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呪われた乙女は御曹司に求婚され続ける  作者: 久浪
呪われた乙女は求婚され続ける
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 部屋から出て数歩離れたときにジゼルはよろりと少しだけよろめき、最初にふんばれず傾いてしまった影響で壁に手をついてしまった。そのまますぐには進めず立ち止まり壁に肩から軽く寄りかかる。


「……?」


 思っている以上に疲れているのだろうか。

 ジゼルが今回祈りを捧げていた期間は三日だった。単純に不眠不休の三日という期間も作用するだろうが祈りという行為には精神力を使う。体力的にも精神的にも、いくら通常より祝福を受け一方で呪われているからといって身体の作りや能力は普通の人と変わらないから疲労は感じる。

 けれど――壁にもたれかかった状態で目の前が揺れたような気がして困る。目眩だろうか。

 地下神殿でも起こったことだ。

 けれどすぐに収まって、三日に及ぶ祈りを終えたあとだからそれもあるのだろうと思った。今も休息をとっていなくて走ったりしたから……と考えられる。


 しかし――ィィンと耳に捉えていた音の世界が遠ざかったことでジゼルは顔をしかめる。外からの音の無くなった世界には異なる音がし始めることを知っている。まだそこまでではないようだ。


「困ったわね……」


 異変が収まってきた目を自然に袖に覆われている腕に落とす。出ている箇所は抜けるような白い肌……それより上には黒い模様が蠢いているとは誰も思わないだろう。



 ジゼルの身には呪いがあるが、神々の祝福によって本来まっ逆さまに向かいそうだった奈落の底という運命をねじ曲げられた結果であり、まだ身に祝福による力は残り封じた堕ちた神から漏れる力を防いでいる。また、ジゼルを引っ張ろうとしている堕ちた神の力も。


 ジゼルの今世はもう十八を数えた。

 一度目は二十五で終わりを迎えた。しかし、それ以降もそれほどの歳を迎えるということはなかった。

 二度目は二十四、三度目は理由(わけ)あって十、四度目は二十二、五度目は二十一。

 どんどん、わずかにわずかに生きられる年数が削られてきているのだ。確かに。

 これは偶然と思えるはずはない、神の御技によるものだから。

 現在が十八、これまでの経験からの推定であと二年ほどで今の生が終わるかもしれないとジゼルは思っている。


 では命が本当に無くなったときはどうなるのか。本当の意味で死を迎えることになるのか。


 断じて違う。


 ジゼルが捧げている祈りなんて役に立たない。少しは役に立っているだろう、たしかに身にある特別な祝福の残りでさらに神に祈り堕ちた神の封じを補っている。

 でも、それでも完全には防ぐことができない。むしろ停滞してきていると感じている。

 魔物の出没が多くなり、祈りの数が多くなっているのがその証拠。


 神々の特別な祝福は確実に薄れてきており、どれだけ先になるかは()()図り切れないがきっとジゼルはあの堕ちた神に引きずり込まれるのだろう。

 死んで、魂は取り込まれ安寧はない。当初そうされる予定で、今は伸ばされているだけ。




 服を脱ぐたびに少しでも視線を落とせば目にはいるのはその模様。呪われている証にして、堕ちた神の神とも思えない禍々しさを映したようだ。

 今は腕の中腹から先、膝より下、胸元より上以外を覆い尽くしている模様ではあるが、実ははじめはそうではない。生まれ直したときはハンカチに一点刺繍をされているように胸の辺りに手のひらより少し小さめの模様があるだけなのだ。

 それは時経つとともに徐々に広がっていく。歳を重ねるとともに、かつて死んだ歳が近づくにつれて模様は身体中に広がっていくのだ。

 指標だ。これが身体を埋め尽くす頃に死が訪れるというまさに目に見える呪いの形。

 それがもう今までに広がっている。



 じっと生地の下を見透かすように腕を見下ろして知らず知らずのうちに見つめて、腕のあたりを撫でていたジゼルは自覚して、止まる。


「……もうすぐ……」


 果たして二年もあるだろうか。こんな症状がでるのは前の生以前から考えると、早いような気がする。


 気がつけば耳には音の世界が戻ってきていて、ジゼルは慎重に壁から身を離す。大丈夫だ。

 とにかく部屋に、ここで立ち止まっているわけにはいかないので、ジゼルは自分の部屋に戻ろうと思い一度止めてしまってやけに重く感じる足を動かす。

 前に流れてきた灰色の髪を緩慢な動作で後ろにやり残りは耳にかけ、「これから」のことを考えながらコツコツと小さな足音を立てて廊下を行く。と、


「――ジゼル」

「……?」


 うつむき気味に歩いていたジゼルは名前を呼ばれて一拍ほど置いたのちに足を止めた。ゆっくりと呼んだ声に反応すると、すれ違おうとしていたような位置に――いたのは、クラウス。クラウスが立っていた。

 彼は前回ティーパーティーの日に見たときみたいな貴族然とした衣装ではなく、またやけにしっくりくる旅装束風の衣服をしていた。


「……クラウス、家出したのではないの?」


 一言目にジゼルから出たのはこれだった。

 西の方に偶々居合わせて魔物討伐したのではなかったか、さっき聞いたばかりの忘れるはずもない情報だ。

 ジゼルはてっきりお茶会に出たあとに我慢ならずして家を飛び出たのかと考え、そのままどこぞへ行ってしまったのではと推測していた。

 ゆえに、ここにいることに対して疑問の声をあげた。

 今日は髪は一つにまとめられているようだが、如何せん雑なのだろうと見受けられる髪型だとぼんやり思う。


「家出? そんなものした覚えない」

「けれどエルバートが、あなたが西の方に出た魔物を退治してくれたって……ああお礼を言うわありがとう」

「あー……偶々いただけだ。どうしてジゼルが礼を言う?」

「どうしてって……」


 ジゼルが堕ちた神の封じを完全にできていない証拠で、今回はもっと早くしていれば防げたかもしれないから。とは言うことは出来ずに喉の奥で塊になる。

 開いていた口をわずかの間閉じ、ジゼルは代わりのことばを探す。


「……それより偶々ってね、家出でなければ何しに行っていたのよ」

「家出したが止めた。俺の方もそれより、だ」

「なに?」

「ジゼル、顔色が悪い」

「……ここ、暗いからじゃない?」


 事実薄暗くて良かった。

 三日寝ていないには寝ていないもので身体的な疲労があるはず、とはさっき自分のな中で確認したところだ。

 くまはできていないだろうか、大丈夫だろう。目が合っていたのにクラウスは顔色と言ったから。

 それでもそれ以上追及されないうちにジゼルはこの場を去ろうと思った。


 今何か追及されるとぼろが出そうだった。今どんな服を着ていた? 着替えてきたから普段着ているものだ。問題ない。あとは……何もない。

 地下神殿に行くとき特有の服ではないことを不自然に自らを見下ろして確認するわけにはいかないので、自分の記憶で確認。その他には何もないはずなのに少し慌てているのかもしれない。なぜ?


「じゃあクラウス、家出を止めたのなら家に帰りなさいね」


 自問自答している暇はここにはない、とジゼルは早々と言い残す口調で言い、途中で身を翻す。

 そういえばさっき「家出したが止めた」と言ったか。取って付けたようだったと今さら違和感を抱くも過ぎた話だ。現実クラウスはここにいる。家出を認めると口うるさくされるとでも思ったのかもしれない。

 今回ばかりはお礼に告げ口めいたことはしないのに。上手く感謝できていただろうか。思い出しようがない、自分の表情は自分では見られないから。


 魔物被害はときに下手をすると人里に及ぶことがある。今回はクラウスが偶然にも居合わせ対処してくれたというのだから、もう少し上手くお礼を言っておくのだった。

 ジゼルは少しだけ後悔した。


「……!」


 それなのに、突如肩に力が加えられひっくり返された、と視界にクラウスの胸辺りの衣服がと思えば。次の瞬間に正面から近づくもので視界はまた変わりジゼルが声を上げる前に肩に何かがのし掛かってきた。ジゼルは耐えきれずに後退り、こつんと壁に靴の踵がぶつかる。

 左の頬にはざらついた布の感触。


「眠い」

「……え?」

「昼寝、付き合ってくれよ」


 低い声が耳の側でそう言ったのが聞こえた。


 状況の変わりように間抜けな声を出してから何度か無言で瞬いたジゼルは、クラウスが自分を止めて寄りかかり、眠いと言ったことを順に視界で捉えた景色とともに頭で理解。

 で、位置的に顔は見えないので紺碧の髪を横目で映して……内心ため息だ。何を言うのかと思えば、と。

 眠いから昼寝に付き合ってくれとは。「何を言ってるの、家に帰って寝なさい」とでも普段は言うところで、ジゼルは現実言おうとしてとっさに止める。


「クラウス、あなたここに何しに来たの?」


 再び数秒考え、閉じた口を改めて開きとりあえず聞く。

 場所的にエルバートの元へ来たのかもしれないと思ったのだ。深さはともかく交流があったようだし、彼は魔物討伐をしてくれたと聞いたばかり。詳細の報告にでも来た可能性がある。


「エルバートのところ?」

「なんでそう思う?」

「魔物討伐の報告かと思ったからよ。違うの?」

「いや? そうだ。必要かと思った」

「それなら大丈夫よ。あとで討伐隊も行ったのでしょう? 彼らが報告してくれるわ」

「ああそうか」


 そこまで聞いて、ならば良いと確認は終了だ。そうしてから仕方ないお礼だ、とジゼルは今日ばかりはさきほどのことを快諾することに決める。


「それで、どこで昼寝するつもりよ」

「ん? どっか」


 どこかとは何事だ。ことば通りそこら辺に寝転がりかねないと思ってしまう人物なのでジゼルは笑うに笑えない。


「ひとまず離れて」

「嫌だ」

「離れないと移動できないでしょう」


 駄々をこねる子どもか、と呆れ混じりの口調で言うや頭が上がった。

 あまりに俊敏なのでジゼルはちょっとだけ驚き、起き上がった顔に凝視されるのでいぶかしげに問う。


「なによ」

「ジゼルが、そんなにすんなり頷くとは思わなかった」

「失礼ね。こっち来なさい」

「どこ行くんだ」

「私の部屋よ」


 他に思い当たる部屋はない。少し歩くけれど構わないだろう。

 ジゼルは頭に続けてクラウスの身体を引き剥がしてから、元々行こうとしていた方向へ一歩進んでクラウスを振り返る。


「ついでにその荒れたその髪を手入れしてあげるわ」





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