第13話
学校帰りにコンビニで夕食を買い、ボロアパートの錆びついて抜けそうな鉄階段をカツンカツンと鳴らしながら登っていき、我が愛しきワンルームへと帰って来た。
電気ケトルに水を入れ、沸騰するまでの僅かな時間を利用して空のコーヒーカップにスティックコーヒーを開ける。
未だにテーブルもないフローリングに買い物袋をおき、コンビニで温めてもらった弁当とサラダを広げてささやかな夕食を食べ始めた。
メビウスで取得したアイテムを競売所で捌き、配信サイトの投げ銭——サポーターシステムでグループに送られた支援金は事前に決められた分配ルールに沿って分けられ、俺の元にも幾ばくかの電子マネーが分配された。
その総額は同日数をアルバイトに費やした場合よりも数倍多く、アイテムドロップやサポーターシステムに左右される収入ながら、人ひとりの生活費としては十分な収入と言えた。
それでも、日々の食事を欲望のままに買い漁っていてはすぐに金は消えて無くなる——それに、弱り切った俺の胃袋は脂っこい物や濃い味付けをすんなり受け入れられるほど回復していなかった。
ならコンビニ弁当なんて食べなければいいのに——と鵺耶ちゃんはよく言うが、自炊するのも面倒なのだ。
自宅へ戻ってからのオフタイムは俺にとって最も孤独で暇な時間であり、俺という人間がどういう人間なのか、それを否応がなく実感させられる。
まるで現実感のない生活——こんな監獄のような空間で更に自分一人の食事を作るなど、それは俺にとって拷問にも等しい。
むしろ、メビウスの中でエネミーたちと仮初めの命をかけて戦っている方が、より生きているという確かな実感すら感じる。
こんな時間は早送りにしてしまいたい——さっさと寝るべきだ。
今夜も聞こえる陽気なラテン音楽に、壊れたラジオのように同じような喧嘩している男女の声——毎晩のように聞こえてくるいつもの雑音をスリープサウンドにし、布団替わりの寝袋に潜り込んだ。
翌日の放課後から、煮卵TVは再びメビウス第一層の攻略を開始した。
「燃えろ!」
カラミティージャッジメントの基本攻撃属性は切断/打撃の大鎌が持つ基本属性に加え、炎属性も併せ持っていた。
これにより、エネミーに攻撃を加えると一定確率で炎上させ、スリップダメージを与えることができる。
今もビッグアシッドスライムたちを相手にカラミティーを縦横無尽に振り回し、切断・打撃耐性を持つスライムを炎上するまで斬りまくっていた。
同時に、七罪スキルを扱う練習台としてもスライムは優秀だ。その移動速度の遅さ、攻撃範囲の短さ、エネミースキルのアシッドブレスは予備動作が大きな放物線軌道の球体を吐き出す攻撃で、回避するのは難しくない。
「《傲慢》!」
一体のスライムを炎上さて距離を取り、すかさず無傷のもう一体へ七罪スキルの《傲慢》を放った。
全く届かない距離から石突を突き出すと、その上に載っていた蛇の目が真紅に輝き、スライム目掛けて飛びかかった。
中空を蛇行しながら伸びていく胴体はカラミティージャッジメントの柄に巻きつく長さ以上に伸びて行き、洞窟道を塞ぐほどに大きなスライムの巨体を締め上げ、その首筋? 付近に噛みついた。
感じる——蛇の体を通してスライムから熱い何か、エネルギーというか、もっとゲーム的に言えば、ステータスを没収している感覚が。
ステータスウィンドウを確認すると、攻撃力とMPの数値が赤く変化し、飛躍的に数値が向上していた。
攻撃力は全ての攻撃行動に影響するが、MPに関しては魔法的なスキルの利用に消費する数値だ。
シルバーメイスで俺が使っている《ヒールサークル》や《ディバインシールド》は、クールタイムだけでなくMPも消費して使用している。
「オラァァァ——!」
《傲慢》で強化された攻撃力でスライムを切断耐性の上から横断し、縦断し、細切りになるまで斬り裂いた。
「《傲慢》!!」
そして二回目の《傲慢》を炎上する生き残ったスライムに放ち、さらなる力の没収を図ったが——これはステータス値を確認しても上乗せすることは出来ないようだ。
さすがに、無限にステータスを上乗せできるようなスキル性能じゃないか——まぁ、そんなことが出来たらメビウスは《傲慢》と遠隔攻撃だけで終わるか。
だが——。
「——《暴食》!」
炎上を続けるスライムを締め上げまま、もう一つの七罪スキルを発動させた。
巻きついた蛇は鎌首を上げてスライムを見下ろすと、瞬く間に蛇頭を巨大化させてスライムを一飲みにした。《傲慢》の時と同様に、蛇身を通してスライムの能力を消化吸収する熱さを感じる。
HPは減少していなかったので捕食によるHP回復効果がどれほどかは確認出来なかったが、ステータスには切断耐性と打撃耐性が追加表示されていた。
ビッグアシッドスライムの捕食で取り込める能力はコレか——。
「どう、七罪スキルの使い勝手は?」
「悪くない——けど、コレは膨大な情報収集が必要かも、《傲慢》を仕掛ける効果的なエネミーの選別に、捕食して得られる能力の把握と消化時間の計測——調べる項目は膨大だ」
捕食と同時に消滅したビッグアシッドスライムを見て、後方で観戦していた鵺耶ちゃんが隣まで歩いてきた。
「切断耐性に打撃耐性ね……《傲慢》のデメリットを考えると、打ち消しあって非効率ね」
その通りだ。捕食しすぎると最大HPが一定時間減少する《暴食》と、被弾すると一定時間攻撃力がゼロになる《傲慢》、それらのデメリットと強力なメリットは、必ずしも並び立って俺の役に——俺たちの役に立つわけではない。
耐性効果を手に入れても、被弾ダメージをゼロにできるわけではない。たとえ1でもHPが減少すれば、《傲慢》の効果が切れてしまう。
重複してプラスになる組み合わせ、マイナスになる組み合わせ、今後も増えていく七罪スキルのメリットとデメリットも考えると、使いこなすには相当な知識とアドリブが必要になりそうだ。
「その辺りの情報は私とサナで収集しておきます。デブゥには資料を束にして渡しますので、翌日までに読破しておいてください」
パタパタと羽ばたきながら、一瀬副会長が操作する天使がA4サイズの紙の束を見せつけるように指でノックしながら、俺の視界正面に滞空している。
そんな装飾品も存在しているのか——と内心思いながらも、ネット環境を持たない俺にとっては情報を収集してくれるのはありがたい。
しかし——。
「じょ、情報はなるべく判りやすく、コンパクト……にね」
「デブゥにも判るレベルでまとめておきます」
【g:情報収集ったってエネミーの配置や種類もランダムだし、相当な量になるぞ】
【g:トップグループで七罪スキルを本気使っている奴いないからな】
【マガツ: 最速踏破を考えれば、攻略の遠回りになる情報収集は時間の無駄だしな】
【g:でもロマンなんだよなぁ、七罪スキルとジャッジメントシリーズ】
「サポートは任せてくださいッ! 煮卵TVはメビウス最速踏破と、七罪スキルを使いこなす唯一のグループを目指して頑張って行きますよ〜!」
【g:これは応援せざるをえない】
【g:煮卵〜がんばぇ〜】
【g:無理だと思うけどな】
【総司:そういうこと言わない】
【ゴン左ェ門:豚はいいからオクトの活躍を映してくれ】
七罪スキルとカラミティージャッジメントを使い続けることに賛否があるのは当然のことだ。だが、これがグループの決定なのだから、俺たちは——俺は突き進むだけだ。
その後もエネミーとの相性を調べながら七罪スキルを放ち、同時にマップの隅々にまで顔を出しながらトレジャーBOX探しや、ドロップが美味しいエネミーを探して洞窟道を進んで行った。
その日は鵺耶ちゃんたち生徒会執行部の面々に生徒会本来の仕事が残っていたため、探索を早めに切り上げて配信を終了することになった。
生徒会長の執務机と長机が並ぶ生徒会室側に三人は移動したが、俺は一人外部オペレーター用のPCを使って週末の予定——早苗ちゃんとのデートコースをどうするか、下見を兼ねてネット検索を繰り返していた。
校内からのネット接続のため、著名な大規模掲示板やまとめサイト、他にも大人な娯楽サイトなどには繋がらないように規制されているが、二田万駅に併設されている駅ビルや、駅前付近の家電屋を調べるのには苦労しなかった。
「俺が事故に会う前はこの駅ビルまだ未完成だったよなぁ——」
二田万駅の駅ビルは5階建てで、各階にはファッションフロアや本・音楽、レストランなど、多種多様な施設が入っていた。
長閑な住宅街と自然の山々が広がる二田万市では、唯一と言っていいほどの大商業施設だ。
駅ビルの周辺には映画館やボーリング場など、様々な娯楽施設が建ち並ぶ。スマートウォッチを販売する家電量販店も見つけることができた。
「駅ビルで待ち合わせ——ここでスマートウォッチを買って……映画かボーリング……いや、早苗ちゃんの言動を考えると、もっとマニアックなパーツショップかゲームセンターの方が……」
ブツブツとデートプランを練りながら、ついでに駅ビル最上階のレストランにディナーの予約をネット経由で入れておく。
窓際の一番奥——壁面全てがガラス窓になっていて、ネオンきらめく二田万の歓楽街を一望できる特等席——と、レストランのサイトには書いてある。
そして、決戦の舞台はここ——二田万中央公園。この週末土曜日から、中央公園では秋のイルミネーションが点灯する。
俺が小学生の頃から行なっている恒例イベントで、クリスマスまで続く夜の人気デートスポットだ。
早苗ちゃんの出身地を聞いていないが、このイルミネーションの下で告白されるのは二田万の女子中高生が最も憧れるシチュエーションであることは有名だ。
ここでいい雰囲気を作り、まずはお友達——はすでに越えているか。結婚を前提に——は飛躍しすぎていし——素直に、さり気なく、“付き合ってくれ”の一言が言えればそれでいい。
「ジロウ〜? そろそろ帰るわよ」
全ての準備を整えてPCの電源を落とすと、ちょうど鵺耶ちゃんたちが生徒会の仕事を終えてこちら側に顔を覗かせたところだった。
「こちらも丁度終わったところだよ、帰ろう」
ほとんど勉強道具の入っていないカバンを手に取り、俺も鵺耶ちゃんたちの後を追って生徒会室をあとにした。