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ニートな女神がログインしました。  作者: 唯一信
第1階層―始まりの街―
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ニートな女神とゲームの始まり

 古来より多くの神々が住むとされてきた世界、神界。

 その神界には今なお様々な神様が住んでおられ、神としての仕事に明け暮れていた。

 しかし、これは下界すなわち人間の世界にも言えることなのだがどんな世界にも忙しいやつがいれば暇を持て余すやつもいて。

 神界に住む神たちの中にも忙しい神がいれば暇を持て余す神がいるわけであって。

 つまるところ私は断然後者の方であって今日も暇を持て余していた。


 神界の都市のはしっこの方に建てられた木造の古いボロアパート『はしくれ荘』。

 そのアパートの203号室が今の私の住んでいる場所だ。

 六畳一間で、風呂とトイレは同室だが一応ある。あとは、家賃が安いことで有名なところだった。

 その部屋の中央に置かれたクッションの上で、私ことアストレアは今、死にかけていた。


「…………暑い。暑すぎる」


 神界の今の季節は夏真っ盛りであり、外の気温は三十度を超えていた。

 部屋にエアコンなどという気の利いた設備などないこの部屋の中で、私は気休めにもならないほどのぬるい風を送ってくる扇風機の前で、うちわを仰ぎながらそう呟いた。

 確認のために言っておくが私はまごうことなき女神である。

 ただ、私の今の格好を見たら下界の人間たちはきっとそれを信じてはくれないだろうと予想できるほどには私の今の格好はだらけきっていた。


 ああ、こんな日はアイスでも食べたいな。だけども今の私にはアイス一本買う金もない。


 と、いうのにもちゃんと理由があるのだ。

 私は現在無職と言っても過言ではない状態にあるわけであって。

 いや、もちろん私も最初からこんな自堕落で無意味な生活をしていたわけではない。

 少なくとも神になってから最初のころはもっと志も高く生きる活力を漲らせていた。

 ではなぜ私が今こんな生活を送るはめになったとのかというとそれは何かの陰謀に違いなかった。


 下界の人間たちは知る由もないだろうからここで神様が普段どのような仕事をしているのかということについて少しだけ触れておく。

 まず神様には、それぞれが司るなにかしら、事象が存在する。

 簡単に言ってしまえばその神が何の神様であるのかということだ。

 火の神だとか水の神だとか、つまりはそういうやつだ。

 そして神々の仕事はその司る事象によって決定されている。


 たとえば創造神という神たちがいる。文字通り世界をゼロから創り出すことが仕事の神様だ。

 創造神の仕事は、最初がもの凄く大変なんだという話をよく聞く。

 だけど1度世界を作ってしまえば後はとくに何もすることはなく、たまに自分の作った世界をのぞいてはどんな感じになってるか確認するだけでいいという。

 以外にも給料は高めで、一年中バカンスに出かけてもまだ余るほどもらえるらしい。

 …………くそ、羨ましいな。


 また、豊穣神と呼ばれる神たちは忙しさでいうならナンバー1だったろう。

 私の父の友人にも1人いたけどその人はいつも目の下に大きなクマがあった。

 なんでも、世界というのはちょっと目を離しただけで害虫やら、災害やら、あとは人間たちの環境破壊やらが原因ですぐダメになってしまうのだという。

 そうさせないために豊穣神たちは常に下界を監視して、下界の大地と穀物の成長を見守っているらしい。

 ちなみに彼らも中々に高給取りであり、神界の一等地にあるタワーマンションの上層階やらに住んでいるものたちがほとんどである。

 …………くそ、それも羨ましいな。


 それでだ。もちろんそれだけではないのだけど神様は皆だいたい何かしらの仕事をしているということはわかってもらえただろうか。

 ではどうして私は何も仕事をしていないのか。その疑問の答えは私が司る事象に原因があった。


 私こと、女神アストレアが司るものはすなわち「正義」である。

 そう、「正義」。正しい義と書いてセイギと読むあれだ。

 私はそれを司る神としてこの世界に誕生してからというものずっと考えていたことがある。


 ……果たして正義とはいったいなんだろうか?


 そしてその答えが出ることがないままに数年が過ぎ去り、気づけばこっちにくる前に持っていたお金は底をつき、結果としてこの神界のボロアパートの一室で今は暮らしている。

 家賃やら水道代、ガス代、電気代は全部親が払ってくれている上、仕送りまでもらっているのだが、最近両親からは地元に帰ってこいと催促の電話が鳴り響きうるさい。

 だけど私は両親をなんとか説得していまだこの神界でいつか私も活躍できる時がくるということを信じている。

 今の私のような者のことを下界の人間たちの間では「ニート」と呼んでいるらしい。

 ようは働かないものの意味だが私は違う。断じて違う。私は働く意思はあるのだ。

 ただ、これといった就職先がまだ見つかっていないだけであって……


 と、私がいつものように思考を巡らせているとそこで玄関のチャイムの音がなった気がした。

 とうとう暑さで頭がやられて幻聴まで聞こえ始めたかと一瞬思いもしたがその後で聞こえてきた扉をノックする音で私はそれが現実であるということを理解し立ちあがった。


「こんにちわ。ってうわっ!、ちょっとアストレア。服くらいちゃんと着たらどう?」


 扉を開けるとそこに立っていたのは私のお母さん、などではなく隣の部屋の住人であるヤヌスだった。

 片手に大きな段ボール箱を抱え、もう一方の手にはコンビニのレジ袋を持っている男神。


「うるさいな。なんの用だこのさわやかイケメン」

「ちょっ、せっかく差し入れを持ってきたのにそれは酷くない?、ていうかそれ悪口じゃなくてむしろ褒め言葉だよね?」

「差し入れ!」


 私はその単語を聞いてそれまでどんづまりになっていた暗い思考を一旦忘れることにした。


「うん、アイス」

「ああああ!!、か、神様」

「え、うん。というか君も神様だよね?」


 私はヤヌスが手から下げていたコンビニのレジ袋の中に入っているそれを確認するとついついそう叫んでしまった。

 そして満面の笑みでヤヌスを部屋の中へと招き入れたのだった。


 ヤヌスは、私の隣の部屋である204号室の住人だ。

 司る事象は「扉」であり、今は家具職人見習いとして工房で修行中の身とのこと。

 なかなかに精悍な体つきをしていて顔も十分格好いいのに何故か女にはモテない不思議な奴だった。

 ただ、何よりも優しくて私がここにやってきて初めて手ぶらで挨拶に訪れた時も、実はその時徹夜明けで疲れていたはずなのに笑顔で出迎えてくれて逆に粗品を渡された。

 それからというものヤヌスは、私の事情を知ってか知らずか何かと私のことを気にかけてくれるようになり、こうしてたまに遊びに来ては色々と差し入れしてくれたりする。

 ヤヌスの実家は農家をやっているらしくて、その差し入れはもっぱら野菜だということが少しだけ残念に思っていたけれど。

 それでも私にとっては良き隣人であることに違いはなかった。


「アストレアは今日も暇してたの?」

「見てわからないの?」

「いや、そうだねごめん。……この部屋暑いね」

「うん、暑い。死にそう」

「窓くらい開けたらどう?」

「嫌だ。虫が入ってくるから」

「そう……」


 しばらくはヤヌスが持ってきたコンビニのアイスを2人で食べながらそんなとりとめのない話をしていたと思う。そして一足先にアイスを食べ終えた私は先ほどからずっと気になってたいたことをヤヌスに聞いてみることにした。


「ところでヤヌス。そっちの段ボール箱は何?、また野菜?」

「うん?、ああこれは違うよ。えっとね、まあテレビゲームかな」

「ゲーム?」

「うん。知り合いからもらったんだけど、僕はそういうの苦手だからいいって言ったんだけどね。押し付けられちゃってさ。それでせっかくだしアストレアにあげようかなって思って」

「ええ、でも私の部屋にはテレビないよ?」


 私はここに来た時からヤヌスがずっと小脇に抱えていた段ボール箱の中身がゲームだと聞いて少々がっかりした。

 それに地元にいたころは友達の家でよくやったりしたことがあるけど、別段得意というほどでもない。

 もらってもやってみたところですぐに飽きるだろうと思ったのだけど。


「いや、テレビはいらないんだ。ああ、実物を見てもらった方が早いかな」


 そう言って自分もアイスを食べ終えたヤヌスが段ボール箱を開けるとそこには……


「え、ヘルメット?」

「違うよ。いや、違うくはないのかな。えっとね、一応使い方も聞いてきたんだけど。これはフルダイブ型のアクションゲームをプレイするためのゲーム機なんだって」

「フルダイブ?」

「そう。なんか今下界の人間たちの間でも流行ってるらしいよ。えっと、VRって言ってたかな」

「VR?」

「仮想現実の略らしい。これを被ってゲームをスタートするとこことは違う世界、景色が見えるんだって。僕もやったことないから詳しくは知らないんだけど」

「そうなんだ……」


 どうやら私が自堕落な日々を過ごしている間に下界ではそのようなものが出来ていたようだ。

 最近下界の様子なんてチェックしていなかった私はただただそうなのかと頷くことしかできなかった。


「でも、どうしてこれを私に?」


 私は話は理解したものの根本的な疑問をヤヌスにぶつけた。

 そうだ、別にこれを渡すのは私でなくてもいいはずではないか、と。

 ヤヌスは私と違ってそれなりに人望もあって友達も多いだろうし。


「え、ああ。うーん、そうだな。まあ、アストレアが一番暇そうというか、ほら、神界の中でも時間がたくさんあるっていうか」

「あー、うんわかった。もうそれ以上は言わなくていいわかったから」


 私はヤヌスの言葉を聞いてついクッションで顔を隠してしまう。

 なんということだろうか。いや、だいたい予想はついてたんだけどさ。


「ご、ごめん。でもアストレア、何もしてないよりはゲームでもしてたまには気晴らしとか……」

「うん。わかった。わかったからしばらくそっとしておいて……」


 私が顔にクッションを押し付けたままでそう言うとヤヌスはやれやれといった感じで立ち上がり。


「じゃあ、詳しいやり方とかは段ボールの中に入ってる説明書を読んでおいて。箱ごと置いてくから」

「うん、ありがとう」

「まあ、アストレアも色々大変だろうけど頑張ってね。僕は応援してるから」

「うん」


 そう言ってヤヌスは私の部屋から出て行き、後には私と段ボール箱だけが部屋に残された。

 しばらくして私はヤヌスが完全に部屋を出て行ったことを確認すると玄関の扉に鍵をかけた。


「……さて、何はともあれやってみますか」


 私は部屋の中に戻り段ボール箱を開けて、とりあえず説明書とやらを読んでみた。

 読んではみたものの私はこういうトリセツとか見てもよくわからないタイプなのでとりあえず箱の中からゲーム機本体であるヘルメットを取り出した。

 装着の仕方や電源ボタンなどについてはかろうじて先ほどの説明書を見て理解はできていたので私はさっそくベッドの上に仰向けに寝そべるとヘルメットを装着して電源ボタンを入れた。

 すると変化はすぐに訪れた。


 キーンという音が聞こえたと思ったら視界がいきなり真っ暗になった。

 私がそれに驚いているとすぐに視界の中に文字が浮かんできた。


『welcome!』


 そしてそれからというものかれこれ2時間ほど私はフルダイブというやつに慣れるための訓練をした。

 まずはゲーム機本体の初期設定などを終えた後でそこで私はいきなり何もない空間に投げ出された。

 そこは真っ白い部屋であり、私自身の体も真っ白いタイツを着た男のような体だったけどとりあえずこれが仮想現実というやつなのだということを理解した。

 それからは動いたり歩いたり、走ったり物を掴んだり離したりなどの基本的な動作を覚え。

 あとは言葉を話したりはこちらと同じ要領で。呼吸なども設定次第でこちらの現実と同じに合わせることができた。ここまでがまず準備の段階だった。


 それでだ。ようやく肝心のゲームとやらを始められると思って私はフルダイブ空間の基本的な設定画面の中にあるゲームソフトの項目を選ぶと、すでにいくつかのゲームソフトがダウンロードされていた。

 どれも無料のゲームであったから私は安心していたけどしかしどれをやればいいのだろうか。

 と、私はソフト一覧の中にあるオススメと光っている1つのゲームを発見した。


『ゴッドワールド・オンライン』


 どうやらそれはMMORPGというジャンルのゲームのようだった。

 ソフトの説明欄にはゲームのおおまかなストーリーと、ゲームの目的などが書かれていたけどその中でも私はそこに書かれていたある一文が目についた。


『このゲームのプレイヤーには1人につき1柱の神様が選ばれその神様の恩恵が得られます。プレイヤーはこの神様の恩恵を上手く活用してゲームを進めて行きましょう。なお、このソフトの中には世界で確認されている古今東西あらゆる神が収録されていますが、どの神様の恩恵を得られるかはランダムで決まり選び直しはできませんのであらかじめご了承下さい。』


 古今東西のあらゆる神、ということはもちろんこの私も収録されているんだよな?

 おお、この恩恵というものがゲームの中でいったいどれだけの影響力があるのかはまだわからないけどもしかするとこのゲームを進めて行けば何か得られるものがあるんじゃなかろうか?

 ゲームの中に登場するであろうアストレアから今の私につながる何かしらのヒントが得られるのであればとても喜ばしいことであろう。


「よし、決めた。これにしよう」


 私はゴッドワールド・オンラインを選択してゲームをスタートさせた。

 さて、いったいどのようなゲームであるのだろうか。とても楽しみだ。



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