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インヒューマニック  作者: ワタリ
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06

―――3X67年5月21日23時5分

 仕事を終えたエータはイプスを連れて自室に入った。

「私はシャワーを浴びるが、お前はどうする?」

「お前じゃなくて、イプスって呼んでほしいんだけど」

「……お前が入らないなら私が先に入るぞ」

 エータは無愛想にバスルームのドアをぴしゃりと閉めた。

 ほどなくしてシャワーから水が出る音が部屋中に聞こえ、イプスはバスルームの前に有った椅子に座り、エータに話しかける。

「ねぇ、機械の手足って、電気で動いてるんでしょ? シャワーなんて浴びて大丈夫なの?」

「雨の日に外に出ることができないような手足だと困るだろう?」

「イジワルな言い方」

 エータはイプスの独り言には答えない。イプスは続けてエータに話しかける。

「エータとボルツは結婚してたの?」

「ああ、そうだ」

「じゃあ、どうして離婚したの?」

「金の問題だ。『向こう側』とは違って、こっちは何かと要りようだからな。それで、私があの店で働く時の前金が必要だったから、私を売りとばして離婚したんだ」

「でも、ボルツはエータの事がまだ好きそうだったよ?」

「……他人の気持ちはわからん。どうしてそう思う?」

「ボルツにエータの事が好きか聞いたら、答えずに別の話に変えられたから」

「なるほどな。あいつは女がらみの嘘は苦手だからな」

 そう答えるエータの声は、イプスには少し嬉しそうに聞こえた。

「エータは、ボルツの事がまだ好きなの?」

 エータはシャワーを止めて、タオルを取り出すために顔を覗かせてイプスの方を見て答えた。

「好きじゃない男のために自分を売りに出す女はいないだろうな」

「なんで遠回しな言い方するのよ」

 エータは体を拭きながら答える。

「大人だからだ」

「わたしはボルツに好きだって言ってあげた方が良いと思う。私なら、好きな人に好きって言われたいもん」

「それはお前が子供だからだ。私が好きだと言えば言うほど、あいつは辛くなる」

「どうして?」

「子供のお前にはわからない」

 本当は、エータがどれだけ気持ちを伝えようとも、今は結ばれることはないような環境に持ち込んでしまった責任を抱えるボルツが自分を追い込んでしまうからなのだが、それを他人に言ってしまうほど、エータは馬鹿ではない。

 イプスは子供扱いされたのが気に入らなかったのか、反論する。

「子供じゃないもん。もう12歳って言われたもん」

「言っておくが、私はもう69歳だが、人間200年の人生からすればまだ若者扱いされる。12歳のお前が子供じゃなくて何なのだ。早く寝ろ」

 そう言ってエータは部屋の電気を消して、部屋の中の灯りは窓から入る町の明かりだけになった。

 エータはベッドに寝そべって、自分の横を叩く。

「ほら、ダブルベッドだから二人で寝れるだろ。お前は小さいから、なおさら大丈夫だ」

 風俗経営店の嬢が泊まる社宅なので、当然店で使っていたダブルベッドが部屋に置いてあるのだ。

 イプスにはそんな事はわからず、ただ大きいベッドだなと思って、眠りについた。



 ボルツはPCの前で画面に映し出された文字に腹を立てていた。キーボードを壊さない程度に強くキーを叩く音が部屋に響きわたる。

ボルツ:追加資金が送れないとはどういうことだ。こっちは工作費やらなんやらで金がかかっているんだぞ。

L:悪いが、こちらにも都合と言うものがあってね。上からの予算が下りない事にはどうにもならないんだ。前金で払った100万ドルをすべて使い果たしてしまったのは君の競り落とすのが下手だったのが問題だ。

ボルツ:わかった。じゃあ、予算が下りたらできるだけ早く払ってくれ。それと、あんな子供を何週間も預かって俺は何をすればいいというんだ。

L:基本的に、ただ子供を親戚から預かったような感覚で居てくれてかまわない。勿論、彼女の身の危険を感じた場合はすぐにその場を離れてくれ。

ボルツ:悪いが、こっちには親戚のガキにまで面倒をみてやる文化と余裕はないんだが?

L:では、君には酷かもしれないが、我が子と過ごすように過ごしてくれればかまわない。

 ボルツの動きが一瞬止まったが、ボルツはすぐにタバコに火をつけて深く煙を吸い込んでから諦めたようにキーボードを叩き始めた。

ボルツ:いや、問題ない。仕事だからな。それより、今回の仕事の目的を教えてくれ。その目的によってあの子との接し方を変えた方がいいかもそれない。

L:詳しい事情は話せない。今までの依頼とは比べ物にならないほど重要な任務だとは言っておく。

ボルツ:これは今までの誰かを殺せだとか、金目の物を運べだとか言う任務とは違いすぎて、俺も少々戸惑っているんだ。頼むから教えてくれないか。

L:君は何も知らせない方が上手く仕事をやってくれる可能性が高いと今までの仕事のデータから判断できた。君に少しでも情報を与えればその謎解きの方に熱を入れてしまう傾向があるからね。

ボルツ:そうかよ。じゃあとりあえず、こっちで適当に生活させてればいいんだな?

L:先ほども言ったように、君は彼女の親代わりとして色々な知識、正しい物事の判別を教えてやってくれ。

ボルツ:なんだそりゃ。俺に教育係もやれってのかよ。

L:その方が長期間そちらで過ごす場合に都合が良いだろうし、待機後の行動に移っても便利が良い。

ボルツ:その後の行動って、ある程度決まっているのか?

L:教える必要はない。

ボルツ:そうかよ。

 もう何を書き込んでもこれ以上情報が引き出せないと判断したボルツはベットに体を沈める。

 Lは今まで、質問すればその任務の意味、全体像についてある程度教えてくれていた。しかし、今回は何も教えてくれないし、そもそも任務に具体性が無い。ただ、少女と暮らせなどという任務は初めてだ。

「もしかしたら、向こうも切羽詰ってるようなヤバイ状況じゃないだろうな」

 ボルツは不安を口にしてしまい、周りに誰も居ない事を窓から外を覗いて確認。日付が変わるころに外を出歩くような危険な行為をする物は誰も居ない。

 この時間に下手に外を歩けば、この前の旦那のように、異常性癖の人間にさらわれてしまうかもしれないから当然といえば当然だ。

 誰も居ないことに安心したボルツは明日の朝、イプスを迎えに行く時間にアラームをセットして眠りについた。

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