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そろばんはじき  作者: 天之屋エニシ
2/8

「盆蔵。私に何か聞きたいことがあるんじゃないの」

 やだなぁ。こわいなぁ。でも、これはチャンスだよなぁ。懐中時計を持った右手は当然として、左手までにぎる。関節からぎしぎしと音が聞こえてきそうだ。きっとゼンマイ仕掛けのブリキ人形のように見えるだろうな。

「昨日、持田が言ってたけど、学校の七不思議集めてるのよね」

 牛歩のように時間をかけて辿り着いたボクに、永田先輩が仏頂面できく。持田、昨日は来てたのか。

「あ、あの。今年の文化祭、うちのクラスの出し物、駄菓子屋なんですけど、いまいち面白そうじゃなくて。来年は、七不思議をテーマにしたお化け屋敷なんかをやりたいなぁって」

「もう、来年のこと考えてるの」

 北川さんに聞かれた時の反省点として準備した答えだ。けれど、時期尚早だったかな。

「思っただけですけど」

「一つあるわよ」

「えっ?」

「だから、七不思議の一つ、見つけてあげたわよ」

 おお持田、心の友よ。それにしてもあいつ、永田先輩を動かすなんて凄いな。ひょっとして、どんな人でもたらしし込める玩具使いなんじゃないか?

「ありがとう、も――じゃなかった、永田先輩」

「べ、べつに、この学校に七不思議があるのか気になっただけで、盆蔵のためじゃないから」

 怒られた。何も、持田にお礼を言いそうになったくらいで、他所を向かなくてもいいじゃないか。だから、この人は難しい。

「すみません」

「なんで謝るのよ」

 ええっ? じゃあ、どうしろと? 助けてほしくて松井先輩や芳美先輩の方に視線を彷徨わせる。だめだ、絵に集中している二人は全くふり向かない。

「どこ見てるのよ。七不思議、訊く気はあるの? 無いの? どっち」

 この剣幕の質問に対する答えは一つ。

「是非、教えてください」

「ほんとに、盆蔵はダメダメだね」

「ふんっ」と息を吐きながらも永田先輩は、見つけた七不思議を語ってくれた。


 二日後に珠算検定を控えた金曜日の夜八時。珠算部のAさんは、家でも練習しようとテキストを取り出したところで、肝心のそろばんを学校に忘れてきたことに気がつき、珠算実習室に取りに向かっていた。

 ほとんどの部活が終了し、教職員駐車場の車も残り少なくなったこの時間、明かりをつけながらとはいえ静寂が支配した廊下は、さぞかし気味が悪かったのだろう。特別教室棟の階段を上がり三階の実習室に到着したところで、中からそろばんの珠を弾く音がきこえ、Aさんはまず、安堵したらしい。

 誰かがこっそり練習していると思ったのだ。

 今日の珠算部は終了している。実習室の明かりが漏れていない。そして、そろばんの音が異様なほど早い。怪しむべき点はいくつもあるのに、Aさんは全く気づかず出入口の引き戸を開けた。

 暗闇の中、青白い光に包まれた丸刈りの男子生徒が背中を向けていた。

 しゃあ、ぱちぱちぱち……。しゃあ、ぱちぱちぱち……。

 一心不乱に男子生徒はそろばんをはじく。

 部活では見かけない男子だった。今時、運動部でも丸刈りにするのは稀なので、間違いない。出鱈目ではなくきちんと計算をしているのは、安定したリズムと崩れない姿勢でわかる。にもかかわらずこの素早いそろばんさばき。珠算部に勧誘しないのは勿体ない。Aさんは男子生徒に声をかけようと数歩進む。

 大きな声を出さずに呼びかけてもきこえるだろう、そんな距離まで近づいたところで、(へや)の暗さからAさんは、長机につまづいてしまった。邪魔をしてしまったかもしれない、咄嗟に謝ろうとしたが。

 しゃあ、ぱちぱちぱち……。しゃあ、ぱちぱちぱち……。

 男子生徒は全く意に介さず、そろばんを弾き続ける。

 あまりの無反応に、さすがにAさんは違和感を覚えた。

 そして、気づく。

 男子生徒の着ている制服は、何年も前に廃止された詰め襟の学生服だと。


 以上、ダイジェスト版でした。

 それにしても、雰囲気たっぷりで語られちゃったな。

「で、その後どうなったんですか?」

 ちょっと悔しいけれど、引き込まれてしまったことは否めない。Aさん、無事かな。

「気付いたらAさんは、自分の家のベッドに寝ていたそうよ。どうやって帰ってきたのか、まったく思い出せなかったみたい。当然、取りに行ったそろばんも忘れたまま」

「検定は、合格できたんでしょうか」

「……」

 妙な間だ。変な質問だったかな。

「検定は、どうなったかわからないけど、Aさんは学校を辞めてしまったそうよ」

「転校ですか?」

「転校なのか、自主退学なのかはわからないわね」

「えっ? わからないって。Aさん、永田先輩の知り合いじゃないんですか?」

 三角みすみさんのことがあったので、てっきりこの話も、身近な誰かの体験談だと思っていた。

「知り合いの知り合いからきいた話なんだから、『Aさん』が誰かなんて知らないわよ」

 言いがかりをつけられたと感じたようだ。永田先輩は腕と脚を組んだまま。勿論、ボクにそんな気はさらさらない。でも、雲行きは怪しくなってきた。

 だって、「知り合いの知り合いから聞いた話」って、都市伝説や怪談の常套句じゃないか。

「ちなみに、永田先輩にその話を教えてくれた人は誰なんですか? ボクも知っている人?」

「多田くんよ」

 ボクの脳裏に、前髪に半ばかくれた目で、吃音気味にしゃべる同級生が浮かびあがる。多田くんなら、同じクラスじゃないか。こわい思いをしてこの人にきかなくてもよかったじゃん。

「多田くんに聞いたら、きっと同じく、知り合いの知り合いに聞いたって言うんでしょうね」

「たぶんね」

 次の機会は、まず多田くんを当たろう。

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