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魔法の使えない魔法使い  作者: 記角麒麟
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リューカpart0 魔法の使えない魔法使いの現状

「すぅ……はぁ……。すぅ……はぁ……」


 早まる鼓動を押さえつけて、少女はそれに指を這わせた。

 間違ってもやり直しはできるが、そうなれば全て最初から再開しなければならない。

 ゆっくりと、慎重に、一部の隙きもなく、的確に指でなぞる。


 ゆっくり、ゆっくりと指が白いものの上を這い回り、その表面に黒い文様が滲み出る。

 やがて私は、その大きくて白い板に複雑な幾何学模様を描きあげると、思い出したかのように息を吐いた。


「ふぅ……。

 さて、お次は……」


 描かれた文様(ちょうどそれはいくつにも重なった、奇妙な魔法陣のような形状をしていた)に間違いがないかをじっくりと観察すると、よし、と言葉を呟いて、次の段階に移行する。


 彼女が次に用意したのは、黒い石と巨大な水晶が三つ。


 少女はそれを片腕に抱えると、黒い石を白い板に乗せ、手を翳しながら呪文を口にした。


「――遠き盟友とも

  風の唄を聴き給え

  嵐を超えて三日

  果て世界の端の我と君の物語


  其は語る

  船出の霧を掻き分けて

  宵の果てから

  地の震う

  空の果て

  瞬く光

  真白な世界の隙間から

  したり覗くは疑惑の目

  知るは我かの景色なり


  其は語る

  境界線の彼方から

  星渡り川を越え

  幾星霜の時の隙間に垣間見る

  遡る幻想

  渦巻く大河

  黒の血潮は胎動の様

  識るは世界の始まりなり


  其は語る

  流るる開闢かいびゃく調しらべの様に

  黒白こくびゃくの夕暮れ

  消えぬ残滓ざんし

  混じる心は二つして一つ

  斯くして我らは孤独なり

  全ては巨大な流れの中に

  一つは小さな流れの中に


  斯くして唄う物語

  これぞ世界のまことなり

  上のものは下を兼ね

  下のものは上のものを兼ねるなり

  斯くして合一す

  すべての物は一に帰すものなり――」


 一句一句、噛まないように気をつけながら、少女は祝詞を刻んでいく。

 その額には珠の汗が浮かび、頬を伝って顎先から滴り落ちた。


 それは六角水晶の先に落ちると、キラキラと輝きを伴って弾け散った。


 詠唱の途中に水晶を取り替え、切らさないように詠い続ける。


 声に魔力を込めて、極限の意識を込めて紡がれたそれは、やがて結句にたどり着いた。


「――情報合一ヘノーシス――」


 彼女が唱え終わると、その白い板はひとりでに動きだした。

 それは、まるで上に置かれた黒い石を包み込むかのように、硬いはずのその石版が、柔らかく、まるで粘土のようにうねる。


 やがてそれは、一つの大きな球体へと変形した。

 そしてその色が、まるで内側から滲み出るかのように、青、青紫、紫、赤紫、赤、そして黒へと変色した。

 そして、変色したその球体の表面には、遅れて真っ白な幾何学模様――先程少女が描いていたスキルスクリプトと呼ばれるものが浮かび上がってきた。


「ふぅ……っ」


 彼女はそれを見届けると、力を抜いてその場に寝転んだ。


⚪⚫○●⚪⚫○●


 中央に聳えるのは、巨大な塔。

 どこまでも高く聳え立つ、アズランド大迷宮――通称、迷宮ダンジョン

 それは数多くの恩恵をもたらし、そしてそれと同じくらいの危険を呼び込んだ。

 潜り込むなら自己責任。

 帰ってこれる保証は無し。

 そんな大迷宮に、一攫千金の夢と希望、そして憧れを抱いた人たちは、その迷宮を中心に街を興した。


 それが迷宮都市アズランドである。


 世界最大の“冒険者の街”として、独立した一つの国も同然の政治的システムを有し――いや、これは単に冒険者ギルドが街の運営を直接営んでいるからかも知れないが――冒険者という戦力を常に一定数備えている。


 そんな街のとある場所に、一人の冒険者の住む家があった。

 その家は一軒家で、木造建築を駆使した洋風の、とてもデザインに拘った少し小さめのお屋敷である。


 そのお屋敷の玄関には、一つの看板が立てかけられていた。


『ようこそ、リューカ魔法道具工房へ!!』


 カランカラン、と玄関のベルが鳴り、玄関脇に備え付けられた、地球で言うところのラジオの形をした魔法道具から、そんな軽快な女の子の声が店内に響き渡った。


 リューカ魔法道具工房。

 それが、この屋敷の名前である。


 いや、正確には、その一階フロントが、であるが。


 店主のリューカ・ウィザーティカは、来店してきたお客にニコリと笑顔を向けた。

 入ってきた客も、思わずその笑顔に立ち止まる。


「……」「……」


 二人の間に、沈黙が流れる。

 すわ、ラブコメの展開か!と思われたことだろうが、早計はするものではない。

 確かに、客人の彼の足が止まったのは、店主リューカ・ウィザーティカの笑顔が原因であるのは間違いない。

 しかし、笑顔を向けられて足を止めるというのは何も、その笑顔が非常に魅力的だったから、というばかりではないのである。

 それは、彼の取った次の行動により、明らかになった。


 ――じりっ。


 靴の裏が、小さな砂粒をこする音が閑散とした店内に響く。

 その音の正体に、その意味に気がついたリューカは、困ったような笑みを浮かべた。


(ああ、お客さんがまた居なくなってしまいます……)


 困ったものだ。

 しかし、その意図は彼の前頭葉には届かなかった様で、客は「ヒッ!?」と小さく悲鳴を上げた。


 彼女にとって、それはそのつもり(・・・)だったのだが、どうやら彼から見ればその顔は、とても怖いように映るのであった。

 それを彼はこう解釈したのである。

 即ち――『何か買わねぇとブッ殺すぞ!』である。


 いったい、何をどうしたらそんな解釈になるのか。

 いつもいつも不思議でならなかったリューカは、ムスッと頬をふくらませる。


 彼には、その表情で殺気を放たれた気がした。


 感の鋭い人ならば、このやり取りでわかっただろう。

 彼女は少し――いや酷く笑顔が苦手なのである。

 いや、表情を繕うのが、というべきか。


 その鋭すぎる目つきが、どうやら他人を怯えさせてしまうらしい。


 それに気がついたのはつい最近の話で、今まではなぜみんな逃げてしまうのだろうかと不思議でならず、その上失礼な人たちだとさえ思ってもいたのだが。


 ちなみに、それに気づかせてくれたのは彼女の師匠であるが、それはまたの話ということで、ご賛同願いたい。


「……」「……」


 再び、沈黙が流れる。

 いや、先程から続いていた沈黙なので、再びという言葉は似合わないか。


 兎にも角にも、このままでは全く商談が進まない。


 とりあえず彼女はセールストークをしてみることにした。


「……何が目的ですか?」


「あ、いや、えっと……その……。

 そ、そう!魔具マギクラフト

 ここの魔具マギクラフトの性能はぶっ飛んでるって聞いたから、何か良さそうなものないかなぁ〜って!」


 頬を引きつらせながら、精一杯の笑顔を作って見せながら、早口にまくし立てる客人。


 しかしその問答は、彼女の表情の悪さも相まって、さすがにセールストークをしているようには見えない。

 完全に頭にヤのつく自由業の人である。


 彼女のその美しい美貌が、そしてその鋭く細められた目つき(もっとも、彼女は笑顔のつもりだ)が、さらにその雰囲気を色濃くしてしまっていたのだ。


「た、たしかにココの性能は、他の店より高いですよ?

 ですが安心してください!

 お値段の方は……その、事情により、他のお店より安くなってますから!」


 主に、彼女の目つきの悪さに由来する、客足の少なさではあるのだが。

 少しでも買ってくれる率を上げるために、商品の価格を下げる戦法なのである。


 ちなみに、普通のお店ではピンからキリまであるが、安くても万単位のお値段がする。

 しかしここでの魔具の値段は、どれも安いものなら数千アズランドから数万アズランド(アズランドはこの都市の近辺で使われる通貨。感覚としては、一アズランド=一円程度。記号はAds(アズ))程で収まってしまう。

 その点を見れば、たしかに格安と言えるだろう。


 しかし、そんな彼女のセールストークは、やはり彼の頭には届いていなかったようで。


「し、失礼しましたぁ〜っ!」


 リューカがそのセリフを言い終える頃には、そのお客人は、カランカランとベルを鳴らして、突風のようにその店を後にしていた。


『ありがと〜ございましたぁ〜!またのお越しをお待ちしております!』


 静かになった店の中に、ラジオから流れる少女の柔らかい声だけが、虚しく木霊した。


「久しぶりの……お客さんがぁ……」


 少女は膝から崩れ落ちると、実に二日ぶりの来店客を逃してしまったことに、意気消沈してしまうのであった。


 彼女の名前はリューカ・ウィザーティカ。

 最高の魔法使いの家系、ウィザーティカ家に生まれながら魔法を使うことができない、元落ちこぼれの、そして現在ここ迷宮都市アズランド最強の魔法使いにして魔法道具職人マギクラフターである。

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