第12話
鍵をちゃんと手に入れたことで、コメントや実況解説の早苗ちゃんと一瀬副会長も一安心といった話に興じている。
「《傲慢》っていうこれは——スキルメモリー?」
「そうよ、それが獄炎の限定武器の肝であり、最もプレイヤーたちを悩ませるスキルなの」
ルシフェルトが消滅したことで、広場の端にまで下がっていた鵺耶ちゃんが近くにまで寄ってきた。
「へぇ、どんなスキルなんだ?」
スキルの詳細を確かめようと、インベントリウィンドウに手を伸ばしたが——。
「まずは限定武器を手に入れましょ」
鵺耶ちゃんの言葉を聞き、確かにスキルメモリーよりも限定武器を確かめるのが先だと判断した俺たちは、ルシフェルトを倒したことで開いた細い通路を進み、その奥にポツンと置かれた小さな宝箱の前に行き着いた。
「……地味だな」
それが宝箱——古びた黒い鉄製の箱を見た第一印象だった。
「EXダンジョンだけでなく、この地味な宝箱がメビウス内で最高級のトレジャーBOXだから覚えておいて」
「これが最高級——まぁいい、とりあえず開けよう」
今さらグラフィックデザインに何をいっても始まらない。疑問はエリアの向こうにでも放り投げ、手に入れた[古びた鍵]を使ってトレジャーBOXを開けた。
【カラミティージャッジメントを手に入れた】
「おぉ! なんかカッコイイの手に入れた!」
「それが獄炎の限定武器、ジャッジメントシリーズよ」
アイテムを入手したログを確認し、すぐにインベントリを開いて武器の詳細を確認する——。
[カラミティージャッジメント]
地獄の裁判官ミノスを象徴する大鎌。欲望に負けた者たちの大罪を暴き、裁きを与える。
ほぅ、ミノスというのは神曲という大長編叙事詩の中に登場する地獄の裁判官の名だ。
短いフレーバーテキストだけでは詳細が不明だが、ダークサイスを遥かに上回るURに相応しい攻撃力。そして何よりも目を引いたのは、スキルメモリーの空きスロット数だ。
「七つもスキルスロットがある」
「そう、ジャッジメントシリーズはメビウスで確認されている武具の中で最大数の空きスロットを持っているの……けれど」
「——けれど?」
俺の真横から鵺耶ちゃんがインベントリウィンドウを覗き込む。薄紫色の髪をかきあげながら上目使いでこちらを見るので、鵺耶ちゃんの綺麗なアバターフェイスが俺の目と鼻の先にまで近づいた——。
「オクト、近づきすぎです」
——その僅かな隙間に、一瀬副会長が操作する外部オペレーターである小天使が俺の顔を押しのけて割り込んできた。
【ゴン左ェ門:オクトのキス顔キター!】
【g:顔近い】
一瀬副会長が手に持つ棒付きのカメラがオクトの真正面に向いたことで、配信画面ではアバターフェイスのドアップが映し出されたようだが、それに沸くコメントに一瀬副会長は即座に反応し、カメラの棒をクルッと小さな手の中で回転させ、真後ろにいる俺の眼前にレンズを向けた。
【ゴン左ェ門:ンー ぎゃぁぁぁぁ!】
【g:美少女からオークに!】
【g:め、目がぁー潰れるー!】
「限定武器入手おめでとうございます! ジャッジメントシリーズは七つの空きスロットがありますが、そこには通常のスキルメモリーを挿すことが出来ませんッ!」
「えっ? じゃぁ何が挿さる——って、まさか!?」
一瀬副会長に続き、早苗ちゃんが操作する外部オペレーターのピクシーもやって来た。俺の肩に座り、インベントリウィンドウに表示されているスキルメモリーを指差す。
「そうですッ。先ほど手に入手した《傲慢》のスキルメモリー、七罪シリーズがジャッジメントシリーズに対応した専用スキルなのですッ!」
つまり、カラミティージャッジメントなどの獄炎で手に入るジャッジメントシリーズは、同じく獄炎でのみドロップするスキルメモリー、七罪シリーズがなくてはその性能を完全には発揮できないということらしい。
この七罪シリーズは競売所にも流せるので、七つ全部をエネミードロップで入手する必要はないそうだ。
とはいえ、隠しダンジョンで獄炎エリアを引く確率は1/5、元々ドロップ率も低く、通常エリアで死ねば所持品ロストを伴うメビウスにおいて、特定のスキルメモリーや装備品が競売所に溢れ出ることは殆どない。
使い手の少ないジャッジメントシリーズの専用スキルメモリーではあるが、その特性や厨二的ネーミングの格好良さから、自分こそが唯一の使い手に——と、七罪シリーズを集める者も決して少なくはない。
俺が本当にこのカラミティージャッジメントを使っていくのなら、七罪シリーズは可能な限り早く集める必要がある。その判断をいち早く下す為にも、まずは装備して見ることにした。
【このアイテムを装備すると使用者登録がなされます。競売所への登録及びパーティーメンバーへの譲渡が不可となります】
システムがUR特有の使用者登録の注意メッセージを表示してきたが、もちろん装備するに決まっている。ポップアップしている確認ボタンをタッチし、ダークサイスからカラミティージャッジメントへとメイン武器を変更した。
「おぉ——」
俺の両手に収まる大鎌は、EXダンジョンの獄炎をそのまま体現したかのようなデザインだった。
大きな曲線刃は漆黒の刃と鮮血にも似た噴き上がる炎の紅が描かれ、その反対側にはルシフェルトが見せた十二枚の翼に似た意匠が施されている。そして赤黒い柄には一匹の蛇が巻きつき、鋭い石突部分に大きな顎門を載せていた。
「アガリアがドロップした七罪シリーズの一つ、《暴食》も渡しておくわ」
装備したカラミティージャッジメントに感動していると、鵺耶ちゃんからアイテム受け渡しのメッセージが表示された。
「おぉ、もう一つ!」
「《傲慢》と《暴食》とは……デブゥにはお似合いのスキルから揃いましたね」
【g:ジャッジメントシリーズのデザインはやっぱカッコいいな】
【g:七罪スキルが最初から二つあるのはいい兆候だな】
【ヨイチ:傲慢と暴食って効果なんだっけ?】
「《傲慢》は一定条件下での能力強化、《暴食》はエネミーを捕食してHP回復や特殊オプション取得ですねッ!」
早苗ちゃんがコメントの内容に反応しているうちに、空きスロットへ《傲慢》と《暴食》を挿し込む。
そして改めてスキルの効果やクールタイムを確認すると——。
《傲慢》
相手から身体能力を没収し、自身に取り込んで身体能力を飛躍的に向上させる。しかし、スキル発動後よりHPの減少が起こった場合、傲り高ぶった罰を自らが受けて効果が消滅し、一定時間攻撃力を失う。
《暴食》
エネミーを捕食し、自身のHPを回復することができる。また、捕食したエネミーの能力を自身の能力とし、消化しきるまでの間使用することができる。しかし、暴食に溺れると腹を壊し、逆に自らの最大HPを一定時間激しく減少させる。
——面白い効果を持っている、クールタイムというデメリットがない代わりに、死に直結する身体能力低下を受けるわけか。
だけど、これは遊び半分で使えるスキルじゃないな——。
「オクト、正直に言って欲しいんだ。このジャッジメントシリーズってメビウス最速踏破の助けになる?」
「正直に……」
メビウスはグループ一丸となって挑まなくてはクリアできないゲームだ。死亡すれば所持品ロストと言う大きなペナルティーが存在する以上、自分の好みだけでプレイスタイルや装備を決める訳にはいかない。
パートナーとの連携が必須のメビウスでは、お互いの武器やスタイルをしっかりと受け入れた上でプレイしなければ、最速踏破など夢のまた夢。
鵺耶ちゃんは俺の目を真っ直ぐに見ながら少しの間思案すると、ハッキリとした口調で答えてくれた。
「……なるわ。七罪スキルは相手の能力に制限をかけ、プレイヤーを強化するスキルばかり、階層ボスにも効果があることはすでに証明されているし、角煮先輩がそれを本気で使いこなすつもりなら、私は何も文句はない」
「——なら、俺はこれを使いこなしてみせる」
身体能力を強化するバフと、弱体化させるデバフ。その能力はゲーム終盤になればなるほど効果を増す。それは一般的なゲーム好きなら誰でも知っている常識だ。
だが、メビウスで確認されている数多のスキルの中で、それらが一つのスキルで両立されているのは七罪スキル以外に見つかっていない。
まだ未発見のスキルの中にそれがあるのかも知れないが、現状で見つかっていない物に期待するのは愚の骨頂なのだ。
そうして、この日のダイブはEXダンジョンの攻略で終わった。これで第一層に潜ってから一週間が経過し、次回のダイブではマップがリセットされ、再び初期位置からのリスタートとなる。
ダンジョン内にあるログアウトポイントから生徒会室に戻ってくると、鵺耶ちゃんがポッド型大型筐体の入り口に腰をかけ、一瀬副会長と早苗ちゃんに明日以降の指示を出していた。
「小桜は競売所の七罪スキルにアラームをセットしておいて、凛子はジャッジメントの効果的な使い方、得手不得手なエネミーの情報をお願い」
「は〜い!」
「承りました」
メビウスの長時間ダイブ後は、全身にしっとりとした汗をかく——鵺耶ちゃんと俺はロングTシャツ一枚しか着ていないので、汗をかけば自然と体にシャツが張り付く。体のラインが露わになり、長い裾から伸びる白く綺麗な太ももがとても眩しい。
「お疲れさま」
「お疲れ、ジロウ」
「お疲れさまです!」
「おつかれさまです」
何時間も大型筐体の中で横になっていたが、それほど疲れた感覚はない。大型筐体はそのまま医療用ベッドに流用できるほどの機能を持っているため、プレイ中でも微弱な電流を身体に流すことで全身の血流を促進し、肉体疲労を軽減させる機能などを備えている。
「とりあえず着替えてくるよ。鵺耶ちゃんも早く着替えな、そんな格好じゃ風邪を引くよ」
太ももから視線を外して大型筐体の上に掛けておいたタオルをとると、わずかに湿っている首や腕の汗を拭きながら、俺の着替え場所となっている生徒会室の一角へと歩き出した。
「そうね——明日からまたリスタートだけれど、最初のうちは七罪スキルの使い勝手を確かめながら進むわよ」
「りょーかい、画面見ずにぶっぱしないように気をつけるよ——あぁ、そうだ。早苗ちゃん、土曜日だけど——十三時に二田万駅前でいいかな?」
背中に投げかけられた言葉に返答しつつ、週末の一大イベントのことを思い出して振り返った。
「あ、はい! 大丈夫です」
「あら、二人でどこかに出掛けるの?」
僅かに鵺耶ちゃんの声色が低くなった気がするが、表情は笑顔のままなので俺の気のせいか——?
「あ、あぁ、ガジェットのスマートウォッチが欲しくてね。早苗ちゃんに選ぶのを手伝って貰おうかと」
「ふ〜ん……」
鵺耶ちゃんの視線が俺——早苗ちゃん——一瀬副会長——そして再び早苗ちゃんに向き、興味なさそうに立ち上がって徐にロングTシャツを脱ぎ出した。
「——角田くん。いつまでそこに立っているつもりですか?」
「おぉっと、そうだった」
あまりにも自然に脱ぎ出すので、体が硬直して動けなかった——だが、誰よりも低く冷淡な一瀬副会長の声と視線に、慌ててその場を移動した。