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ぎゅっと寄せられた眉は、端が少し上がっている。細めた眼は、長い睫毛で隠れてしまいそうだ。ビスクドールのような新谷さんの手には、ゲーム・スフィア。今日のゲームはじっくり考えるタイプみたいだ。
OL風スーツの女性とゲーム機。なんか、妙なときめきを感じる組み合わせだな。上目遣いでそれを観賞しつつブレンドコーヒーをすする。まだほんのり温かい。
喫茶店『かぶとむし』の一番奥の席。ボクが到着したときに挨拶をしてくれただけで、新谷さんは動かなくなってしまった。
今日は永田先輩から珠算部の怪談を聞いた翌日だ。経過報告のメールは部活の合間に送った。もちろん「七不思議発見」の旨も添えたのだけれど、昨日は都合がつかなかったようだ。
「ふー、やっぱり『倉庫番』は向いてないな」
ボクが、もう一口コーヒーを飲み、まだ酸味が出しゃばっていない事に安心したところで、やっと新谷さんはゲーム機を置いた。
「終わりました?」
「うん。ところで、暇そうに私のこと視てたけど、十六十くんはゲームとかしないの?」
なんで気付いてるの? ゲームに集中してたんじゃないの?
声に動揺が現れてしまうから、細心の注意を払いつつ答える。
「ゲーム、しますよ。新谷さんと違ってRPGばっかりですけど」
「なんで、私がRPGをほとんどやらないって思ったの」
「……」
会話の役に立つかと、先日呟いていたゲームのタイトルをネットで調べたら、パズルゲームばかりだった。からだけれど。これを言って気味悪がられないかな。
「間違ってないから、どうでもいいんだけど」
どうでもいいんだ。
「そんなことより、メールに書いてあった七不思議の件、報告してよ」
両手をテーブルについて、新谷さんが身を乗り出した。
視界を埋める大きな瞳。慌てて目を逸らしたら、にんまり笑う桃色の唇。ボクは、耐え切れずに壁に逃げ場を求めた。
「七不思議っていうより、怪談っぽい話なんですけど。大丈夫ですか?」
「どういう意味? 私が怪談を怖がるとでも思っちゃった?」
出会ってまだ四日。漠然と、新谷さんには理系の印象を感じていた。こんな女性が「実は怪談的な超常現象が大の苦手です」となったら萌えるのに。まぁ、職業柄それはないか。
衣擦れの音。座ったようなので視線を正面に戻す。新谷さんはまだ立っていた。腰に手を当てて睥睨している。
「大丈夫ですかっていうのは、一昨日、新谷さんが屋上で言ってた『当たり』ではないかもってことです。だって、探しているのは、出処が分からない『玩具』ですよね」
図書室にセカイ語を貼り付けている玩具の名前と、それの仕立て屋を知りたがったこと。仕立て屋が「天之屋」だとわかったら「ハズレ」としたこと。この二点から推理してみた。
「頭がいい子は嫌いじゃないけど、詮索されるのは嫌いだな」
「間違いではないんですか」
「当たらずしも遠からず、かな」
新谷さんは憮然としながら座る。聞き分けのない生徒に手を焼く新米教師に見えた。着られている感が消えないスーツ姿のせいかも。
「兎に角、報告して。聞いてみないことには何も判断できないから」
「わかりました」
ボクは残りのコーヒーを飲み干してから、あからさまにそっぽを向く彼女に、仕入れた七不思議を話し始めた。
永田先輩と違ってボクの場合は業務報告なので、簡潔に済んでしまった。
その間、新谷さんは横を向いたままだった。どことなく、表情を読まれないようにしている気がする。
「あの、どうします? 早速、今晩にでも行ってみます?」
「えっと、今回は荒事になりそうだなぁ」
答えがズレている。何か変だぞ。
「こ、この件を調べるにはちょっと準備が足りないから、後日、それが整い次第連絡します。でも、参加は強制じゃないから」
口調がいつもと違う。ひょっとして、動揺している?
「ボクが一緒じゃなくても、場所とかは分かるんですか」
「情報処理棟のキズ調査で、商業の中は一通り歩いたから大丈夫。珠算実習室だっけ? 特別教室棟にあるんだよね」
「はい」
新谷さんの声に、微かなビブラートが掛かっている。ボクは一つの仮説を立てた。
そして、ちいさく決意する。
「あの、絶対参加しますから」
守らなきゃ。
新谷さんが、無くしたスマホを冷蔵庫の中で発見したように、やっとこっちを向いた。
「わかった。じゃあ『トリミング』を少しでもコントロールできるように練習しておいて」
新谷さんは立ち上がると、ゲーム・スフィアを手に、しようとしてお手玉のように落としそうになりながら腰のフォルダーに嵌め、横歩きでシートから通路に出る。
間違いない。彼女は、不可思議な現象は平気でも、幽霊っぽいのは苦手なんだ。
いつの間にか手に取っていたレシートを、これまた落としそうになりながら、新谷さんが去っていく。見送るボクは、仮説が正しかったと確信した。
その夜、家に帰ってからネットで「荒事」の意味を調べてみた。
「荒事」――。歌舞伎の、超人的な主人公がする演技や演出の一種。
「絶対参加」と見得を切ってしまったことをめちゃくちゃ後悔した。