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そろばんはじき  作者: 天之屋エニシ
7/8

 ボク、京さん、穣くんの三人は、咄嗟にしゃがみ込んだ。

「見つかった。見つかった。見つ……」

「あの。付喪神って、鬼みたいなものですよね。やっぱり、人間とか襲うんですか?」

 平安京を舞台にした物語で、付喪神、百鬼夜行といえば、結構、恐ろしげに描かれている気がする。

「どおしよう。どおしよう。どお……」

 揺れるさまが、小学生に小突かれた薬屋さんのキャラクター人形みたいだ。

 駄目だ。今回の京さんは頼りにならない。展開したままのゲーム・スフィアは、かたかた揺れているだけで、HeLPを操っているようには見えない。

「付喪神もいろいろだから決めつけらんねえけど、もとになった道具とすがたがまざって、妖怪っぽくなってなきゃ大丈夫だよ。人間のすがたをしているうちは、昔のキオクがのこってるショーコだからな。俺が初めてみたのはゲタの付喪神だったけど、ありゃすごかったぞ。ほとんど――」

 見兼ねて穣くんが答えてくれた。

「力が強くなって、人間に化けることができる。って心配はないんだね」

「――まさに瞬……」

 ちょっと、黙るなよ。困った表情になってるから。

「こそこそ隠れてねぇで、出てこいよ」

 扇風機の前のように震え、コンビニのアイスコーナー程度には冷たい声。それに含まれた怒気におびえて、止せばいいのに、ボクたちは立ち上がってしまった。

「痛っ」

 とつんっと右肩への衝撃。反射的に左手でそこを探る。特に異常はない。人混みで、誰かに肩がぶつかったような感じかな。痛みも残っていない。

 でも、穣くんは違ったようだ。

「いってえ。デコになんか当たった。さっきからなんか飛んできてるよな。コセンが弾かれたり、ビンが割れたりしたのも、そのせいだぜ。付喪神になると、自分に張り付いてるセカイ語、勝手にいじれるようになっからなあ。何飛ばしてきてんのかなあ。『土』があったから粘土玉か? そのわりには硬い感じだな。あっ、ピカピカに磨いて固く――」

 額をさすっている。ボクに当たった物体は、同時に複数飛んでいるみたいだ。

「おい。一人足りなくないか」

 ノイズが混ざって耳障りな、付喪神の声。

「えっ?」

 言われて気がついた。てっきり京さんもいる、と思っていた場所に彼女の姿がない。り所のようにゲーム・スフィアを持って、しゃがんだままだった。

「――こうなったら石を――あ、ズリぃ姉ちゃん。俺も隠れよっと」

 そんな姉を見て弟は、下段を抜かれたダルマ落としのように、再びしゃがむ。

 先を越された。ボクも続こう。でも、その前にちょっと様子を伺って……。

 目が合ってしまった。多分、目のはずだ。だけれど付喪神のそれは、顔に二つ穿うがたれた穴にしか見えなかった。

「お前がリーダーってことか」

 誤解ですう。むしろ、この場で最も傍観者に近い存在なのに。

「練習ができなくて佐藤に負けたら、どう責任とってくれんだよ」

「痛」

 額に何かが当たった。佐藤って誰だよ。付喪神が人間だった時のライバルか?

「どうせ、俺を退治しようとか思って来たんだろう」

 自分が人外の存在だという、自覚はあるみたいだ。

「退治なんてしないよ」

 多分だけど。

「嘘つけ! そこにある刀は何だよ」

「あっ」

 長机の上、置き去りにされた『猫目丸』。穣くん、迂闊うかつすぎ。

「これは、えっと、刃がなくて切れないから安全で――」

「言い訳なんか聞きたくねえ!」

 ひしっ。風を切る音が通過し、右頬に直線の痛みが走る。咄嗟に懐中時計を放して触ったらほんのり温かい、濡れた感触。そして鉄の匂い。

「血?」

「マジ? 切ることもできんのか? 意外とサッショー能力あんだな。じゃあ、『火』も使って粘土を固めた陶器性。でも、割れた感じはねえなあ。くっそお。せめて、何が飛んできてるか分かったらなあ――」

 ちょっと待て。聞き捨てならないぞ。

「今、サッショー能力って言った? それ、殺すの『さつ』に『きず』って書く殺傷能力のこと?」

「――折れたら困るから――あ? ああ。他にもあんのか? 俺は、その字しか知らねえけど」

 嘘だろう。さっきから、何気なく肩や額で受けちゃってた謎の物体。付喪神の気分次第で、弾丸みたいに身体を撃ち抜く可能性もあるってこと?

 ボクを、ぶつかりあった金属の共鳴のように襲う動揺。この室に入って何度もぶり返していた寒気が、パワーアップした結果だ。

 柄にもなく京さんを守ろうなんて、決意するんじゃなかった。激しく後悔する。

「『引』が、十六十くんに貼り付けられた。ピンポイントでは狙えないだろうけど、何かは、確実に身体にあたるよ」

 京さん。シンク・スフィアを使えるくらい落ち着いたのなら、攻撃しないよう説得してほしいんですけれど。

「そこの隠れている二人。立ってる奴の命が惜しかったら、お前らも出てこいよ」

「……」

 出てこない。

 ボクの命はどうなってもいいのか。

「ただの脅しだと思ってるみたいだな。おい、立ってる奴。恨むんだったら下の二人を恨めよ」

 付喪神の黒い目の端が、鋭く釣り上がったようにみえた。纏った青白い光の更に外側に、何やら小さな粒が浮かぶ。

 来る。

 幾つかの粒が収束する軌道をとる。堪らずボクは目を瞑る。

 でも、粒はおろか、飛来する際の風すら顔には当たらなかった。

 恐る恐る、瞑った目を開ける。目と目の間に何かが静止していた。右と左の瞳をよせて、ピントを合わせる。裾が広くて頂点が欠けた円錐を二つ、底面同士を合わせてくっつけた物体。目を閉じていたお陰で闇に慣れたのかな。材質もなんとなく分かる。木だ。

「へえ。これがナユタ先輩の能力『トリミング』かあ。すっげー。宙に止まってるよ。だけど、これ、何だ? どっかで見たことあんだけど――」

「そろばんの珠だね」

 今更立ち上がったのか、新谷姉弟。

「なんですぐ助けてくれないんですか! 『トリミング』が偶然発動したから良かったけど、あれが当たったら凄い痛いですよ」

「そろばんの珠? そろばんを玩具にしてまで大切にしよおって人間が、そんなの飛ばしてくるか? 俺が竹刀分解して竹を飛ばすようなもんだろう」

「本物じゃないよ。ほら『トリミング』の効果が消えた途端に無くなった。『質』と『土』で作った、実体のある幻みたいなかんじかな」

 無視か。

「あ、わりわりい、『猫目丸』取るイメトレしてたら遅くなった。利き手で取りにいったら逆手になるから、左手でいかねえとなとか考えてたよ。で、フッと立ってサッと取って、ヤアッってかまえるわけだ。かまえたって素物質プリミティブから力をもらってねえ鉄の棒じゃあ、たいして役に――」

『猫目丸』が、無事、穣くんの手に戻っていた。イメージトレーニングの成果ってことか。

「私は、足が痺れて立てなかった」

 京さんの立ち姿はどことなくかしいでいる。痺れている方の足をかばっているみたいだ。そりゃそうだ、あれだけしゃがみ続けていたのだから。

 とまれ、意地悪されていたわけじゃなくてよかった。

「で、どうする? コセンはしゃがんでた時に探してもみつからなかったし、水もこぼれた。一旦出直すってのも、『弥生』でバッサリってのもだめなんだろう?」

「この機会を逃したら、たぶんもう出てきてくれないだろうから、退くのは無し。勿論、退治しちゃう案も却下。Aさんだっけ、その噂が本当だったとしても。だって、魂を宿しているだけの玩具ならともかく、意思がある付喪神は、容れ物が違うだけで人間と同じ存在だよ」

 付喪神を直視するように顔を上げる京さん。優しさと凛々しさが同居する表情が格好いい。弟を盾にしていなかったら、尚よかったのに。

 もう、次の珠(弾)が付喪神の周囲に浮いている。臨戦態勢ってことなのか? 違うかな。攻撃の準備というより防御用の壁に見える。

「容れ物が違うだけで同じ存在」京さんの言葉が、頭のなかで繰り返された。

 もしかすると、付喪神にとってこれは初めての戦闘なのかも。さっきの攻撃、本気でボクの命を奪うつもりだったのが、できなかったんじゃ? だとしたら、あいつは怯んでいる。

 一つ案が思いついた。懐中時計が入っているのとは反対のポケットにある物を握りしめて確認する。

「水は、液状じゃなくても代わりになりますか?」

 ボクは、使い捨てカイロを取り出した。

「何だよ、そんなあっつくなるもの出して。『水』の代わりを出すのかと思ったら、それじゃ『火』じゃん。あの付喪神には『火』がついてっから、そんなの使ったら逆効果だぜ。あ、あれか? 力をつけてあげます。僕たちは敵じゃないですよってアピールか? それはダメだろお。動物相手じゃないんだから――」

 うん、だいたい予想通りのリアクション。

「使い捨てカイロが温かくなる仕組みは、簡単に言うと鉄の酸化作用による発熱なんだ」

「――お代官様も――ん? 姉ちゃん。サンカってなんだ?」

 穣くんが、後ろにひっつく姉に尋ねる。そうか、中学一年生では、まだ勉強していないんだ。「鉄なら、錆びることだよ」

 全く面倒そうな素振りを見せず、京さんが応える。

「錆びるとあったかくなんのか?」

「錆びる時に熱が出る」

 家でも良く勉強を教えているのかな。

「へえ。で?」

 唐突に、続きを求められた。

「だから、この中には――」

 ボクは、外袋に入れたままのカイロをふる。

「鉄――っていうか鉄粉と、酸化の基になる酸素を取り込む活性炭、それと早く錆させるための材料が入ってる。その材料が、塩とバーミキュライトに含まれた水なんだよ」

 自販機でお釣りを取ろうとしたら、前に買った人の分も残っていた。穣くんは、そんな顔をした。

「よくわかんねえけど。とにかく、その中には水が入ってるんだな」

 理解してくれなかったんだ。ま、ボクには下の兄弟がいなくて、教えるのは下手だからね。仕方がないよ。でも、いいんだ。まだ、ちょっと季節先取り感があって、使い道に困っていた使い捨てカイロが、無駄にならないみたいだから。

「エンリョなく使わさせてもらうぜ」

 くどくど心で呟いていたら。とっとと取られた。

こぼれるから、袋から出さないで、刺しちゃえばいいんだよ」

「そうか。こうか?」

 姉のアドバイスに素直に従う穣くん。カイロの面に対して垂直に刀を刺すと思いきや、水平にしてそれをやってのけたので意表を突かれた。中に入っている物を、より多く刀身に触れさせるには効果的なのかも。

 一旦、はばきに届くまでカイロを貫き、引き戻す。

 引き戸上部のガラスから入る廊下からの光が、刀身を三日月のように照らすのに、まるでそこから溢れてきたように浮かぶ水滴が輪郭を霞ませる。

「『朧月おぼろづき』」

「わかるか、ナユタ先輩」

「『猫目丸』に素物質プリミティブの『水』が吸収された姿だよ」

 見た目が凶器であることの恐ろしさを忘れて、率直に、美しいと感じた。秘められた魔性の力が、ボクの感性を狂わせたのかな。

「それで、付喪神を切る?」

「ああ。太刀たちで、相克関係のセカイ語をつ。俺は、『断ち屋(たちや)』だ。新谷家の長男は代々、『猫目丸』と一緒にこの仕事を引き継いでんだよ。先に生まれた方なら、女でもいいと思うかもしんねえけど、『猫目丸』の中の魂がやきもち焼きの女の人らしくって――」

 喋り続ける弟に対し、姉は黙々とゲーム・スフィアを操りだした。そんな彼女を見て疑問が一つ。

「付喪神は、自分のセカイ語を自由にいじれるんですよね。だったら、HeLPで変更したそばから元通りにしちゃうってことはないんですか?」

『猫目丸』をめつすがめつしながら、穣くんが代わりに答えてくれた。

「――大学を出たらすぐ――ん? そんな時は、バッチ処理モードにすんだよ。セカイ語を全部読み込んで、変更して、一気に貼り替えんだ」

 ああ、ボクを自転車事故から救ってくれた時のやり方がそうだったのか。じゃあ、図書室で使っていたのは、リアルタイム処理モードだったのかな。

「できた。こんな感じで、頭の方に『火』を集中させるから」

 京さんが、モニターを穣くんに見せる。ボクも隙間から覗く。

 微動だにしないしない付喪神の頭に、赤と黄色と『*《アスタリスク》』のパネルが三枚一組で鮨詰めになっている。バッチ処理モードでは、カメラの映像も一旦画像にするらしい。

「くれぐれも、斬りすぎないでよ」

「寸止めか? 無茶振りだな。刀って重いんだぜ。まあ、こんなこともあるかと思って鍛えてっけどさ。失敗してもいいように、『火』厚めのにできねえか? 『猫目丸』の欠点は、どんだけ素物質をキューシューしてっか、ぱっと見には――」

「『火』はこれ以上持ってこれない。でもその代わり、いっぱいある『土』でカバーしてるから、それで何とかして」

「――『針葉しんよう』か! ってくらい――あ、そうなのか。じゃあ、大丈夫かな。で、何秒?」

「六秒」

 何度も一緒に仕事をこなしている仲間同士特有の謎段取り。ただ、邪魔にだけはならないように、ボクは一歩退いた。

「用意」

 フルーツ・カービングで使うナイフのように、小さく鋭い京さんの合図で、緊張感が伝わる。

「始め!」

 六秒は、バッチ処理モードで変更したHeLPを貼り替える時間であり、付喪神との膠着状態を破り決着をつけるまでの時間でもあった。

「一」

 穣くんが、並んだ長机の隙間、通路状になったスペースにすうっと滑り出た。

「二」

 その場で、脇構えになり、付喪神を見据える。

「三・四」

 雑なコマ割りのパラパラ漫画を見るような速い歩み足で、付喪神との距離が縮まる。

「五」

 慌てて付喪神が防御状態にしていたそろばん珠を放つけれど、穣くんは『猫目丸』を振りかぶりながら弾き返し、そのまま上段の構えをとった。

「六」「面」

 上段からの片手面。

 ボクの位置からでは、角度的にも距離的にも、定かにできないけれど、『猫目丸』の切っ先は、付喪神の前髪に触れるか触れないかで止められているようだった。

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