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ニートな女神がログインしました。  作者: 唯一信
第3階層―RED―
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ニートな女神と初めての住人

第3階層編終盤にアストレアの住む『はしくれ荘』に新たな住人が入居する予定です。

 卯月さんは自分の刀、時雨しぐれをアイテムボックスにしまうと苦笑いしている私を尻目に景士さんに声をかけた。


「はい。じゃあ次はケーシ君の番だよ」

「……ああ」


 景士さんはそう答えるとそれから卯月さんと同じように自分のアイテムボックス内から刀を1本取り出した。その刀は長身の景士さんに合わせてあるのか刀身が長めの刀だった。


「君、いつまでも驚いてないで。ケーシ君のも始まるよ」

「え、ああはい」


 私は卯月さんに肩をたたかれてようやく気を取り戻すと、景士さんの方に注目した。


「へぇー、ケーシ君はしもの方を見せるんだ。私はてっきりにじの方かと思ったのに」


 卯月さんは景士さんの方を見てそんなことを言っていたので、私は聞いた。


「えっと、霜って?」

「ああ、ケーシ君が今装備している刀の名前だよ。ちなみに霓っていうのはケーシ君のもう1本の刀の名前ね」

「卯月さんの持ってる、時雨じゃない方の刀は何ていう名前なんですか?」

あめだよ。ただの雨。ちなみにさっちゃんの五月雨さみだれじゃない方の刀は村雨むらさめっていうんだ。私は村雨の方が怖いと思うんだけどね」


 五月雨に時雨に雨に村雨、それと景士さんの持っているのが霜と霓か。


「なんていうか、気象用語で統一されているんですね?」


 私が気づいたことを卯月さんに聞いてみたら卯月さんは軽く笑って答えた。


「あはは、まあね。でも十夜とおや君の作った刀は全部そんな感じだよ。他のメンバーが持っている刀も、かぜとか、あとゆき……も、あったかな?」


 十夜君というのは、卯月さんたちの仲間で卯月さんたちの持つ刀を全部作ったプレイヤーの名前だったか。

 でも、幹部メンバー12人にそれぞれ2本ずつ、合計で24本もの刀をオリジナルで作ってプレゼントしちゃうなんて、本当にすごいな。


「十夜さんっていうのも幹部メンバーなんですか?」

「うん、そうだよ。神無月かんなづき十夜とおや君。鍛冶の腕前も凄いけど戦いも強いの」

「へぇ、そうなんですか」

「あ、そろそろ始まるよ。見ていて」

「あ、はい」


 私は卯月さんに促されて改めて景士さんの方に視線を移した。

 だけども景士さんの前には特に何のモンスターもいなかった。

 いや、正確に言うと遠くにアースジャイアントの姿が見えたのだけど景士さんの今いる位置からではあまりにも離れすぎている、と、私は思っていた。

 だけど景士さんは、いや景士さんの目はその時たしかに遠くにいるアースジャイアントのことを見ているようで、それから景士さんはおもむろに腰にさした刀、霜を引き抜いた。

 霜という刀は白い刀身で、その名前の通り刀身から冷気が放たれているような凍った刀だった。


 そして景士さんが霜を、軽く一振りしたらそれで勝負は終わった。

 遠くにいたはずのアースジャイアントの首が落ちたように見えた次の瞬間にはアースジャイアントの姿は消滅した。おそらくは光の粒子になって砕け散ったのだろう。

 ただ、それは別に驚くべきことではなかった。

 もともと第55階層を攻略するプレイヤーが使っている装備というだけでも、第3階層のエリアボス程度のアースジャイアントをたった一撃で倒せるほどの威力があるということはむしろ当然のことのようにも思えたし。


 ただ、私が真に驚いたのはつまりそこではなくて。

 ではなぜ巨体とはいえかなり遠くにいたはずのアースジャイアントを倒せたのかという理由。景士さんの持つ刀の特殊効果を私はこの目ではっきりと見たのだ。


 景士さんが刀を軽く振った時、刀の刀身から冷気が刃となって前方に飛んで行った。

 その冷気の刃はそのままどこまでも飛んでいきそしてアースジャイアントに命中したのだ。


「え、今のが?」

「そう。あれが霜の効果だよ。刀を振ったらそこから冷気の刃が何かに当たるまで飛び続ける。でも本当はそれにダメージはほとんどないの。その冷気の刃を食らった敵は氷漬けの状態異常になるっていうのが本当の効果なんだけどね」


 そのダメージがほとんどないはずの攻撃によって受けるだろう少しのダメージ量でさえ、あのアースジャイアント程度であれば一撃で倒せるほどの威力があるということなのか。本当に恐ろしい話だ。

 それにしても氷漬けの状態異常って、またこの先の階層でも出てくるんだろうけどもう聞いただけで食らったらダメそうな状態異常だな。

 なんだろう、完全に身動きが取れなくなるってだけじゃないのかな。たぶん眠りの状態異常よりも厄介度は上だと思うのだけど。


「でも良くあんな遠くにいたモンスターに正確に攻撃を当てられましたね?」


 私は卯月さんにさらに景士さんの今の一撃について気になったことを聞いてみた。

 いくらどこまでも飛んでいく攻撃を武器から放てるといっても、それで実際に遠くにいるモンスターに正確にその攻撃を当てられるかどうかというのはまた別の話だ。

 さらに言うなら景士さんはたったの1回しかその攻撃を放っていない。乱雑に振り回して当てずっぽうに敵に攻撃が命中したわけではないのだ。


「ああ、それはね。うーん、まあいいか。それはケーシ君の種族が吸血鬼だからだよ」

「え?」

「吸血鬼っていうのはゲーム内の夜の時間帯だと能力値が格段に上がるんだけど。代わりに昼間はすごく弱体化するっていうデメリットもあって」

「え、ちょっと待ってください。それじゃあさっきの決闘の時も?」

「うん、ケーシ君は弱体化した状態だったと思うよ?」


 なんてこった。さっきの決闘の時、景士さんもレベルを1まで下げて各種強化のポイントもリセットし、装備も私の今の実力に合わせて弱い装備に変えてくれていたというのに。

 さらにその上で弱体化していたなんて。弱体化というのが具体的に何がどのくらい弱くなってしまうのかはわからないけど、でもそれでもなお景士さんは強かったと思うのだが。


「それでね、ケーシ君は夜だけ使えるスキルがいくつかあって。そのうちの1つに望遠ぼうえんっていうのがあるの。ようは遠くを良く見れるっていうスキルね」

「ああ、なるほどそれで……でも、すごいですね」


 私はそう言いながらも考える。

 吸血鬼という種族は、それなら基本夜にゲームにログインするプレイヤーには人気なのだろうな。

 昼間は弱体化するというデメリットも、そもそも昼間ゲーム内にログインしないプレイヤーなら関係ないのだろうし。

 でもそういえば、吸血鬼についてさっき街のレストランで話を聞いた時に卯月さんがプレイヤーが種族を変更できるようになった時にある条件を満たすと選べる種族なのだと。

 たぶんだけど、そのある条件というのがプレイヤーにとっては結構厳しめの条件なんだろう。でないと先の階層を攻略中の夜型プレイヤーは全員吸血鬼ってことになる。


 あれ、でももしかすると本当に全員吸血鬼ってこともなくはないのかな?


「……俺のも終わりだ。見ていてわかったか?」

「うん、大丈夫。私がちゃんと教えておいたから」


 景士さんも刀をアイテムボックス内にしまうと私たちの元に戻ってきた。

 そこで卯月さんと言葉をかわすと景士さんは私の方をじっと見つめてきた。


「え、あの、何か?」


 そういえばレストランにいた時も最初ずっと私のこと見てたみたいだけど。


「最後に俺からも1個、聞いていいか?」

「あ、はい。どうぞ」

「皐月から、第2階層の終わりですでにお前のレベルは26だったと聞いたが」

「はい、そうですよ」


 まあ今はそこから1つ上がってレベルは27だけど。


「どうやってそこまで上げたんだ?」

「え、どうやってって、普通にモンスターを倒して経験値を獲得していって」


 景士さんはいったい何を聞きたいのだろうか。そんなの当たり前のことのはずなのに。

 もしかしてログイン時間かな。あるいは私のリアルが私のゲーム内の見た目通りだと思っているなら学校はちゃんと行っているのかとか?

 でもこういうゲーム内でプレイヤーのリアルの情報を聞くのはマナー違反なのではないか?


「……そうか。やはりソロプレイは大変か?」


 景士さんは私の答えを聞くとそこでさらにそう質問してきた。

 というよりも質問それで2個目なんだけど。まあ別にいいか。


「はい、それはもう大変ですよ。だからレベルもそのくらいないと厳しいんですよね」


 私が嘘をつかずに正直にそう答えると景士さんは最後に長い沈黙の後でもう一度だけそうかとつぶやくと、それで話は終わった。本当になんだったのだろうか、今のやりとり。


「あ、じゃあまた街まで戻ろうか。君も、時間は大丈夫?」

「え?、ああはい、大丈夫です」


 私は卯月さんにそう答えるとそれから3人でまたグランガンの街へと戻った。

 そして街の門をくぐったところで2人とは別れることに。


「今日は楽しかったよ。ハンデ有りだったとはいえ私も負けちゃったし。さっちゃんが言っていた話も本当だったんだって確信も得られたし」


 というより本当はその話が真実かどうかを確認するためだけに私のことを探して話を聞きに来たはずだったのに、どうしてまた2人と決闘なんて話になったのやら。


「……俺もだ」


 景士さんの方は最後の最後でまた口数少なくそれだけ言ったけど、この人は単に人見知りなのかなんなのかもうわからないな。さっきまではあんなに喋っていたはずなのに。

 卯月さんの言うように自分が話したい時だけ口を開くっていうのもあながち間違いではないのかもしれない。


「はい、私も。今日は良い経験が出来たと思います。最後にお二人に見せてもらった刀も、凄かったです。もう本当に」


 私は2人にそう言った。


「ふふふ。じゃあ今度4人でバトルロイヤルする時は二刀流で戦ってもいい?」

「いや、それはさすがに勘弁して下さい」


 今日見せてもらった時雨の方だけでも1対1で戦って勝てるかどうかわからない、いや絶対に勝てそうにないくらいのチートな効果付きの武器だったのに、それにさらにもう1本チートな武器とか、それを装備した卯月さんに勝つためには私はいったいどこまで強くなる必要があるというのだろうか。

 それに、もしも今度私と卯月さん、景士さん、そして皐月さんの4人でバトルロイヤル形式の決闘を行った時に卯月さんだけ二刀流で戦うことを許可したりなんてしたら絶対に他の2人もじゃあ私もとか言ってくると思うし。それでもし3人とも二刀流を許可したら私は絶対に勝てないだろう。


「ふふふふ。それじゃあまたね。次に戦うときはもっと面白い勝負ができることを期待してるよ~」

「…………」


 そうして卯月さんは手を振りながら、景士さんは最後はまた無言で私のことをじっと見つめた後に身を翻して歩き去って行った。たぶん祭壇に乗って元の55階層に戻るんだろう。

 私も去っていく2人に途中まで手を振っていたけど2人の姿が視界から消えたらそこで手をおろした。

 時刻は午後6時37分。私は今日もそこでログアウトすることにした。

 まさかバトルロイヤル形式で決闘するなんて思ってなかったし、なによりも疲れたから。


 ――神界の私の部屋――


 私はゲーム機の電源を切ってゲーム機を頭から取り外した。

 また汗がどばっと出てきたのを首をふってまき散らすとゲーム機をテーブルの上に置いた。

 それから浴室に行き洗面台で顔を洗うとバスタオルで体中の汗をぬぐった。


「夏祭りも終わったし、もうそろそろ秋になるって言うのにまだ外は暑いな。早いところ涼しくなってくれるといいんだけど」


 私の部屋にはエアコンがない。

 だから夏場と冬場はまじで暑さと寒さで地獄と化すのだけど。

 一応お金を払えばエアコンを部屋に取り付けてもらえるんだけどね。私にはそんなお金の余裕なんてないし、仮にとりつけたとしても電気代が怖くて容易に使えない。


 私の住んでいるボロアパート『はしくれ荘』は築年数25年の木造アパートだ。

 2階建てであり部屋数は各階5部屋ずつの合計10部屋。そして現在私を含めた7柱の神界でも下界でも知名度の低いマイナーな神たちが住んでいる。


 203号室の住人は私こと女神アストレアだ。ただいま絶賛ニート生活中。

 204号室の住人は家具職人見習いのヤヌス。アパートの隣人であり今の私の唯一の友達と呼べる神。


 105号室の住人はミナカタさん。そういえばまだ着物を作ってくれたお礼言ってないや。

 102号室の住人がヤリーロ。今日またこれから部屋に突撃して食料をぶんどる予定。


 では、残りの3柱の神はどんなやつなのかというとだ。


 205号室の住人はイシュタムさん。

 つかさどる事象は「自殺」というなんとも怖いものを司っているが本人はいたって明るい性格。

 職業は教育心理学者で普段は神界にある大学の方の宿舎で寝泊まりしているそうで、このアパートの部屋はただ借りているだけの状態。郵便受けの中に新聞が押し込まれてすぎてたまにあふれているのだけど、そうなったら大家さんが大学の方に直接連絡を入れて本人に取りに来てもらっているそう。

 なら新聞取るのやめればいいのにって私はいつも思っているんだけど。

 前に新聞を取りにやってきたところ1度だけ会って挨拶したことがあるけど、中年で清潔感のあるおばさんの女神だったよ。


 202号室、つまり私の部屋の左隣の部屋は空き部屋。


 201号室の住人はカハクさん。

 このアパートはペット禁止なんだけどカハクさんはなんと大きなリクガメを飼っている。

 つかさどる事象は「河川」であり、神界にある山や川によくフィールドワークに出ている男神。

 私はいつ大家さんに隠れてペットを飼っていることがばれるのだろうと思っているのだけど、そもそも大家さんは滅多にアパートの住人の部屋にやってくることもないし、他の住人が告げ口でもしない限り一生ばれないのではないだろうか。ばれた時どうなるのかちょっと面白そうなんだけど。


 103号室と104号室は空き部屋。


 101号室の住人はウィツィロポチトリさん。

 私はまだ一度も会ったことはないけど扉の横についてる表札にそう名前が書いてある。

 ちなみにヤヌスも会ったことはなく、隣の部屋の住人のヤリーロでさえそもそも隣は両方とも空き部屋だったんじゃと思っていた始末。

 つまりはいつも部屋にいないか、いても一切の物音を立てずに暮らしているのか。

 もちろん私は会ったことがないのでそれ以上のことを何も知らない、このアパートの謎の住人だ。


 でも、よくよく考えてみたらそれって普通のことだよな。

 自分が住んでいるアパートの住人なんて、せいぜい自分の住んでいる部屋の隣の部屋の住人くらいだし、それも最初に引っ越してきた時に挨拶に伺ってそれっきりとか、そんなんだろうし。


「むしろ私ってまだご近所付き合いとかしている方だよな。きっと」


 まあ部屋数自体少ない小さなアパートだし、ヤヌスとは隣人というよりももう友達の関係だしね。

 ヤリーロとももともと知り合いだったからそれでご近所付き合いも何もないような気もするけど。


「よし、ヤリーロの部屋に行くか」


 私は服を着替えると部屋の鍵だけ持って自分の部屋を出た。

 ちらっと隣のヤヌスの部屋を見てみたら部屋の電気がついていなかった。あいつは今日も工房かな。

 だけど1日中ほぼずっとこのアパートに住んでるのってもしかすると私とヤリーロの2人だけなんじゃないだろうか。他の5人は、まあ1人は知らないけど一応仕事はしているし。


「ヤリーロが就職したら暇神ひまじんは私だけになるな」


 私はそうつぶやくと、でもヤリーロが就職することなんてまずないだろうなとも思った。

 理由?、だってヤリーロだから。これで十分でしょ?


 私はアパートの階段を下りていく、102号室の部屋の電気がついていることを確認。

 あと105号室の電気もついていたけどミナカタさん今部屋にいるんだろうか?


「あー、先にミナカタさんに着物のお礼言っておくかな」


 私はそう考えるとミナカタさんの部屋、105号室のチャイムを押した。

 するとミナカタさんは部屋の中にいたようでそれから5秒くらいして扉は開いた。


「はーい、どちら様?」

「あ、ミナカタさん」

「あら、アストレアちゃん。どうしたの?」


 扉を開けたミナカタさんは今日も目の下にうっすらとだがクマがあった。

 また何か徹夜で作業していたのだろうか。


「あ、こんばんわ。あの、この前の着物のお礼をまだちゃんと言ってないなと思って」


 私が要件を伝えるとミナカタさんは驚いた。


「あら、あらあら。もしかしてわざわざお礼を言うために?」

「あの、はい。着物、ありがとうございました」


 私はミナカタさんに深々と頭を下げてありがとうを言った。


「もう、いいのよ別に。私も久々に自分で服を作れて楽しかったし、アストレアちゃんに着せたらまあびっくり。本当、アストレアちゃんにはぜひうちの店で働いてもらいたいわぁ~」

「いえ、それはなしでお願いします」


 私がいつものように勧誘を断ったらミナカタさんもいつものように残念そうに答えた。


「そう、でも気が変わったらいつでも言ってね」

「はい、ありがとうございます。あの、ちなみにミナカタさん今は何をしていたんですか?」

「ああ、私のお店の帳簿の計算をね。でもそろそろお店の方にも行こうかと思って支度を始めていたところだったのよ?」


 なるほど、じゃあもしもヤリーロの部屋に先に行っていたらとしたらミナカタさんは出かけてしまっていたということになるのか。


「そうだったんですか」

「ええ。あ、そうだ。なんならアストレアちゃんも私のお店に来ない?、お夕飯はもう食べたの?」

「いえ……でも私は、今日はこの後予定があるので」


 今日はこの後3つ隣の部屋の住人に食料を恵んでもらう予定なのだ。


「あらそう、残念ね。じゃあまた今度、1度お客さんとしてでもいいからうちのお店に来てね。あ、お店の場所はわかる?」

「わかります。前に名刺をもらってそこに住所が書いてあったので」

「そう。うちの店は女神でも楽しめると思うからぜひ来てね」

「はい、それじゃあそのうちに」


 まあ客として行くだけなら別にいいだろう。

 キャバクラと聞いて私も偏見とか持っている可能性もあるしね。実際にミナカタさんのお店に行ってみて案外まともそうなところだったらこの際勧誘を受けてみてもいいかな、なんて。いや、冗談だけどね。


 そして私はミナカタさんに最後に一礼すると部屋の扉は閉められた。

 さて、ヤリーロの部屋に行くか。

 でも毎回扉をぶっ壊して入るのはさすがに可愛そうだからな、その扉を直すヤヌスが。

 今日はあえて普通に扉のチャイムを押してみるか。

 ということで私はチャイムを押したよ。連続で何十回もね。


 ピンポーンピンポーン、ピーンポポポポポポポポポポポーン!


「うわぁぁぁぁ!!、なんだなんだ、敵襲か~!!」


 部屋の中からそんな声が聞こえてきた。

 というか敵襲って。あ、そうだそれなら逆にそれに乗っかってやろうか。

 私はチャイムを押すのをやめると扉のノブをつかんで乱暴にガチャガチャと回した。


 ガチャガチャガチャ、ガチャガチャ、ガチャガチャガチャ!


「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!、誰っすかいったい。もう勘弁してほしいっす!」


 うーん、さすがにこれ以上やったら本当に可哀そうかな。


「おーい、ヤリーロ。私だよ」

「え、えええ。なんだか先輩の声がする」

「ヤリーロ、開けてくれよ」

「はっ!、でもちょっと待つっす。いつものアストレア先輩なら問答無用で扉を壊してくるはず。そうだ。じゃあ今扉の前にいるのはきっと先輩の偽物に違いない」


 いや、お前さ。というよりそれ私の耳にもろ聞こえてるんだけど。

 とりあえず出てきたら一発きつい蹴りをお見舞いしてやるとして。

 あーあ、これでまたヤヌスに怒られちゃうよ。


「そうか。じゃあ私が本物の私だって証明するために今から3秒後にこの扉を蹴破るぞ。いいんだな?」

「え、えええ!!」

「行くぞ、いーーーーーーち。にーーーーーー」


 そうして扉は2秒で開かれた。その直前にドタバタと走る音が聞こえたけど。

 ヤリーロは扉の前で足を構えていた私を見つけて驚いていた。


「あ、ヤリーロ」

「ほ、本当に先輩だったんですね」

「ああ。とりあえずお前1発蹴っていいか?」

「す、す、すみませんでした~!!」


 それはもう見事な土下座だったよ。うん。私が今まで見た中で一番の土下座だった。

 一瞬だけどそのまま頭を踏んづけてやろうかとも考えたけどさすがに私はそこまで鬼畜じゃない。

 私は玄関前で土下座するヤリーロを無視して部屋の中に入って行った。


<神様の紹介>

〇イシュタム

下界ではマヤ神話に登場する「自殺」をつかさどる女神。

神界では某大学の教育心理学者で、それなりの権威である。

神は基本的に自殺はできないのだが、昨今の下界で人間たちが簡単に自殺して死んでいくという現状を憂いていて割と下界の人間たちのことについて詳しかったりする。

彼女の開講している授業は下界の人間たちがどのようなことに葛藤を抱き、また絶望して自殺するのかがよくわかると学生たちには人気だが、本人はそれを聞いて複雑な気持ちを抱いているそう。


〇カハク

下界では中国神話に登場する「黄河(中国にある河)」をつかさどる男神。

ただしこの作品内では「河川」をつかさどる神ということになっている。

漢字では河伯と書き、下界でも妖怪のかっぱの語源ではないかと言われている。

神界では主に山や川の資源や水質等を調査する仕事をしていて、趣味もフィールドワークだが実は本人は山よりも海の方が好きらしい。ただカナヅチで泳げず、1度波にさらわれて遭難しかかったことがあるせいでそれ以来海には近づけなくなったのだとか。


〇ウィツィロポチトリ

下界ではアステカ神話に登場する「太陽」をつかさどる男神。

神界では大手電気設備工事会社に務めているが人付き合いは苦手で寡黙な性格。

趣味は特になく、休日はずっとアパートの部屋でひざを抱えて過ごしていることも多い。

「太陽」をつかさどる神なのに暗い性格であることに劣等感を抱いていた彼だが、テレビでやっていた笑顔の特訓法を試し、少しだけ笑えるようになったことで最近では職場でも話しかけられることも増え、少しは前向きになった。これからは少しでも明るく生きていきたいと思っているらしい。

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