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呪われた乙女は御曹司に求婚され続ける  作者: 久浪
呪われた乙女は求婚され続ける
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 暗い空間にいるわけではなかった。場所と言えるかどうかも怪しい。ただひたすらに暗いを通りすぎて、漆黒。


 これは夢だとジゼルには分かっていた。


 もう119年の内どれほど付き合ってきた夢になるか。身体が堕ちた神の力に侵食されて死を迎える予兆の一つで、眠りに落ちると見る夢は黒一色。

 見せられているのかもしれない。

 自分の身体というものがなく黒しかない中から、やがて黒よりもっと深い色をした何かが見えないのに近づいてくる感じがするのだ。

 夢なのに、感じる。ぞわりとした恐怖に襲われて、逃げることもできずに確かに近づこうとしている気配に怯えることしかできない。


 そんな夢。






 ***




 起きろと訴えるものあってジゼルははっと目を開いた。


 開いた先は暗くてついさっきまで見ていたものと混同する。目を見開いたままどくんどくんと大きく跳ねる心臓を抱えて音が聞こえるくらいの自分の呼吸を耳にして、目の前を見続ける。

 荒い鼓動。

 微妙にさ迷う目。

 息づかい。

 鼓動が収まるにつれ息が整うにつれてジゼルの波立つ心も落ち着きを見せてくる。

 見開いていた目を閉じて、息をゆっくり吸い、吐く。

 繰り返す。





 次に目を開くと、目と頭は正常に視界の情報を理解した。


 ジゼルは私室の寝室のベッドに横たわっていた。

 目だけを動かして部屋の中を確認、あるのはただの暗さ。視線を正面の天井に戻したジゼルは深く息をついて腕を持ち上げて手の甲を額につける。

 また一息。

 胸の奥底でまだ浅く波打つ鼓動があるが、ジゼルは平静を取り戻していた。

 寝ていたいと身体が要求するも、またあの夢を見るのでは疲れる。それでも眠らなければならないのだが、限界まで追い込んで気を失うようにして寝たときは意外とましだったりする。それまでが現実の身体的に辛いからどうとも言えないけれど。


 疲労を覚えたジゼルはころんと身体を仰向けから横向きにして、ぱたんと腕を倒れさせた。


「……」


 ぼんやりと手の先あたりを見る。こうして起きたばかりのときは『見た』ばかりのものを思い出さないように頭の中を空っぽにしたくて、動かずにそうしている。

 していた。


「……あ、れ……?」


 空っぽの頭で視界に引っ掛かった。空っぽの頭だから、遅れた。

 手の先を収める視界の前方。袖。服が目が覚めるほどの純白だということに。


 ジゼルの普段の服は暗い色合いのもので統一されている。淡い色や明るい色のドレスを身につけ着飾ることに興味がないということと、ジゼルがわざわざ目立つ色合いを身につける意味が見いだせないからだ。軍服もまた暗い色。

 そうだというのにジゼルが目にしているのは光沢ある白。幾度となく袖を通してきた形の服、色の服。ジゼルが持つ服の中でただ一つしかない。王宮の地下神殿に行くときに決まって身を包む服だ。


 これを着ているということは、祈って部屋に戻ってきてそのままベッドに倒れこんでしまったのか。

 そんなことはない。いつだって部屋に帰ってきたらすぐに着替える。寝るのならそのあとに寝る。ジゼルはこの服をずっと身につけることを好まないから。


 ザワリ


 唐突な胸騒ぎがジゼルを襲った。

 重い身体が弾かれたように起きて、ジゼルは上半身だけを起こした状態で胸元の服を握りしめる。ザワザワと騒ぐ気持ち悪いものは取れない。実際に目に見える形で何かついているということではないから当然だ。


 おかしい。

 充分に睡眠をとったわけではなさそうで横になるべきだと主張する身体と頭を意思で否定。今は見ていないはずの夢の闇に捕らわれている意識の端を取り戻し、総動員して違和感を探り当てようとする。


 自分はここで、何をしている。

 何をしていた。






 そして、呆然とした。


「私は、何をしているの」


 ベッドから勢いよく降りて、乱暴にドアを開けた。

 窓。テーブル、椅子。

 忙しなく目を動かして部屋を見渡した。誰もいない。誰も招き入れていないからいる方がおかしい。

 ここで話をした記憶がある。いつ? 分からない。

 ドアを開け放したまま、裸足で部屋を一歩二歩行ったジゼルは思い出す。先の記憶を。


「――地下神殿」


 呟きは記憶を呼び起こせた証。

 ジゼルの心臓がひときわ大きく、一度音を立てた。


「どうして……?」


 大きく音を立てる心臓は止まらず収まらない。ひどくなっていく。

 ジゼルの中も連動してひどくなっていく。


 ――どうしてクラウスはジゼルの意識を奪ったのか。



 封じられた堕ちた神の様子を見たいと言われ地下神殿へ行った。ジゼルにしか開けられない石の扉を開けて、見慣れた場所を目にした。地下であるのに灯りなんてついていないのに不思議と周りを見通せる場所。

 その場に人と連れ添って行くのはとても久しいことで、不思議な感じがした。

 あれは現実だ。そのあとの記憶がないのは意識を奪われたからだ。

 あれが現実だからこそ、ジゼルは純白の服を着たままなのだ。


 誰がここに運んできたかなどどうでもいい。

 それよりもクラウスは、彼はジゼルを退場させて何のつもりなのか。様子を見ると言っていたのは嘘だったのか、本当だったならジゼルがいても良かったはず。


 一体何をしようとしているというのか。


 ざわざわとしたした胸騒ぎは大きくなるばかりで、ジゼルは部屋を飛び出した。行かなければと強く思ったし身体が動いていた。

 裸足で冷えた廊下を走り、白い服が揺れてまとわりつく。廊下には誰もいなかった。神官もいなかった。

 あれからどれほどの時間が経ってしまっているのだろうか。何日、はないと信じたい。

 一日も経っていないとしたならば数時間程度だろう。廊下に人がいないのは向かう先からするに指標になりそうにないけれど、部屋はまだ薄明かるくもなっていなかった。


 全速力で走っていることとは関係なしにずっと前から騒ぎ続ける心臓は、走り目的の場所へ近づいていくにつれてジゼルに新たに生まれた不安を煽ってくる。着くのが怖いと思う。

 予想している具体的なことは何もない。漠然とジゼルは恐れていた。



 クラウスは何をするつもりで、何を考えて、どうして。



 息が苦しくなっても走り続けて、やっと地下に延々と続く階段へとたどり着いた。

 階段の壁に一定間隔ごとにとりつけられているろうそくには火がつけられ、先――下まで続いている。


「……っはっ、」


 階段を見下ろしたジゼルは荒く息をつき、一旦立ち止まった拍子に手を壁についてしまう。懸命にしづらい呼吸を整えようとし、整いきらない間に最後に大きく息を吐いて壁から手を引き剥がす。


 眼下に長く繋がる階段に足を踊らせた。








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