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「盆蔵。私に何か聞きたいことがあるんじゃないの」
やだなぁ。こわいなぁ。でも、これはチャンスだよなぁ。懐中時計を持った右手は当然として、左手までにぎる。関節からぎしぎしと音が聞こえてきそうだ。きっとゼンマイ仕掛けのブリキ人形のように見えるだろうな。
「昨日、持田が言ってたけど、学校の七不思議集めてるのよね」
牛歩のように時間をかけて辿り着いたボクに、永田先輩が仏頂面できく。持田、昨日は来てたのか。
「あ、あの。今年の文化祭、うちのクラスの出し物、駄菓子屋なんですけど、いまいち面白そうじゃなくて。来年は、七不思議をテーマにしたお化け屋敷なんかをやりたいなぁって」
「もう、来年のこと考えてるの」
北川さんに聞かれた時の反省点として準備した答えだ。けれど、時期尚早だったかな。
「思っただけですけど」
「一つあるわよ」
「えっ?」
「だから、七不思議の一つ、見つけてあげたわよ」
おお持田、心の友よ。それにしてもあいつ、永田先輩を動かすなんて凄いな。ひょっとして、どんな人でも誑し込める玩具使いなんじゃないか?
「ありがとう、も――じゃなかった、永田先輩」
「べ、べつに、この学校に七不思議があるのか気になっただけで、盆蔵のためじゃないから」
怒られた。何も、持田にお礼を言いそうになったくらいで、他所を向かなくてもいいじゃないか。だから、この人は難しい。
「すみません」
「なんで謝るのよ」
ええっ? じゃあ、どうしろと? 助けてほしくて松井先輩や芳美先輩の方に視線を彷徨わせる。だめだ、絵に集中している二人は全くふり向かない。
「どこ見てるのよ。七不思議、訊く気はあるの? 無いの? どっち」
この剣幕の質問に対する答えは一つ。
「是非、教えてください」
「ほんとに、盆蔵はダメダメだね」
「ふんっ」と息を吐きながらも永田先輩は、見つけた七不思議を語ってくれた。
二日後に珠算検定を控えた金曜日の夜八時。珠算部のAさんは、家でも練習しようとテキストを取り出したところで、肝心のそろばんを学校に忘れてきたことに気がつき、珠算実習室に取りに向かっていた。
ほとんどの部活が終了し、教職員駐車場の車も残り少なくなったこの時間、明かりをつけながらとはいえ静寂が支配した廊下は、さぞかし気味が悪かったのだろう。特別教室棟の階段を上がり三階の実習室に到着したところで、中からそろばんの珠を弾く音がきこえ、Aさんはまず、安堵したらしい。
誰かがこっそり練習していると思ったのだ。
今日の珠算部は終了している。実習室の明かりが漏れていない。そして、そろばんの音が異様なほど早い。怪しむべき点はいくつもあるのに、Aさんは全く気づかず出入口の引き戸を開けた。
暗闇の中、青白い光に包まれた丸刈りの男子生徒が背中を向けていた。
しゃあ、ぱちぱちぱち……。しゃあ、ぱちぱちぱち……。
一心不乱に男子生徒はそろばんをはじく。
部活では見かけない男子だった。今時、運動部でも丸刈りにするのは稀なので、間違いない。出鱈目ではなくきちんと計算をしているのは、安定したリズムと崩れない姿勢でわかる。にもかかわらずこの素早いそろばんさばき。珠算部に勧誘しないのは勿体ない。Aさんは男子生徒に声をかけようと数歩進む。
大きな声を出さずに呼びかけてもきこえるだろう、そんな距離まで近づいたところで、室の暗さからAさんは、長机につまづいてしまった。邪魔をしてしまったかもしれない、咄嗟に謝ろうとしたが。
しゃあ、ぱちぱちぱち……。しゃあ、ぱちぱちぱち……。
男子生徒は全く意に介さず、そろばんを弾き続ける。
あまりの無反応に、さすがにAさんは違和感を覚えた。
そして、気づく。
男子生徒の着ている制服は、何年も前に廃止された詰め襟の学生服だと。
以上、ダイジェスト版でした。
それにしても、雰囲気たっぷりで語られちゃったな。
「で、その後どうなったんですか?」
ちょっと悔しいけれど、引き込まれてしまったことは否めない。Aさん、無事かな。
「気付いたらAさんは、自分の家のベッドに寝ていたそうよ。どうやって帰ってきたのか、まったく思い出せなかったみたい。当然、取りに行ったそろばんも忘れたまま」
「検定は、合格できたんでしょうか」
「……」
妙な間だ。変な質問だったかな。
「検定は、どうなったかわからないけど、Aさんは学校を辞めてしまったそうよ」
「転校ですか?」
「転校なのか、自主退学なのかはわからないわね」
「えっ? わからないって。Aさん、永田先輩の知り合いじゃないんですか?」
三角さんのことがあったので、てっきりこの話も、身近な誰かの体験談だと思っていた。
「知り合いの知り合いからきいた話なんだから、『Aさん』が誰かなんて知らないわよ」
言いがかりをつけられたと感じたようだ。永田先輩は腕と脚を組んだまま。勿論、ボクにそんな気はさらさらない。でも、雲行きは怪しくなってきた。
だって、「知り合いの知り合いから聞いた話」って、都市伝説や怪談の常套句じゃないか。
「ちなみに、永田先輩にその話を教えてくれた人は誰なんですか? ボクも知っている人?」
「多田くんよ」
ボクの脳裏に、前髪に半ばかくれた目で、吃音気味にしゃべる同級生が浮かびあがる。多田くんなら、同じクラスじゃないか。こわい思いをしてこの人にきかなくてもよかったじゃん。
「多田くんに聞いたら、きっと同じく、知り合いの知り合いに聞いたって言うんでしょうね」
「たぶんね」
次の機会は、まず多田くんを当たろう。