王者
そこに、居たのは、
一言で言うなら王様だった。
いや、服装とかじゃなくてね。
『…足りない』
その男は30後半のような容貌で、服装は黒いマントに装飾刺繍の凝ったスーツと、どす黒いオーラを纏っており、
足りない、もっともっと、と何かを求める呟きの言葉を絶えず漏らしている。
あー、これ、前に立ったらダメなタイプの王様だ…
係わっちゃ駄目なタイプだ…
ゆっくりと後退りし、全力で撤退しようと、後ろを振り返る。
…嘘、
そこには、扉が無かった。
無かったというか、
扉ではなく、色や材質を失い、石膏の様な…
ただの模様のような、人を決して通すことの無い壁に変わっていた。
『強者よ…
ここは、創造主の理に唯一通じる世界、
我は、門、この世界を守る者』
王はゆっくりと立ち上がり、左手に持つクリスタルを掲げ、持ち上げる。
それとほぼ同時に、
背後から大量の硬貨が飛び去った!!
慌てて振り替えると、タペストリーが、柱が、シャンデリアが…
この部屋にある絢爛豪華な品から、硬貨が飛び出し、飛び出した後に残った物は、
地面に伏せる暇さえ無く、朽ち果て、形を失い、塵さえ残らず…
ぼくの歩いてきた道が、次々と色の無い、
門に辿り着くまでに歩いた通路のような、岩を切っただけの、無骨な姿へと変貌していく。
「嘘…でしょ?」
驚愕に目を見開きつつ、再び王に視界を戻すと、
その飛んで行くコインが、クリスタルに収まりきる直前で、
僕の顔を見て、王は微かに嘲笑った気がした。
『無知か、我の存在すら知らぬか』
王はそう呟くと、クリスタルに手を突っ込む。
「御主、ポータブルを所持している姿を見るに、プレイヤーであろう…
では、貴様らに分かるように自己紹介してやろう。」
王は、そういうと、『当たりか』と呟いた後、クリスタルから手を引き抜き、
青白いオーラを纏った、まるで伝説の剣のような武器を取り出し、剣先を僕に向けた!
『我は、ダンジョンマスター… レベル99』
あ、これはヤバい奴ですね。
まず刃物ってさ、こっち素手だよ…
どうしようかと、
あっちへキョロキョロ、こっちへキョロキョロしていると、腹部に突然の激痛が走る!
次の瞬間に、後ろへ引っ張られ、
天井、石の扉、カーペットが、ぐるぐると視界を回り、
カーペットに押し付けられるように勢いを擦り消し、ようやく動きを止めた。
じわっと腹部に痛みが染み渡り、胃の中がひっくり返る感覚に蝕まれる。
。
「ぐぷぇ…」
『…立て、転がるものを踏みつける事に、趣味も趣も感じぬ。』
右手で口元、左手でお腹を押さえつつ、相手の方を見ると、スラッとこちらに向けて伸びていた足が、おりたたまれ、刀を構え直している姿が見えた。
腹蹴り一発… いきなり腹とか… いや、刀を持ってる時点で、それが?って感じなんだけどさぁ…
「刃物と素手はきついと思います!」
『…その強さで何を言っている?』
強さってなんだっけ…
『ふん…ここに来れること事態が異常だ、
アイテムを全て落としたか…』
王は舌打ちしつつ、空中に浮いているクリスタルに手を突っ込む、
『我は今、機嫌が良い、地の伏す其方に、施しをやろう。
そして、足掻け、全てを否定して、抹消してやろう。』
そう言うと、クリスタルから手を引き抜き、鞘に入った日本刀と、装飾の凝った瓶を投げ捨て、ぼくの前に音を上げて転がる。
一瞬、割れる!って思ったけど、そんな事は無いみたいだ、
ビンは日本刀とカーペットにぶつかってしまってるけど、そんな様子は微塵もない。
僕は、お腹をさすりつつ、瓶と、刀を拾う。
瓶は250ml位の容量で、中にはキラキラと光る何が入っている緑色の液体が入っている。
栓のロックを外し、栓を抜いて一口飲んでみる、
んんんんん、なにこれ!
深いコクに、豊かな味わいが身体中に広がる!
「…◯鷹、」
『ん、何か言ったか』
「いえ何も、」
あれ、お腹痛くない…
『回復しただろう?
さぁ…』
「あ、ちょっ、まってぇ」
瓶の蓋をして、どこに置こうかと右往左往していると、呆れたように、相手が呟く 。
『ポータブルにしまえば良かろう…
何故私が、そこまで御主の面倒を見らねばならんのだ。』
…ダンジョンマスターさんのジェスチャーと同じように、小瓶を機械に近付け、押し付けると、いつかの水晶みたいにぽちゃんと音を立てて、中へ入る。
おおー…
『…構えろ、』
これ構えなければ、戦わずにすむんじゃない?
ヒュン…
目の前をハラハラと前髪の髪の毛が散る。
あ、はい、許されませんよね? そうですよね。
とりあえず、鞘を腰に巻き付けて、落ちないように固定して…
刀を鞘から引き抜く。
「…抜刀“小烏丸太刀”」
鞘が光り、その光の鞘から、光を溢れさせつつ、それを、招来する。
『…なんなんだ、その刀は、
何なのだ!其方は!!』
抜刀した、先端両刃刀の名刀を担ぎつつ、それに答えた、
「僕は、ユウキ
天野 祐紀、其方じゃない」
そのまま、左手をフリーに、右足を半歩ずらし重心を左足に乗せる。
一歩!
風を含ませた翼を羽ばたかせ、推進力に上乗せ、蹴り飛ばされた距離を一気に詰め、刀を振り下ろす!
『ッッ!?』
敵は、僕の振り下ろした刀を、刀で受け止め、
体重の乗せた僕の一撃を、左へ受け流す。
完全に空中に浮いていた、軽い僕の体は、受け流された刀に振り回され、回転しようとする。
『!?? 何!』
半回転し刀の切っ先が受け流している相手の刀と離れるとが同時に、
回り上がってきた自分のフリーの左手で、一撃を反らす為に上がった、相手の左手の肩口を掴み、引き寄せ、相手を乗り越える。
そして、掴んでいた手を離し、翼で再び、宙に浮いた体に推進力を得て、
背中に蹴りを一発入れた。
不意を付かれた上に、無理矢理、引っ張られて上を越えられた敵は、
重心がずれていたのだろう、
僕の蹴りでも、体制を崩し、地面を転がった。
「はい、これで1-1…
あ、地面を転がった回数ね。
へぇ、こんな風に見えてたんだね、そっち側《扉側》って、」
唖然とする、相手の顔を見つつ、切っ先を相手の顔に向けた。
『クッククク…ハハハッ…
騙されていた、様だな』
地に伏せる王は、マントを翻し、剣を握り直す。
『そうだ、当然の話だ
何故、ここに、お前が来ているかを考えれば当然だった。』
彼の背後が、更に色と形を失い、硬貨がクリスタルに次々と吸い込まれていく、
握る剣が光をどんどん強めていく。
『そして、我がしなければならぬことも、はっきりと!』
んんー、よいしょっと、
おお、ふっかふか、さすが玉座は良いもの使ってるね。
『我は倒さねばならない、世界を脅かす、力を持つものを…』
「あー、申し訳ないんだけどさ、長引かせたくはないんだよねぇ。」
名残惜しいけど、玉座から直ぐに立ち上がり、
翼のメモリーを、機械から引き抜き、機械に手を当て、力を籠める。
機械はそれに答えるように、姿を変え、
メモリーの差し込み口が、先程の場所の下に、もう1つスロットが開いた。
「だからね、おしまいだよ。」
翼のメモリーをそのスロットに差し込み、機械が一瞬光る、
みなぎる力を感じる…
翼が逆立つように広がり、周囲に羽がヒラヒラと舞い上がる…
ゆっくりと目を閉じ、小烏丸太刀を真横に肩くらいの高さまで持ち上げる、
「記憶、解放…」
舞い散る羽が、白色の砂に解けていき、光の帯のように、刀に巻き付き周囲を巡る。
『…貴方は、何故こんなところに…』
僕は目を開き、帯に包まれたそれを、敵に向けた。
「バァァァアアスト!!」
炸裂、その先端から、質量のある光が渦を巻いて、詰め込まれた水が溢れ吹き出すように、
残っていた、柱、カーペット、大きな扉、敵は関係無く、全てを巻き込んで凪ぎ払う!
15秒程、その渦は続き、全てを凪ぎ払った後、その帯は、刀ごと朽ちていく、
「…勝てた、のかな?」
渦が終わった後には、目の前にはほとんど何も残っておらず、
羽根の駒は、機械から抜けており、僕はいつもの姿のまま、地面に膝をつく、
…確認しとかないと、
少し息を整えた後、駒を拾ってポケットに入れて、地面に転がる相手の側まで行く。
地面にはクリスタルと黒いボロキレに纏われた姿となった相手が転がっている…
とりあえず、クリスタルで色々してたから、取り上げて…
ささっとクリスタルを拾い上げ、これも逆のポケットにいれる。
…あれ、この人、こんなに小さかったっけ?
「お前はァァアアア」
!!?
突然、怒鳴り声が響き渡り、
声のする方向、門があった方へ顔を上げると、足が視界に入った。
「何をやっているッッ!!!!」
次の瞬間、柔らかい感覚の後、顔面をその太ももが捕らえ、そのまま両足で固定したまま、地面にその体重ごと、頭から叩きつけられる!
何も考える暇も無く、一瞬で意識が飛んでいった…
1月3日 微調整、