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呪われた乙女は御曹司に求婚され続ける  作者: 久浪
呪われた乙女は求婚され続ける
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 言い合いの内容はさておき声だけを耳に通らせてジゼルが様子を見て眺めていたところ、親子の内鬼の形相だった親の方の顔がジゼルに向く……と分かった間ににこりと人の良い笑顔に変わる。

 目を疑いたくなるほどの変わり身。


「ジゼルいらっしゃい」

「遅くにごめんなさい、デレック」


 夜だというのに。

 見事な変わり身を演じた男こそ、シモンズ家が当主兼クラウスの父親、デレック・シモンズ。

 いくらジゼルが生まれ直しているとはいえ、元々知り合いの人物とまた知り合ったかのような態度を取るのは中々骨が折れる。まあそうする努力をしなければならないような人はこのデレックの他にはいないのだけれど。

 骨が折れる理由は彼自身が何を知っていても使用人たちに大手をふって知らせるわけにはいかないもので、ジゼルも六度目をはじめてから最初にここに訪ねてくることになったときは「シモンズ公爵」とでも言ってみたものだ。すぐに「同じ顔でそう呼ばれるのは落ち着かない、砕けた口調でやってくれ」とフォローが入り今に至る。家の構造を知っていたりする面は大人しく案内に従っていればバレない。デレックのおかげでジゼルは「前」と遜色なく振る舞えるのだ。


 そんな前の生からの友人は後ろの低い位置でまとめられている長めの黒みを帯びた青髪を翻し、息子と違ってきっちりとした格好で大股二歩でジゼルとの距離を適当にする。肩を旧友にするそれでばんばんと叩きデレックは朗らかに笑う。

 けっこう痛いから力加減をしてほしい。ジゼルとて女子なのだ。


 慣れてもう言うことを止めたのでジゼルが叩かれたときにうわっと前のめりになりかけたことなど露知らず、デレックは笑顔のままで言う。


「いやいやありがとう本当にありがとう。この馬鹿息子がさすがに野垂れ死んだのでないかと思い始めていたころでな、助かった」

「いいの。クラウスから現れてついでだったから」

「クラウス! お前はまたジゼルに変なことを言っていまいな!」

「変なことってなんだよ」


 くわっと後ろの息子に向く顔がまた鬼となり問いただす口調はほぼ決めつけている。

 取り残されていたクラウスは心底何のことだよ、と言わんばかり。


「言っていることといえば嫁になって欲しいって言ってるだけだろう?」

「それを止めろと――」

「なんでだよ」


 おや、これはデレックが沸騰しそうな構えになっていると予備動作でわかったジゼルは、これは黙って帰る他なしとその瞬間判断した。


「クラウス、お前に話がある」

「無理」


 ほらみろ。親の沸騰は静かな沸騰だったのに、息子の即答の内容が悪い。


 帰ろう帰ろうとジゼルは思い、執事にだけ言って帰るためにさっそくきょろきょろと探すと、気配と姿を見事に背景に溶け込ませた執事はひっそりと少し離れたところに下がっていた。

 この親子は止めずにやらせておいた方がいいと知っているのだろう、ジゼルも学んだことだから知っている。うんうんと同意しつつブーツの踵で音を立てずに滑るようにそちらへ――


「――クラウス?」

「どっか行こうとしてたから」


 どんな視界をしているのだ。腕を何者かに掴まれた、正体は辿ればすぐなのでなぜ止めると言外に問うとちらりと落とされる視線と答え。

 もちろんのこと彼の父親を無視しての行動であり、クラウスに向かって口を開いたデレックが見えて目で止める。口が閉じられたことに目だけで謝り、仕方のないその息子に戻る。

 えらく不服そうな目になっていた。


「首都に戻るに決まっているでしょう」

「うちに泊まればいいだろう? もう夜遅い」

「報告があるのよ」

「先に戻った奴らがいるだろう?」


 それは言うとおりだ。けれどここで泊まっていく理由もまぁない。それにもれなく今宵は彼の説教時間がはじまるだろう。


「俺のことここまで連れてきた責任とれよ」

「責任って何よでっち上げないの。ほら、放して」


 それでも離す様子見られないので、自分から振りほどく。元々それほどきつく掴まれているわけではなかったのだ。

 つまりそんなに止める意思もないということで、クラウスの悪ふざけだ。

 案の定そのあとは再度止めようとする素振りはなし。

 こうなると言って帰ることができる状況になったわけでデレックに話しかける。


「デレック、遅くにお邪魔してごめんなさい」

「いいや、感謝している。近い内にまた会おう」

「そうね」


 単にそのうち会うときもまたあるだろうとそれだけ思いジゼルが応じると、眉をあげられる。何を言っているんだ、というふうだ。

 ジゼルは原因を図りかねて首を傾げる。何かあったろうか。


春のお茶会(ティーパーティー)だ」

「――あぁ、もうそんな時期」


 これから戻る都にて春に行われる催事。

 通称『ティーパーティー』。

 春か。そうか。

 と玄関ホールに飾られている花に証を求める。ふむ、綺麗に咲き誇ってはいるが元から花には詳しくないので季節を確かめることはできない。まぁデレックが言うのなら春だ。

 咲き具合で細かい時期を読み取ろうとするも種類によって異なると思われ、花に詳しくないのでこれこそ無理だ。

 話題を耳に挟んだついでに尋ねておく。


「いつ?」

「一ヶ月後だ」

「もうすぐね。そうね、会ったら会いましょう」

「会ったらか?」

「そう、会ったら」

「では招待すれば屋敷に来てくれるのかな? 我が友人」

「喜んで。――クラウス、もう家出しないようにね」

「……たぶんな」


 そんな言い方をするから信憑性がまるでない。


 首都での再会を約束して、ジゼルはシモンズ家をあとにした。



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