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呪われた乙女は御曹司に求婚され続ける  作者: 久浪
呪われた乙女は求婚され続ける
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 魔物を討伐するために馬を乗り回しているうちに、馬車で移動するような性分ではなくなってしまったジゼルは馬で首都のシモンズ家の屋敷に来ていた。

 手紙での屋敷への招待を受けての訪問で、空は夕と夜が混ざりあい複雑な色合いをしていた。


「やあやあジゼルいらっしゃい!」

「こんばんは。ご招待ありがとうデレック」


 ドレスの上にまとっていた外套を預けたところで賑やかにジゼルを出迎えたのはデレックだった。

 ジゼルがドレスの裾を払い軽く挨拶すると、「そう改まってくれるな。さあこっちへ」と当主自ら案内してくれる。

 本日は決してシモンズ家主催の夜会ではない。その類いの場にはデレックは心得たものでジゼルを呼ぶことなく、つまり今日は完全に個人的なお誘いだ。


「格別な酒を用意してある、さっそく花見といこうじゃないか」


 酒盛りする気満々らしい。ジゼルはあまり飲まないけれど、デレックがどれだけ飲むのかというほど飲むことは知っている。花見ということは外に出るのだろうか、と予想しながらデレックの話に相づちを打つ。


「あ、いいところにいた。父さん――」


 道の途中突き当たりの曲がり角から現れた人物が楽な格好で手をあげながら声をかけかけ……声も動作も一時止まった。


「じ、」


 足を止めたジゼルには意味を成していない声を出した人物の目が向けられていた。


「ジゼ……いえ将軍」

「今日は仕事ではないのだけれど?」


 鉢合わせ、という感じで姿を現したのはエリオス・シモンズ、国軍に入ったというシモンズ家が次男である。鉢合わせといえどここは彼の家である。

 それはそうと父親や嫡男とは最近会っていただげにエリオスこそ久しぶりに顔を見るように思える。紺碧の髪は軍に入っているため短く切られており蒼の目はわずかに見開かれているので、年齢より幼く見える。しかし色彩はものの見事に父親似であるが、顔立ちはクラウスと比べると柔らかく母親似だということは真顔になるとはっきりする。


「すみませんジゼルさん」

「元気そうね、エリオス」

「はい、お久しぶりです」


 素早く平素の様子を取り戻し、落ち着いた様子になったエリオスは丁寧に挨拶をした。

 ジゼルの身体年齢で言うと同じ歳か上くらいだったと思うので、それを考えるとジゼルには我ながらこの光景はちぐはぐなのではないかなと思えそうになるが、この家にはいないのだ。中身が中身だからなのだが、変に年相応でないことで呪いによって短命ということで世の中を悟っているふうに見えるのか、皆ジゼルの年齢を無意識に上に見積もっている可能性がある。


 生まれ直している、などということは非現実的すぎて誰も考えないから中身が同じであることは結びつかないのだろう。ジゼルだって他人であれば思わないし、何かおかしいなくらいに思うだけかもしれない。

 神々の祝福の影響ととってもいいものか、生まれ直したときにはすでにいくらか成長していたというスタートも関係しているのかもしれない。

 今何歳に思われているのだろう、とジゼルは少し気になったが確かめても何らいいことはないので頭の隅から消す。

 ふと気がつくと、


「父さん、お客さん呼ぶなら言っておいてよ」


 普通に出てきちゃったじゃないか……! とエリオスが律儀に声を抑えめにしているが丸聞こえの抗議が展開されていた。


「ジゼルだからいいだろう」

「そういうの関係ないから! こんな格好で出てきて恥ずかしい思いするのこっちだから!」

「恥ずかしいのか」

「恥ずかしいでしょ! 父さんには分からないだろうけど」


 まあエリオスが生まれたばかりの頃も知っているジゼルからしてみると気にしない。それに酷い服装をしているわけではなく、単に言われてみると軽いかなくらいのものだ。

 いや本当にこの次男はシモンズ家に生まれてきたにしては感性が普通なことこの上なく、またきっちりした性格でもある。


「それより何か用か、言ってみなさいほらほら」

「いいよ明日の夜にでも行くから」


 デレックの聞き方も聞き方だと思うのはジゼルの気のせいだろうか。父親としての善意十割なのは知っているけれど、された方はもうなげやりだ。即答して、ぱっとジゼルに向き直るのでジゼルも自然とより背筋を伸ばしていた。


「ジゼルさん、ゆっくりしていってください」

「お言葉に甘えて」


 微笑むとエリオスは顔を赤くしてそれを隠すように一礼して元来た方へ素早く去っていった。それほど恥ずかしかったというのか、素晴らしい速さだった。まったく兄弟でああも違うとは不思議だなぁという感想が出てくる。


「恥ずかしいなんて今さらだよなあ」

「エリオスも一緒お花見すればいいのに」


 そして本人がいなくなってしばらくののち、デレックとジゼルは思い思いのことを言った。

 ジゼルは横の呟きを聞き逃さず見上げると、肩をすくめられた。分かっているというふうに。

 なのでジゼルは何も聞かなかったように異なる話題を振る。


「そういえばクラウスはいるの?」

「クラウスか? あいつは留守だ」


 ジゼルは会ってもこれまでと同じように接する自信があったけれど、当のクラウスは部屋にいるというのではなく答えからして家自体留守のようだった。

 先日のことがあったので、もしもクラウスの方が避けるのであればもうシモンズ家に来るのも潮時かもしれない。という考えを視野に入れはじめていたジゼルは「そう」と相づちを打ち進みだしたデレックの後ろをついていっていた。



 ***



 花見と称されただけあって庭には季節を表す色とりどりの花が咲いていた。首都のシモンズ家の屋敷を主人が留守中もしっかり管理している証拠であろう。小さな池に映る月の姿は細く水面でゆらゆら揺らめき形を変える。

 庭に設けられた四阿の中、卓を挟んでいるのはデレックとジゼルのみだ。ジゼルが傾けるのは酒杯ではなく茶杯に変わっていた。卓を挟んで向かい側のデレックはまだ酒杯をどんどん重ねている。

 ときおり良いタイミングで酒瓶を片したりする使用人がほとんど気配なく新たに酒瓶を置いていく。


「はっはっは、こっちの酒も美味いぞ!」

「ほどほどにね」


 いや自分はもういいとさりげなく断り、逆に注いでやると「すまんな!」と酒を飲む友人。ジゼルはジゼルで細かい細工をされたお菓子をつまむ。





 しばらくすると、デレックがぽつりと言った。


「クラウスはまだ求婚しているようだな。迷惑をかけてすまない」

「いいえ、その内収まるのじゃないのかしら?」

「その内がもう五年は続いているんだが……」

「そんなに……? 時が経つのは早いわね」

「そうもうクラウスは二十五なんだ。あいつはいつ結婚して大人しくなってくれるんだ」


 杯を重ねすぎてさすがに酔いもあるのか両手で顔を覆い嘆くデレックを前に、ジゼルは彼とは別のことで苦笑したくなる。環境にあまり変化ないことと自らに変化がないことによって時の流れを認識出来ていないのだ。時折こうして気がつかされる度にこんな気分になる。

 それにしても、もう二十五とは。


「二十五……」


 どうりであんなに大きくなっているわけだ。二十五。

 無意識に手首に触れていることを知り、ジゼルは何事もなかったように手を卓上に移す。


「それはシモンズ家の危機かもね」


 茶杯を傾けジゼルは呟いた。

 国の特に力を有する三大公爵家の一つに跡継ぎが生まれなければ事なのでジゼルの呟きは別に大袈裟なことではない。血筋は大事だ。


 デレックが結婚したのは……何歳だったか。

 ふむ。覚えていない。人の結婚した年齢を覚えている方が稀だと思うことにして改めて考えると、ジゼルの記憶が正しければ二十五という歳はもう結婚していてもおかしくない歳だ。

 クラウスはジゼルに求婚している場合では間違いなくない。ああでももう大丈夫か、クラウスは呪いの詳細を知っている。元より呪いのことを念頭に置いていたジゼルは本気にはしていなかったのだけれど。

 そうか、もう子どもではないのだ。その事実を確認したジゼルは、そっと目を伏せて茶を口に運んだ。


「これまでにお見合いは?」

「用意はしてきた。だがあいつが来ないか放り出すか……結局は破談にしてしまうんだ」

「……あぁそうなの」


 シモンズ家の嫡男に縁談が来ないはずはないので、かなりの数の縁談が用意できるしむしろ来るはずだ。

 クラウスが一体どれほどの数を破談に向かわせたのか詳細はさておき、ここまでに婚約、結婚していないということはそこそこの数を破談に向かわせていることだろう。


「ノークレス家とお見合いする?」

「え?」


 確かクラウスと同じときに生まれた子がいたからその子が彼と同じくらいになっているとすると、その下に妹もいたからちょうど良いのではないだろうか。とジゼルは思いつきを巡らせる。


「もうお見合いした?」

「いいや」


 デレックが首を横に振る。


「じゃあどうかしら? たぶん釣り合う年齢の子がいたと思うの」


 もちろん無理強いをする気は毛頭ないので本人に聞いてみなければ話を進めることはできないけれど。思い当たる顔を思い浮かべる。


「可愛らしい子よ」

「だが、あいつは俺とはあまり仲が良くないから娘を嫁がせたくないのだと思うが」

「そう?」


 あいつ、とはノークレス家の現当主のことだろう。デレックと同じくらいの歳で……仲が悪いらしい。悪友という意味では仲が良いと思うのだが。


「まぁ、無理にとはするつもりはないけれど、するのなら私が仲介するわよ」

「ジゼルがか?」

「ええ。話をしてみて、良さそうなら双方同意の上で席を設けてみればいいじゃない」

「そうだが……」

「とりあえず話をしてみておくわ」


 ジゼルはするべき案件を頭の中に留め置いて、では決まりだという意味で微笑んだ。





 シモンズ家でのお花見は楽しいものだった。ジゼルがこんなことをできる人たちは本当に少ないものだから。








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