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―――3X67年5月21日17時24分
建物を出てからしばらく歩いたが、ボルツは家まで距離があるクセに乗り物を使う気配がないし、イプスが声をかけても、先ほどまでとは違って、雑な回答ばかりで、親切さのかけらも無くなっていた。
それは、ボルツ達が建物を出た時から、二人を付け狙う視線に気づいていたからだ。
おそらく、先ほど落札しそこなったシャルルの差し金で動いている刺客だろう。
できるだけ無茶ができない、人通りが多い道を歩いてきたが、それも限界があるので、ボルツは仕方なく細い路地に入り込んだ。
追う者は続けて路地に入ったが、ボルツの姿はない。
「やはり感づかれていたのか!」
追う者は無線機で仲間に攻撃を開始するように指示し、自分も走り出した。
ボルツはというと、路地に入った瞬間からイプスを抱いて走りはじめていた。
「ボルツ! どうしてそんなに走るの? しかも抱っこなんて、他人に見られたら恥ずかしいよ。わたしは赤ちゃんじゃないんだから!」
「建物を出てからずっと付けてきてるやつが居たからな。イプスは大丈夫かもしれんが、俺の命が危ない」
そう言い終わった時、通路の出口に一人の男が立ちふさがった。おそらく、乗り物で先回りしていたのだろう。
「イプス。捕まってろ!」
そう言ってボルツはイプスを背中側にまわし、イプスはボルツの首の前で腕を組んで捕まった。
ボルツは正面の相手がイプスに傷を付けれないと読んで、銃で攻撃することはないと決めつけた。
実際、相手は手に警棒を持っていただけで、ボルツの接近と同時にそれを振りおろしてきた。
だが、ここは狭い路地。ボルツはすぐ横にある壁を蹴って男の上を飛び超え、後ろに止めてあった車の上に着地。車のボンネットに大きな足跡を残して走り去った。
だが、これで逃げ切れたわけではない。追手は他にも居る。現在ボルツは街中を走っているのだが、後ろから2人追ってきているのが分かる。足は相手の方が早く、人ごみを抜ければすぐに追いつかれるだろう。
「ボルツ! 右上!」
イプスの声でボルツが右上を見ると、建物の屋上からこちらに飛びかかってくる人影が一人。
それを間一髪のところで伸ばして来た相手の手を払ってかわす。どうやら相手は、ボルツを倒すよりもイプスを奪う方向で動いてきたようだ。
ボルツは避けた後に相手の姿を確認した。屋上を建物から建物に飛べる足と言うことは、相当な良い物を使っているか、体重が軽いかのどちらかだ。それを目で確かめる必要があった。
よく観察すると、相手は非常に細く、小柄の女性で、背中にロケットのようなものが二つ付いていた。おそらく、それで加速するのだろう。
そして、屋上から飛び降りても地面に傷が見当たらないし、着地後すぐに起き上がって追ってきた。これは体重が軽い事の証だ。つまり、追いかけっこでは勝てないが、正面から戦えばどうにかできない相手ではない。
だが、そうすると他の者に囲まれて面倒だし、なにより、ボルツ一人ならどうにかなっても、イプスを取られたらすぐ足が速いのにパスされて終わりだろう。ボルツは進行方向を変え、工場の建設現場へと入った。
作りかけの工場は鉄骨で出来た骨組みと、大量のパイプと足場が付けられていていたが、身を隠せるほどの場所もなく、ボルツは部屋の真ん中でで足を止めて追手が入ってくるのを待った。
追手は一定の距離を置いてボルツのことを円を描くように配置して取り囲んだ。
「へぇ、アンタ、逃げないのね」
一人、やたら早く動いて何度もボルツにアタックをかけてきたロケットを背負った女がボルツに話しかけてきた。
それにボルツは笑って答える。
「たかだか8人じゃないか。そんなもの、どうにでもできる」
「そう言う強気な発言、嫌いじゃないけど、今までその通りにできたヤツって知らないのよね」
「かかってこいよ。そうすればわかることだ。イプス、お前は歯を食いしばってろ。舌を噛むぞ」
そう言ってボルツは姿勢を低くして構える。
周囲に、この男は少女を背負ったまま自分達とやり合う気だという、事が伝わり、緊張感が走った。
数秒間のにらみ合いの後、ロケット女の指示で8人のうちの4人が四方から同時に襲い掛かった。
ボルツはそれに前進して正面の一人に対応。右手で腰に刺してあるナイフを抜き、それを振りぬく。
だが、相手のダッキングにより空振り。そしてナイフはすっぽ抜けた。ナイフは上空へと飛んでいく。
「どこを狙っているんだ馬鹿が!」
ボルツの後ろから、車に傷をつけられた男が振りかぶりながらそう叫んだ。
「おまえのところだよ」
ボルツがそう言った時にはすでに、ボルツの背後の三人は落ちてきた鉄骨の下敷きになっていた。
ボルツが投げ飛ばしたナイフは故意であり、それは宙づりになった鉄骨を支えるロープを狙っていたのだ。
いくら屈強なサイボーグ達とは言えど、頭の上から鉄骨が堕ちてくればひとたまりもない。
「この野郎! ふざけやがって!」
そう言ってボルツの正面に居た男は蹴りを繰り出し、ボルツはそれを足で受ける。
機械化された体は相手の攻撃をたやすく受け止めたかのように見えた。だが、ボルツのように四肢を機械化しただけの場合、元の生身との接合部分に負荷は確実に残っている。何発も続けて受けれるものではない。
ボルツは一旦距離を取ろうとするが、他の者達もボルツに対して距離を詰めはじめた。
「待て! これが見えないのか!」
そう言ってボルツは服の下からある物を取り出した。
それを見て、近づこうとしていた全員が足を止めた。
「アンタねぇ、それは流石に偽物よね?」
「本物じゃないと意味ねェだろ」
そう言ってボルツが掲げていたのは筒状のダイナマイトが数本束になった物で、線が中央の機械部分に繋がれていて、爆発がそれで制御されていることが推測される。それだけ大きい物が爆発すれば、中心にいるボルツは当然死ぬだろうし、周囲を囲んでいる者達も無傷では済まないだろう。
「その子と心中する気なの!?」
「まさか。俺は生きて逃げ切る気マンマンだぜ? そう言うわけで、お前達には見逃して欲しいんだよな」
「そう言うわけにはいかないわよ。こっちだって仕事でやってるんだから」
「あ、そ」
そう言ってボルツはダイナマイトを正面に向かって投げた。
ダイナマイトを急に投げられた方は驚きの声を上げ、慌てふためく。
その間にボルツも前に走り出し、まんまと包囲網を抜けた。
当然、ダイナマイトは爆発していない。
「ふ、ふざけたことをしてくれるじゃない!」
そう言ってロケット女はダイナマイトをその場に投げ捨ててボルツを追い始めた。
当然、イプスを背負っているボルツよりも、追う側の方が足は速い。この場を乗り切ってもすぐに捕まってしまうだろう。
背中にロケット状の加速器が付いた女が、ロケットに点火した。全速力で追いつき、その勢いでイプスを奪うためだ。しかし、女は驚いた。背中から想像以上の推進力を感じる。今までにないレベルの勢い、風、熱。それが自分の後ろから吹いてきているのだ。
これはまさか。そう思った時にはすでに遅かった。先ほど投げ捨てたダイナマイトは時限式であり、ボルツが懐から取り出した時にはすでに起動されていて、たった今爆発したのだ。
ロケット女はスタートダッシュが早かった分爆発に巻き込まれなかったものの、後ろから爆風を受けて、コントロールを失った状態で空中に放り出されてしまっている。
体が縦に回る中、何とか地面に足を付けて姿勢を制御したが、まだそれで終わってはいない。
建物の中心で爆発が起こったせいで、大事な柱が壊れてしまっていた。建物はバランスを失い、上から崩れ始めた。
彼女は持ち前のスピードで落ちてくるコンクリート、割れたガラス、鉄製の足場などを避け、なんとか出口までたどり着くことができた。
しかし、その時にはボルツがどこにいたかなど把握できなくなっており、完全に見失ってしまっていた。
その後わずかな可能性にかけ、周囲を探してみたが、見つからず、自警団に見つかって壊れた建物のことを問いただされると面倒だと判断し、この場は諦めて撤退することにした。