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第6話




 その日の夜。


 メビウスの仮想世界から戻った俺は、フワフワと覚束ない足を引きずるように帰路を歩き、どこを歩いてきたのか自覚がないまま自宅のボロアパートへと帰宅していた。


「すごい体験だった……」


 絨毯一枚敷いていないフローリングの上で仰向けになり、大の字に両手両足を広げて初体験を振り返っていた。


 チュートリアルを終えて抜けた先には、薄暗い洞窟の迷宮が広がっていた。メビウスは自動生成ダンジョンを基本としており、第一層であっても正規ルートや攻略ルートは存在しない。

 外部オペレーターがマッピング作業と誘導を行い、ダイブしたプレイヤー二人がエネミーを排除しながら一歩ずつ進んでいく。


 エネミーを倒した時に得られるドロップアイテムを一つ一つ確認しながら。確保するアイテム、捨てるアイテムを選んでいく。

 メビウスのアイテムボックスにはかなり厳しい重量制限があり、メビウス内で使用できる現実と同じ電子マネーによって倉庫拡張の権利を購入していかなければ、自分の装備すら一式揃えることが不可能なほどだった。


 だが、各所に設けられた保管BOXにまでたどり着けば、比較的大容量の倉庫を自由に使用することができ、その中に収めたものを競売所で取引することもできた。


 そして、その取引に使われる通貨も、現実と同じ電子マネーの一つなのだ。


 鵺耶ややちゃんや泰造おじさんが、俺の生活費を稼ぐ手段としてメビウスを勧めてくれた一番の理由がここにある。


 死ねば全てを失うメビウスでは、電子マネーによる武具やアイテムの取引が盛んに行われており、二田万高のような大型筐体の提供を受けた学校だけではなく、アミューズメントパークに設置された筐体からでも個人情報の登録で取得したアイテム情報を持ち運ぶことが可能であり、公式ホームページからログインすることで自宅から競売所での取引を設定することが可能だった。


 メビウスで生活費を稼ぐプレイヤーも数多く、最速踏破は無理でもある程度以上にまで育て上げたアバターを使い、レアアイテムを探してダイブを繰り返すプレイヤーたちを、視聴者たちの多くは冒険者と呼んだ。

 その冒険者の多くがレアアイテムを競売所に出し、高額落札された電子マネーによって自身の生計を立てている。


 まだまだ日本全国で見ても十分な数が設置されているとは言えないメビウスの筐体だったが、10億ドルの賞金レースもあり、最速完全踏破に少しでも有利に働くレアアイテムには、数万から数十万——URウルトラレアの中でも、特に優秀なオプションを備え付けたアイテムには百万を超える金額がつけられていた。

 その一つでも一回のダイブで取得できれば、毎日通う必要などないほどに生活費を稼ぐことが可能なのだった。


 そして配信サイトであるJustice.TVにもサポーターシステムというのがあり、企業サポーターや視聴者が配信サイト越しに配信チャンネルに対して電子マネー送金を行い、プレイに対する感嘆や声援、プレイヤーたちを応援する気持ちを形に表すことができる。

 その額は最小単位から視聴者の自由に決めることができ、鵺耶ややちゃんたち煮卵TVでは、一回の配信で数千から数万ものサポートを受けていたという。


 初めてのメビウスを体験した後、そんなメビウスが流行しているもう一つの理由を鵺耶ややちゃんから聞いた。


「メビウスかぁ……」


 真っ白な天井を見つめながら、ゲームとしてのメビウスの面白さ、最新技術によって作られた現実としか思えない没入型仮想世界、そして電子マネーを稼ぐことができるという、あまりにも現実的な機能。


 肉体労働はおろか、事務仕事すらままならない俺の体力を考えれば、決して苦手ではないゲーム世界での金策は、正に天職とも言えた。

 それに煮卵TVは俺を入れて四人編成。競売所やサポートシステムによる収益のうち、四〇%を生徒会運営費に回し、残り六〇%を公平に四分割することになっている。


 第一層からの再スタートになったため、序盤のうちは取得ピックできるアイテムの売却金はそれほど期待できないらしい。

 それに加えてトッププレイヤーの一人だったΔ(デルタ)ドライブが抜けたため、最前線の配信に多数の視聴者が集まるメビウスでは、配信による収益も以前より大分減るだろうと予想されている。


 今日の配信は第七層で全滅した後の一回目の配信でもあり、再出発を見守る視聴者や、Δ(デルタ)ドライブ脱退の真偽を確かめる視聴者が大半だったのだ。


 それでも——お金に余裕が生まれればこの殺風景な部屋に家具でも置きたい——そう思えた。TVもない、ラジオもない、携帯電話すらなくて、壁際にはFAX搭載の固定電話が一台置かれているだけ。


 ボロアパートの薄い壁の向こうからは、夜間にも関わらず垂れ流されている陽気なラテン音楽が聞こえ、反対側からは口論する男女の声がうっすらと聞こえていた。

 子守歌には似つかわしくない陽気な音楽と聞き取れない喧騒を聞いているうちに、だんだんと睡魔が体全体を覆ってきた。


 もぞもぞと体を動かして布団がわりの寝袋へ移動すると、潜り込むように頭から入りこみ、意識が途絶えるようにしてその一日を終えた。




 次に意識が目覚めた時、俺の視界は真っ白な光に包まれていた。


 あっ——これ夢だ。


 今見えているものが、瞬時に夢だと判る瞬間がある。目がくらむ程ではない柔らかな光に照らされ、真っ白な空間に一人横になっている俺がいる。

 いや違う、ここはきっと水の中だ。だって眩い白色から目を背ければ、そこには青い水色が広がっているのだから。


しかし——周囲には魚も岩礁もない、ただ真っ青な水の中だ——プールの中だろうか?


 久しぶりの海、もしくはプールだ。夢の中ではあるが一泳ぎしよう——と思ったが、金縛りにあっているのか、朧げな意識があるだけで体は動かない——いや、意識と繋がる先に俺の体があるのかさえ判らない感覚だ。


 それを自覚した瞬間——急に全身を恐怖が駆け巡った——それは孤独という恐怖だ。水の中に俺一人、体が動かず泳げない、助けもいない。


 、このままじゃ溺れ死ぬ! 誰か助けてくれ! 誰か!!


でも口は動かない、息をしていないのか、泡すら吹き出ることはない。とにかく上だ、あの白い光を目指せば水の外に出られるはずだ。そこなら安全だ——そこに安らぎがある。


俺には判る——!

 



「——さむっ」


 次に視界に入ってきたのは、青い水の中ではなく寝袋の青い裏地の格子柄だった。頭から寝袋に入り込んだため、本来なら足側に頭が来ている。


 まさか、漏らしていないよな? なんていらぬ心配をしながらモゾモゾと後退して寝袋から出る頃には、夢で感じた恐怖のことなんてすっかり忘れ、冷え切っていた部屋で一人ため息をついた。


「はぁ〜、やっぱ朝は寒いな……」


 両腕を交差させて二の腕を摩りながら、なんで俺は見た目にも寒そうな青い寝袋なんて買ったのだろうか? そんな疑問を今更に感じながら足で寝袋を壁際へ寄せると、コンビニで買った白い小さな目覚し時計を拾い上げて時間を確認した。


 ——朝の四時、起きるにはまだ早すぎる時間だった。


 僅かな時間、ゆっくりと同じ間隔で時を刻んでいく秒針を見つめ、朝風呂にでも入って目を覚ますか、まともに食べていなかった夕食がわりに朝食を作るか、それとも目覚ましを改めてセットし、再び寝るか——その答えは考えるまでもない。


「——寝よ」


 壁際に寄せた寝袋に再び潜り込み、目覚まし時計は万が一に備えて頭の横に置いておく。これで二度寝しても寝坊はしまい——。


 俺は再び夢のプールの中へと飛び込んだ。




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