気付いて、にこりと笑いかけてくれます。
そうすると、リスも安心して笑い返します。それから、ぼんやりした顔で少しだけドングリを食べ、そうしてまた眠りにつくのです。
春にはきっと、リスも元気に目覚めるでしょう。
そうしたら、一緒にオンボロ橋を渡ってドングリを探しに行こう、とキツネは思いました。
鼻先に、少しだけ温かくなってきた風が当たります。
春は、もうすぐそこでした。