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『今、救急隊が式典会場に向かいました。それで、被害の状況は……?』
正面広場に設えられた大会実行本部。そこが、にわかに慌ただしくなった。
「あら、今回も始まったわね。他人を妨害する愚か者って、どうして尽きないのかしらね?」
広場に残って騒ぎを見ているイツミが、そう零して樹海に目を向ける。
その視線の先には、いくつものキノコ雲が並んでいた。そこに新たなキノコ雲が生まれる。その雲を見詰めるイツミが、
「ミリィたち。無事でいるかしら?」
と心配そうに漏らした。この時イツミは、まさか心配する二人が、騒ぎの張本人とは夢にも思っていなかっただろう。
「いい加減にぃ、当たりなさいよぉ」
「ムチャクチャなこと言わないでよ!」
ミリィとユメミの追いかけっこは、樹海からお花畑に出ても続いていた。
ミリィは小路に沿って逃げている。対してユメミはドレスが汚れるのも構わず、お花畑に入って花を踏み荒らしていた。
「逃げてるだけじゃ、埒が明かないわね」
ミリィの横を霊光弾がすり抜けていく。それと同時に振り返ったミリィの手に、光の塊が生まれていた。
「反撃の三・八×一〇の一六乗ジュール!」
ミリィの手から、頭の大きさほどの光の球が放たれた。ユメミの霊光弾と比べると、何倍も大きな塊だ。
「うわぁ、デカい……」
大きな光の球を見たユメミの顔が、真っ青になった。反射的に頭を抱えて、お花畑に身を伏せる。
──へろへろへろ…… ぺちょん……
ミリィの放った霊光弾は、意外な動きをした。飛ぶというよりは宙を漂い、そしてユメミに届くことなく地面に落ちた。しかも、それで爆発することもなく、プスプスと燻りながら小さくなる。
ユメミが頭を上げて、消えていく霊光弾を見た。そして霊光弾が消えたあとも、しばらく二人は黙ったまま焦げた地面を見ていた。
「よくも脅かしたわねぇ! 憤懣大爆発のぉ、八・二×一〇の一六乗ジュールぅ!」
またユメミが霊光弾を撃ちながらミリィを追い始めた。そのユメミから逃げながら、
「やっぱり霊光弾って、練習なしで撃てるような代物じゃないのね」
と、ミリィが苦笑しながらボヤいた。
「あっ! あそこにチェックポイントがあるわ」
逃げるミリィが、バラの樹の陰にチェックポイントを見つけた。それをユメミも見つけて、
「じゃぁ、少し休戦だねぇ」
と台帳を用意する。そのユメミの態度に、ミリィは「なんだかなあ……」と零した。
「お待ちしてました。ここは八枚目ですよ」
「はい。お願いします」
先にたどり着いたミリィが、係員からスタンプを捺してもらった。
続いてユメミの台帳にも、ポンとスタンプが捺される。
その間にミリィは、その場からトンズラしていた。
「追撃再開のぉ、四・六×一〇のぉ……」
スタンプを捺してもらうと同時に、ユメミが攻撃に戻ろうとする。ところが、
──ガザザザザ……
ユメミは前方不注意で、バラの樹に突っ込んでしまった。ドレスがトゲに引っかかり、ユメミから自由を奪っていく。
「……あのさ。大丈夫?」
しばらくして、ミリィがユメミの災難に気づいた。ユメミはバラのトゲで樹に磔にされていたのだ。それを見て戻ってきたミリィが、そんなことを聞く。
「うわぁ〜ん。なんでよぉ〜〜〜〜〜!」
突然ユメミが、大声を出して泣き始めた。身動きの取れなくなった悔しさと痛みとバツの悪さで、感情が爆発したのだ。
「どうしてあたしばぁ〜っかぁ、こんな目に遭うのよぉ〜〜〜〜〜……」
泣きじゃくるユメミが、誰にとはなく不満をぶちまける。
そのユメミを放っておけず、ミリィはバラのトゲから助けてあげた。
「わぁ〜ん。今日はどうなってるのよぉ! うぃっぐ……」
「もう助かったんだから、落ち着いてよ」
ユメミがミリィの服をつかんだまま、激しくしゃくり上げる。そのユメミをなだめながら、ミリィは大きな溜め息を吐いた。
「おかしいわね。どうしても残り二か所が見つからないわ……」
ミリィが地図と睨めっこをしたまま、薄暗い木立の中で足を止めた。
競技の開始から、そろそろ六時間が経つ。
これまでにミリィの集めたチェックポイントは一六か所。だが、残る二つの所在地が、どうしてもつかめないのだ。
「ウガイアのお姫さまは、もう全部見つけちゃったかな?」
そうつぶやいて、ミリィが顔を上げた。
バラの樹から助けられたあと、ユメミは不貞腐れた態度で次のチェックポイントを探しにいった。もちろんミリィとは別行動だ。その際、お礼の言葉はない。
でも、攻撃をやめたのは、ささやかな感謝の気持ちかもしれない。
「あと二つ探したいけど、時間切れで失格するのもイヤだし……」
そう嘆いて、また歩き始めた。
「何か見落としてるかなぁ? わざとわかりづらいように書いてあるとか……」
地図を眺めたまま、おもむろに身体を宙に浮かせる。覚悟を決めて、広場に戻ろうとしているのだ。
そのまま樹海の上にまで浮かんだ。周囲を見まわすと、まだ何人もの参加者が残るチェッックポイントを探している。そして次に最初の広場を見ると、
「あれ? まだ誰もゴールして……ない?」
先に戻っていた参加者たちが、まだ誰一人ゴールしてない状況に気づいた。
その様子を見た途端、
「今すぐゴールしなきゃ!」
ミリィはそう直感して急加速した。そして、
「退いてぇ〜〜〜〜〜っ!」
空中で立ち往生している参加者たちをすり抜けて、一気にゴールした。
「えっと。これが台帳です」
ゴールで待っていた審判に、持っていた台帳を渡した。
『あいつ、全部見つけたのか?』
『あ〜ん。残りのスタンプ、どうしよう?』
ミリィのゴールを見て、参加者たちがどよめいた。その中から数人が戸惑いながら、パラパラとミリィに続いてゴールする。
その広場へ、ようやくユメミが戻ってきた。そのユメミが、
「あいつぅ、もぉゴールしてるわぁ〜……」
先にゴールしたミリィを見つけて、悔しそうに立ち止まる。
「それにしてもぉ、なんでみんなゴールしないのかなぁ?」
立ち止まったユメミが、周りを見てそんな疑問を持った。
だが、その理由を誰かに尋ねるわけにはいかない。情報交換が禁じられているため、ここでうっかり聞いて失格になりたくはないのだ。
それは周りの参加者たちも同じ。互いに顔色を窺って、互いの腹を探り合っている。
『終了一分前です』
そこに運営からアナウンスが流れた。
直後、立ち往生していた参加者たちが、いっせいにゴールへ殺到していく。誰もがもう考えている余裕はないと肚を括ったのだ。
「う、うわぁ〜……!」
大混乱の中、ユメミがもみくちゃにされてすっ転んだ。
「あたしはスヒチミ・ウガイア大公家の姫よぉ。踏むんじゃないわよぉ〜っ」
ユメミが大声で素性を訴えるが、この混乱の中では誰も耳を貸してくれない。
──バァ〜ン……
そこで号砲が鳴り響いて、競技が終了した。
ゴール前には踏まれた子どもたちが、点々と転がっている。
ユメミもドレスに無数の足跡を付けられたまま、地面に突っ伏していた。
この子どもたちはゴールできなかったため、そのまま失格となっていた。
「あきれた……。本当に直感だけでゴールしたの?」
イツミが丸くなった目で、優勝の記念品をもらったミリィを見ていた。
「あはは。でも、みんながゴール前で立ち往生してるってことは、誰もすべてのチェックポイントを見つけてないって意味ですもんね。落ち着いて考えれば、直感も間違ってないかと……」
「ったく、バカなんだか天才なんだかわからないわね」
必死に言い訳するミリィに、イツミは大げさに肩をすくめてみせる。
実は学園主催の目的地巡回競争は、入園者にとって最初の課外授業であった。これから修行を続ける中で、時に目標としたものが実現不可能な場合もある。それを見極める大切さを教えるために、わざと存在しないチェックポイントを二か所も用意したのだ。
それと一人の係員が侍女のフリをしていたのも、思い込みの怖さを教えるためである。
「ミリィが優秀なのは認めるけど、あまり直感に頼らないようにしなさいね」
「はい。気をつけま〜す」
優しく懸念に感じたことを諭すイツミに、ミリィがペロッと舌を出して答えた。
そのミリィに、ユメミがフラフラと近づいてくる。参加者たちに散々踏みつけられたため、まるでボロゾウキンのような有り様だ。
「首席入学だからってぇ、いい気になるんじゃぁないわぁ。憶えてなさいよぉ」
ミリィに不穏な言葉を残して、ユメミが肩を怒らせながら立ち去っていく。
「ミリィ。ユメミと何かあったの?」
今のやり取りを見たイツミが、ミリィに事情を尋ねた。それにミリィは、
「なんでもないです」
と答えて、深い溜め息を漏らすのだった。
【イツミのエンマ帳】
ミリィが優秀な成績で入門してきた。
でも、直感頼りの天才だったのは、ちょっと意外。この先、不安が残るわね。