ニートな女神と初めての世界
ゲームをスタートするとまずは視界内にゲーム画面が映し出された。
ゴッドワールド・オンラインの文字と背景。そして流れてきたオープニングの音楽。
そして私はゲームスタートのボタンを選択するとまずはおなじみのキャラクターメイキングの時間が始まった。
まずは名前についてだったが、さすがの私もここで馬鹿正直にアストレアなど入力するほどゲーム初心者というわけではない。
こういうのは決して本名を入れてはいけないということくらいはわかっている。
私は少しだけ考えた後で、玲愛と漢字2文字の名前を入力した。
漢字にしたのは、とくに意味はなかったけど下界にある文字のなかでもなんか格好いいと思っていた文字だったから。名前はまあ、これくらいなら私だとばれることはまずないだろう。
次に性別だがこれはもちろん女性を選んだ。
ゲームの中では実際とは違う性別のキャラを選んで遊ぶという人もいると聞いたことはあったけど、ゲーム初心者の私はそこまで冒険することはしない。
そしてお次に年齢やら身長体重やらを決める画面になったが、面倒だったので年齢は適当に15歳にしておいて身長体重は今の自分と同じにしておいた。
そして顔のパーツやら髪の毛やらを決める時も、それこそどうでもよかったので画面の右端にあったおまかせボタンを押してみたら割と可愛らしい感じの女の子の顔が出来上がったのでもうこれでいいかと思いその顔で行くことにした。
次は何かと思っていたら今度は種族の選択というのがあった。
どうやらゴッドワールド・オンラインの世界では人間意外にもドワーフやらエルフやらいうわけのわからない種族なども選べるようだったけどそこは無難に人間で。
最後に武器の選択というのがあったけどこれは少しだけ悩んだ。
というのも候補が意外にもたくさんあってどれを選べばいいのかわからなかったのだ。
たとえば大剣という武器の欄にはこのようなことが書かれていた。
【大剣】:両手で持つ大きな剣を装備できる。両手で剣を持つため盾を装備できない。攻撃の威力が大きく敵を爽快に倒していく感覚が好きという人にオススメ。ただし攻撃の反動もそれなりにあって隙も大きめ。
あるいは杖という武器の欄にはこう書かれていた。
【杖】:魔法をバンバン使いたいという人ならばこれ。強力な魔法も覚えることができて派手なエフェクトも必見。ただし物理的な攻撃力はほぼないのでご用心。
他にも弓やら斧やら、ハンマー。ちょっと意外なところで銃なんてのもあったけど私は色々見て回った末に片手剣を選んだ。
理由は単純で、説明欄のところに初心者にはおすすめと書かれてあったからだ。
さあ、そうして私のキャラクターメイキングが終了すると視界が真っ白に包まれた。
<第1階層:始まりの街:祭壇広場>
視界が回復した時、私はどこか知らない街の何やら祭壇のような場所に立っていた。
「うん?」
私はとにかくゲームが始まったのだろうと思って辺りをキョロキョロと見回すが、こんなにあっさりとスタートするとは思っていなかったのだ。
「えっと、それでどうすればいいんだろう」
私がしばらくその場で何もせずに突っ立っているとふいに私に声がかけられた。
「よう、嬢ちゃん。もしかして新人さんかい?」
私がその声の主を探していると祭壇の下の方で手を振っている男が見えた。
私は階段を駆け下りて男のもとへいくと、男はさらに話しかけてきた。
「その様子だとゲームっていうか、VRMMOが初めてって感じか?」
「あ、はい」
「ようし、それなら俺がこのゲームについて教えてやろう。あ、俺の名前はコルトって言うんだ。嬢ちゃん名前は?」
「アス……いえ、玲愛です」
危ない危ない。名前を聞かれてついうっかり本名を言ってしまうところだった。注意せねば。
「おう、よろしくな。んじゃあとりあえず歩くか。嬢ちゃんついてきな」
「あ、はい」
私は歩き始めたそのコルトと名乗った男の背中に、ひっつくようにして歩き始める。
良かった。どうやら親切そうな人に色々と教えてもらえるようだ。
私は街を歩きながらそれにしても広いなと思った。
街は基本的に木造かレンガ作りの建物で、下界でいうと中世ヨーロッパ風の建築といったところ。
だけど街を歩く人たちはその限りではなく実に多種多様な人々が闊歩していた。
鎧やら武器やらを持ったりしてるのは間違いなく他のプレイヤーだろう。ただそれ意外にもゲームの中だけのキャラクター。この街の住人っぽい人たちも多く見かけた。
「どうだ。すごいだろう?」
「はい。人がいっぱい」
「ふふん。これでもこの街は小さい方なんだぜ。ゲームを進めていけばもっと大きな街にたくさんの人やらプレイヤーがわんさかいる」
「そ、そうなんですか」
「ああ」
途中で周囲を物珍しそうに見ていた私に気づいたコルトがそう教えてくれたけど私はそれを聞いてもただただそう言うばかりだった。
最近の下界のゲームってすげぇな。ちょっと前までテレビ画面に向かってコントローラーをピコピコ動かしてたのだと思うととてつもない進歩だ。
「よーし、着いたぞ」
「え?」
そしてしばらくコルトにつきしたがって歩いているとコルトがそう言って立ち止まった。
その場所はどうやら教会のようで建物の上部に十字架が見えたからまず間違いないはず。
「あの、ここは?」
「ああ悪い。ここはな、教会だ」
やっぱりそうだったのか。うん、私の勘も案外鋭いな。
「あの、どうして教会に?」
「ん、嬢ちゃん。このゲームのことなんも知らないのか?」
「え、ああ。はい」
「ゲームを始めた時にはまず最初に教会にいって神様の恩恵を授かるんだよ。神様の恩恵は1人につき1つだけだが、まあランダムだから気にするな」
「あ……」
そうだった。
たしかこのゲーム、プレイヤー1人につき1柱の神様が恩恵をくれて、その恩恵を駆使してゲームを有利に進めて行くんだった。
「よし、とりあえず中に入るか」
「あ、あの!」
「ん、なんだどうした?」
その神の恩恵とやらを受け取る前に聞いておかなければならない。
「ちなみに恩恵って、どんなのがあるんでしょうか?」
「ん、恩恵か。そうさなぁ、まあ俺の知ってるところでいうと……」
そうしてコルトは自分が知っている、聞いたことのある神様の名前とその恩恵の効果やらについて説明してくれたが、これがもう何でもありだった。
たとえばとあるプレイヤーには鍛冶が得意な神様の恩恵を得て、鍛冶師に。
火の神様の恩恵をもらったプレイヤーは剣士なら炎の魔剣使いとやらになって今もゲームの最前線で活躍してるらしいし魔法使いならもちろん火の魔法が得意になったりする。
他にも、本当に様々な神様の恩恵があるみたいで私はそれだけ聞くと期待に胸をふくらませた。
これはあるぞ、間違いなく私の、女神アストレアの恩恵を受け取った人というのもいるはずだ。
本当であればコルトにそのことも聞いてみたかったけどさすがにそれはやめておいた。
そういうのは自分で見つけてこそ価値があるというものなのだ。
「あ、コルトさんの恩恵って何なんですか?」
「あー、嬢ちゃん。悪いがそいつは言えねぇな。このゲームは他のプレイヤーと戦ったりもできるんだが、それで相手に恩恵がばれてたりすると対策を立てられちまったりするんだ。だから自分の恩恵ってのはあんまり他人には言いふらすもんじゃねぇのよ」
「はぁ、そうなんですか。あれ、でもじゃあ今コルトさんに聞いたのは?」
「そいつらはもう多くのプレイヤーにばれてるっていうか、いまさら隠しようもない連中のやつさ。だいたいがこのゲームのトッププレイヤー、有名人。わかるか?」
「はい。わかります」
なるほど。やっぱり有名なプレイヤーというのは色々と目立つし話題にもなるということか。
でも、有名になるほど強いならたとえ敵に自分の恩恵がばればれでもなんとかしちゃうんだろうな、きっと。
「まあ、そんなとこだな。さあ嬢ちゃんも早いとこ恩恵もらってきな。俺は入口のとこで待っててやるから」
「わかりました。ありがとうございます」
私は親切に色々と教えてくれたコルトに礼を言うと、一緒に教会の中に入っていった。
教会の中は意外にも狭く、一部屋構造で部屋の中央に天井から光が降り注いでる台座のようなものが置いてあった。
台座はちょうど人間1人分が乗ることのできるような大きさで、なるほどつまりあそこに乗ればいいというわけか。
私はスタスタと台座の前まで歩いていくと台座の上に乗ってみた。
「おーい、嬢ちゃん。違うよ、乗るんじゃなくて手をつくんだ。台座にそう書いてあるだろう」
「え?、ああ」
やばい、なんか超はずかしんですけど。今のちょっと取り消してくれないかな。
私は急いで台座から降りると今度はちゃんと台座に書かれている文字を読んだ。
『汝、神の祝福を授かりし者よ。その手をこの台座にのせて祈るべし』
なんだよ、それなら台座じゃなくて台座の前に看板でも立てといてくれよ。
余計な恥をかいてしまったではないか、こんちくしょう。
私は少々すねつつも指示通りに両手を台座について、祈った。
「(どうか私にふさわしい神様の恩恵下さい!)」
かくして私のその祈りは聞き届けられたようだった。
うん、それはもう最悪の形で。
「よう、どうだった?」
「うん。あの、まあ良かったと思います。ほんとに」
「そうか。じゃあまあ次に行こうぜ」
「……はい」
私はコルトの言葉に力なく返事を返すと教会を出てまた街を歩きだした。
ここまで読んだ人ならもうお気づきであるだろうか、私がいったい何の神の恩恵を授かったのか。
……そう、それはもちろん女神アストレアの恩恵であった。
「(自分で自分の恩恵を授かるとか意味わかんないんだけど。もうこのゲーム本当に意味わかんないんだけれども!!)」
私は内心でそう叫んでいた。
だけどもしばらくしてから逆にこれは好都合だったかもしれないと思い直した。
私の恩恵を授かったプレイヤーを探す手間が省けたのだと思えばそこまで悪くはないかなとも思ったのだ。納得はできないが。
「嬢ちゃんご機嫌だな。さては相当良い恩恵でももらえたのか?」
「ふふふ。内緒です」
「かぁ~!、ならさっき俺のも言っておけばよかったぜ」
コルトはそう言っていた。
だけど私はさっき、恩恵の名前は確認したものの肝心の恩恵の中身についてはまだ見ていなかったのだ。
だって怖いじゃないか。もしも自分の恩恵の効果がとんでもなくしょぼいようなやつだったとしたら、きっと私はもう立ち直れない。
現実の私は1週間くらい塞ぎ込んでしまうに違いないのだ。
でもまあいつかは見なきゃなんだろうけど。
そしてコルトに連れられて歩くこと1時間。
その1時間でコルトから色々なことを教えてもらった。
道具の名前やら街の施設の場所とそこが何をする場所なのか、ということからもっと基本的な自分のステータス画面の見方やゲーム序盤の進め方までそれはもう親切に。
「最後にフレンド登録について教えとく。フレンド登録っていうのは他のプレイヤーとゲームの中で友達になったって証みたいなもんでな。登録すると相手プレイヤーの現在位置がわかるようになるしゲーム内で通話もできるようになる。他にも色々とあるが、まあまずそれだけ覚えとけ」
「はい」
「どうだ、俺とやってみるか?」
「え、いいんですか?」
「おうよ。ああ、それと登録の解消もいつでも自由に出来るんで安心しな」
「は、はい」
こうして私はコルトとお互いにフレンド登録をした。
メニュー画面を操作した先のフレンド一覧という項目の中ににコルトというプレイヤー名が新たに加えられている。
やった。ゲームの世界での初友ゲットだぜ。
「よーし、できたな。後はこれからフィールドに出てモンスターと戦わなくちゃいけないんだが、悪い。実は俺この後リアルで用事があるんでそろそろログアウトしなきゃいけないんだわ。本当にすまん!」
「あ、いえいえ。ここまで本当に色々教えてくれましたし全然。感謝してます」
「そう言ってくれるとありがたい。またもし何かわからんことがあったら俺がログインしてる時はいつでも聞いてきていいぞ」
「はい。わかりました。本当にありがとうございます」
「おう、いいってことよ。それじゃあな」
フレンド登録を終えた後で、コルトは用事があると言って現実世界へと帰っていってしまった。
うむ、人間の中では良いやつなんだろう、彼は。(彼女かもしれないけど。)
私はコルトに礼を言うと笑顔で彼を見送ってからまた歩き出した。
そして始まりの街の噴水がある公園のベンチに腰掛けると改めてメニュー画面を開いて自分のステータスを確認した。
ステータスとはゲームプレイヤーの情報のことであり、今の自分の状態や強さがわかる表示のことだ。
名前:玲愛 レベル1
種族:人間 性別:女
恩恵:アストレア
職業:冒険者
HP100/100 MP50/50
STR:10
VIT:10
AGI:10
ING:10
DEX:10
LUX:10
えーと、コルトに教えてもらった話だとつまり……
HP=体力。これが0になると死亡でゲームオーバー。死亡すると所持金が半分になったりするので事前にお金は銀行に預けておくといい。
MP=魔力。魔法を使うのに消費する。これが0になると魔法は使えない。また魔法の消費魔力の数値を残りの魔力の数値が下回っていた場合もその魔法は使えない。
STR=力。敵に与える物理攻撃ダメージの割合に関係。値が高いほど与えるダメージが増加。
VIT=耐久力。敵の物理攻撃で受けるダメージの量に関係。値が高いほど受けるダメージが減少。
AGI=敏捷。移動速度に関係。これが高いと敵の攻撃も避けられるし自分の攻撃も素早く繰り出せるようになる。
ING=賢さ。自分の魔法攻撃によって与えるダメージと、敵の魔法攻撃によって受けるダメージの量に関係。値が高いほど与えるダメージは増加し、受けるダメージは減少する。
DEX=器用さ。この値は戦闘ではなくそれ以外の鍛冶や料理などの生産系のスキルとやらに関わってくるらしいのだが詳しくはわからん。
LUX=豪華さ、運。モンスターを倒した時のアイテムをドロップ(=落とす)確率なんかに影響を及ぼすらしい。
「街からフィールドに出てモンスターを倒していくと経験値がもらえるんだったな。それで経験値が一定の値までたまるとレベルが上がって、レベルアップすると自動的に能力値が上がっていって、それとは別にスキルポイントがもらえると」
スキルポイントっていうのはようは自分の好きな能力に自由に割り振ってその能力値だけを強化できるものでどれを強化するかは人それぞれ自由なんだという。
「ふうん、そっか。まあ、それはその時考えるでいいか。問題は……」
私は改めてステータスの恩恵の欄に書かれたアストレアという5文字の単語を確認した。
「どうしよう、今見ちゃおうかな。ああ、でもまだ心の準備が……」
私は女神アストレアの恩恵というものがどういうものなのか気になっていた。
だけどもやっぱりふんぎりがつかずに私はついに立ち上がると、メニュー画面を閉じた。
「まあ、今無理に見る必要はないか。うん、そうだ。フィールドに出てモンスターを倒しに行こう」
そうして私はフィールドへと繋がる街の門の方を目指して歩き出した。
<神様の紹介>
〇アストレア
下界ではギリシャ神話に登場する「正義」を司る女神。
だが実際は自らの司る「正義」とはなにかがわからず苦悩の果てに考えることを放棄した。
その結果としてニートな女神が誕生することになったのである。