第11話
【g:それにしても、角煮先輩よく動くなぁ】
【g:俺もそう思う、なんでルシフェルトの剣戟を被弾せずに受け流し続けられるの?】
【総司:メビウスの防御技術はインストールされた武術や武道を基本に構成されているけど、特殊カテゴリーはそれがない】
【g:防御が弱い大鎌でルシフェルトの攻撃を凌いでいる時点で、システムサポート外の技術で防いでるんでしょ】
【g:つまり?】
【総司:角煮先輩の中の人は……武術の超達人!】
【g:草】
【g:草】
【g:草生やすのやめろ】
【g:あー上手い! 断罪の炎にヒールサークル被せた】
【g:ルシフェルトはスタンしないからなぁ、オクトのスキル構成はちょっと合ってないね】
【g:さっきからオクトがスキル二つしか使ってなくない? 何か入れ替えたんじゃないの】
【ゴン左ェ門:お前、オクトの悪口言ってると○すぞ?】
「自由にコメントして構いませんが、不適切発言をされた方はBANしますよ?」
【ゴン左ェ門:すいません】
【g:あ、俺もなんかすいません】
【g:お、俺もすいません】
【みゆき:わたしもなんかすいません】
【g:この流れなんだよっっw】
【g:リンの冷淡な警告マジ最高】
「謝罪芸が一段楽したところで、二人の戦いに再び注目したいと思いますッ!」
「ルシフェルトのHPは半分を切ったようですね」
「はいッ! 角煮先輩がルシフェルトのヘイトを稼ぎ、オクトが斬り刻む編成が上手く回っています。与ダメージ総量はオクトが上回っていますが、断罪の炎に《ヒールサークル》を重ねることでHPを回復し、それがオクト以上のヘイトを稼ぐ結果になっていますッ」
「デブゥの割によく頭が回る。被弾直前に《ストームサイス》と《ゴーストステップ》を重ねているのもシナジー効果が高いです」
「いまや角煮先輩の特徴的なムーブになってきたスキル連携ですが、自分の頭上に振り下ろされる大剣をギリギリまで引きつけてカウンターアタックを狙うのは、とても勇気がいる行為ですね!」
「あそこまで引きつける意味はありませんけど」
「そ、それはほら……配信の絵的に盛り上がりますし」
「角煮先輩とは立ち回りについてもっとよく協議した方がいいかもしれません」
「それはあの……オークキング戦の前にでも……」
「ん? オクトがルシフェルトの後方に回り込んで距離を取った? どうやら、入れ替えた太刀スキルのクールタイムが終わったようです」
ルシフェルトとの第2ラウンドは、襲い来る慟哭の大剣をひたすらに受け流し、弾き返し、眼前に振り下ろされる一撃にスキルを合わせて背後に回る——その繰り返しだった。
一定間隔で放たれる断罪の炎には、即座にシルバーメイスを引き抜いてヒールサークルを被せた。
打ち合わせをした上でのスキル被せではなかったが、断罪の炎が放たれる間隔とその威力をみれば、ヒールサークルを置いておくだけで無効化できるとすぐに判断がついた。
だが、俺が出来るのはここまでだ。ダークサイスのレアリティーはRでしかない、その攻撃力は鵺耶ちゃんのムラマサに遠く及ばない。
ゲームシステム上、HPを回復させるヒールサークルが攻撃以上のヘイト値を稼ぐからこそ、ルシフェルトのタゲ(ターゲット)を取り続けられているが、それもスキルの準備が完了したこの一撃までの話。
鵺耶ちゃんのムラマサが放つ太刀スキルには、相手をスタンさせたりスキル攻撃そのものを破壊する対応型のスキルが多いのだが、もう一つの特徴として長クールタイム超威力という必殺のスキルがある。
その中でも、鵺耶ちゃんが最もお気に入りとして、スキル熟練度も高めに高めたスキルが——。
「《秘剣——」
【g:キターーーーー!】
【ゴン左ェ門:これを待っていた!】
【g:うっはwUR級の太刀スキル!】
【サトシ:これ欲しいけど、第5層とか絶対無理】
【g:階層ボスのレアドロップで、しかも競売不可という超レアスキル、まさかここで出すかー】
「オクトが持つ最高威力の太刀スキルがここで発動ーッ!」
スキルの発動宣言とともに、早苗ちゃんの実況とコメントの流れが急加速した。
そして、ルシフェルトの後方から鵺耶ちゃんが一筋の光となって超加速し——同時に、ルシフェルトの背中を追い越しざまの居合斬り。
駆け抜けた鵺耶ちゃんが俺の真横で急停止した瞬間——ルシフェルトを中心に眩いばかりの光球爆発が起こり、思わず目を背けた俺の足元には宇宙が広がっていた。
「すげぇ——」
現実ではない、ゲーム世界だからこそ出来る演出とでもいうのか、荒れ果てた大地が広がる地獄のようなEXダンジョンは消え失せ、俺は宇宙空間に浮いていた。
「ハァッ!」
光速の居合斬りを放った鵺耶ちゃんが振り返りざまに下から直上へとムラマサを斬り上げると、ルシフェルトの体が宙高く打ち上がった。
「——天流乱星》!!」
そして高らかに宣言されたスキル名と共に上段からムラマサが振り下ろされた瞬間、打ち上がったルシフェルトの周囲には無数の小銀河が生まれていた。
そして放たれる青白い流星爆撃がルシフェルトに降り注ぎ、最後には真っ赤に燃える恒星が直上より落下、超新星爆発を起こして目の前に広がる大宇宙世界ごとガラスが割れるようにバラバラに粉砕した。
「計算ピッタリね」
再び眼前に広がった地獄世界の中心部には、HPを大きく消し飛ばされたルシフェルトが瀕死の状態で倒れていた。
慟哭の大剣を支えに、ユラユラとフラつきながら立ち上がったルシフェルトの形相は、皮膚も筋肉もない頭蓋骨だけにも関わらず、激しい怒りに満ち溢れているのが見てわかった。
「オォォォォォォォ!」
そしてダンジョン全体が震えるほどの大咆哮と共に慟哭の大剣を地面に突き刺すと、ヒビ割れた地面はさらに大きくルシフェルトの足元を砕き、突如噴き上がった渦巻く炎柱がルシフェルトを包み込んだ。
「あ、あれは?」
「最終形態よ——あとは角煮先輩一人でやってね」
「えっ?」
「《秘剣・天流乱星》使用後は全てのスキルが長いクールタイムに入るの。本来はトドメに使うスキルなのだけれど、EXダンジョンのボスが落とす鍵はラストアタックに使われた武器種に対応しているわけ」
「ほぅ……つまり、大鎌のダークサイスで斬り倒せば、URの大鎌が手に入るチャンスが生まれると」
「——そういうこと」
ルシフェルトのHPは残り僅か、最終形態とはいえ俺一人でも削り切ることは可能だろう。そうと決まれば速攻でルシフェルトを——と一歩前に進み出すと、渦巻く炎柱が内側から弾き飛ばされて霧散した。
そして俺の眼前に立つのは、一二枚の漆黒の翼を広げ、全身がマグマのように燃え滾る炎に包まれたルシフェルトだった。
「おいおい、あれとやるのか……」
「気をつけてね。近づけば罪過のオーラを遥かに上回るスリップダメージを受けるし、第三形態はスキル攻撃範囲が見えないから、危険を感じたら回避大きく余裕を持って」
ルシフェルトの最終形態は明らかに危険なオーラを放っていた。しかもスキル攻撃範囲は見えない——第一層の階層BOSS、対オークキングの練習にもなるってことか。
まるで炎の魔神、燃え盛る堕天使——鵺耶ちゃんがHPの大半を消しとばしたとはいえ、俺の攻撃力じゃ一撃や二撃でゼロにできるHP残量じゃない。少なからず剣戟を重ね、しのぎを削りあうことになる。
だが、倒した先に待っているURの限定武器を思えば、やっぱ俺が一人でやるしかないよなぁ。
インベントリウィンドウを開き、事前に早苗ちゃんが競売所で落札しておいてくれた[青い回復薬]を取り出し、水晶のような角ばったアンプル容器の頭部をへし折り、青い液体を一気飲みにする。
無味無臭の青い回復薬は通常の回復薬と違い、一定時間の間徐々にHPを回復させる効果がある。
峠の太歳を狩る必要もなく、スリップダメージ対策が競売所で解決するのは非常に助かる。インベントリ内に持てる最大個数はそれほど多くないが、ヒールサークルと併用すれば接近戦を仕掛けても苦にはならないはずだ。
ダークサイスをバトントワリングのように回転させながら、こちらを標的に定めて威圧してくるルシフェルトに近づいていく。
【g:トドメは角煮先輩か】
【g:オクトはムラマサあるしな】
【g:限定武器を回すつもりなんだろうけど……】
【橘:獄炎じゃなぁ】
【g:え? 獄炎のUR使うつもりなの?】
【g:高層は無理でも、三層くらいまでならいけるだろ】
【g:むしろ使って欲しいわ、可能性見せて欲しいよあのクソ武器の】
【総司:クソってほどクソでもないだろ、どちらかって言うとクセが強過ぎる】
ある程度決着が見えてきたからだろうか、気づけばコメントの流れがルシフェルトを倒した後の話になっていた。
こっちはURの限定大鎌に期待しているんだが、チラ見するコメントの流れから察するに、本当にクソ武器なのかも知れない——。
「《ヒールサークル》!」
いやだが、使い手のいない限定武器を俺が使いこなす——メビウスでただ一人の使い手——。
「《ストームサイス》! からの《ゴーストステップ》!」
——なにそれ、超COOLなんだけど?
【g:いやでも、鍵がドロップするとは限らないんだけど】
【g;それなwww】
【g:特に獄炎は武器だけあってもしゃーないしな】
【殿様:そっちは競売で何とかなる、と言うか投げ売りされるしな】
ルシフェルトが炎で燃え盛る大剣を振り上げ、一瞬の制止——エネミースキルか?
まだ《ゴーストステップ》のクールタイムは終了していない。俺の後方でスルスルっと鵺耶ちゃんがルシフェルトの正面から左へ軸をずらしたのが視界の隅に見えた。
その動きが意味することを頭の中で整理するより早く、俺のアバターである巨漢が大きく左へ転げるように飛んだ。
その動きと同時に、振り下ろされた炎の大剣は爆炎を吹き上げて戦場となった広場の端にまで到達した。
「今のはエネミースキルの業火剣ですね。マップの端にまで届く火属性攻撃で、大剣部分の直撃を喰らうと角煮先輩のHPなら一撃で消し飛びますッ!」
「ルシフェルトが業火剣を放つのは二回ほど、HPがゼロ付近になると使用してくる最終スキルです」
「今の一撃は振り下ろしでしたが、稀に横斬りでマップ全体に業火が届くことがありますッ」
【g:別の配信チャンネルでルシフェルトと共倒れになったの見たわw】
【g:マジカルチャンポーだろw】
【g:第四層まで行っておきながらスキル読み間違えて全滅は草生える】
【ヒナト:日本人グループは第五層が越えられないからな、チャンポー期待してたのに】
【g:そう言う意味では煮卵に期待してたんだけど……】
【g:つか、Δ(デルタ)ドライブどこ行った?】
【g:そういや移籍話出た後聞かないな】
【g:海外のグループに新垢で参加してるんじゃない?】
【山さん:腹減った】
【g:お、ルシフェルト逝った?】
「討伐〜ッ! 最後はストームサイスからのゴーストステップで背後に回り、ルシフェルトの首を文字通り背後から斬り落としましたッ!」
「空きスロットの関係で強力なスキルメモリーを挿すことが出来ませんでしたが、準備しておいた青い回復薬が尽きる前にHPを削りきったのは及第点です。最後のLAなんて、オークキングが炎神装備のプレイヤーをKILLしたのかと見間違えました」
「なるほど〜それだけ最後の一撃には気持ちが入っていたのですねッ!」
先ほどのエネミースキルには驚かされたが、スキル攻撃範囲が表示されなくともメビウスがゲームである以上、スキル攻撃には特徴的な攻撃モーションが用意されている。その動きの違和感さえ察知できれば、スキル攻撃範囲の有無は問題ではなかった。
ルシフェルトの首をダークサイスの曲線刃で引き落とすと、炎を支配していたはずのルシフェルトが全身を激しく燃え焦がし、ボロボロと崩れて灰となった。
【古びた鍵を手に入れた】
【《傲慢》を手に入れた】
灰となったルシフェルトが光の粒子となって完全に消滅すると、アイテムの取得メッセージが出てきた。
これが限定武器を手に入れるための鍵——とりあえず、ドロップしませんでしたなんて悲しい展開にだけはならずに済んだようだ。