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そろばんはじき  作者: 天之屋エニシ
4/8

 三日後、月曜日の夜。ボクはコンビニで週刊少年ジャンプを手に取り、『ワンピース』を立ち読みしていた。

 ジャンプの発売は毎週火曜日だけれど、一部地域では異なるらしい。神栖市は月曜日に店頭に並ぶ。あの下りはもう書かれていないのかな。確認したい。でも、立ち読みだから自重しよう。

 平積みの一番上に、表紙が疲れてきたジャンプを置く。毎日着ていて見覚えのある制服の袖が、すかさずそれを持っていった。

 こんな時間に制服でコンビニに来るような奴は、ヤンキーに違いない。気配で身長がボクより高いのがわかる。これからダチとゲーセンにでも繰り出し、理不尽な学校教育に戦いを挑むべく反射神経を培うため、格闘ゲームやリズムゲームに明け暮れるのだ。きっと。

 ちなみに、ボクも制服だけれど。これは今から学校に忍び込むのだから、仕方がない。

 新谷さんからのメールは今日の放課後に届いた。二日も音沙汰がなかったから「さては、幽霊が怖くて先送りしているな」と勘繰りだしたころだった。

 文面は、「今日は都合が良さそう。二十一時、商業の坂の下交差点左手にあるコンビニに集合」だ。

 これから大切な仕事がある。

A 変な言いがかりをつけられてカツアゲされる。

B 学校に反旗を翻すヤンキー仲間だと思われて話しかけられる。

 どちらの未来も選択するのはごめんだ。そそくさとこの場を離れよう。

 懐中時計を握りつつ「ペットボトルを買いにいくんだよ」感を醸し出しながら一歩退いた時。新たに客が入ってきた。

 反射的にそちらを向くと、OL風スーツの新谷さんだった。

「新谷さん」「姉ちゃん」「ジョウ。と、十六十くん」

 もうちょっとズレたら、三人分の声が混ざって新しい言葉を生み出していたかも。

「えっ? 姉ちゃん?」「んっ? 新谷さん?」

 聞き捨てならない言葉。推定ヤンキーの方を向くと、相手もこちらを見ていた。

 額に横の皺を寄せるだけで目が合う。身長は、気配で感じた程高くなかった。しかも童顔。未成年に「童顔」も無いかな。でも、小学校でも通じそうな顔で校章が三年生だったから、ついそう感じてしまった。三年生! 先輩じゃん。いや、待てよ。新谷(姉)さんは制服姿の時、二年生の校章をつけてたぞ。そうか、新谷(ジョウ)さんも、潜入調査用のコスプレ中だとしたら、あれは参考にならないのか。

「ここで自己紹介しあってたら店に迷惑だから出よっか」

 新谷さんの声で我に返った。

「外に二台自転車あったけど。一台はジョウのだよね」

「ああ。タクシー代ケチってチャリで来た。家からここまでケッコウ距離あんのな。いいアップになったよ。今日は稽古に出られねぇから丁度いいかも。姉ちゃんはなんで来たんだ。バスはもおねえよな。歩きか? なはずねえか。じゃあタクシー? イソー対応局からケーヒ出んの? やるなぁコウさん――」

 ものすごく喋る男だ。だけど、そこ以外はさすが姉弟、性格が似ている。二人は、ボクを確認しないで入口に歩き出す。背中を向けたジョウさんの肩に、竹刀袋が下がっていた。

「ちょっと待ってください」

 ボクはトイレを借りるためだけに入ったコンビニでも、手ぶらで出ることができない。いつもなら、ブラックサンダー一つが入場料だ。でも、今回はお菓子売り場まで行っていたら置いていかれそうだ。奮発して、近場にある使い捨てカイロで手を打とう。

 人形ひとがたの穴だけは開けてしまわない程度に、勢い良くドアを押して出た。

「十六十くん、こっち」

 ハンドルに手を置いたバッチリな出発態勢の弟と、新谷さんが、店のすぐ傍に立っていた。ボクが停めた自転車の隣でもある。

「何か買ったの?」

 新谷さんが、ボクが持つ小さなコンビニ袋を見た。

「これです」

 暖かそうな色使いのパッケージを取り出す。

「寒がりか! もしかして運動不足か? シンチンタイシャが悪いんじゃねえの? 俺は剣道で鍛えてっから全然寒くねえぞ。ホーリツが許すんなら上半身ハダカでもいいぜ。そうだ、うちの道場に来いよ。アソーギさん知ってるだろ。あの人――」

「ごめんね、うるさくて」

 新谷さんが遮った。話し始めたらフーコーの振り子並に止まらないようだ。

「こいつは、私の弟のジョウ。中学一年生だから呼び捨てでいいよ」

 年下だったのか! 顔だけなら納得できるけど、身長の高さは許せない。

「よろしくな。あんたは高一なんだよな。学校違うけどセンパイって呼んでおくか? 変か? でも、ナユタさんじゃ大人みてえだし、ヒフミさんじゃ、女にもいそうでまぎわらしいだろ? あいだ取ってセンパイ――」

 身内以外が途中で止めるのは失礼かと思って聴いていたけれど、きりがない。

「外国人みたいで格好いい名前ですね」

 無視して新谷さんに話しかけた。

「そうかな? 五穀豊穣の穣だけど」

 その説明で、一気に日本人ぽい印象になりました。

「で、こっちが、前から話していた十六十一二三なゆた ひふみくん」

 下手に話しかけたら、また言葉の奔流ほんりゅうが止まらなくなる。ボクは用心し、無言で頭を下げた。

「じゃあ、行こっか」

 男二人の挨拶が続かないのを見て新谷さんが音頭を取り、一行は歩き出した。

 二台分の自転車ライトと少ない街灯。その光が、積もった埃に引いた指の跡のように、夜道を薄く照らす中、ボクたちは学校へと向かう。

 その間、ふとした拍子に始まった穣くんの長話は、色々なことを教えてくれた。

 彼は、小学校に入学する前から剣道を続けている事。

 新谷姉弟の家は江戸時代から続く剣道の道場で、父親が玩具トラブルの解決業をするかたわらそこの先生をしていた事。

 あの阿僧祇氏が、父親の一番弟子である事。

 父亡き後、穣くんが『猫目丸ねこめまる』という玩具を引き継いだ事。

 新谷さん、お父さんいないんだ。前を歩く新谷さんの後ろ姿に、ランドセルを背負って小学校へ向かうボクの姉さんの姿が重なる。

「――で、こっからは道なりでいいのか?」

「ちょっと、急に止まらないでよ」「うあ! すみません」

 危うく新谷さんを自転車で轢きそうになった。先頭を歩いていた穣くんが、独り言と一緒に、歩みまで唐突にとめたからだ。商業の坂の下交差点を右手に曲がってすぐ。ボクが新谷さんと阿僧祇氏に自転車事故から助けてもらった地点の、ちょっと手前だ。

「途中の小さな脇道を無視して進めば、左手に校門があるよ」

「OK。じゃあ先に行って待ってるぜ」

 姉の返事を訊くと、穣くんは押していた自転車に跨る。そして、「うっしゃ」と気合一発、肩の竹刀袋を揺らしながら立ち漕ぎで坂を登り始めた。よろよろとだけれど、着実に遠ざかる後ろ姿。坂の下から助走もせずに自転車登坂する人間を、初めて見た。恐るべし新谷弟。

「弟さん、凄いですね」

 いろいろな意味で。と続く言葉は飲み込んだ。

「うるさいでしょ」

 新谷さんにはお見通しだった。いざとなったら「父を亡くしても健気に生きる」ことへの賛辞として誤魔化すつもりだったのだけれど。

「元気でいいじゃないですか」

「あれでも、マシな方なんだよ。だって、昨日は『おはよう』って言っても『うっせえバカ』って返すくらいのやんちゃモードで。その前は、足の小指をぶつけても声をださないくらいのサイレントモードだったんだから」

 思春期? だとしたらこじらせすぎ。ボクも身に覚えがあるけれど、流石に足の小指をぶつけたら声が漏れる。

「玩具使用の副作用なんだ」

 玩具と副作用。変な言葉の組み合わせだ。意味が分からないボクは、新谷さんの説明を待つしかない。

「ほら、穣が行っちゃったんだから、十六十くんが隣に来てくれないと道が暗い」

「あ、はい」

 慌てて隣に並んだところで、新谷さんは歩き出した。

「さっき、穣が言ってた『猫目丸』ってね、素物質プリミティブを象徴する物から力をもらって状態が変わる刀なんだけど、そのせいかなあ、使用者の性格を、眠って起きる度にコロコロ変えちゃうんだ」

「元から情緒不安定、ではなかった?」

「うん。礼儀正しくて、明朗快活。年中無休で絵に描いたようなスポーツ少年だった」

 声から、そんな弟を自慢に思っていたのが伝わる。

「元の持ち主はお父さんだったんですよね。きっついなぁ」

 毎朝キャラ設定が変わる父親。ボクだったら引きこもるな。

「あ、お父さんは心身共に鍛え方が違ったから『昨日は良いことあったかな』とか、『仕事でヘマでもしたのかな』くらいのブレかただったよ」

 どんな鍛え方をしたらそんなに強くなれるの? でも、そのくらいの変化でよかった。

「ちなみに、コウさんが中身のない嘘ばっかりつくようになったのは『ランドルトリング』の影響なんだって。私が物心ついたときには『のぞき屋』になってたから『本人談』でしかないけどね」

 それ、絶対嘘でしょう。まだ、一回しか会ったことが無いけれど、断言できる。

「つまり、そういうのが副作用ってことですか?」

 この間図書室で「玩具所有を勧めない」みたいなこと言われたけれど、やっと理解できた。まてよ、玩具使用に副作用があるってことは……

「新谷さんにも、同じことが言えるんですよね」

「新谷さんって、私? 穣?」

「年下の穣くんに『さん』を付けてたら、ビビってるみたいでしょう」

「それもそうだね。じゃあ、紛らわしいから、私のことはこれから『京』って呼んでよ」

 思わず自転車のブレーキを握る。いいのかな。年上の女性を気安く下の名前で呼んでも。

 慣性の法則でちょっとだけ前に出た新谷さんが振り返る。

「どうしたの? 急に止まって」

 ドラマやアニメのヒロインはこんな時、小さな笑みを口元に浮かべて小首でもかしげるのだろう。でも、彼女は違う。違うからなのかもしれない。

「何でもないです。け、京さん」

「良かった。『さん』まで省かれたら引くところだったよ」

 もう、惹かれています。

「おおい。おっせえぞ姉ちゃん。とナユタ先輩。せっかく温まったのがムダに――」

 あと十メートルも登れば辿り着く神栖商業の正門前で、穣くんが両手を振っている。

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