第10話
「さぁ、角煮先輩の《ハイドアタック》からBOSS戦がスタートしました!」
【g:やっと始まった】
【ゴン左ェ門:とりあえず、カメラはオクト中心で頼む】
【g:ルシフェルトかぁ、一番キツイのを引き当てるあたり、角煮先輩の運は悪い方に振りっぱなしだろw】
「そうなんですッ! ここ獄炎のボスは七体おり、そのうち何が待ち構えているかは完全にランダム! 中ボスの二匹もボスに対応して変化し、ルシフェルトと一緒に出てくるアガリアは爆炎系魔法を放ちまくる魔法使いタイプ、ブエルンは機動力のある魔獣タイプと、非常に厄介な組み合わせなのですッ!」
「デブゥの《ハイドアタック》は《ストームサイス》を使うべき。スキル熟練度が低いからこそ、最も効果的な攻撃手段を乗せるべきでした。これは後でじっくりと話し合う必要があります」
「そ、そこは角煮先輩にも考えあってのことでしょう! あっ、アガリアが魔法の詠唱を開始——」
「問題ありません。オクトなら攻撃範囲が表示された瞬間に、太刀スキルの《峰打ち》でスタンさせて防ぐことが出来ます」
「——っと、オクトが素早い反応で《峰打ち》を出して魔法詠唱を止めましたッ!」
【g:さすがオクト】
【g:早すぎて草】
【g:何今の早さ、生やした草も刈り取られるわ】
「アガリアは魔法攻撃を止められると他のエネミーよりも長い時間スタンします。オクトは《峰打ち》と対魔法迎撃スキル《魔力斬り》のクールタイムを見ながらスタンさせて、あとは斬り刻むだけでアガリアを処理出来ます」
【g:と、リンは簡単そうに解説しているが、《峰打ち》や《魔力斬り》で魔法攻撃を中断、迎撃するのはそう簡単ではない】
【g:その管理ができれば魔法使いタイプには誰も苦労しない】
【g:ムラマサのスキルスロットって幾つだっけ?】
【総司:三つですね、オクトは魔力斬り、峰打ち、心眼の対応タイプを三つ挿しているんだと思う】
「正解ですッ! スタン技はパートナーと分担するのが一般的ですが、煮卵TVではオクト一人で対処しています」
【g:大鎌だと急所打ちか、あれは競売所でもあまり見ないな】
【みちこ:対応武器種の多い打撃スタン技ですからね、競売所でもすぐに売れちゃいます】
【g:いや、初心者に狙わせるもんじゃねーよ、そっちに意識持ってかれてすぐ死ぬぞ】
【g:昨日組んだ野良の人がスタンミスって業火に焼かれたわ】
「そうですね……スタンさせることはメビウス踏破に欠かせない技術ではありますが、安定して狙うにはエネミースキルにも精通する必要があります」
「その点、十分な経験を積んでいるオクトにはスタンで止めるべきスキルと、躱せるスキルとの区別がしっかりと出来ています」
耳に聞こえてくる早苗ちゃんと一瀬副会長の実況解説に、目まぐるしく流れていくコメントの波、それらを意識の隅に置きながらも、ブエルンの猛攻をダークサイスで受け流していく。
ブエルンの羊の足は見た目以上の力強さがあった。それに加えて厄介なのが、体内に潜り込んで不意に飛び出てくる五本目の蹄。
体内を自由に動き回ることが可能なようで、腹の下や背中、首筋と、ありとあらゆる所から飛び出て蹴り込んでくる。
それをダークサイスを回転させて弾き返し、石突でブエルンの顎を叩き上げ、こちらもダークサイスを支柱にブエルンを飛び越えてながら下半身を斬りつける。
お互いに重量級とも言える体格で跳躍し、突進し、回転する様はさぞ迫力があったのだろう。次第にコメントの内容が鵺耶ちゃんのスキル回しから俺の大立ち回りへと変わっていった。
【g:オークが飛んだw】
【g:よく見えてるなぁ、システムの補助があるとはいえ、大鎌をあんなにぶん回して攻防使い分けられるのは地味に凄くない?】
【アロマ:多分、目と反応がいいんだと思う】
【g:ただの豚ではなかったか……】
【g:そりゃお前、角煮だぞ?】
【g:飛べない豚は、ただのオークだ】
【g:いや、意味わからんしw】
ブエルンの攻撃を被弾することなく受け流してはいるが、やはりまだまだ経験不足。接戦になってくると攻守の切り替えが難しい。押されるように後退りながら、壁際にまで追い詰められた瞬間——その時を狙ったかのようにブエルンの頭が大きく仰け反り、足元には回避しきれないほど広い扇状のスキル攻撃範囲が出現した。
息吹攻撃!
その瞬間は、対ブエルン戦で最も気をつけなくてはならない瞬間であり、俺が作戦会議の段階から狙っていた瞬間でもあった。
対応を意識する前の無意識で《ストームサイス》を視線発動し、大きく露わになったブエルンの喉元を斬り裂く——。
「——《ゴーストステップ》」
同時に、息吹を回避するためにゴーストステップを発動させてブエルンの背後へと回り込んだ。
【g:上手い!】
【g:カウンターダメージ1.5倍!】
【g:はぇー、狙ってたんか!】
ブエルンの喉を斬り進んできたダークサイスを背後でキャッチ——そのまま無防備な背中を斬り刻み、振り返ろうと動き出したところに前蹴りで壁に押し込み、さらに背中へ連続攻撃を叩き込んでいく。
右から振り返ろうとすれば石突で殴り、左から振り返ろうとすれば曲線刃で斬りつけ、壁を駆け上がろうものなら巨漢から繰り出せるとは到底思えないようなトラースキックを放ち、ブエルンを壁に突き刺した。
「角煮先輩のエグぃ連続攻撃!」
「デブゥの醜さとキモさが滲み出ています」
「これはブエルンのHP飛ぶんじゃないですか? あッ、消し飛んだー! 壁際息吹をゴーストステップで回避してからの鳥籠攻撃、最後はブエルンを壁に押し込んだまま斬り伏せましたッ!」
【与四郎:これはGJ】
【g:壁に押し込まれてジタバタするブエルン初めて見た】
【g:角煮先輩が何気に戦力になっていて草】
【g:あのデブさでトラースキックが出るのはVRゲーならではだな】
【g:って、気づけばオクトもアガリア倒してんじゃん】
終盤はブエルンの動きに集中していたため気づかなかったが、鵺耶ちゃんも既にアガリアを処理し、俺の戦闘を見守っていたようだ。
「やっぱり、相当に目がいいわね。普通のプレイヤーは中ボスを鳥籠にするなんて出来ないわよ」
「参ったな……俺の隠れた才能がついに目覚めてしまったか……目がいいだけに」
「……目を覚ますなら、もっと他にあるでしょ……」
「デブゥ……」
「……さ、さぁ! 残すところはあとルシフェルトだけですが、中ボスからアレはドロップしましたか?」
ちょっと冗談を言ったつもりだったが、思わぬ火傷を負ってしまった——だが、早苗ちゃんの言葉が気になる。
「ブエルンからは特に何もドロップしなかったけど、アレって?」
「こちらはドロップしたわよ……けれど、それはアイツを倒してからにしましょ」
そういって鵺耶ちゃんが視線を向けるのは、両翼を担う中ボス二体が倒されたことで肉の玉座から立ち上がった——骸骨騎士ルシフェルトだ。
その眼底が紅く光り、わずかに開いたボロボロの歯並びから溢れでる青黒い靄からは、えも知れぬ怪しさを感じた。
そして一歩ずつゆっくりと玉座から離れ、数段高くなっている演台から降りてくると、不意に右手を真横へ伸ばした。
自然とその指先に視線が向くと、手首から先が闇色の靄に包まれ——いや、正確には靄の中に手首が入り込み、その先はどこか別の空間に繋がっているように見える。
ルシフェルトの眼底が更に紅く瞬き、ゆっくりと闇色の靄から引き抜かれた大剣は、今まで見てきたあらゆる武具よりも禍々しく、嘆きと慟哭の面貌が施された意匠は見ているだけで身に覚えのない罪悪感が溢れ出てくる。
「気をつけて、ルシフェルトの周囲にはスリップダメージを与える罪過のオーラが出ているの、近づくだけでHPが減っていくわよ」
「物凄く気持ち悪いんだけど、これがスリップダメージ? 結構痛い?」
「それほどでもないけれど、減り続けるHPを無視しては手痛い一撃で死にかねないわ」
「オークキング戦に備えて回復薬は十分に買い揃えてあるし、これは消耗戦になりそうだな……」
「そこも獄炎がハズレ扱いされる要因の一つ……さぁ、いくわよ!」
鵺耶ちゃんは矢筒から光属性の降魔の矢を引き抜き、樫の弓に番えて引き絞る——放たれた一矢は光刃となってルシフェルトの大鎧を貫いた。
「まずは遠距離攻撃でHPを削る。角煮先輩は距離を取りながら《ストームサイス》を」
「了解!」
降魔の矢に貫かれたことでルシフェルトの動きが変わった。慟哭の大剣を腰に構え、一直線に鵺耶ちゃんへと迫った——だが。
「——それは安直だろ!」
鵺耶ちゃんの盾になるように立ち塞がり、腰に差したシルバーメイスを引き抜いて地面に突き刺した。
「《ディバインシールド》! それと——《ストームサイス》!」
ルシフェルトの横薙ぎを浮かび上がった白銀の大盾で防ぐと同時に、距離を取るように横へ移動しながらストームサイスを放ってスリップダメージの範囲外へと後退する。
確かに、その減少量は微々たるものだが無視はできない。僅かに減少したHPゲージを視界の隅で見ながら、ストームサイスのクールタイムが完了するのを待つ。
その間にも鵺耶ちゃんはクールタイムなしのノーマル矢を放ちながら、最も効果的な降魔の矢が再使用できるのを待っていた。
「さぁ、獄炎最後のダンジョンボス、ルシフェルト戦が始まりました! 出だしは遠距離でチクチクとHPを削っていく戦い方ですが、これには二つの狙いがあります!」
【g:回復薬温存と罪過のオーラ対策だな】
【g:降魔の矢をちゃんと用意してるのは、さすが上位グループだな】
【g:角煮先輩用に明確な遠距離攻撃を用意出来てないのは頂けないけどね】
【猿丸:それは流石に無理だろ、近距離戦になれるのだって簡単じゃないぞ?!】
「コメントでも正解が出ているようですが、罪過のオーラ対策と回復薬温存が序盤の安定行動です。そこで重要なのが遠距離攻撃ですが、ここでメビウスにおける遠距離武器の仕様について、リンに解説してもらいますッ!」
「メビウスに用意された遠距離攻撃は大きく分けて二つ——銃と弓の武器種カテゴリーと、スキルによる遠距離攻撃です。スキルはクールタイムによって明確な発動間隔が設けられていますが、銃と弓に関してはマガジンと矢筒に登録した弾丸と矢によって、個別の使用間隔が設けられています」
「そうなんですッ! つまり、オクトのように矢筒に複数の矢を登録しておけば、その矢ごとのクールタイムで連続攻撃を放つことが可能なんですねッ!」
【g:弾切れとかないの?】
【g:ないよ、矢筒によって容量が決まってて、その容量分の種類を持てるようになる】
【与一郎:当然、強力な矢や弾丸は容量食うし、再使用まで長い】
【g:オクトの矢筒はどういう構成だろうか?】
【g:初心者向け講座ありがたい】
「そろそろ第二形態に移行するわよ」
「そうなると——どうなるの!」
距離を取りながらストームサイスを放ち、弓撃ちの硬直で距離を詰められるオクトの前に盾を張る。その繰り返しをしばらく続け、ルシフェルトのHPが1/3ほど削ると、ルシフェルトは動きを止めて慟哭の大剣を天高く突き上げた。
その瞬間、見ているだけで罪悪感が湧き起こる不愉快な感覚が消え失せ、突き上げた大剣の切っ先から炎が噴き出し、それがトグロを巻くように下に降りながらルシフェルトの大鎧を焼いていく。
「グォォォォォォォォ!!」
そして猛る地獄の咆哮。アバターの体を突き抜けて、俺自身の心を凍らせるような悪寒を感じ、その変化に目が釘付けになる。
ルシフェルトの大鎧は表面が焼け落ち、装甲に隠されていた本性を現した。
「キ、キモいな……」
その下にあったのは、慟哭の大剣と同じ人面の大鎧。いくつも彫られた人面の全てが嘆き、涙し、今にも叫び出しそうに大口を開けて無音の悲鳴をあげていた。
「第二形態で罪過のオーラは消えたわ。けれど、今度は一定間隔で断罪の炎を放つの」
「それじゃぁ、まだチクチクと?」
「いえ、断罪の炎はこの広場全体に行き渡るから、被弾は避けられないわ……だから」
「前に出て斬り刻む方が、結果的に被弾が少なくて済むってことか」
「そういうこと!」
樫の弓を背に回し、ルシフェルトに見せつけるようにムラマサを抜刀する鵺耶ちゃんの——アバターであるオクトの薄紫の髪が熱風に靡いている。
綺麗だ——いやいや、鵺耶ちゃんは妹も同然、俺に妹属性はなかったはずだ。それに、俺には早苗ちゃんという買い物デートに誘うほどの相手がいるのだ。
一瞬だけ鵺耶ちゃんの姿に見惚れてしまったが、今はEXダンジョンのボス戦中——ルシフェルトは慟哭の大剣を突き上げたままだったが、その前方に真っ赤なスキル攻撃範囲が伸びた。
「回避っ!」
「回避!」
鵺耶ちゃんの警告が先か、それとも俺の警告が先だったかは判らない。それでも、赤いスキル攻撃範囲が俺たちの足元にまで伸びた瞬間に左右に飛んだ。
そして振り下ろされた慟哭の大剣が引き起こしたのは、地面を斬り裂くほどの一撃——俺たちが居たすぐその下にまで伸びた亀裂からは爆炎が壁となって噴き上がり、対ルシフェルト戦の第2ラウンドを知らせるゴングとなった。