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ニートな女神がログインしました。  作者: 唯一信
第3階層―RED―
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ニートな女神と初めてのアイドル

歌って踊れるだけがアイドルじゃないって言う。

でも、歌と踊りは出来たほうが良いにこしたことはないよね。

 これは以前にも言ったことだけど、神界の神は子を産めない。

 神様にも男神と女神という性別はあって、それぞれ体つきも違って人間と同じように性器もある。

 だからやろうと思えばそういう営みもできるけど、それでも女神が妊娠することはない。

 新たな神の誕生は、下界にある何かが神様になるための資格を獲得した時に神界に新たな神として誕生するのだ。

 生まれたばかりの神はもちろん人間と同じように赤ちゃんの姿、知能であり、その赤ちゃんはすでに神界に存在している神々の夫婦の元に届けられそれがその神の親となる。

 だから神様同士の親子関係は、言ってしまえばすべてが義理のものであってそこに血縁関係は存在しないのだけど、神界にも下界で言うところの戸籍とか住民登録制度はあって、その登録上はちゃんと育ての親である神と子は親子の関係であるとされる。

 血はつながっていなくとも子にとっては育ての親こそが本当の親だと言えるし、そもそもどこの家庭も全部同じなわけだから神界じゃそれが普通なんだ。


 しかし、子を授かった後で両親となった夫婦が離婚したり、あるいは夫婦のどちらかが消滅したりすることも時にはあって(消滅は珍しいので主には離婚)。そういうケースでは片親の元で育てられる神というのも神界では珍しいがいるにはいる。


 ちなみに確率的にありえないとは思うけど両親が共に消滅してしまった場合は、残された子は両親のどちらかの祖父母の元で育てられることになるそう。

 それも全部消滅していた場合はどうなるのかは私は知らないけど、まあ神様が消滅するなんて滅多にないことだと思うし、もし本当にそうだった場合でも何かしらのルールにそって子供の神は誰かに育てられることにはなるのだろう。

 1つ言えるのは、神界には孤児というのは存在せず、だから下界にあるそういった子供たちを育てる養護施設のようなものも存在しないということだけだ。

 重要なのは生まれたばかりの神はある程度の時期までは他の神に育てられるというこの1点のみ。


 少し話が脱線したな。元に戻そう。

 それで、その後のことなんだけど。

 ラケシスは風呂から上がり、私のパジャマに着替えた。

 そしてリビングに移動してラケシスは私のお母さんに挨拶をし、お母さんはすぐにラケシスのことを気に入ったようで。ラケシスと会話をしていくうちにヒートアップ。

 しまいにはラケシスに抱き着いて頬ずりをしそうになったところで私がそれを止めた。ラケシスはそれですごく困惑していたけども。


「ごめんね、普段はこんなんじゃないんだけど」


「あ、いえ……泊めていただくので、これ、くらいは」


「いや、別に嫌なら嫌って言っていいんだからね。っていうか言わないとほんと調子に乗り始めるからできれば言ってほしいかな」


「い、嫌です」


 ラケシスがそう言ったことで母も我に返った。


「あら、ごめんなさい。ラケシスちゃんがあんまりにも可愛いものだから、つい取り乱しちゃった」


 お母さんはそう言った。まあ、私も気持ちわからなくもないけど。

 特にお母さんは可愛い子に目がないっていうか、私もラケシスを見たら暴走するだろうなとは思っていたけど、予想通りだったよ。

 そして、3人でそんなやりとりをしていたところでお父さんが帰ってきた。

 お父さんには、ラケシスは私の友達の妹で色々事情があって急遽きゅうきょ今晩だけうちに泊めることになったと私が説明し、お母さんにも許可をもらったと伝えたら案の定許可してくれた。


「母さんがいいなら俺も別に」


 これはお父さんの口癖のようなものだ。


「あ、そうだ。ラケシス。ラケシスの家にも連絡しとかないと、まだラケシスのお母さんの許可もらってなかった!」


「あ!」


 私はリビングにある家の電話をラケシスに貸し、ラケシスが自分の家に電話をかけたところなんとまだ母親は家に帰って来ておらず、仕方ないので留守番電話にメッセージを入れた。

 後で家に帰って来てメッセージを聞いてからダメだって言うならこっちにかけなおしてくるだろうということでひとまずはそれで良しとしておいた。

 電話を終えて受話器を置いたラケシスに私は聞いた。


「ちなみにラケシスのお母さんって何してる神なの?」


「えっと、デザイン会社の社長、です」


「え!?、社長!?」


「あ、社長って言ってもその、小さな会社で」


「いやいやいや、それでも十分すごいと思うよ」


 ラケシスはまさかの社長令嬢だった。

 そりゃあお母さんも忙しいわけだよ。


「まあ後で折り返し電話してくると思うから、飯食べて待ってよう」


「あ、はい」


 そうして待ちに待った夕食タイム。

 ダイニングのテーブルには私、お母さん、お父さんとラケシス。

 献立は辛口のカレーライスと野菜サラダ。ラケシスには特別にオレンジジュースもつけられた。


「「「「いただきます」」」」


 4人での食事。私もこれまでに友達を家に招いて遊んだりすることはあったけど何気に夕食まで一緒に食べて泊まって行った奴はラケシスが初めてだったりする。

 だけど今日の夕食がカレーだったのは運が良かったな。それ以外のものだったら食材が足りてなかったと思うし、お母さんも珍しく作りすぎちゃったとか言って。

 まさかお母さん、虫の知らせか何かで今日私が誰か家に連れてくることを予知でもしてたんじゃないかなとか思ったり。


「ラケシス、どう、うちのカレーの味は」


「あ、ひゃい。とっても、おいしい、です。けども、ちょっと辛い、かも」


「ああー、やっぱりか。もしきつそうなら残してもいいからね」


「い、いえ。出されたものは、残さず食べます」


「あ、うん。でも無理はしないでね」


 なんていうか、そう。

 ラケシスはすごく礼儀正しくて、良い子だということはもうわかってるつもりだったけど、そう言いながらも辛いの我慢しながらカレーを完食したのを見た時には、根性もあるなと私は思った。

 ちなみに食事中、お父さんとお母さんはラケシスにあれこれ話を聞いたりはしなかったのだけど、お母さんの方はきっとラケシスは自分たち大人よりも年が近い私と話してる方がラケシスも変に委縮しないでいいだろううと気をつかってくれたんだと思う。

 お父さんの方は……あー、自分の娘よりも若い女の子と何を話せばいいのかわからないから自分から下手に話しかけられなかったってとこかな。お父さんそういうところヘタレだから。


 夕食後にはリビングで皆でテレビを見ていた。

 私は、さっきコンビニにラケシスの下着を買いに行ったときについでに買っておいたアイスを冷蔵庫から取り出した。あの、2本の瓶がくっついてるみたいな形のアイス。

 私はそれをパキッと2つに折ると1本をラケシスに渡した。


「アイス食べる?」(私)


「あ、いただきます」(ラケシス)


「あれ、俺の分は?」(お父さん)


「知らんよ。自分で買ってこれば?」(私)


「えええー」(お父さん)


 自分の分のアイスがないことにショックを受けたお父さん。

 そんなお父さんを見てラケシスは自分に渡されたアイスをあげようとして、うん、良い子。


「ああ、いやいいんだ。自分で買ってくるから。それは君が食べなさい」


 そう言うとお父さんは本当に近くのコンビニまでアイスを買いに出て行ってしまった。

 え、そんなに食べたかったの?


 ラケシスもお父さんが本当に家を出て行っちゃうものだから不安になってたし。

 でも私がいつものことだからって言ったらそれでうなずいてアイスを食べ始めた。

 ラケシスは良い子なんだけど変に遠慮しがちというか。まあ他人の家にいるんだからそれも当然っちゃ当然なのかもしれないけど。


 私とラケシスがアイスを食べ終わった頃に居間の電話がなった。

 私が受話器を取ったら相手はもちろんラケシスのお母さんで私はすぐにラケシスに受話器を渡した。

 そしてラケシスはお母さんと少しの間話をすると、電話の受話器を置いた。


「お母さんはなんて?」


「あ、一応許可はもらえました。相手の家の方たちに迷惑をかけないようにって念を押されましたけど」


「あははは、ラケシスのお母さんが言いそうなことだね」


「どういう意味ですか?」


「いや、なんでもないよ」


 ラケシスは礼儀正しくて良い子。

 それはきっとラケシスのお母さんがそういうところきっちり教育してるからなんだろう。

 私の家は両親ともに放任主義だったせいもあって、そんなにあれこれとやかく言われなかったんでこんな感じの娘に育ったけど。


 物置から使っていない布団と枕を運んで、ラケシスはその日の晩は私の部屋で寝ることになった。

 それで私はベッドだったんだけど、私はベッドをラケシスに譲った。そして代わりに私が下で布団を敷いて寝ることにした。もちろんそれもラケシスは最初断ったけど、そこは私が押し通した。


「いいからいいから、遠慮せずに使いなよ」


「いえ、あの、でも」


「私もたまには、布団で寝てみたいんだよね」


 本当はここまでの間に、アイスを買って帰ってきたお父さんとのやり取りや、ラケシスがすごく頭良くてテレビでやってたクイズ番組の問題を全問正解したりして、それでなぜか本人よりも私のお母さんの方がテンション上がってまたラケシスに抱き着こうとしたりとか(もちろん止めたけど)。

 私がお風呂に入っている間にラケシスとお父さんがリビングでチェスしてて、お父さんが本気で挑んだにも関わらずラケシスにこてんぱんに負けてめちゃくちゃ落ち込んだりとか、色々あったんだけど全部を話してたら長くなりそうだったんでそこは割愛する。

 寝る時間になって、私は部屋の照明を落とした。


 そしてここで私はようやくラケシスにこれまで触れてこなかったこと、いじめの件について聞いた。

 ベッドの上のラケシスは私の方に背を向けて、最初はなかなか話してくれなかったんだけど、そこから少し世間話を挟んだ後でようやく話してくれた。


 ラケシスをいじめているのはラケシスの通う中学校の同じクラスに所属する数名の女子たちで、メンバーに男子はいないのだという。


「いじめの理由はなんなの?」


「それは、あの、いくつかあると思うんですけど」


「うん」


「1つは、私がその、人とうまく話せないというか」


「ああ、まあ、そうね」


 ラケシスは常に他人が自分のことをどう思うかが気になって仕方ないのだという。

 というよりは、他人に嫌われたくないがために他人と距離を置いていたら、いつの間にか人と話すこと自体に恐怖心が芽生えてしまったと。


「え、でも今は私とさ、普通に話せてるじゃん?」


「先生とか、親とか、その、年上の人となら普通に話せるんです。でも、同年代っていうか、クラスメイトとかはダメで」


「なんじゃそりゃ」


「本当なんです。その、同じクラスの子と話しかけようとすると、急に息が苦しくなって。それで結局何も言えなくて。それで、話しかけたり、話しかけてきた子をイラつかせてしまって」


「なるほどね」


 うーん、私にはわからないけどそういうこともあるのかね。


「でも、いじめの原因は他にもあるんでしょう?」


「はい。えと、というかむしろ大きな原因はこっち、なのかも」


「ならそっち先に言ってよ。それで何?」


「あの、私がその……クラスのというか、学校の中で、特に男子の間でその、人気がある、みたいで」


「はぁ?」


 うん?、それはもしかして……ああ、マジか。


「それってさ、その、ラケシスが男子にすごいモテモテで、それで女子たちがちょっとお前調子のってんじゃねぇよっていうやつ?」


「はい。たぶん、それだと思います」


「つまり嫉妬だな。あーーーー、なるほどな」


 いじめの原因なんて、それこそその環境の数だけあると言ってもいいけど。

 女の嫉妬が原因のいじめは、女子間の中で行われるいじめで特に陰湿になりやすいからな。


 ラケシスは見た目がすごく可愛い。

 それでまず男子たちは惹かれ、そしてオドオドして言葉をうまく話せないのも男子たちからすれば小動物みたいでもっと可愛い、みたいな?

 それで女子たち、たぶんこの女子たちの中にはラケシスに惹かれてる男子に好意を寄せている女の子もいると思うんだけど、女子たちからするとラケシスはクラスの男子たちを手玉に取る悪女にでも見えているのだろう。

 ラケシスが人とうまく話せないというのも嘘で、男子たちの気を惹くための演技じゃないかって。

 そしてそこで男子たちがなんでそんなに酷いこと言うんだとかなんとか言ってラケシスのことを擁護ようごしたりした日には、ああ、そりゃいじめられもするわな。

 ちょっと負のスパイラルに陥ってる気がするけど。


「えっと、確認なんだけどラケシスにはその、今好きな子とかいるの?」


「え、なんですか急に」


「いやその、早い話がラケシスが誰か特定の男子とつきあっちゃえば、他の男子は散ると思うし、そうすれば少しは女子たちもその……」


「そんな、好きでもない人と付き合うなんて」


「……だよね」


 だけどそれが1番手っ取り早い解決方法であることには違いないんだよな。

 それができないとなると、やっぱりここは正攻法で行くしかないのかな。


「じゃあ、クラスメイトの子とも普通に話せるように特訓しないとダメ……なんじゃないかな」


「ううう、それ担任の先生にも言われました。それで私がんばってみたんですけど、でもやっぱりダメみたいで」


「あ、そうだ担任。学校側がラケシスのいじめのこと知ってるんでしょ?」


「はい。知っては、いるはずですけど。でも、あんまり公にしたくないみたいで」


「ああ、まあそうね」


 ここで学校側が最低だなんだって言っても良いけど、それ言ったところで意味はないしな。

 というかきっとどこの学校も似たり寄ったりなんだろう。

 いじめとかセクハラとか体罰とか、よくニュースになって流れてるけどそれは結局のところ氷山の一角に過ぎないというか、今時はどこの学校も何かしらスキャンダルになりそうな問題を抱えている。

 本当に何の問題もなく、先生も良い人揃いで生徒仲も良好な学校なんてほんの一握りしかないんだろうと私は思ってるし。


「ラケシスはさ、もちろんいじめられたくはないんだよね?」


「と、当然ですよ。でも、その、それでどうすればいいのかわからなくて。あの、実はいじめのことまだお母さんには言ってないんです。その、心配かけたくなくて」


「ああ、うん。そこはラケシスの自由でいいと思うけど。でも、そうだなぁ……整形してブサイクに……は、さすがに無理だよな。金かかるし。うーーーーん」


 私は考えた。考えて、考えて、考えた。

 そして考えた末に最終的に私が出した名案はこうだった。あるいは迷案か。


「あ、じゃあさ。逆にもうアイドルとしてデビューしちゃうっていうのはどう?」


「え?」


「ラケシスだったらもう今すぐでもいけると思うんだけど」


「ちょ、ちょっと待ってください。えっと、意味がよくわからないんですけど」


「いや、だからさ。もういっそのことアイドルデビューしちゃうんだよ。それで有名になって、私が可愛いのは当たり前なんです~、だってアイドルだから~、みたいな?」


「な、なんですかそのアイドル像は!?、そんなアイドル今時いませんよ!?」


「いや、探せば案外いると思うよ?、ラケシスはさ、もっとこう自分に自信を持っていいと思うんだ。だって同性の私から見ても普通に可愛いもん。それにアイドルになったら必要に迫られて自然とその、同い年の子とうまく話せない病も治るかもよ?」


 今思えばこの時の私の何気ないアドバイスがきっかけだったのかもしれない。


「む、無理ですよ私には。あ、アイドルなんて。絶対無理です!」


 最初はラケシスも乗り気ではなかったし、私もすぐにやっぱりそうだよねと言ってこの案を引っ込めたのだけど。


 さて、それから1年もしないうちにラケシスはなんと本当にアイドル事務所のオーディションに受かってしまい、アイドルとして芸能界入りを果たした。

 後にラケシスは、SORS時代に受けたとある雑誌のインタビューコーナーにて、アイドルになったきっかけについて聞かれた時にこのように答えていた。


『ラケシスちゃんがアイドルになろうと思ったきっかけは?』


『私がある悩みを抱えていたときに、それならアイドルになっちゃえばって言ってくれた人がいて、最初は私はすごく真剣に悩んでたのにそんな適当なこと言わないでくださいよって怒ってたんですけど、それからその人に何度もしつこくアイドルになっちゃえよって言われ続けて。それでダメもとで、その1回限りだけってことで事務所のオーディション受けたらそれで受かっちゃって……(以下略)』


『じゃあ、ラケシスちゃんがアイドルデビューしたのはそのしつこく薦めてくれた人のおかげってことなのかな?』


『はい。そう言ってもいいと思います。』


『その人はラケシスちゃんのお友達?』


『いえ、そうですね。友達以上恋人未満、みたいな?、頼れる先輩みたいな人なんです。』


『先輩ってことは年上なんだね。ちなみに男の人?』


『それは秘密です♡』


『それじゃあアイドルデビューしたことでそのラケシスちゃんの抱えていた悩みは解決したのかな?』


『はい。もうバッチリ解決しました。だから今でも私にアイドルになるように薦めてくれた人は私の中で1番の恩人なんですよ。』


 そのインタビュー記事の載った雑誌が発売され、そしてそれを買って内容を確認した私はそこで思わず雑誌で顔を覆った。

 いや、あの時はもう本当にびびったね。ラケシスの言うように最初は軽い感じで言ったことで、たしかにそれからも何回かラケシスにはアイドルになればいいじゃんって半分冗談みたいに言い続けてて。

 それでついにラケシスの方が折れて、じゃあ1回だけですからね。1回だけ芸能事務所のオーディション受けるんで、それで落ちたらもう2度とアイドルになればいいじゃんなんて言わないで下さいよって約束を交わして。

 それでまさか本当に1発で合格しちゃうとは思ってもなかったんだよ。私は最初だし、ラケシスがどんなに可愛くても落ちるだろうと思ってたから。


「あの、アストレア……さん」


「おお、ラケシスじゃん。オーディションどうだった?、やっぱり、落ちてたか?」


「う、うう、受かっちゃい、ました」


「…………えぇ!?」


 それは私が高校3年、ラケシスが中学3年の春のある日のことだった。

 もう1度言おう。あの時はもう本当にびびった。


 最初にラケシスと出会った日の翌日にはラケシスはもちろん自分の家に帰って行ったのだけど、それから数日後に、家の場所を覚えていたらしいラケシスが私の家にやってきた。

 あの日雨水に濡れて使用不能になった携帯が復活したので、それで私と電番とメルアドを交換して欲しいと言ってきて、もちろん私はそれを快諾した。

 それから半年間のできごとについては、まあ色々あったけどここも割愛させてもらう。

 私はラケシスと日々、メールのやり取りをしながらたまに電話もして、そしてたまに休日で2人で遊びに出かけたりもした。


 1つだけ軽くエピソードをあげるとしたら、ある休日、私とラケシスの2人でカラオケボックスに行った時にラケシスが今下界で流行っているアイドルの曲を完璧に歌い上げたのを聞いてやっぱりラケシスにはアイドルとしての才能があると私は確信することになったわけで。


 ――時間は戻って現在、神界の私の部屋(『はしくれ荘203号室』)――


 ラケシスがオーディションに合格して、アイドルとしての道を歩み始めてからというもの徐々に私とラケシスの間でメールその他のやりとりの回数は減っていった。

 そして私が高校を卒業して、こっちに来て1人暮らしを始める頃にはもうお互いにほとんど連絡をすることもなく、電話帳に名前と電番とメルアドだけが残っている状態だったのだけど。

 メルアドは変えたのか、それとも別の携帯から送ってきたのかはわからないけれど3日前に私のスマホに届いていた1件のメールは間違いなくラケシスからのものだった。


 どうしてそれがラケシスからのメールだってすぐにわかったのかって?

 そりゃあわかるよ。だって件名がさ。


『件名:私の1番の恩人、アストレアさんへ』


 こんなもん1発でわかるわ。メルマガや迷惑メールの海の中にあったから一瞬間違ってそれも削除しそうになっちゃったけど。直前で気づいて良かったよ。


「それにしても……頼みごとするのに3日前って。それもう私断れないじゃん!、頼みごとの内容もよくわかんないしさ」


 私はその3日という猶予ゆうよさえメールを放置していたせいで無駄にしてしまったのだが。

 とにもかくにも、まずはいますぐ隣の部屋に行かなきゃ。行って……それで、どうしよう。

 ああ、もういいや。行ってから考えよう。

 私はスマホを片手に立ち上がると、そのまま玄関口へと向かったのだった。


次回、お隣さんの正体が発覚する。

もう気づいてる人が大半だとは思うけど。

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